01章-032:目覚めは暴力メイドと共に

[32]


「えぇ………?」

 おはようございます。有馬宗太郎です。最近元気がありません。どうしたんでしょう。

 がんば。

 そんな他人に言われたら苛つきが止まらなそうな、おざなりなエールを投げやりに自分に向けつつ、再度現状を把握です。

 色々あった最中、とうとう気を失ってしまったらしい自分が先ほどちょうど目を覚まし、あたりを見渡すと、あら不思議、岩肌つるつるな鍾乳洞に1人ぽつんと、いや、かたわらにメイド姿のお嬢さんが横たわっているのがみえます。

 突然当然のようにいるメイドなる突然の存在に戸惑いもありますが、私は私で手一杯な状況ですので、そちらを優先。

 そんな私自身はと言うと、両腕と両足は縄でキツく縛られて、血が止まってないか心配になるくらい痛い。

 そう私も横たわって起きれません。

 ここでモンスターとか悪意のある人物が現れたら私色んな意味でゲームオーバーな予感。

 その前にそこに倒れているメイドさんが起きてきたら縄で縛られてる犯罪者か変質者と思われそうですよね。はっはっはっ。


 がんば。


 ◇  ◇  ◇


【システムメッセージ:お元気そうで何よりです。ご主人様】


 空元気を察して慰めて欲しかったですねマブダチさん。

 というか明確に健気な虚勢を無視して、気軽に皮肉を言う貴女こそ元気そうですね。


【システムメッセージ:光栄です】


 私の皮肉の相手もしてください。


 さて。

 予定調和を済ませたところで、本当にここはどこでしょう。

 多分淑女子かテロ中年のどちらかの陣営によって拘束のち投獄扱いでここにいるのでしょうが、何でしょう、この、そこはかとなく感じる雑な扱い感。

 拘束はされてるものの、別段個室に囚われているわけでもなく、洞窟に放置されているだけで、芋虫歩行であれば別に動けなくもないこの状況に、違和感と若干の不快感。

 言うならば、女子が虫を毛嫌いするような、部屋に出現した虫に近寄りたくなさすぎて、積極的に殺しにかかれず、何となく新聞紙をそっと被せて、とりあえず見えなくしただけしかできなかったような、そんな中途半端感。

 イメージはテロ女子。あの人虫とか触れなさそう。

 まぁ、どう扱っていいのかわからず温情を受けた結果、とも取れますが、あんまりそんな優しさを期待していい相手でもない気がするんですよね。

 大体、私に温情を与える理由もあんまり思い浮かびませんし。

 お姫様のピンチを颯爽と救うみたいなそんなシチュエーション、私にあったとは思えません、し。

 ――そんな。

 ………。

 そういえば。

 あのタイアドロン。直近の最大のピンチでしたが。近くのテロ中年も淑女子も万事休すという様子で、ほぼ状況的に詰んでいたような思い出があります。

 しかし私は生きている。何かあのタイミングから救済の光が訪れるイベントが発生したのか何なのか。何はともあれ私は生きている。

 素直に喜んでいい場面ですね。よかったよかった。

 そうよく分からない感情で独言ひとりごち、意味もなく手のひらを握ったり開いたりを繰り返し、それをしばらく眺め、そして。

 まぁ、何となく予感はありますよね。

「アイテムボックスオープン」

 さぁ、考えすぎであれ。


 1:タイアドロン:改造Ⅱ型(状態:死体)

 2:

 3:状態異常「毒」

 4:ブロッサムフルプレート

 5:

 』


 あるわぁ。

 『タイアドロン』あるわぁ。

 何だか子供向け番組のロボットの型式みたいなのもついてるわぁ。

 結局うだうだ考えながらも、私、やっちゃったみたいですね。

 最後の意識が途切れる前まで、ほとんど自失状態でしたので、記憶はあまり残っていませんが、そういえば確かに誰かに言われるがままがま口財布アイテムボックスを手に取った気がします。

 その自分の行動に若干の違和感を感じないでもないですが、実際状況証拠もしっかりあるわけですし、そこは受け入れておきましょう。

 というかですよ。

 ある。あったよ。

 私彼らに温情を受ける要素あるじゃないですか。

 これってつまり私が彼らの窮地を救ったってことで、それはつまり私はどちらかというと洞窟に雑に放り投げられる役よりは、恩人立ち位置の方が近くないでしょうか?

