第5話神社へ
5
「あの子の呪いなのよ! 私達を恨んでるのよ絶対!」
リビング用に買った広いテーブルに突っ伏して、好美は大泣きしている。
朝起きてすぐ、僕は好美の安否を確認した。外傷はなくいたって健康だが、彼女の精神は不安定な状態になっていた。
『あの子』というのは、僕達が初めて授かった一人目の子で、妊娠したばかりの頃に流産してしまったのだ。好美が悪いわけではないが、それでもせっかくの子を流産してしまったのはショックが大きく、しばらく食事が喉を通らないほど落ち込んでいた。
それからようやく立ち直り、再び子作りをしたわけだが、このままストレスが溜まるとまた流産してしまうかもしれない。
数ヶ月前に「お腹の中にいる二人目の赤ちゃんは絶対に産みたい」と言っていた。この願いを叶えるために、僕は夫として好美にできることをしたい。
「好美、実家に帰ろう」
「えっ、でも……」
僕はある提案をした。この家が駄目なら好美の実家に帰れば良い。そして、僕はこの心霊現象の調査をする。ローンまで組んだ家だ。手放すには惜しい。
「ここにいてもストレスで……また、流産するだけだ。僕だって今度こそ赤ちゃんが欲しい」
「おさむくん……うん、そう、そうよね。分かったわ。お母さんに電話する」
「解決したら帰ってこよう。だから、好美は自分の体調管理、僕は心霊現象の調査をする」
「無茶しない?」
「もちろんさ」
そうと決まればすぐ行動だ。好美の実家は車で二十分の距離にある。事が落ち着くまでそこでゆっくり過ごしてもらおう。
会社には体調不良と伝える。皆には悪いけど、これは一刻も早くなんとかしなければならない。勤務態度は良好だからサボりを疑われることはないはず。
バタバタと準備をし、車に乗り込む。この時ちらっと物置を見たが、扉が開いているとか、変な物が落ちているとかはなかった。
好美の両親は事情を話すと快く承諾してくれた。きっと、好美の憔悴した顔を見たからだろう。心霊現象なんて信じてもらえないと思っていたが、意外にもオカルトの話が好きらしく、二人共興味津々という顔で話を聞いていた。年老いた自分達にできることはほとんどないと言っていたが、こうして受け入れてくれるだけでもありがたい。
好美を預けた後は、再び車に乗って最寄りの神社へ向かった。前に五郎さんが「家に憑く可能性もある」と言っていたから、本当にそんなことあるのか、と相談したかったのだ。
神社の駐車場は閑散としていた。神社は正月の初詣以外では滅多に行かないから、かなり新鮮だ。正月時は朝からたくさんの車で埋め尽くされている。だから一番奥に停めることが多いのだが、今回は手前に停めることができた。歩く距離も少なくて、なんだかとても良い気分だ。
参道に人はいない。平日だからだろうが、こうも見かけないと世界に自分だけが取り残された気がする。鳥居の前で一礼をする。参道の真ん中を避けて神主がいるであろう建物へと向かうが、やはり人の気配がしない。ここは小さい神社だから、もしかしたら平日は誰もいないのかもしれない、と思っていた時だ。
「おや、こんにちは」
「うわっ! こ、こんにちは」
建物の様子を見ていると、近くの木の陰から誰か出てきた。神社でよく見かける装束を着た、長老めいた雰囲気の男性だ。手に箒を持っているから掃除をしていたのだろうが、掃く音は聞こえなかった。サボっていたのか?
