OnlyTwo

水樹 皓

学年2位争い!

「なあ、鈴木」

「何ですか、追川君」


 私立なん高校。

 ここは、日本で最も偏差値の高い高校であり、日本全国から選び抜かれた秀才達が集う場所である。


「そろそろ、俺達のこの関係に終止符を打つべきだとは思わないか?」

「そうですね。私達も今日から3年生。時間はそれほど残されていませんからね」


 中でも、一昨年の入学生――つまり、今年の3年生は一味違う。

 何故なら、入学試験において、難校100年の歴史で初めての、全教科満点を叩きだした秀才が現れたからである。それも、何と2人も。


「ほう。ここにきて俺とお前の意見が合うなんてな」

「私もです。まさか、追川君と”点数”以外で合うものがあるとは、思いもしませんでした」


 更に、その2人は入学してからも、全ての定期テストにおいて、全教科1度たりとも”100”以外の点数を取っていない――それ即ち、学年1位という栄誉を不動の座としているのである。

 プライドの高い生徒の多い難高であっても、その圧倒的な才を前にしては、妬みや嫉妬の感情すら抱けない。2人は学年性別問わず、常に全校生徒から憧れの眼差しを集めていた。

 だがしかし、職員室前に張り出される試験順位の結果に対し、毎度の様に不満を抱え続けていたのが……。


「”点数”以外で……か。ふんっ、本当に忌々しい」

「本当にその通りです」

「おっ、今日はやけに気が合うな」

「そもそも何故、テストは100点までしかないのでしょうね? 先生方もただマニュアルに沿って点数を付けるのではなく、途中の考え方や使用した公式等に応じて加点をしてくだされば、”同率”等と言う不名誉な単語を付けられず、この私が紛れもない1位となってこの不毛な悩みも簡単に解決しますのに――」

「おいちょっと待て」


 鈴木の言葉に途中まで目を閉じて”うんうん”と頷いていた追川であったが、流石の学年同率1位といったところか。サラッと紛れ込んだ不可解な文脈は聞き逃さず、即座に反応する。


「何か勘違いしているようだが、唯1人の1位――OnlyOneになるのはこの俺だ」

「そうですか」


 若干ムキになって言い返す追川に対し、鈴木はサラッと応える。

 その余裕な態度に、追川は分かっていても軽くムッとなってしまう。何時もの事だ。

 そんな自身の内心を隠そうともしない追川に対し、鈴木は心の中だけで微笑まし気な笑みを浮かべ、


「しかし、どちらの方が上か――というのも、白黒付けるための手段がないのですから、こうやってただ言い合っているだけでは埒があきません」


 と、事実を淡々と告げる。

 すると、追川は先程までのムッとした表情を一変。待ってましたと言わんばかりに、得意げな表情を浮かべると、


「ああ、確かにこのままでは埒があかない。どうせ2週間後の定期テストでも、俺達2人が全教科満点で同率1位になるのは目に見えている」


 本人に自覚はないが、鈴木も満点を取るであろうことは一分たりとて疑っていない。”同率”という不名誉な単語を頭にくっ付けられるに至った原因である彼女に対して、入学当時からずっと敵愾心を持ち続けてはいるが、一方でその実力はちゃんと認めているのである。


「このままお互いが唯一の1位を目指していても、それは不可能。なら、次の定期テストでは、唯一の2位を目指して競うってのはどうだ? つまりOnlyOneではなく、OnlyTowを目指すんだよ!」


 途中から興奮してきたのか、最後の方は声を熱くして語り終えた追川。


「OnlyTow……ですか?」


 黙って鈴木の反応を待つと、彼女はきょとんと首を傾げ、そう聞き返してきた。


「どうした?」

「いえ、大したことではないのですが……」

「何だよ、勿体ぶるなよ」

「……唯1人の2位を目指す――ということが言いたいのでしたら、OnlrTow唯2人ではなく、Only 2nd placeの方が正しいと思ったのですが。……いえ、学年同率、、1位の追川君がおっしゃるのですから、きっとOnlrTowも正しい使い方なのでしょうね」

「うっ!」

「……ふふっ」


 軽く興奮状態だったとはいえ、そんな初歩的なミスをするなど、追川にとっては耐え難い屈辱。しかも、この世で最も負けたくない人物を前にして。

 羞恥に顔を真っ赤にする追川に対し、鈴木は珍しく自然な笑みを浮かべ、


「ですが、その提案は面白いですね」

「そ、そうだろ?」

「ええ。一応確認ですが、目測を見誤って3位や4位になった場合は?」

「それは勿論、無条件で負けだ。例えば2年の期末では、俺達の1つ下――3位の大小瀬君は800点満点中758点だった。4位の加治木さんは755点。つまり、その点も加味してどれだけ点数を落とすのかを決めるのが重要になってくる」

