第7話白い少女

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「お金使う時はよく考えてね。宗教勧誘には気を付けるのよ。それと乗り物はなるべく使わないように……」

「わかった、わかったよ由香。余計なお金は使わないって」

「そんなこと言って、圭一はいつも無駄遣いするくせに!」


 今日はいよいよガラガラを貰った場所に行く。フリーマーケットの主催者も同じ人だったから、もしかしたら何か情報が掴めるかもしれない。

 それにしても朝から騒がしい。圭一くんは由香の言葉をあしらいつつ出かける準備をしているが、毎日お金の使い方を注意されていたらストレスが溜まりそうだ。


「あっ修、これこれ。ガラガラくれた人の特徴ね」


 不意に由香が紙を渡してくる。さっきまで旦那と話していたのに、もう満足したのだろうか。

 手渡された紙を見ると、ガラガラをくれた人の特徴が箇条書きで書かれていた。なんと似顔絵も描いてある。しかし残念ながらお世辞にも上手いとは言えない。わかるのは随分と白い人ってことぐらいか。よく見ると、長い黒髪が美しかったと小さく書かれている。


「もう良いよね? じゃあ行ってくるよ!」

「はい! いってらっしゃい!」


 大きく手を振る由香に見送られ、僕と圭一くんは八王子で開催されるフリーマーケットへ向かった。

 会場に近づくにつれて人が密集し始める。ただでさえ人が多い東京。この息苦しさは慣れていないと気分が悪くなる。さっさと例の人物を探そう。

 由香から貰った紙には白のピクチャーハットとワンピース、背中を覆うほど長い黒髪が特徴の少女と書かれている。該当する人物はまだ発見できていないが、黒や灰色の服を着ている人が多いから、白い服を着ていたら目立つはずだ。会場の外にはそれらしい人物はいない。中にいる可能性の方が高い。

 人混みをかき分けて会場の入り口を目指す。入口の手前が最も人が多い。「すみません。すみません」と謝りつつ密集地帯を抜けると、少しだけ息苦しさから解放された。この人の多さ、僕が住む地域ではまずありえない。

 会場は思った以上に広く、人も多いから目的の人物を探すのは大変そうだ。せいぜい学校の体育館ぐらいの規模だと思っていたから、端が見えないほどの広さは想定外だった。

 更に僕を驚かせたのは、ホットドッグや飲み物などを売っているキャンピングカーが何台もあることだ。ここまでくると一種のお祭りだ。


「……圭一くん、二手に分かれようか」

「そうですね。この広さですし、俺は左の方から見ていきます」

「じゃあ僕は右だな。お互い、誘惑に負けないようにしよう。余計な物を買ったら由香が怖い」

「怒ると話が長くなるから気を付けないとなぁ……」


 圭一くんと分かれて会場内を歩く。ブースを見るとアクセサリーや女性物の古着が多い。やはりフリーマーケットは女性の参加者が多数を占めている。ここに来たのが好美だったらあれもこれもと買っていたに違いない。

 商品を眺めながら歩いていたら、いつの間にか一番奥まで来てしまった。ここまでそれらしい人は見かけなかった。そもそも、今回のフリーマーケットに参加しているかわからないし、前と同じ服装である可能性も低い。