「何かご用で?」
「あ、ちょっと相談がありまして。ええと、僕の家に幽霊が現れまして……」
「ふむ……では、こちらへどうぞ」
幽霊という言葉に何かを察したのか、男性は僕を社務所へと案内してくれた。六畳ほどの小さい部屋に通され、冷えた麦茶が出される。
「では、お話を伺いましょう」
「ここ最近の出来事なんですが……」
僕は赤ちゃんの声が聞こえること、妻の妹から貰ったガラガラが原因なのではという推測、そしてガラガラをゴミ袋に入れて、外の物置に置いた後でも聞こえることを伝えた。
すると、神主らしき男性は手を顎に当てて考え始めた。拙い説明だったけど、ちゃんと伝わっただろうか。
「家に憑いちゃったんですかね……」
「そうですね。普通は霊が憑いている物を捨てたら解決します。それがなくならないということは……家にある別の何かに移ったと思われます」
「それを探すにはどうしたら良いでしょう?」
「特定は難しいと思います。解決するには、家にある物を外に出して確かめる必要があるかと」
骨が折れる作業になりそうだ。一つずつ外に出して確かめなきゃならないのか? いや、まずは物を一箇所に集めて、半分だけ外に出す。それで聞こえなくなったら外に出した物の中に憑いている物があるはず。聞こえたら、家の中にある物の中にある。これを繰り返していけば――ああ、大型家電が問題だ。そんなの外に出したら怪しまれる。「あの家、家電を外に出してるのよ」って、近所の噂になる。小物類に憑いていることを祈るしかない。
「もし、大丈夫ですか?」
「うぇあっ、はい! 大丈夫です!」
男性が心配そうに僕を見ている。つい考え込んでしまった。変な声も出ちゃったし恥ずかしい。
「もし見つかったら、こちらに持ってきてください。お祓いしますよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「それと、例のガラガラも一緒に持ってきてください。念の為そちらもお祓いします」
「分かりました」
「しかし……そのガラガラはどこから持ってきたんでしょう。義妹さんにあげた人はどこかから仕入れてきたはずです」
どこから、か。自分達のことで精一杯だったから考えたことなかった。親戚からの貰い物? それともおもちゃ屋さんから譲られたとか?
こればっかりは実際に会って話を聞いてみないと分からない。由香に人物の特徴を聞いてみよう。
「おもちゃは気軽に人に譲ったり売ったりできます。もし、大量の霊が巣食っているところから持ってきたのなら、被害を増やさないためにもまとめてお祓いしておきたいんです」
「じゃあ、僕が調査します。こちらとしてもこれ以上の被害を出したくないので」
今はお祓いしてもらえばそれで終わるかもしれない。でも、生まれてきた子供が大きくなって、家庭を持つようになったら同じ事件が起きる可能性がある。それなら今のうちに根っこから断ち切りたい。未来の我が子のためにも。
それに、今まで何もできなかったから、ここで挽回しておきたいという思いもある。そのためには神主の……ええと、この人の名前は?
「あの、今更で申し訳ないんですが、あなたはここの神主さんで……?」
「あれ? 名乗っていませんでしたかね。これはうっかり。私は宮司の
神主改め、宮司の設楽さんは「いや~ボケてきたかな!」と、笑う。ともかく、設楽さんの協力があればすべて解決できるかもしれない。僕と未来の子供ためにもここは行動すべきだ。
「では、何かわかったら連絡します。今日は本当にありがとうございます」
「いえいえ。お役に立てたのなら幸いです。ああ、そうだ。ちょっと待っててください」
そう言うと、設楽さんは奥の引き出しからお守りを出してきた。
「これは悪い霊に憑かれないためのお守りです。ほとんど気休めですが、ないよりはマシだと思います」
『御守』と書かれたお守りを受け取る。こういうのは効果がないと思っていたが、今回ばかりはありがたい。僕は改めて設楽さんにお礼を言って神社を後にした。
神社を出た後、さっそく調査を開始した。まずは、なんといってもフリーマーケットでおもちゃを譲った人物を探さなければ。家にいる霊はまだちょっと恐怖心が邪魔しているから、気持ちが落ち着くまでこちらから解決しよう。
車内で由香に電話をかけると、すぐに出てくれた。今日は平日だから出ないと思っていたが、タイミングが良かったらしい。
「もしもし、由香?」
『おー珍しい時間。どうしたの?』
「事情があって東京に行くんだけど、ホテル代がもったいないから泊めてくれないかなと思って」
『ホテル代はもったいないもんね。良いよ! いつ? 何時頃? なんだったら安い飛行機取ろうか?』
「あっ、いや、大丈夫。自分でやるよ。心配しないで、高いのは取らないから」
『当然! 高いのはもったいない! で、いつ?』
「由香がガラガラを貰ったっていうフリーマーケットに行きたいんだけど、次の開催日って分かる?」
『んーと、毎月十日にやるよ。じゃあ八か九?』
「そうだね、九日に行こうかな」
『オッケー! 帰ったら掃除しなきゃ!』
今日の由香はやけにテンションが高い。今日から掃除って……行くのは来月じゃないか。そうツッコミを入れようとしたら、プツンと通話が切れてしまった。慌ただしいことだ。まあ、大事なことは言ったから良いか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。