「簡単に言うと、チキンレースですね。チキンになって点数を殆ど下げなければ、1位になってしまい負け。無謀にも崖に突っ込んでしまっても、他の生徒に抜かされて負け――という事になりますね」

「ああ、理解が早くて助かる……で、どうだ? この勝負……受けるか?」

「ふふっ、愚問ですね」


 かくして、ここに天才過ぎるが故の、学年2位争いという前代未聞の勝負が幕を開けた。


―――


 ――学年2位争い。その開戦の火蓋が切って落とされた日の放課後。


「……フフッ。フフフッ。フハハハハハハッ!」


 普段誰も寄り付かないとある空き教室に、気持ちの悪い笑い声が木霊していた。


「これで、俺が鈴木あいつより上だという事がついに証明されるッ!」


 声の主――追川は握りこぶしを天高く掲げ……


「何せ、この学年2位争いには必勝法があるからなっ!」

「……あの、追川君?」

「――っと、悪い悪い。どうにもテンションが上がってしまって、な」


 急にテンションMaxで叫び出した追川を、傍らで心配そうに見つめる男子生徒。


「いや、別に良いんだけど……何時もの事だし。それより、何の用?」

「ああ、少し大小瀬に頼みたい事があってな」

「僕に……?」


 そう。彼の名は大小瀬――2年の期末では追川&鈴木に次いで3位の成績を叩きだした者である。追川&鈴木のせいで霞んでいるが、彼も毎度の様に学年5位以内には入ってくる秀才の中の秀才だ。


「俺に勉強を教えさせ、、てくれないか?」

「……え?」

「だから、再来週の中間に向けて、俺が大小瀬に勉強を教えたいんだけど……良いか?」

「えっと、学年同率1位の追川君に勉強をみてもらえるなら、それは僕にとっても嬉しい提案だけど……?」


 追川の急な申し出に、大小瀬は”何で?”という素直な疑問を持って首を傾げる。

 その反応は勿論想定済みの追川。そのまま用意していた言葉を口にする。


「大小瀬には是非とも、次のテストで全教科満点を取って学年1位になってもらいたいんだ」

「へぇ、僕が学年1位に――って、え!?」

「なに。この俺が教えるのだから問題ない」

「いやいやいやいやっ!? そんなの無理に決まってるでしょ追川君や鈴木さんじゃあるまいしっ!」

「まぁまぁまぁ。ものは試し。取りあえず一回だけ、な? それでもし無理そうなら遠慮なく断ってくれても構わないからさ」

「い、いや~、僕には少し荷が重いって言うか――って、あれ? な、何で扉が開かな――っ!?」


 愛想笑いを浮かべつつも、少しずつ出口の方へと後退していった大小瀬。しかし、やっとの事でたどり着いた出口の扉は、いつの間にか鍵がかけられていたようで、ビクともせず……。

 そうこうしている内に、背後からそっと忍び寄る影が1つ。


「さぁて、楽しい楽しいお勉強と行こうじゃないかっ!」

「「いやーーーっ!!」」

「ん? 何か、叫び声が2重に聞こえた様な――まぁ良いか」


―――


 ――中間テスト翌日。


 テストの順位が張り出される職員室前の掲示板には、毎度の様に多くの生徒が押し寄せる。

 だが、今回はいつにも増して多くの生徒が押し寄せ、職員室前はスーパーのタイムセールの様な有様と相なっていた。何故なら……。


「1位は大小瀬……と加治木。そして、俺と鈴木が同率……4位……だと?」


 今回のテストは全教科合わせて800点満点。

 その800点満点を大小瀬君に何が何でも取らせ、自分は799点を取り、見事唯一2位の座を勝ち取る。

 それが、追川の考えた必勝法であった……のだが、


「ふふっ。この私も、まさかこんな考えまで追川君と一致するとは思いもしませんでした」


 この予想だにしなかった結果に、唖然と口を開きっぱなしの追川に対し、鈴木はいつものようにサラッとそう語る。

 勝負の結果としては、両者敗北。勝敗が付かない――という何とも納得のいかない結果に終わったはずなのだが、彼女からはどことなく上機嫌な雰囲気が漂ってくる。


「私達は下手にOnlyOneを目指すより、それこそOnlyTwoを受け入れた方が良いのかもしれませんね」


 その鈴木の僅かな感情の変化に気付いた追川。

 数秒間黙って彼女の顔を見つめた後、開けっぱなしだった口を一度閉じると、どこか達観したように小さく笑みを浮かべ、


「ああ、そうだな」

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