第9話廃墟特集
9
翌日、東京で買ったクッキーを持って職場へ向かう。バターの香りが食欲をそそる。大きな工場だから全員には配れないのが残念だ。この美味しさを皆に教えたい。
「帰ってきました。これ、お土産です」
「おおーいっぱい買ってきたなぁ! 一番は俺だな。いただくぞぉ」
休憩室のテーブルに置くと、五郎さんが真っ先に持っていってしまった。その様子を見て、次から次へと「いただきまーす」と、皆がクッキーに手を伸ばす。嬉しそうに食べてくれるとこちらも嬉しくなる。
「五郎さん早いですね。そんなに急がなくてもたくさんありますよ」
「いやぁ、俺は七人兄弟だから早く取らんとなくなると思っちゃうんだよ。食べ物のことになると優しい兄貴が鬼の形相になったなぁ。怖い怖い」
五郎さんは腰掛け椅子に座ってもぐもぐと口を動かしている。七人兄弟か、僕は一人っ子だから想像がつかない。
テーブルに並べられたお菓子は休憩に入った順に一つ、また一つとなくなっていく。しかし、クッキーはまだまだ残っている。この調子だとかなり余りそうだ。
ちらりと五郎さんさんの様子を見る。じっとお菓子を見つめている。もしかして足りないのだろうか。どう見ても物足りなさそうな顔をしている。
「余ったら残りはあげますよ」
「おっ、そりゃ本当かい?」
「はい。家族の分のお菓子は別に買ってあるんで」
「それじゃあ、ありがたくいただこうかね」
五郎さんはお菓子を貰えるかもしれないと知ってウキウキしている。彼は感情が表に出やすいから、とても好ましい。非常に人間らしいといえる。
「ところで体の調子はどうだい?」
「ええ、おかげさまでだいぶ良い感じです」
「それなら良かった。もしまた悪くなったら趣味に没頭すると良い。俺はどうしようもなくなったら廃墟に行くぞ。病院に行くよりも回復する」
「そういえば五郎さんさんの趣味は廃墟見学でしたね。……まさか、変なことしてませんよね?」
「ははっ変なことってなんだよ。大丈夫、土地に入らないで見てるだけだから犯罪はしていないさ。ああいうの見てるとノスタルジーを感じられるんだよ。ああ、俺も年をとったなぁ、人生いろいろあったなぁって」
五郎さんの位置を僕に置き換えてみる。……虚しくなりそうだ。廃墟見てあの頃は良かっただなんて、まだ思いたくない。
でも、自然を見て癒やされるのはありだと思う。心霊現象の原因を探すために、体調に余裕がある時は家で一人で過ごしている。心細い上に眠れないので、体力的にも精神的にもつらい。緑を見るのは良いと聞く。確か森林浴が一番良いんだったか。
北海道は自然が多く残っているから、体がしんどかったら近くの公園に言ってみるのも良いかもしれない。
「疲れたらいつでも言ってくれ。おすすめの廃墟に案内するよ」
「では、その時はお願いします」
原因になっている物は見つかっていないから、近い内に五郎さんのお世話になりそうだ。
機械トラブルや事故もなく本日の業務が終了し、そのまま我が家へと向かう。実家にいる好美には心配しなくて良いと連絡してある。余計なストレスをかけさせないのも夫の努めだ。
真新しい家の外観は傷一つ見当たらない。ここに幽霊が巣食っているなんて、誰も思うまい。さて、今日は取り憑いている物を発見できるだろうか。
ドアを開けて家の中に入る。物音はない。幽霊が活動するのは夜中だから当然だろうけど、それでも警戒してしまう。
まずは夕食を作って、翌日の朝食の準備もしておく。朝は車の中でも食べられる物が良い。心霊体験をした後は家の中で食事したくない。
夕食を作った後は、さっさと食べ物を胃に入れて食器を洗う。早くしないと仕事の疲れで体が重くなるからだ。そして、洗い終わったらすぐにキッチンにある小物類をビニール袋に詰めて、外の物置へと持っていく。さっき使った食器類もだ。
