第12話お店の噂

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 廃墟突入三日前、僕は廃墟になったおもちゃ屋さんのことを詳しく知るために、インターネットで情報収集を行った。

 ただ倒産しただけで霊が住み着くとは思えない。前にちょっとだけ調べた時は倒産した経緯しか分からなかったが、他にも妙な噂があるはずだ。まずはオカルトや廃墟に詳しいサイト探し。おどろおどろしいホームページが多いから、サイトを開く度に心臓が跳ねるが、ここで怯んでいるわけにはいかない。

 一時間だけの調査だったが、けっこうな情報が集まった。あのおもちゃ屋さんは心霊スポットとして有名で、危険度はどのサイトも最高の評価だ。

 とあるオカルト愛好家のブログでは、倒産直前に従業員の一人が店内で首を吊って、今もその従業員の恨みつらみが渦巻いていると書かれていた。

 更に、噂の真偽を確かめるために、廃墟に入ったというレポートもあった。最初は肝試し感覚で、誰も幽霊がいるなんて思っていなかったが、全員が幽霊を見たと証言をし、怪我をして帰ってくる人も多かった。中には精神に異常をきたして入院したという人もいるらしい。

 そして、何よりも興味を惹かれたのが、包丁を持ったサンタクロースに追いかけられたという証言だ。サンタクロースといえば、最近見た夢に出てきた。何か関係があるのだろうか。

 考えても答えは出なかったので、次に廃墟に詳しい人達が集まる掲示板に書き込んで情報を収集した。主に廃墟になった経緯を知りたかったのだが、僕が想像していた以上の情報が集まった。まさかこんなに出てくるとは……と、引いてしまうぐらいだ。

 嘘か真か分からないが、客への対応が酷かった原因は、従業員同士のイザコザが理由のようだ。いくつかの派閥に分かれて言い争いをしていたと、元従業員と名乗る人が書き込んでいた。

 派閥は社長派と副社長派に分かれていて、社長がとにかく新しい戦略をバンバン打ち出すタイプで、副社長は現状を維持しようとするタイプだった。意見が違う程度なら良かったのだが、お互いが出す案はどれも極端だったのが争いの元だったらしい。

 社長は突然一般市民では手が出せないような高級おもちゃを仕入れようとする。副社長は維持に固執しすぎて新しい商品を入荷させない。古い商品で棚が埋め尽くされた時もあったようだ。

 従業員は最初は社長と副社長、どっちが良い? みたいな軽い感じだったが、いつの間にか相手派閥の人を否定するようになり、接客中も異なる派閥の人が気になっていた。そのせいでストレスが溜まって客に当たるようになったようだが、おもちゃを買いに来た人からすれば迷惑極まりない。客にもアンケートをとっていた時期もあったらしい。得票数が多い方が一ヶ月間売り場を支配したとか……。

 と、ここで過去の出来事に思いを馳せるのを止める。問題は従業員同士の確執ではなく、心霊現象の解決だ。実際に廃墟に行って、幽霊の存在を確認すれば良いのだ。

 僕はパソコンの電源を切り、自分の身を守るための道具を買いに行くことにした。設楽さんが使っていた大きな太鼓や、白くて長い紙がたくさんついた棒は持っていない。自分で作ろうと思ったが、一般人の僕が作っても効果がないんじゃと、すぐに考え直す。

 そうすると、除霊用の塩と香水の二つだけが妥当だろう。あんまりたくさん持っていくと動きにくくなる。準備は設楽さんのアドバイスを元に行われた。専門家の言葉なら信頼できる。


「おさむくんが香水を持ってると違和感あるね。鼻がツンとするから好きじゃないって言ってたからかな」

「安全のためさ、我慢するよ」


 家で荷物を整理していると、好美が香水に興味を示した。実は、僕は香水の匂いが苦手だ。それをよく知っている好美が違和感を持つのは自然だろう。特に匂いがきついのを嗅ぐと吐き気を感じる時がある。ちなみに洗剤や芳香剤は平気だ。

 今回は幽霊がいるかもしれない場所に行くから、匂いが駄目だなんて我儘は言ってられない。今回ばかりは我慢だ。


「よし、これで準備終わり」

「明日の朝から行くのよね。その日の内に廃墟に?」

「その辺は五郎さんの体力次第かな。僕はたぶん大丈夫だけど、五郎さんは五十九歳だから……厳しそうだったら次の日に延長するよ」

「……本当に気をつけてよね」

「うん、分かってる」


 目的は幽霊の存在を確かめるだけだ。深入りはしない。余計なことをして自分の子供の顔を拝めなくなるのはごめんだ。

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