01章:Sakura Side[011]

[Sakura-011]


 ところでこの従者少年は、何を思って僕の隣にやってきたのだろうか。

 危険を顧みずというタイプには全く見えない都合上、何かしらの勝ちの目を彼が持ってきているのではないかと期待してしまう。

「そこのお嬢様。一つよろしいでしょうか」

 そんな期待をまさか感じ取ったわけでもないだろうけれども、その従者少年が中ボス娘にコンタクトを取り始めた。

 期待が高まる。

「ギャハハ。

 お嬢様ぁ? それあっしの事っすかぁ?

 奈んか金取られそー!」

「まさか。そんなことは致しません。

 私の方からお話ししたいことは、交渉の話でございます」

 テンションが常時高くて感情が読めない中ボスレインコート娘に一つも頓着することなく、悪い言い方をすると相手にせず淡々と話を進めるその姿は、なんだか頼もしいじゃないか。

 もしかするともしかするのかも。

「何です奈んですー?」

「あなたのことを一目見た時から愛しておりました。

 どうか私だけでも助けていただけないでしょうか?」


 うわあ。


 これはひどい。

 あの主人にして、この従者ありだね。思考回路がぶっ飛び過ぎてるよ。

 見てみなよ。後ろの女子達が人間のクズを見る目で君を見ているよ。多分正しい評価だよ。

 しかし、相手が相手だ、普通じゃない彼女には普通じゃない方法が案外効果があるのかもしれない。

 そして彼女の答えとは。

「ごめんない。あっし好きな人が居るので」

 割とまともに真正面から振られた。現れてから初めての真顔だ。普通の顔をしていたら、なんか案外幼い顔でかわいいぞこの子。

 そして普通に振られた従者少年は、特に傷ついた風でもなく――傷つく資格もなさそうだけど――飄々と言葉を続けた。

「そうですか。残念です。

 それはそうと、そんな気もなく告白をしてくる節操の無い男はお気に召さないのではないでしょうか。

 お目汚しのないように私、壁の外で待機させて頂けますと幸いです」

 実はこの子面白い子なのかも知れない。

 さっきの今でどんな交渉だ。むしろ怒らせるとは思わないのだろうか。

 あと、君の言う通り、後ろの女子達の好感度はすごい勢いで下がってるみたいだよ。なんかぼそっと「災いあれ」って聞こえてくるし。怖いし。

「んー。

 なんか差っきから聞いてると、あっしがあなた方に危害を加えるみたいに聞こえるっすけど、そんな気ないっすよー?

 ずっと言ってるじゃないですかぁ。

 あっし勇者さんとお喋り死たいんですよぉ」

 そう困り顔でギャハハしてくるけれど。

 僕はしたくない。

 結局矢面はこちらなのか。ひどい話だ。

 急いでいるって言ってるじゃないか。

「じゃあお喋りしようか」

「ほんとっすか!?」

「ここを出るための方法をお喋りしよう」

「絶対会話する気ないっ素ね」

 当り前じゃないか。

 まぁ、でもどうやら。こちらに危害を加える気が特にないのは、ある程度本当だと思っていいかもしれない。こんな芸当しろかべができる人間(?)に危害を加える意思があるなら、もうすでに僕らは息をしていないと思うし。

 と、するなら少し試すくらいはしてもいいか。

「スキルストックオープン」

「んむ?」

 今の僕のスキルストックをまずは確認してみる。


==


【SystemMessage:サクラのスキルストック一覧】

1:天来

2:斬鉄

3:ヒールLv15

4:リポイズン

5:奇跡

6:身体強化Lv30

7:二回攻撃

8:カウンターLv10

9:自動回復Lv15

10:気配察知Lv20


==


 やっぱ欲しいものは入ってないか。

 つまりは、欲しいストックに入れ替える必要があるってことだけど――

 なるべく敵意がこもらないように、中ボス娘をチラ見する。

 ――入れ替えに必要な時間は1分。その間完全にこっちの動きが停止するけど、今更その隙に何かしてくる相手じゃないか。

 そう祈る。

「スキルストックチェンジ」


==

 3:「ヒールLv15」 → 「開閉神式「雷即豪」」

==


【SystemMessage:ストックチェンジ中「サクラ」の行動を一分間制限します】


 いつも思うけれど、これに「No」って言うのは可能なのかな。『誰』に対して『宣言』してるんだ?