 なにこれ。なんなの。そこんところしっかりして欲しい。

 持ちつ持たれつの「持たれつ」だけ掠め取る、そんな卑しい人間に、私はなって欲しくないものです。

 ねぇ?


【システムメッセージ:ゲームシステムに同意を求めないでください】


 今更感あふれる。

 そんな扱いもう無理ですよ。一切誤解なく自業自得なのでそういう主張やめた方がいいです。上手いこと自分を受け入れる道を模索しましょう。協力しますよ。


「んん………」


 そろそろ真面目に私は私で状況を受け入れて、この先の身の置き方を考えようという時、傍らから寝苦しそうな声が漏れ聞こえます。

 そういえば先程からずっといるメイドさんの事を忘れて居ました。

 忘れていたというか、状況理解が追い付かないので後回しにしていたのですが。だって何だかいい予感がしません。

 自分の状況からして、ここに放り込まれる理由に前向きな要素をあんまり感じない以上、この眼帯メイドさんの状況もあんまり楽観できないというか、関わったらややこしい方の将来性を感じます。

 はい。眼帯です。

 このメイドさん。眼帯してます。

 ファンタジーに中二病要素がないのであれば、まぁ普通に負傷しているのでしょう。伊達何某のような眼を隠す為というよりは、治療目的の眼帯。ガーゼと言い換えたほうがいいかもしれませんが、そのせいでこちらから見えるのが眼帯をしている左目側の顔半分である都合上、どんな顔をしているのかはうかがい知れません。が、何となく輪郭的に小顔な様子です。

 あと銀髪です。銀髪って灰色をいい風に言い換えているイメージでしたが、本当に銀髪ですね。艶感がすごい。おそらく長髪なのでしょう。おそらくというのは、髪の毛をメイド服の襟元にしまい込んでいるためですが、しまい込めるほどの長さはあるのでしょう。すべて広げれば、さぞ美しい女性像が降臨するかと思いますが、今の印象は若干ボーイッシュ感が強め。

 メイド服はクラシックな本格的な所謂仕事目的の制服で、体の線を隠していますが、ちらと見える手首や足首の細さからしておそらく細身の方ではないでしょうか。

 しばらく彼女が身じろぎしているのを眺めていると、そう時間を置かず覚醒し、意外と機敏な動きで上体だけ起こしました。いきなり動くので若干「ビクッ」となったのを見られてなければいいな。

 そのまましばらく虚空を眺めていたかと思えば。

「ちっ」

 ………。

 起きて一発目に舌打ちをしたぞこの人。

 メイドの優しいおねぇさん像を少し期待しましたが、眼帯ガーゼが示す通り若干ヤンチャ寄りのメイドさんなのかもしれない。

「………? なん――」

 そして、流石にこの距離では隠し切れるはずもなく、すぐさまこちらの存在に気付く素振りを見せた直後、

 ジャっ!

 先ほどまで倒れていた人間とは思えない躍動感で過剰なバックステップを敢行し、こちらとの距離をとるよう着地すると、すぐさま腰に手を回そうとし――何もないことを瞬時に思い出したのか、すぐそのアクションをキャンセル、こちらに徒手空拳の構えをとる。

 これは、ヤンチャどころか完全に戦闘タイプのメイドさんです。

 いやいや、言ってる場合じゃない。

 完全に敵対象に認定されています。誤解を、早く誤解を解かねば。

「まってくださ――」

「所属を言え糞豚が!」

 しょ………。

 え、豚?