 ああ、どうしてちゃんと考えなかったのか。人を探すなら最低でも一ヶ月は滞在して、東京で開催されるフリーマーケットすべてに顔を出すべきだ。


「こんにちは」


 右往左往していると、急に真後ろから話しかけられて、心臓が跳ねる。声がした方を振り向くと、メモと同じ特徴の少女が座っていた。


「お兄さんお暇? こちらの商品はいかが?」


 少女が勧めてきたのは桐箪笥。汚れはほとんどなく、新品そのものだ。


「いや、僕の家にはもう箪笥があるから大丈夫だよ。……それより、聞きたいことがあるんだけど、ちょっとだけ時間良いかな?」

「どうぞ」


 屈んで少女に目線を合わせようとするが、大きなピクチャーハットのせいでよく見えない。分かるのは真っ赤な唇だけだ。

 僕は確信した。彼女こそが由香にガラガラをあげた張本人だと。他に該当する人物はいなかったし、メモの特徴と合致している。


「僕の知り合いがあなたからガラガラを貰ったって聞いたんだけど、それはどこから入手したのか知りたくて……あ、人違いだったらごめん」

「由香さんにガラガラをあげたのは私よ。あれは、ヨレヨレの服を着たみすぼらしい人に押し付けられた物なの」

「そうなんだ。ええと、深い意味はないんだけど、ガラガラを押し付けられた後は大丈夫だった? 普段と変わったこととかなかったかな」

「何も」

「そうか、それなら良いんだ」

「質問は終わり?」

「うん、変なこと聞いてごめんね。ありがとう」


 少女への質問を終えて、商売の邪魔にならないよう脇に避ける。何か買った方が良いだろうか。聞くだけ聞いて「はい、さよなら」じゃあ申し訳ない。


「あ、何か買うよ」

「もうあなたに売れる物はないわ」


 そっけない返事だが、理由はすぐに分かった。彼女のブースには桐箪笥しかない。桐箪笥の購入を断った僕に売れる商品はない。


「ええと……じゃあ、また東京まで来た時に買うよ」

「…………」


 お客じゃないと判断したからか、少女の態度は冷たい。話しかけても無反応になってしまった。

 最近の女の子はどうにも扱いにくい。大人の男性に話しかけられたからかもしれないが、ここまで無愛想だとどう対応したら良いか分からない。自分の子供も彼女みたいな感じになるのだろうか。なんだか不安になってきた。

 気まずい空気から逃げるように視線を会場内へと向ける。どこかに圭一くんがいないかな。


「あ」


 たくさんの人の中から彼だけを見つけるのは無理だと思ったが、こちらへ向かってくる圭一くんの姿が見えた。人が多い中、懸命に前へと進もうとしているが、思うように動けなくて焦っているようだ。


「ぶつからないように歩くの大変でした」

「ほとんど隙間がないからなぁ」


 ようやく僕の元に辿り着いた圭一くんは、一日分の体力を使い果たしたように項垂れる。まだ午後にもなっていないのに、この先の調査は大丈夫なのだろうか。


「ところで、修さんはこんなところで何をしてたんですか?」

「ああ、メモの少女に会ってね。この人が……あれ?」


 少女を紹介しようとするが、さっきまでいたはずの彼女はどこにもいなかった。


「修さんも疲れてるんじゃないですか? ここに来る途中、ずっと修さんの周り見てましたけど、誰もいませんでしたよ。自分だけ人が少ないところにいて……もう、ずるいですよ!」

「え、いや、そんなはずは……」


 周辺を見渡してもあの少女の姿はない。疲労による幻覚だったのか? それとも、視線を離した隙に気配を消してどこかに行ってしまったのか……。桐箪笥は残っているから、後者だと思うが。


「大丈夫ですか?」

「ああ。とにかく、僕はボーッとしていたわけじゃない。例の少女は確かにいた。ほら、ここに桐箪笥がある。これが証拠だ。でも、今は彼女の行方よりもガラガラがどこからやってきたかだ」

「はぁ……まあ、そうですね」

「少女はボロボロの服を着たみすぼらしい人に押しつけられたと言っていた。考えられるのはホームレスだろう。公園と駅に行くぞ」

「え、少し休んだ方が良いんじゃ……」

「今は時間が惜しいんだ。頼むよ」


 少女のことは忘れよう。気にしていても調査が進むわけじゃない。

 僕の体調を心配している圭一くんの腕を引っ張って、近くの駅に行く。すぐ見つかるとは思っていないし、ホームレスの人達から話を聞けるとも思えない。

 アテはまったくと言って良いほどないが、フリーマーケットに行くことで一歩前進したから、芋づる式に情報が出てくるかもしれない。

 駅構内の見取り図を見てホームレスが屯してそうな場所を探す。人気が少なくて、影になっている場所だろうか。東京の駅は広いから迷子になりそうだ。しかし、今は二人で調査をしている。僕より東京に長く住んでいる圭一くんに聞けば良い。


