01章:Tania Side[005]

[Tania-005]


「――なんて言った」


 「それ」――勇者さんは、いつどうしたのかわからない挙動でニーアさんに肉薄し、そして、剣をその首元に突き付けて、いや――切り捨てる直前でただ止めていた。

 

「今、「アリマ」って言った?」


 そして彼女自身からは尽きることがないような、無限に浴びせ続けられる未来を幻視する程の、止めどない常識外のプレッシャーが放たれ続ける。

 人としてそこまで無にできるのかというほど感情の無い視線。それをニーアさんに送るその姿、その尋常じゃない様子に、わたしは何故かおにーさんが、ワイバーンを葬った際、そこに勇者がいたという話を唐突に思い出していた。

 彼女がおにーさんと知り合いであることは、もう疑いようもない。ただ、その有様は何なのだろう。ただの知り合いが口上に上っただけの反応にしては常軌を逸しています。

 もちろん突き付けられている張本人のニーアさんが受けている衝撃はわたし以上でしょう。顔色はもう土気色に近く、身動みじろぎ一つできない中で、視線だけは勇者さんを瞳孔を開くほどに向け離しません――いえ、離せないのでしょう。それは、突き付けられている剣よりも、彼女自身からのプレッシャーの方がよっぽど無視できない恐怖なのだと物語るようで。

「………あ、アリ、マ?

 そ、そう…いえば………あのテロ女が………勇者も一緒にいたって言ってた――」

 ――ような、と続く暇もなく。

「アリマってかわいくてちっちゃいけどひたすらカッコいい男の子の事?」

「は?」

 すごく食い気味で若干褒めてるのか微妙なことを言ってきました。

 おそらく褒めているつもりなのでしょう。

 だって最終的に「カッコいい」でまとめましたし。

 全く好意を隠す気配を感じません。

「勇者様」

 こちらが全く状況に追いつけないままでいるところに、さらにアイシアさんが同じく勇者さんの傍らに立ち、なぜか勇者さんと同じようなプレッシャーを放ちながら、この余人を許さない空気の中、信じがたい胆力で言葉を続けます。なぜかするめんどくさい予感。

「その存在は尊く、神秘的な笑顔が神で、消え入りそうな儚さが精霊――が抜けています」

 そしてそれは的中し、なんか変態チックなことを言い始めました。

 そういうところですよアイシアさん。

「ごめん」

 ――!