何回か往復してすべて出しきった後は汗だくになっていた。時間は二十時。僕はいつも通りテレビのリモコンを手に取って電源を入れた。テレビ番組が一日のご褒美だ。何でも良いから見とかないと、今夜の心霊現象に耐えられない。これは心の平安を保つための大切な習慣なのだ。
『それでは、今から潜入してみたいと思います』
緊張した面持ちの女優が画面に映っている。右上の方を見ると、『幽霊の目撃者多数!? 日本の怖い廃墟特集! 2時間スペシャル!』と表示されていた。どうやら今をときめく人気女優が、危険とされる廃墟へ潜入する番組のようだ。
「おお、五郎さんが好きそうな廃墟特集だ」
ビール缶を片手に椅子に腰を下ろす。今日は一本だけだ。飲みすぎるとトイレに行きたくなる。心霊現象が起きている最中にもよおしたら最悪だ。それなら飲まなきゃ良いじゃんと、好美の声が聞こえてきそうだが、飲まないとやってられないから仕方がない。
番組は女優やスタッフの安全を考慮してか、本当に危険な場所へは入らないようだ。いち視聴者としては瓦礫に埋もれている場所にも行ってもらいたいが、何かあったらバッシングを受けるのは明白。懸命な判断だが、見てて面白くない。
番組が始まって二十分。一つ目の廃墟探索が終わった。そして、日本各地の廃墟というコーナーに変わり、立入禁止で入れない場所や、不良がたむろしている場所を中心に紹介し始めた。
「ん?」
ぼんやりと番組を眺めていると、見覚えのある物が目に入った。
床に転がっているあれは――僕の家にあるガラガラだ! 形や色がそっくりそのままだから間違いない。
場所は東京のすぐ近く、建物の色的におもちゃ屋さんだろう。立入禁止のテープが張り巡らされているから、よっぽど危険な廃墟みたいだ。
映像がボヤけているから、もっとよく見たい。見せてくれないだろうか。もしくはガラガラについて言及してほしい。しかし、僕の思いとは裏腹に映像はサラッと流されて、日本各地の廃墟コーナーは終わってしまった。
場面は番組一の目玉廃墟へと移る。歴史ある廃墟で、様々な伝説が生まれたらしいが、僕の意識は無造作に転がっていた古いガラガラのことでいっぱいだった。
僕は紙に番組名を書いてから、すぐに廃墟となったおもちゃ屋さんのことを調べ始めた。こういう時にインターネットは便利だ。
気づけばビールを飲む手は完全に止まっていた。まだ半分も飲んでいないが、今はそれどころじゃない。ようやく、ようやく手がかりが掴めそうなのだ。
インターネットで情報を収集すると、件のおもちゃ屋さんは今から五十年以上前に倒産し、そのまま放置されてしまったということがわかった。建物の管理や従業員の接客態度はそれはもう酷く、開店当初はたくさんの親子連れで賑わっていたが、すぐに悪評が世間に知られて客足が遠のいてしまった。今では考えられない出来事だ。
倒産してからは郊外に建てられたせいで買い手はつかず、次第に建物は老朽化、壊そうにも費用が足らずで中途半端に壊したまま放置。他の廃墟に比べるとまだ新し目だが、周囲は草がボーボーに生えた荒地だ。建物内の写真もいくつかあり、瓦礫や残された商品棚でめちゃくちゃだった。
そして不思議なことに、廃墟の入口の写真は大量にあるが、奥の写真は一つも見当たらない。廃墟になってから五十年は経っているのに。検索の仕方が悪いのかと思ったが、何度ワードを変えても奥の方の写真は見つからない。これは、何かありそうだ。
そうだ、五郎さんは番組を見ただろうか。廃墟に詳しいのなら、探索する時の注意点や装備品も教えてくれるはずだ。
僕は廃墟になったおもちゃ屋さんに行く気満々になっていた。もし、あのガラガラがここからやってきたのなら、ちょっと中に入って心霊現象を目撃すれば、設楽さんにお祓いしてもらえる。ようやく希望の光が見えてきた。このチャンスを逃したくない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。