01章:Sakura Side[007]
[Sakura-007]
帽子の様子がおかしい気がする。
………。
故障かな?
「うざい。呼吸しないで勇者サマ」
なんだ。特にそんなことはなく通常運転のようじゃないか。今すぐ
「むごい」
変態君は律儀だね。
それはともかく。
どうやら僕に対して様子が変わったわけではないようだ。
気にしているのは――
後ろに視線をずらすと、目に映るのは小太りの体系に似合わない機敏な動きでこちらに問題なく追随してくる馬鹿皇子。
こちらの視線に気づくと、訝し気な顔を一つした後、訳知り顔に切り替え「にちゃぁ…」とした笑みをこちらに向けてくる。
「てんら――」
「気持ち悪い笑顔やめました!」
冷やしうどん始めましたみたいに。
じゃあ最初からしないでほしい。
まぁ、何の因縁があるか知らないけど、いつもより静かで助かるくらいだし、この馬鹿皇子は意外とありがたい存在かもしれ――
「勇者ぁっ!」
「天来っ!!」
ビシャアァッッッンンンンンッッッッ!!!!!
突然帽子が叫ぶと共に、横っ飛びに受け身も構わず倒れこむのと間髪空けず、その空いた進行方向の隙間に遠慮無用の天来をぶち込んだ。
そこには。
「イギャァアァッァァァアアァアアッッッッ!!!」
いきなり林道の茂みから、二階建てを優に超える巨体が――タイアドロンが飛び出すように現れていた。
そして直後、天来が狙い違わず激突し、再度その姿が煙に巻かれ消える。
「…んなっ……な……な……」
呆然自失の声が後ろから聞こえてくるけど、そりゃそうだよね。無理もない。
それはともかく、丁度馬鹿皇子に放つ予定だった天来を、そのまま威力MAXで放ったので、向こうからしたら出会い頭だ。さすがにモンスターとして最高速度を誇る彼にも避けようがなかったろう。
願わくば、現在探索真っ只中である彼女たちが、タイアドロンに捕まえられていた状態だった、という事がないことを祈る。いや、ある程度確信があったうえで、放っているよ? あれは捕獲という手段をなど知らず、即すりつぶすことしか考えにないはずだから。
だから、どちらかと言えば、まだすりつぶされていないことの方を祈るべきかな。
うん。
――で、どうだろう。
煙が。もうもうと沸き巻く中、依然として巨体の影は見えるけれど、どこまで効果があったのか。ちなみにワイバーンには魔法などの類は効果がないので、正直僕としてはワイバーンよりはこっちのほうが与しやすい。
ん。
だめか。
バシャァァッ――!
「ギャギィヤァァァァアッッッッッッッ!」
その化け物は、煙を突っ切ってこっちに突っ込んできた。
見た限りちょっと焦げ付いている程度で全くの無傷はやたら傷つくな。
チラと後方を見ると、感心なことにウィンドショット娘は変態とチマッ娘を抱えて既に道の端に避難完了している。
皇子も姿が見えないけど、あの付き人が何とかしてるだろう。
じゃあ、特に周りを気にすることはないか。
もちろん僕もあれを正面から受け止めはしないけど――一矢は報いよう。
こちらから勢いつけて向かわずとも、向こうが超スピードで迫るので、その勢いの風圧に逆らわず、吹き飛ばされるように、宙を舞い、けれど吸い込まれるようにその右に肉薄し、僕の右足が地につくかどうかのタイミングに合わせ――
構え。
放つ。
「斬鉄」
――スキルNo02「斬鉄」――
斬撃の摩擦熱を特殊な空気圧で急激な超高温に昇華し、瞬間的に1万を超える斬撃を見舞わされる剣聖ジョブのスキル。防御力を無視した攻撃が可能。
ザッシュ――!
一応炸裂した手ごたえあり。
とはいえ、所詮はすれ違いざまの苦し紛れの一撃。致命傷には程遠いと思われる。
ズド! ズドドドドドドドドォォォっ!
その証拠に、こちらに突っ込んできた勢いは全く衰えた様子なく、そのまま突進を続けているのは、下腹に低く重く体感する地響きからも感じ取れた。
僕はと言えば、斬鉄と吹き飛ばされた風圧の勢いのまま、右足が地面を10mほど滑り、やっと止まる。
その時には、もう彼は視界に映らないほど遠くへ走り去っていた。
攻撃を受けてなおこちらに頓着しないのは、一応天来と斬鉄を脅威に思ってもらえたかな?