 なんと。

 謝った。世界滅ぼしそうな人が素直に謝った! すごいですアイシアさん! でも変態であることは確信したです。

「変態は息しないで」

 違った! イラつかせてただけだった! アイシアさんしょんぼりしてる! でも自業自得だと思うです。


 そんなアイシアさんを言葉で切り捨てた勇者さんは、変わらずニーアさんに向き合ったまま問いを促す。

「で? どうなの」

「……さっきの品評はともかく、

 あんたが一緒にワイバーンを撃退した時にいたのが「アリマ」何だっていうなら、多分その「アリマ」だと思うよ………」

 その言葉を聞き、一瞬瞳孔を見開くと、少し目を細め、口元を引き締めながら――まるで泣き出しそうな顔で、言葉を続けた。

「……じゃあ。その「アリマ」は今何処にいるの。

 なんか、行方が分からない風だったけど」

 それは。

 応えていいのか。

 ニーアさんもおそらくそう迷ったと思います。

 思わずといった風でニーアさんがこちらに目配せしてきましたが、わたしにも何とも返せません。

 彼女の態度から、いい予感がしません。が――でも、最終的には正直に答えることを、ニーアさんは選択しました。


「どういう、関係かはしらないけど、一応落ち着いて聞いてよ……?」

 そう一旦区切り、猛獣をなだめるように両手で「どうどう」とするようなジェスチャーで続けます。おそらくそれは逆効果だと思うですが。


「アリマはその、そこのバカ皇子に――クイーンアントの囮にされた。

 無事かは正直、わからない」


 その言葉を聞いて数舜。

 勇者さんから感情が再度消え。

 そして筋力が急に無くなったのかと思うほど急に頭を垂れ、俯き。

 その後、やはり突然顔を振りぬくようにあげ、


 吠えた。


「うがぁぁっぁぁぁっぁぁっぁぁぁっ!!!!」


 鼓膜が破れるかと思うほどの咆哮。

 それは間違いなく獣のそれで、だけど、野生の恐怖よりは、どこか切ない悲しみのような感情を想起させる響きがあった。

 周辺が唖然とし、身動きが取れない中、勇者さんは気合を入れ直すように顔を再度、けれど今度は勢いよく真下に振り降ろし、そしてすぐニーアさんに再度向き直った。

「ソウ君はどこ。どこで置き去りにした」

 ソウ君。

 それがおにーさんの事であることは明白です。

「―――。

 別れた場所はわかるけど。多分大きく移動してる。

 テロリスト共が、そこのバカと引き離すために、ね。

 だから――丁度それは、そこのバカに聞くつもりだったんだよ」

 あえて置き去りにしたのは自分たちではないことは否定せず、ニーアさんは若干平静さを取り戻した声で答えました。

 私も、否定できる立場ではないと思うです。

 で、その皇子ですが。


「勇者ガール。こたえる前に一個聞いてよい?」

「手短にどうぞ」


 なんだかすっかり大人しくなったというか、燃え尽きたっぽい彼は、何やら気になることがあるようです。

「これ、答えたら僕ちゃん殺されたりしないよね?」

「―――」

「即答しないの超怖い」

 それにも答えないまま、少し俯いて勇者さんは考え始めました。

 命を殺めるまではやり過ぎだとは思いますが、可能な限りの罰を受けてもらいたいと思うです。災いあれ。

「……時間が惜しいなぁ……急ぐ理由ばっかり増えていく」

 そう独り言のようにうめく勇者さん。

 その顔、女の子がしていい、しかめ面ではありませんね。殺したいけど殺せないと書いてあるようです。

 そして、数呼吸分迷った結果。


「とりあえず、保留」

「わーい」

 そうです、まずは動きましょう。


 ◇  ◇  ◇

 

「え? いいの?」


 保留宣言からすぐ、タニア達は行動を開始し、「全員」で長距離走としてはほぼ全力に近いスピードで駆け出していました。

 「全員」。全員とはつまりは先ほどあの場にいたメンバーが一通りそろっているという事で、結局皇子はもちろん勇者さん一行も一緒に行動することになっていました。

 相変わらずの鬱蒼とした森の中はどこまで走っても変わらず、ただ、おにーさんと行動を共にしていた辺りよりは、若干岩肌が突出した地形が目立っているでしょうか。

 何となく踏みしめる土の感触も違う気がします。

 そうすると、気を失った場所からはだいぶ離れたのだろうか、という推測が、さらにおにーさんとの距離が開いてしまったことを表しているようで、少し憂鬱になります。

 いえ――そのためにも、余計に急がないくてはいけない、という事です。

 そんなわけで、もちろんまずは「どこに向かうか」という話になり、間違いなく勇者さんはおにーさんの方へ真っ先に向かうと思いましたが。


「いいよ。君たちの同僚を先に助けよう。

 よく考えたら、クイーンアントくらいでソウ君がどうかなると思えないし」

 そう、先ほどとは打って変わって、走りながらにも関わらず落ち着いた声で返す勇者さんは、特に無理をしている雰囲気でもありません。

 むしろそんなちょっとした気分転換くらいで、そんなあっさり解決するような話だったとしたら、さっきの咆哮マジですか、と思わないでもないです。

 それに、正直勇者さんがついてきてくれるのはこちらとしてはありがたい。

 タニアたちは、ニーアさんと話しあった結果、おにーさんには申し訳ないのですが、リーダーたちを優先することに決めました。勇者さんの言う通り、クイーンアントは確かに強敵ですが、あの泥と呼ばれた人達を一蹴したおにーさんの敵とは思えません。そしてタイアドロンは確実にリーダーたちの手に余ります。オレイルさんの力量のすべてを知るわけではありませんが、対応できるなら引き離すなんて消極的な手は取らなかったことは明白です。それに彼は話によると怪我をしています。

 そしてそれはタニアたちが駆け付けたところで何も変わらない可能性が非常に高く、その点において勇者さんの同行は感謝こそあれ拒否する理由はありません。

「……ありがたいけどさ。

 なんで? 別に勇者様にはうちのチームのことはどうしても助けないといけない対象じゃないでしょ?」

 その上で、そう聞くニーアさんの意図は、わたしにはよくわかりました。

 別に助けてくれることに水を差したいわけでも、懐疑的なわけでもないです。彼女が本気でリーダーたちを助けようとしているのは、短い間ですが、言葉を交わせばわかるものです。

 それでもあえて聞いたのは、勇者さんに対する誠意として。もし、無理をしているなら、気にしなくていいのです。彼女がいい人だからこそ、彼女は彼女が大切にしているものに基づいて行動をしてほしいと思うのです。

「僕はどっちでもいいけど」

 どっちでもよかったみたいです。

「そこの余命1日皇子が、君らの同僚を放っておく気がないみたいだからね」

 そう言って、傍らで黙々と赤マントをひるがえして走る皇子に目を向けました。

「――。

 さすがに、な。このままと言う――え? なに? 明日死ぬの僕ちゃん?

