01章:Sakura Side[010]

[Sakura-010]


「亜れ、逃げようとしてるぅ?」


 ギャハハと。


 切ったハサミは当然と言うべきか中ボス娘だった。

 ――「逃げる」ね。

 癪だけれども、その言葉はとても正しく、だからこそ正しくは緊張線のピッチは切られたのではなく、むしろ、より張り詰められたのかもしれない。

 後、あんまり僕らが去ることについて、気にもしないかも、とか少し期待したけれども、ちっともそんな感じでもなかった。

 ギラギラと、僕らを――僕を見てくる。

「そんなのないっすよー。もうちょっとお喋りし麻せんー?」

 だけど、申し訳ないけど、ここは断固逃げに徹する。

「ごめん。僕君が嫌いだからあんまり喋りたくないんだ」

「辛辣w」

 人を指さしギャハハもだいぶ不愉快だけど、笑うなら目も笑ってもらえないかな? 瞳孔開きっぱなしだよ。

 怖いよ。こっち見ないで欲しい。

 というか、早くしなよエロ皇子。君の管轄って聞いた気がするよ。

 なんて、思わずそちらに眼を向けそうになるけれど、流石にそんなアンフォローなことはできない。こっちの身にも降りかかる訳だし。

 これ以上はもう「よーし。それじゃあおねーさん逃がさないように死ちゃおっかなぁ?」――やばい。

 

 前言撤回。

 流石にここに来ては意味もないだろう。エロ皇子の方に向き直って――途端に理解する。


 目が完全に『無』。君、何早速やられてるのさ。


 ――というか何の前振れがあった?

 流石にいきなりすぎないか? 人の意識を完全に奪う所業がノーモーションとあっては始末に負えなくて泣きそうなんだけど。

 まさか他は大丈夫だろうね。

「変態君!」

「アイリスです!」

 OK。とっても安心した。

「勇者さん! ティルは、あれどうなってるの!?」

 ん。ウィンドウ娘も意識はあると。その言葉に「え?」と反応したのはチマっ娘だね。とりあえず良かった。こちらは全員無事のようだ。

「………」

 帽子が下品な手サインくたばれで健在を知らせてくるが、別に心配してないよ。お前がくたばれ。

 というかウィンド娘。随分吹っ飛ばしてた割に可愛らしく心配するじゃないか――と考えている暇もあればこそ。

 中ボス娘がふらふらしていた足を両足揃えて踏みしめると、喝さいを浴びせるが如く両手をこちらに掲げ、短くない叫びを「せーの」と放つ。


「『システムコール』!『管理者ツール』!『カーペンターモード』!」


 何言ってるのか意味不明なんかいいはじめた

 

「叫ぶ必要は全っ然ないん素けど、この方が断然萌えるですからぁ!」


 聞いてない。


 そんな無駄な会話の間に、頭の中を直接刻みつけるような、甲高い音が辺りを満たし始める。心なしか辺りの闇が深くなり、小動物の気配が完全に消えてしまったような、不気味な静寂が森に降りる。


 ああもう。

 何が何やら。

 何かやらかしてくれたんだろうけど、全くやらかしたベクトルがわからない。

 おかげで全方向への警戒が馬鹿みたいにだるいし、普通に逃げ遅れた感がすごい。下手に動いて何が起こるか想像がつかないわけで、前にも後ろにも進めず非常に困った状態。

 何が困るって目の前の少女からはそう思わせて余りある異常性がビンビン伝わって、


 ――まず最初に寒気が来た。


「――っ」

 今まで自分が生きてきた世界が、自分を育んできた価値観が、180度反転して自分に襲い掛かるような幻視風景を藪から棒に降り注がれる。

 次に見慣れたメッセージが見慣れない感情で話していた。


【システムメッセージ:サクラさん! 下手に動かないで!】


 動けないなら逃げ場なしってことかい。切ないじゃないか。

 そして、本当に逃げ場がなくなりそうだ。


 ――光が。

 中ボス娘を中心として、無数の光点が唐突に浮かび上がる。

「何!? ライトマジック!?」

 どういう仕掛けか、いつの間にかチマっ娘と共に空中に浮いたウィンド娘が、けれど自分の口にした「単なる明かりの魔法」であるとは全く信じてない口調で、辺りの警戒を強める。チマっ娘は強く抱きしめられすぎて目を回しているが、大丈夫だろうか。