 周りに聞いたところ、こんな変な文字が浮かぶのは僕だけらしい。

 っと――きた。


 ズゥン………と、体の芯が抜き取られたような脱力感と、重力感がない交ぜになった気持ち悪い感覚。いい加減慣れてはきたけど、問題は「体が全く動かない状態」を晒す危機感が、本能の大事な所をガリガリ削りとるような、叫び上げたいほどの「じれったさ」。完全に密室にした上で行ういつもはそこまでひどくないが、完全に人前で公開するのは素っ裸を晒すくらいの無防備さだと思う。

 つまり、「ただ見」禁止だよ。お題は高く買い取ってもらうさ。

 何も動かないのは承知のうえで、意識の上だけで対象、中ボス娘――ではなく、白い壁を睨みつけるイメージを、強く強く根付かせ続ける。

「あはぁ。無駄だと思います毛どねぇ」

 祈りは届いたのか元々不要だったのか、やっぱりというか彼女は、こちらの1分に対し何もアクションをとる気はないらしい。そしてそれは告げた言葉が表す通り「侮っているから」以外の何物でもないだろう。

 もしくは。

「でも面白いじゃないっ素かぁ!」

 ただの愉快犯か。

 まぁ、こっちは結果だけもらえればそれで良いよ。


【SystemMessage:ストックチェンジが完了しました。「サクラ」の行動制限を解除します】


 では行こう。


「勇者さん! あたしらはどうしてたらいい!?」

 ウィンド娘は未だ空中でチマっ娘を抱えて状況を見据えたまま、と思ったら、いつの間にかうちの変態も面倒を見てくれているようだ。足にしがみついてプラプラしている。扱いがだいぶぞんざいだけど、まぁ変態だしね。

 どうしてほしいかと言えば、そのよくわからないスキルで上に行って壁の向こうに行ってくれるとありがたいんだけど、やれるなら既にやっているだろうことから、そこに期待をしてもしょうがないだろう。

 なので。

「じっとしてて」

「わかった!」

 打てば響くやり取りが心地いいね。最近変なのばっかりと関わってたから食傷気味だった気持ちが癒えるようだ。やっぱり後で友達になってもらおう。

 そのためにも、とりあえず「試してみようその1」。


 拳を振り上げ、従僕が主に忠誠を誓うように、そのまま地面に振り降ろし、中腰の姿勢で「宣言」を始める。

「「開き給え」! 「開き給え」!」

 その言葉に呼応するように地面が鼓動を返す。これで大地を媒介に「力の源」に意識をつなげた。拳を通して、暖かな流体が脈動と共に体に飲み込まれていくのが分かる。

 そして浮かぶメッセージ。


【SystemMessage:神式に定義済みのパラメータを設定します】


==

 属性:雷

 実行:即

 効果:豪

==


 本当ならここで『祝詞』を謡うのだけど、戦闘中に謳う意味が分からないので省略。


「神式『雷即豪』――」


 ――スキルNo03「開閉神式「雷即豪」」――

 指定の属性神に乞い、力の一端を身体に付与する神道術。

 それぞれの単語の組み合わせ毎に違った現象が発現する。

 今回指定の「雷即豪」では強力な電磁砲を伴う攻撃が次の自身のアクションに付与される。


 ――喰らいなよ非常識。


「正拳突き」


 中腰姿勢から地面を深く抉るように足を踏みしめた瞬間、その足は端からは霞の様にぼやけた様に見えたかもしれない。

 ドンっ!

 と、言う空気が破裂するような音を置き去りに、僕はただ白い壁に読んで字の如く跳躍する。

 ただ。

 ――スピィィィィィィィィドが馬鹿げてるだけさぁぁぁぁぁっ!

 周りの風景も音も風もまるで時間さえも置き去りにするようなその常軌を逸した速度で、ただ拳をまっすぐ打つだけ。


 ズガンッッッッ!!!!


 それが今の僕の最強。

 試金石で出し惜しみ無し。

 後悔は先に立たないらしいからね。

 

 そして衝突の衝撃がそのまま衝撃波となり、周りのなにもかもを僕を中心に吹き飛ばす。僕は殴りつけた姿勢のまま、その拳が接した面の振動を体中でしばらく味わう。

「じっとして、ではなかったんじゃないこれぇぇぇぇっ!?」

 あ、そうかも。ごめん。

 空中にいたウィンドウ娘や、それに連なる子たちも視界の外なので見えやしないけど、多分衝撃波に巻き込まれて吹き飛んだ際の悲鳴は聞こえてきた。

 憎らしいことに男子の方の悲痛なる声は聞こえないので、多分僕の「じっとしてて」を端から信用せず対応したのだろう。むかつくが正答だ。

 そしてその壁の方だが。


 ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッッッ――


 壁全てが細かく激しく振動する音そのものが、壁から壁に跳ね返り増幅し、なおも激しくなっていく。その音がもはや攻撃の様に脳を揺さぶり、下腹をかき回す。ああ滅茶苦茶気持ち悪い。

 結果から言うと、どうやらやっぱり壊れないらしい。

 次はどうするかな――なんて無理やり気持ちを切り替えようという、涙ぐましい努力を敢行しようとするけれど、どうやらそれはいい意味で無駄に潰えるみたいだった。

「うわっギャワワワワッ!?

 ウルセー!!