 嘘。保留だったんではガール?」

 突然の余命宣告に揺れる皇子を他所に、勇者さんは言葉を続けます。

「こいつは僕の親友の居場所についての手がかりだから。

 離れるわけにもいかないから、とりあえず緊急の要件なら付き合うのはやぶさかじゃないよ」

「……そう。じゃあありがたく付き合ってもらう。

 それで、余命一日」

「もう無礼っていうか、普通にイジメよそれ。

 ――なんぞ?」

 言葉ほどは特に傷ついた様子もなくニーアさんに言葉を返し、何なら手を差し向け言葉を促す余裕さえ見られます。体も心も丈夫な皇子です。

 そして水を向けられたニーアさんはというと――

「この期に及んで嘘を言ってないとは思いたいけど、なんでリーダーたちがこっちの方向にいるのがわかるわけ?」

 これについては言葉とは裏腹に、全く懐疑的なことを隠していません。

 それに対し、皇子の回答はシンプルでした。

「え? 僕ちゃんも知らぬぞ」

「ウィンドショット」

 ああ、また飛んでっちゃいました。


 ――小休止。


 さすがにこのタイミングで進みを止められたことには言わずにいれなかったのか、勇者さんが若干むくれながら言う。

「ねぇ。一々飛ばさないでほしいな。君だって急いでるんでしょ?」

「ごめん」

「まって。僕ちゃんにもそろそろ謝ろうか? 皇子とかそういうの以前によくないよこういう何でも暴力で解決するの」

「あ?」

「ごめんなさいガール」

 とはいえ、今のは皇子もかなり悪いです。

 というか、聞き捨てなりません、今まで適当に進んでいたという事ですか?

「いやいや。違うからやめてそこの青髪ろりがーる。呪いを飛ばそうとしないで。

 僕ちゃんは知らんけども、そこの男――」

 誰がろりがーるでしょう。

 そんな抗議を猛烈に申し立てたいところですが、それより気になるのは指さされた先にいる人――

 指さされたことで皆の目も向いたその先には、皇子が飛ばされたことで強制的に進行が止められ、先ほどと全く同じ姿勢で木にもたれかかり休憩している、例の帽子をかぶり過ぎた――どうやら男性の方がいました。

「そのメンズが迷いなく先導するので随行しているにすぎぬぞ。

 なんぞ索敵スキルでも持っておるのか――のうお主?」

 そう水を向けられても、やはり何も返さないのかなと思いましたが、今度は「一応」言葉を返す。

「――ねぇ。急いでいるんならもう進んでいい? 喋ってる暇、ないだろ」

「そう思ってるなら何で止まってるんだ帽子。口より足を動かしなよ」


 ブォォッ


 あれ、なんか勇者さんと帽子さんが突然プレッシャーを出し合って対立を始めましたよ。

 喧嘩はダメです。仲良くしましょう。

「タニアちゃんがいいこと言った! そうです勇者様! 今はそんな場合ではないですよ!」

 アイシアさんがタニアの尻馬に乗るように喧嘩の仲裁に入ります。何故かわかりませんが、とても手慣れているように感じるです。

 後、気のせいか、帽子さんが意図的に皇子へ直接言葉を返すのを避けたように見えましたが……今は置いておきましょう。

 幸い帽子の人が大人だったのでしょう、すぐに勇者さんから視線(?)を外し、迷いなく森の奥へと再度駆け始めました。皇子の言う通り索敵スキルを持っているのかもしれません。とはいえ、おそらくリーダーたちとは面識がないと思われますが、どうやって特定しているのでしょう?

 不思議に思いつつも、タニア達もすぐその後ろを追います。

 目の端に見えた勇者さんの帽子さんへの気味の悪いものを見る顔が気になりつつ。

 仲良くしてほしいです。



 



 



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