 敵以前に人扱いされていないようです。

 誤解を解く量がだいぶ荷重オーバーで、比例して気が重くなる。

「近づくな! 殺すぞ!」

 えー。

 微動だにしてないけれども。

 強いて言えば喋りかけただけなのに、殺意の出番が猛スピードすぎませんか。

 どうやら取り付く島もないご様子。まいったなぁ………。

 とりあえず敵意0アピールです。目指せコミュニケーションのスタート地点。

「手を後ろで組んで、体を伏せろ! これは警告じゃない! 殺意だ!」

 殺意なのかよ。せめて警告であれよ。


 何なのもう。スタート地点がひたすら遠いな………


 遥か前方にある「挨拶を交わす関係」を想い、意気込んだ気合がみるみるしぼむのを感じる。

 思いのほか気が立っている相手に、さぁどうしたものか。どうしたものかって、手と足を縛られている状況でとれる行動なんてたかが知れているんですけど。

 ん? あれ、何か思った以上にピンチじゃない?

 何気に危機的状況なことを遅まきながら気付き、焦燥感を募らせていると、そのこちらの危機的状況をみて、どうやら相手に攻勢に出る状況にないことを察したのか、訝しがりながらも、構えは解いてもらえた。

 縛られておくものですね。

「………なぜ縛られている。その年でもう変態か」

 どうでもいいけど口悪いなこの人。

 そう思われてもしょうがない状態ですし、先ほどそう思われそうだなとは思いましたが、言うかな普通直接。

 そして違う意味で警戒されてしまった。

 やっぱり縛られるんじゃなかった。なんか某変態と同類に思われてそうなあの眼差しに、人としての品性を貶められた気がします。

 そして、どの年と思われているのか、非常に気になります。

 18以上ですよね?

「………こんな年端も行かん子供まで………

 いや、奴らに人としての良識を期待した私が間違っているか………」

 年端も行かない18ってことですよね?


【システムメッセージ:先ほどから悪あがきが見苦しい映像をお送りし、申し訳がありまそうたろう】


 誰宛の謝罪か知りませんが、人の名前を弄りながら謝るな。

 あと、少し聞いていいですか?


【システムメッセージ:勿論です。気が向くままにお答えしましょう】


 雑談か。

 マブダチさんはここがどこか、今がどういう状況かご存知ですか?


【システムメッセージ:知っていると言えば、知っている。知らないと言えば知りませんね】


 マジで自由気ままに喋ってんなこのシステムメッセージ。

 まぁ、察するに、意味不明な混ぜっ返しをしているってことは、知らないってことですね。私の気配りが足りず、いちアイテムに期待しすぎてしまってすいませんでした。


【システムメッセージ:ご主人様が気を失ってから2時間経過後の、ここは最後にいた村から北東に5kmほど離れた場所にある森の中の地下洞窟の中です】


 そして煽り耐性ゼロやな。


「何を黙っている。さっさと要件を言え、忠犬カス野郎」

 おっと、油断して彼女を放置していたたので新たな悪口が増えました。

 放置すると私の酷い呼び名が増えるシステムのようです。断固阻止せねばなりません。

 というか、忠犬ってどこからのインスピレーションですか。

 今までのやりとりに忠犬要素ありました?

