01章:Sakura Side[008]
[閑話-001]
「ティル様」
「なんぞ」
タイアドロンをやり過ごし、再度デシレアたちを探す途につく彼らの最後尾に、誰知らずまま位置する彼ら主従が、前方に届かぬ声で囁きあう。
「タイアドロンがここにいるということは」
「わーっとるわい」
発言を許され、無表情のまま密告さながらに声を落とす従者に対し、主となる青年は、けれどぞんざいに片手を振って遮った。
それに対する従者と言えば、その扱いに完全に慣れた調子で、頷くでも反論するでもなくただ後ろに一歩控えただけで、意思を主に伝える。
――では、そのように。
それ以降はただ追従うだけに徹した様子の己の従者に、何かすべてを丸投げされたような錯覚を覚えた主は、八つ当たりに近いその思考を追い出すように、二つ、三つ、額をこぶしでコンコンと軽い調子で叩く。
――丸投げも何も、これは我の仕事よな。
誰にも任せられない、任せることなど許すつもりもない、そういう
――我ながら面倒くさいな。
そのまま感情を息とともに捨てるため、一つため息をつくと、さて、少し密会をするため距離を離しすぎた、とっとと追いつくかと足のギアを一つ上げようとした、その直前、もうしばらくは口を開かないだろうと思っていた従者から、思いついたような言葉が聞こえてきた。
「そういえば、あの帽子の彼」
「む?」
帽子の彼。
それで全く誤解なく指す相手が伝わるキャラクター性に、改めて戦慄をしつつ、その「帽子の彼」に目線をやる。
帽子が頭部を覆い隠すという、帽子ってなんだっけと哲学に迷い込みそうな風貌の彼。彼は先ほど出会った当初から、なにやら皇子たちに対してピリピリした感情を向けてくる。いや、向けてはこないが、その「お前たちの存在を許さない」と言わんがばかリの強い忌避感が、どうにもずっと不快だった。
「………彼とは以前どこかで?」
「いや。知らん。
まぁ、メンズの記憶なんぞ1週間持つか自信ないけども、あんな特徴的なやつ、流石に忘れ辛いわ」
逆に、今の特徴的な風貌をしていなければ、絶対わからないが。
だが、であればあの尋常ではない態度は何なのだろう。やはり今とは違う姿で一度面識があるということか、はたまた間接的な怨恨か。
そして、何が彼をそこまで駆り立てているのか。興味という意味であれば、とても興味深い対象だ。
「まぁ、知らんが」
何も言ってくるでもなく、構えるわけでもなく、強烈に無視するだけならこちらも相手をしなくて済み、とてもありがたいとさえ思う。
「こちらの大願を前にすれば、大体小事よ。
もはや状況は止められぬところまで転がってしまったのだし、なんか近くのやつの圧が怖いとか言ってられん。
――お前も見たろう?
タイアドロンはもう「あれ」を手放していた」
「あれ」。
それは何かなど従者は聞かないし。疑問にも思わない。
何せ彼らが遠い「騎士の国」からわざわざこの「王族の国」にやってきたのはそのためとさえいえるのだから。
「『女神の聖剣』はオレイルの妹、「マリア」を選んだに相違ないわ」
◇ ◇ ◇
[Sakura-008]
またしばらくマラソンを続けていると、風景に変化があった。
前方に見知らぬ騎士が横たわっている。
鎧を着こんでいるので、外傷があるかは一見してわからない――とはいえこんなところに倒れているなんて、多分尋常じゃない理由があるのだと思う。
なので。
――帽子男は倒れている騎士をまたいで通った。
――僕は倒れている騎士を避けて通った。
「ちょっと待って下さらんかっ!?」
続いて、チマっ娘がどう対処するか、目をぐるぐるさせて立ち止まろうとしたタイミングでくだんの騎士から叫びが上がる。
また吹っ飛んでいった。
――またマラソンが一時中断だ。
なんか、この子たちはお留守番してもらっておいた方が捜索は捗るんじゃないかと思えて来たよ。
「正直、ニーアさんがやるか勇者様がやるかの違いだと思いますが」
正直が過ぎるよ変態君。
あと遠慮がなくなってきたね。別にいいけど。
それは他所に、ウィンドショット娘は一瞬「ヤベ、今までのノリで見ず知らずのけが人(?)吹き飛ばしちゃった」的な気まずそうな顔を浮かべたが、すぐに何事もなかったことにして場を納めるつもりらしい――すぐに行き倒れ騎士を問い詰め始めた。
「何あんた。うちのロりっ子を泣かせて何のつもりなわけ?」
言いがかりも甚だしい言い分だけど僕に反論はない。
「ロりっ子ではありません! 成人していますってば!」
反論は身内から出たみたいだけど。
とにかく急いでいるから、単に気まずいだけで話しかけているなら手短に済ませてほしい。
そんな正直どうでもいい気持ちで行き倒れ騎士を見ていると、何となく、何となくだけど見覚えがある人間な気がしてきた。
禿げ上がった頭部、意地が悪そうな黒目がちな眼、如何にも
ああ。
「もしかして、マーク何某?」
その行き倒れ騎士――マークなんとかは、吹き飛ばされた位置で起き上がると、最初に話しかけてきたウィンドショット娘は無視してこちらに反応してきた。
「………どうしてマークで覚えてらっしゃるので?