だとしたらありがたい限りで、文句もない。
歯牙にもかけられていない感が悔しくも何ともないし、まさか追いかけるつもりも――
「そこの馬鹿、追いかけるな馬鹿」
(おそらく)こめかみ辺りをぐりぐりとしながら、帽子が何か言ってくる。――だから。
「追いかけてないよ」
「殺気立ってクラウチングスタートしながら言うな」
ストレッチだよ。
「嘘が絶望的に下手……!」
姿が見えないけどその突っ込みの感じは変態君だね。元気そうで何より。
◇ ◇ ◇
結論から言えば、探している彼女達はタイアドロンとは別の場所にいるらしかった。
どういうスキルでそれを知ったのかは知らないけれど、帽子は確信をもってそう言い、また勝手に走り出す。
こちらも仕方ないのでそれを追うかと動き始めたあたりで、後ろの青髪のちまっ娘が帽子に問いかけた。
「あの! リーダーたちは、その、今どうなって――」
――いるのか、と続けようとしたのだろう。
それを尻切れトンボのように途中でかき消した理由も何となくわかる。僕たちはこの帽子が何をどうして捜索対象を把握しているのかよく知らない。だから彼女たちが「無事」なのかをどのレベルまで帽子に聞いていいのかわからなくなったのだろう。
そもそも知ってたとしても素直に言う奴でもないけど。
そんな気分で帽子に目をやると、奴は意外にもその声に律儀に立ち止まり、そしてさらに驚くべきことに振り返り、声に応えた。
「………。細かいことはいちいち言わないけど、相手の位置が何となくわかる程度のスキルだからな。向こうがどんな状態かは知らない」
「そう、ですか……」
その言葉に、正直落胆するのを止められなかったのか、少し気落ちしたように俯き、けど、思い直したように今度は笑顔で一礼してみせる。
「あの、ありがとうございます!」
「………」
その礼を受け取るでもなくただ見ている帽子を見るに、お礼のし甲斐の無いやつだなと思いつつも、多分「なんでお礼をされたのか」わからないんだろうな、と察した。
「何の礼なの、それ」
そして聞いてしまった。帽子の社交性がやばい。聞くかな普通それ。
見てみなよ、相手もキョトンとしてしまったよ。どうでもいいけどメッチャ可愛いなこの娘。飼いたい。
「え。いえ………。見ず知らずの私たちのために捜索を手伝ってもらっているですから、それなのにお礼の一つも言わずに聞いてばかりで……」
「………」
「あ、ああっ!? お礼よりまず謝罪を求められてるですか!?
す、すいません!」
そして次は謝罪のために一礼をした。
うわぁ。帽子立ち尽くしっぱなしだよ。絶対戸惑っているよあの中身。可哀想に。後でお菓子をあげようちまっ娘。
「………。俺を何だと思ってるの。謝罪なんて求めてないよ。
というか、あー………」
「あー」て。
これは既に戸惑いを通り越して面倒くさくなってるな。
多分居心地が悪いやり取りを、一応奴なりに穏便に止めさせようとしたんだろうけど、この帽子がそれほど我慢強いわけもない。
とりあえず何をしようと思って上げていたのか不明な右手を、額(多分)にあて、項垂れるように俯くと、やけくその様に勢いよく先ほど向かっていた方に向き直った。
「――もういい。お前らも急ぐんだろ、もう行くぞ」
そして相手の言葉を待たずに駆けだす。
わかりやすく逃げたものだね。
そんな良心のない帽子の対応に、そのまま放置された青髪娘は、しばらく反応ができないままぼうっとしていたけれど、ウィンドショット娘に小突かれて我に返った模様。
「あ、はい、すいませ「生きてるよ」――はい?」
慌てて追いかけるように駆け出したちまっ娘に、振り返らないまま帽子男は言葉を続ける。
「何となくでも、移動はしっかりしてるようだから、少なくとも動ける状態なんじゃない? 知らないけど」
そして、そのまま速度を上げて、おそらくその彼らの移動先にだろう場所へ進む帽子に、再度ぽかんとしていたちまっ娘も、何を言われたのかに思い当たり、その可愛らしい顔をさらに深めるような笑顔を浮かべて、お礼の言葉を再度繰り返し繰り返し、告げた。
――最終的には「もうやめてくれる? 何か頭痛がしてきた」と言われるまで帽子を追い詰めたことについては、僕から敢闘賞を送りたいと思う。
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