「どうせ貴様ら、例の糞みたいな自殺キャンペーンに参加しにきたのだろうが、いい加減にしろ」

「じ………?」

「そうだろう。狂った愛国心で自ら死に赴く行為が自殺で無くて――」

 そしておそらく彼女の目に映っているだろう、雁字搦めでポイされている哀れな少年。

 はい。それは私の事です。

「自ら――なんですか」

「うむ」

 うむじゃねぇよ。

 自ら赴くコンディションに見えるでしょうか。いいえ見えることはないでしょう。見えたらそれは頭の病気かパラレルワールドだと思います。どちらにせよ病院に行きましょう。

 一応メイドさんには正常にこちらの姿が正確に見えているのか、少し目を逸らすと、黙とうするようにそっと目を閉じて一つ大きく息を吐いた。

「………少年。聞くが、貴様ここにはどういう経緯で来た」

 そして突然穏やかな口調で語りかけてくる。

 きまり悪くて誤魔化そうとしているのかとも思ったけれど、思ったより表情は沈痛だ。何かを耐え忍ぶように、絞り出すような言葉には、一応誠実に回答するべきだろう。

「いや。気付いたらここにいて………」

 でもこちらがそれに見合う回答をできるとは限りませんが。

 力及ばず無念であります。

 それに彼女は気を悪くした様子もない。何であれば、さらに顔が俯き加減になった気がします。え。泣かないよね。

「………では、記憶が途切れる前、近くに王族関係者がいなかったか?」

 さっきから何の質問なんでしょう。

 いたかって言えば、いましたよ。


『王族の国の後継者筆頭ザグラム皇子直属の側仕え、

 『エルロッド=オバーニ』ですわ』


 小さい女の子ではありましたけど。

「………いましたけど、それがなにか――」


 バキャッ


 メイドさんの足元の岩盤が割れました。

 ………

 岩盤ってそんな簡単に割れるっけ。

 え。なに。次はお前の頭蓋骨の番だ的な流れですか? 


「とうとう………一般人を巻き込んだかっ! 外道どもめがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 そして真下に打ち込む拳がズドムと――

 炸裂と同時に辺り一面に立っていられないレベルの振動が巻き起こり、圧倒的な拳圧に圧迫され衝撃に耐えれなくなった地面が、「ベコム」と半円状に陥没する。

 

 っぁあぁぁぁぁぁぁああああああンッっッッっ!!!!!!


 と、辺りにはじけ飛ぶソニックウェーブが洞窟内を暴れくねり、その余波でこちらの鼓膜も連続ダメージを受けるが、もうそんなことよりどうしたの。

 こちらはと言えば、もちろん立っていられるはずもなく、早々に地面に伏せ、耳を塞いで神頼みフェーズに移行です。他に何ができるというのか――いや、神頼みはだめだっつの。

 とりあえず祈る先も見失ったので、彼女の様子を恐る恐る伺う。

 ぱっと見、綺麗でクールなおねぇさんにしか見えませんでしたけど、軍人口調を裏切らない超武闘派系メイドだったようです。今日からあなたは軍人メイドで決まり。

「そこのクソガキ」

 クソは兎も角「ガキ」は止めてください。

 何でしょう。

「出ていけ」

 でていけ。

 なるほど。

 私は、再度自身の姿に視線を移す。

 相も変わらずの芋虫スタイル。移動するのはとても苦手そうだ。

 大変なんです。

「難しいです」

「………。

 わかった。あたしが離れる」

 そう短く告げると、彼女は後ろに振り返り、そのままスタスタと歩いて行ってしまう。今更ですけど、貴女は縛られてないのですね。羨ましい限り。

 そして10mほど離れると、再度こちらに振り返り、そのまま腰を下ろした。

 メイド服って胡座が全く似合わないことを知る。

 トコトン女性っぽい仕草を嫌うひとですね。

「今から、何でそんな姿の貴様に、傷口を熱した針で縫うようなことを言うかを教えてやる」

 例えが物騒。

「それはご丁寧にどうも。

 その前におねぇさんのお名前を頂戴しても良いですか?」

「あ?」

 何となくこんな状況ですし、彼女はそうでもないようだが、長い付き合いになりそうな気もするので、お互い名前を名乗っておいた方がいいだろう。

「ちなみに私の名前は『有馬 宗太郎』と申します」

 そんなわけで、ファッチュアネーム。

「………」

 まぁ、普通に断られると思いつつの交渉でしたが、少しばかり迷うような間を空けたものの、何かの儀礼か、右手の甲をこちらに向けて、顔の高さまで掲げた状態で、意外とあっさりと彼女はその名前を教えてくれた。


「マリアだ」


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アイテムボックスに敵を入れると死ぬ 差久 @iadachi

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