前々から何度も伝えている通り、吾輩の名はサイラスでございます」
そだっけ。
まぁ、言われても覚えないけどね。
そうして、怪我をして倒れていたわけではないのか、ハ――剃髪騎士はそのまま普通に起き上がり、けれど神妙な顔をこちらに――いや帽子に向けて不満を告げてきた。
「というか、なぜゼブラル卿まで吾輩を無視されるのでしょうか………?」
「生理的に」
即答で端的に酷いことを言う奴だな。
ほら、剃髪騎士がより一層渋面になったじゃないか。
「ていうか、道の真ん中で知り合いが馬鹿みたいに倒れていたら、怖いだろ。
話しかけて知り合いだと思われたくないし」
やめてあげなよ。泣きそうだぞ剃髪騎士。
誰も追い打ちで罵倒を補足してなんて言ってないよ。
こいつ、本格的に人の心が通っているのか疑わしくなってきたな。あ、帽子の化身だったか。
帽子に人の心は理解し辛いかな………
「気遣いに見せかけた悪口にしか聞こえませんよ勇者様」
「マジでうざい。この世から消えてマジオッケーだよ勇者サマ」
マジオッケーじゃないよこの帽子野郎。お前のせいで帽子という単語が悪口になったらどうするんだ。帽子屋さんへの風評被害は計り知れないよ。
「帽子談義はそこまでにして頂きたい」
帽子談義なんてしてないよ。失礼というか不愉快すぎる謂れだね。
不機嫌まっしぐらなこちらの眼差しを直視せず、ある意味正当な睨みはウィンドショット娘に。まぁ倒れてるところを吹っ飛ばされたわけだしね。
それを向けられなお謝意の様子もなく、むしろチマっ娘を泣かされた件について一粒も妥協する気のない目線で向い打つ彼女。
何だか彼女とは気が合いそうだ。
「そこの貴様………親衛隊の騎士に手を上げることがどういう意味を持つか、教えてもらえる知り合いもいないと見えるっ」
そう言い、やるとは思っていたけど右手を胸元まで上げ、勢いよく横なぎに大きく腕を振って威嚇する。よく見るんだけど、あれは格好つけているつもりなのかな。
とはいえ、責められている意図は伝わったと思うけど、それにはどちらかというと、チマっ娘が申し訳なさそうに反応し、さらに声を返した。
「あ、も、申し訳ありません! あの、うちのメンバーが――」
「随分元気だねおっさん。どうやら怪我してるわけでもなさそうだし、なんで倒れてたわけ?
女子のスカートでも覗くつもりだったとか?」
返した声を即遮るように、挑発するようにウィンド娘が剃髪騎士を言葉で煽る。さすがにこんな誰の通るでもない道でそんな馬鹿な仕込みのために倒れているわけないと思うけど。
煽るにしても少しひねりの足りない彼女のそれに、どうやら会話の優位性は彼にあがりそうだ――
「ば、ば、ば、ばかなことぉぉをっ!?
そ、そんなことを、きし、騎士たる吾輩がぁっ!?」
「………。
え。まじで?」
「天来」
ビシャァァァァァッン!
「うぎゃぁぁっ!?」
僕スカートなんだけど。
さっきまたぎこそしなかったものの、避けるように通ったとき、角度的にまさかこいつ。
殺そう。
「違いますぅぅぅっ!?
これはいきなり言われて気が動転しただけで! 図星を突かれたわけではないのですっ!
なので両手で構えて全力で何かする感じをどうか抑えて頂きたいっ!?」
良くわかったね。今から出すのはさっきのタイアドロンに放った天来より、強力だよ。生存確率なんて塵に返してあげる。
「………。
お前普段からそんな格好でバタバタ動くから、普通に汚いの見せまくってるじゃないか。
訳の分からないオボコアピール、マジで痛々しいからやめてほしいんだけど」
フォローなのか喧嘩を売ってるのかで言えば間違いなく後者だろう帽子男。
戦闘中にまびろ出るのと、変態に覗き見られるのを同一視できる訳ないでしょ。
っていうか勝手に何見てるんだ。君も一緒に灰燼に帰してやろうか。
「つーか、お前ら急ぐ気あるわけ?
いい加減、真面目に付き合ってるこっちがバカみたいなんだけど」
む。
………。
チッ。
だけどだけどうるさい帽子だなぁ。
「勇者様………態度がほぼチンピラですよ?」
うん。我ながら少しそう思わないでもない。
少し反省。
深呼吸して頭をリセットしていると、何のつもりか随分遅れて付いてきていた馬鹿皇子たちが、流石にこちらに追いつくや否や、遅れていた自分達のことを棚に上げて、こちらを嗜めるように眉を顰めながら、苦言を呈してくる。
「急ぐ云々については僕ちゃんも同意だぞ。
いいじゃんパンツの一つや二つ。淑女の嗜みで許してあげてよ」
「ウィンドショット」
「なんでそっちが返事するのかなぁぁぁぁぁ――――――っ!?」
魔法打たれたことを、もう「返事」と捉えている時点で君も末期だね。
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