 再度光点に注目。

 光というよりはただ白いそれらは、だんだん連なり、複雑な螺旋、曲線を描き、妖めいた多数の面を空中に顕現させた。

 陣。魔法陣なんだろう。それら自体は何かの効果を持つものではない、効果を現実に顕現するための魔法行使の手段の一つ。

 基本的に人間単体では実現不可能な魔法を実行する際に利用されることが多い。

 その事実が、今無数に浮かぶ魔法陣を見る僕の目蓋まぶたと気持ちを落とさせる。もうここにいること自体、めっちゃ嫌なんだけど。

「んっんー。何つくロー? 面倒だし、とりあえず座標点高く設定するだ毛でいっかー?」

 ダメで―す。

 と言っても通用はしないのだろう。

 それはその通り、やっぱりと言うべきか、状況はどんどん悪い方に転がり続ける。

 ぼわん、と。

 中ボス娘を中心とした、いやに正確な正円が、僕らを囲むように魔法陣と同じ系統の真白で描かれる。

 と、考えていた途端に。

 その円がそのまま、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん要塞の防壁の勢いで白く立ち上る。

 あまりにも白いそれは、魔法陣とは違い、きっちり存在のあるものらしい。らしいけれど、今まで見た何の材質にも、なんの現象でもお目にかかったことのないその白い壁は、さぁ一体何の冗談なのか、向こうの空が見えないくらい高い。一番近い表現は「夢に出てくる曖昧なこれ以上いけない境界線」だろうか。

 ――いやいや何それ。トラウマの具現化みたいじゃない。

「……っく。なに、これ………」

 先ほどから目まぐるしく起こるイベントに一つもついて行けない様子の空中ウィンドウ娘は、それでも傍らのチマっ娘をより強く抱き寄せる。彼女にとっては何が起ころうが自分がとる行動ポリシーは決まっているのだろう。とても同意する。彼女とはいつか色々話してみたい。

 とはいえ今僕が相手をするのは、全く友達になりたくない方だ。

「運が胃いですよぉ! お嬢さん方。

 普通に生きていても目にすることのなかった神のごとき領域を、皆様は今目の前にしているのですか羅ぁっ! はっはー!」

 はっはー。

 今の運は糞最悪にきまってるだろ。

「どーでもいーで素がぁっ!」

 どっちだよ。

 色々不安定でやってらんない。

 それもこれも――


「いいえ。これで良いのです勇者様」

 そして前触れもない奴は後を絶たず、僕の傍らにエロ皇子の従者が飛んできた。先ほどまで、自分の主人が最前線にいる間も後ろの木立の上にずっと潜んでいたのは知っているけど、本当にいい性格をしている。

 そして主人の意識不明がこれ幸いとはどういうことなのか。

 エロ皇子。大丈夫か君んとこ。

「お察しの通り、あの恐ろしい少女は人の意識を強制的に奪い、操作します」

 勝手に喋りだすし。そうだね。お察しだよ。怖すぎるよ。

「幸いなことに、どうやらそれは一人限定の様で――

 あちらをご覧ください」

 観光ガイドよろしく差し出された手の先を、僕をはじめとした各面々が目線をやると、そこにはまたさっきと同じように倒れ伏した剃髪騎士がいた。

「おそらく、操作を止めると意識がなくなったままとなり、倒れ伏すのだと」

「違うよお?」

 まぁ。

 全然相手に聞こえる云々を気にしたトークではなかったので、当然向こう側にも「悪だくみ」は筒抜けだったようだけど、この従者はそれも織り込み済みだったと何となく思われる。そして彼の狙い通りなのか、その観光ガイドには、観光される側の本人が異を唱えた。

「操作を止めれば、その時点で意識は取り戻しま素よぉ?

 あのおっちゃんは操作前であらかじめ意識を奪ってた加ら元に戻っただけっす!」

 なんともはや。否定ではなく、より正確な内容を、ご丁寧にご本人の解説補足付きだ。

 それに、割と重要な「操作できるのはお一人様」は全く否定しない。

 まぁ、発言者二人の信頼度が一番の問題でもあるけれど。

 ああ。

 そういえばこの子の目的は「お喋り」だっけ。道理でペラペラしゃべってくれるはずだ。

 であれば、僕らの目的はその考えが「悪意」に向かないよう頑張りつつ、ここを脱出することだね。

 良くわからない、如何にも壊れなさそうな天高くそびえる壁に四方八方塞がれつつ、下手に動いたら何するかわかんない危険人物と至近距離を保ったまま、離脱の隙を伺わないといけない。

 激熱じゃないか。

 今すぐベッドの上で目が覚めて欲しいよ。そしてそのまま二度寝したい。



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