 なし奈しっ! 『システムコール! カーペンターモード!』引っ込め『オブジェクト』!」

 今までに無く素を伺わせる感情で、少なからずの嫌悪をみせるは中ボス娘。

 どうやら、この壁から放たれる振動波が耐え難かったらしく、彼女が指揮者の様に両腕を前に突き出し、振り下ろすと――


 ゴウ


 冗談のように白い壁が地面に溶けるように一瞬で無くなった。

 そして、まさにここだ。

 何かするならここしかないぞ――腹黒従者!

まさしく、流石でございます勇者様」

 最早もはや待ち構えたかのような、なんて奥ゆかしいことは言わない。

 ――こいつ絶対待ち構えていた。

 その従者は中ボス娘の真後ろに、馬鹿皇子を背負いながら、まさに今から技を繰り出さんばかりに片腕を前に突き出す格好という、絶好の不意打ちスタイルで、そこにいた。

 そして放つ。

「『蜘蛛糸操糸』」

 

 ――スキルNo04「蜘蛛糸操糸」――

 スパイダー系モンスターの基本スキルであり、鋼鉄のような頑丈で髪の毛よりも細い蜘蛛糸を生成し、自在に操る技。

 魔物の技を習得するジョブによる習得が可能。


 瞬時に腹黒従者の指先から飛び出す大量の白い奔流。

「んにゃぁっ!?」

 それが瞬く間に中ボス娘を捕らえ、巻きつき、雁字搦めを超えて、一つの巨大な繭を生成した。


 これが全て蜘蛛糸かと思うと、壮絶に気持ち悪いけれど、間違いなく離脱のチャンスだ。

 あの糸はおそらく『かなり』丈夫で、普通ならあそこから脱出することはほぼ不可能だろう。何だったらそのまま絞め殺されるところだろうけど、あの繭の中身を普通の相手と捉えるのはだいぶ厳しい。間違いなくそのうち脱出するはず。

 その前にこちらもこの場からさっさと離脱するべきだけど、そうシンプルにはいかないわけがある。

 まずは周辺チェック。きょろきょろとしてみるも、誰の仕業か土埃が舞って視界が少し悪い。

 男子どもは勝手に何とかするとして、うちの女子達が吹き飛ばされたままならまずい。もしかすると気を失っている可能性もある。というか、全く動いている気配を感じないところを見ると、十中八九相違ない。流石にこれを自己責任と切り捨てて見捨てるのは不味かろうだ。

 というか普通に僕のせいだろう。

 そして時間に余裕はない。今すぐにでも離脱しないといけない状況で僕が取るべき選択は、そう多くない。

 かなり癪だけど、頼ってやることにしよう。

「帽子! 女子達の離脱をサポートして!」

「………」

 奴には手段は知らないけど、相手を捕捉するスキルがあるんだろう。この視界の悪い状況で最短距離で彼女らに迎えるのは帽子の方だろう。

 問題はこの性格破綻者が僕のいうことを素直に聞くかだ。

 まぁ、動く気配が見られなければ僕がこのまま探し回って対応するまでだけど。

 とはいえ、奴の反応は思いの他早かった。

「……お前、騎士の国の件ちゃんと守れよマジで」

 その想像より近い位置からの言葉が終わるや否やで。

 ぶわっ、と目の前の砂埃から人が飛び込んでくる。

 帽子だ。

 その両脇には誘拐よろしく女子達が抱え込まれて――

「ぼっ、としないでよ。さっさと走れ」

 そのままこちらのかたわらを走り抜いていった。

 ――あの帽子、こちらがいう前に回収してたか。

 そしてもちろん、言われるまでもない。僕もその背に続き、普通に追い抜き――様にウィンドウ娘とチマっ娘を回収した。


 このまま。

 何事もなく、逃げられるか?

 そんな弱気が僕に後ろを振り返りさせるという手段をとらせた。

 そしてその視線の先には、若干晴れた砂ぼこりの先に、蜘蛛糸なんて跡形もないレインコートがくっきり浮かび上がっており。出会った当初からの不気味な笑みをこちらに向け、だけど何をする様子もなく、それどころか片手を上げて手を振る中ボス娘がいた。

 ――多分追っては来ないだろう。

 そう祈りに近い感想を独言ひとりごち、前に向き直り、それからはもう振り返りはしなかった。

 

 ◇  ◇  ◇


「何だって?」

 もうだいぶ疲れた。とはいえさっさと再出発と行きたいのに、どうも世界は今僕の敵っぽい。


 充分過ぎる程の距離を走り、一旦休憩と少し開けた木立の間に腰を下ろし、案の定気を失っていた3人を寝かせ、やっぱりあの腹黒従者はこちらに合流しなかったかと考えていると、常時安定して偉そうな帽子が、もちろん偉そうに僕に不穏なことを言ってきた。


「だから、そのギルドの受付担当がさっきその2人を縛り上げようとしていた、って言ったんだ。なんなの、もう老化が始まってるの」


 なんなの、もうお腹いっぱいだよ。あと、帽子お前は天来25回目決定。



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