「圭一くん、ホームレスっていうのはどの辺にいそうかな? 北海道では見なくてね……札幌に行けばいるかもしれないけど」

「俺もそんなに見ませんよ。うーん……光が入らなくて薄暗い雰囲気の場所かなぁ。でも、今の時間帯だとねぐらを見つけてもいないと思います。ホームレスでも自分のための食事は必要ですからね。外で空き缶とか拾ってるかも。……勝手な想像ですけど」

「そんなもんなのか。じゃあ、公園の方に行ってみるか」

「近くに大きな公園があります。そこに行きましょう。ついでにベンチに座りたいです」


 圭一くんは相当疲れているようだ。同じくらい体力を使っているはずなのに、僕は疲れを感じていない。モチベーションの違いだろうか。まあ、圭一くんは命の危険を感じていないから、僕ほど必死になる理由がない。

 そういえば家にいる霊は今、この時も成長を続けているのだろうか。急成長して包丁を握られたらどうしよう。ううん、悪い想像はしないでおくか。今は早く解決することだけを考えよう。まずは公園での聞き込みだ。


「ガラガラ? 知らんなぁ」

「おれぁ赤ちゃんだって言いてぇのか!」

「持ってたやつは見たことない」

「落とし物を拾ったとかじゃ?」

「あ? てめぇどこのモンだぁ?」


 気合を入れてホームレスっぽい人に声をかけまくったが、有益な情報は何一つ得られなかった。それどころか、酔っ払いや強面の人に絡まれて謝罪するはめにもなった。

 その後、小さい公園でも聞き込みをしたが結果は変わらず。日が暮れ始めた頃に、圭一くんが「そろそろ夕飯です」と言ったので、仕方なく帰ることにした。


「で、どうだった? 目ぼしい物あった?」


 神崎家に帰ると、由香がフリーマーケットの感想を求めてきた。


「女性が身に着けるアクセサリーとか古着が多かったよ」

「そっかぁ。私が行った時も同じだったよ。アクセサリーは最低限あれば良いし、服はまだ着れるからしばらくは行かなくて良いね。あっ! 沸いてる!」


 由香はうんうんと頷いてからやかんが沸騰していることに気づき、急いでキッチンの方へ駆けていった。そろそろ夕飯だが、今はご飯よりお酒をガバガバ飲みたい気分だ。


「修さん、追加のビールです」

「お、ありがとう。圭一くんも座って飲もうや」

「じゃあお言葉に甘えて。今日は散々でしたね」

「ああ……怖い顔した兄ちゃんに絡まれた時はもう終わりだって思ったな……」


 胸ぐらを掴まれて殴られる寸前だったのを思い出す。圭一くんが空き缶を投げて気を引いたおかげで逃げ出せたが、もう二度と関わりたくない。ヨレヨレの服を着ていたからホームレスかと思ったら……とんだ災難だ。


「ある意味、幽霊より生きている人間のほうが怖いですよね……」

「まあ、幽霊も元を正せば人間だったし、最後に行き着くのは『人間怖い』だな」


 ただ、幽霊の場合は何をしてくるか予想がつかないし、物理で何とかならない点は人間より厄介だ。


「あっ、ちょっと明日の朝には帰るんでしょ? そんなに酒飲んでると寝れなくなるよ!」


 由香が夕飯を作っている間、自分の分だけでもビール缶を五本も空けていた。このペースで飲むのは初めてだ。これではまともに夕飯が食えないだろう。

 一方、圭一くんは三本目を飲み終わったところだ。彼もご飯が入らないのは確定だ。由香には悪いけど今日の夕飯は勘弁してほしい。


「もう……まだ餃子しか出来てないけど、二人共夕飯はいらないのね?」

「おー」


 圭一くんと声が重なる。疲れているせいか、返事をするのもつらくなってきた。しかしビールはまだまだ飲める。とにかく飲みたい気分なのだ。


「じゃあ今日は何を言っても作らないからね! 何か欲しかったら自分で作ってよ」


 由香がキッチンへ戻っていく。自分用の夕飯を作るのだろう。

 僕と圭一くんは引き続きビールを腹に収めて、睡魔が襲ってくるまでビール缶を空にする作業に没頭した。

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