01章:Tania Side[004]

[Tania-004]


「こっちはさっき起きたばかりでよく状況がわかってないけど」

 そう言って、おそらくニーアさんもまた体が本調子ではないでしょうに、おそらく気合だけで腰を持ち上げ、立ち上がり、収束しそうだった会話を制しました。

 そして、ほぼ睨みつけるように、言葉を続けます。

「――帰る? 帰れるわけないじゃん。

 こっちは勝手に迷子になってるのを探さないといけないの。

 悪いけど、街に帰っている暇はないよ」

 そんな堂々としたセリフを、この錚々そうそうたる面々――


 ――騎士の国第二皇子「ティル・アクスベル」

 ――今代勇者にして最強の冒険者「サクラ」

 

 この人たちを前にして言える彼女が、私の大事なパーティメンバーであることに誇りを感じます。

 誇りを感じますが、その一方――彼らに声とその姿を届けるため仕方なかったのでしょう。急に立ち上がるものですから、タニアは支えを失って後ろにゴツンですよ。頭痛い。


「ニーア……」

 そして、それに最初に反応したのは皇子の方でした。

 彼は少し苦虫を噛み締めるような、歯がゆそうな声を漏らすと、ジャリ…とおそらく後ろに少し後ずさる音が響きました。タニア今空しか見えないので音で判断してるです。

「まさか、まだあの化け物を探しに行こうなど――」

「分かって言ってるわけ?

 ――リーダーとレイラもだよ」

 まだあの皇子はおにいさんをそんな風に呼ぶ――そのことに若干以上のイラつきをを覚えますが、心なしか先ほどより皇子の勢いが足りていません。

 そこに、おそらくここにいない二人への後ろめたさのようなものを感じて、再びわたしの心に根幹を凍り付かせるイメージが走ります――ますが、歯を食いしばって止めます。不吉な空想なんかに負けるものか。

 絶対無事なんだ。それ以外の未来を見る必要は今――絶対必要ない。

 それでも涙を流しそうになる馬鹿な私を叱咤するため、そんなことを考える暇が無いよう、渾身の力を上半身――特に腹筋辺りに込めて何とか起きあがるために藻掻いてみます。

「あの二人は……申し訳ない」

「謝罪なんて聞きたくないね。

 ちゃんと説明をして。


 その上で――殺すかぶち殺すか決めたるわ」


 ――生存する選択肢がない

 なんて、そんなことを茶化すようなデリカシー皆無な対応はさすがに皇子はとらなかった。さすがに今それをとっていたら、止めを刺すための魔法が飛んだはずですから、命拾いしたといえます。

「う、む。……わかった。

 勇者ガールよ。そういうことでこちらは少し時間がかかるが――」

「待つよ」

 相変わらず即答即決で、勇者さんが向けられた言葉にかぶせるように返す。

 ――というか、なぜ待つのです?

 こちらの事情に勇者さんが関連しているという事でしょうか。

 そんなわたしの疑問に、とはいえわたしの知らない事情で彼女は答えた。


「君がマリアさんの居場所を知ってるんでしょ?

 だったら、君を解放する気は僕にはないよ」


==


「始まりは恐竜だった」

「ウィンドショット」


 ズドム


 説明を始めた一言目で皇子は吹き飛んだ。

 少し回復して座ることはできるようになったわたしや、傍らで同席する勇者さん面々も含め、それを首だけで見送る。

 よく飛ぶ皇子です。


 ドォッ


 あ。顔で着地しました。


「ちょっと待って!?

 ちゃんと説明してるんだよ!? インパクトは強かったかもしれないけど冗談とかじゃないから、気軽に吹き飛ばさないで!?」

「説明の一言目が恐竜だったら誰でも吹き飛ばすよ」

 そうでしょうか。ちょっとふざけないでと怒るかもですが、無言で吹き飛ばしはしない気がします。


「ちょっといいかい馬鹿皇子」

 勇者さんはティル皇子を馬鹿皇子と呼ぶようです。

「………。

 えーと。勇者ガール。汝の立場だと割といろんな皇子と面識あると思うが、その中でもやっぱり僕ちゃんその呼称で落ち着くの?」

「真面目に答えてあげなよ」

「味方がいないことはもう諦めたから、せめて真面目に説明している内容くらいは信じてほしいな!?」

 切実な叫びでした。

 実際話も進まないので、ひとまず最後まで聞くことにしたニーアさんは、なぜか殲滅用魔法の呪文を唱え始めています。

 彼女は本気です。


 その様子に、めちゃくちゃびくつきながらも、皇子は説明を続けました。


「そうだな、いきなり恐竜はないか――

 とはいえ、僕ちゃんたちからすると、突然起こったことへの印象はほぼそんなものだったのだ。

 言い直そう。


 ――我らは「タイアドロン」に襲われたのだ」


「………は?」


 それは、ニーアさんだったかもしれない、一緒に聞いていた勇者さんかもしれないし、もしかするとわたしを含めた全員から漏れ出ていたかもしれない。

 それほどの、全人類共通の感想だった。

 タイアドロン?

 自然と思いだされるのは、おにいさんが召喚(?)したワイバーン――

 あれと双璧を並べる、いわゆる『冒険者の絶望』。

 確かにどちらも恐竜のような姿をしていると思いますが、わたしたちがそれらに感じるのはそんな空想に近い、昔いたかもしれない存在のような曖昧なものではなく、現実的な死の脅威。遭遇すればほぼ生存は絶望と呼ばれているのは伊達じゃありません。

 その絶望に、この短期間で立て続けに接するこの事態について、皆の頭がうまく追いつかない。


 その様子を一通り眺め、最後にニーアさんからの攻撃の様子がないことを認め、ティル皇子は説明を続けた。

「攻撃しないでくれてありがとう。

 だが、嘘でも、夢でも、妄想でもない。

 確かに奴は僕ちゃんたちの前に現れ、暴れ回ったのだ」

「……。

 2万歩譲って実際にそれが出てきたとして、

 ――なんであたしたちは無事なわけ?」

 そう。

 かのタイアドロンから逃れられないその理由。

 ワイバーンはその飛行能力から。

 タイアドロンについては、その非常識な突進スピードから、少し人間として早い程度はもちろん、馬車などで逃走をしたとしても全く問題なく追いつかれれ、その突進を利用した頭からの突撃で馬車ごとひしゃげ潰される。

 今回に至っては、昏睡状態のタニアたちがいた状態で、彼らがわたしたちを餌にして自分たちだけ逃れたならまだしも、タニアたちを含めてここに無事でいることは、全く理解ができない。

 いえ――いえ。思考を停止している場合ではないです。

 まだ考えられることはあります。

 まだ、餌になった可能性のある人たちが、います。

 もちろんそれは――

 ――ここにいない人たちの事。


「まさかあんた、

 リーダーたちを餌に――」

「違う」

 反応は早かった。

「このような話をして、ここにいない事実がある以上信じてもらえないだろうが、決して彼女らを餌にしようなどと思ったわけではない」

 そう、言い聞かせるように、こちらに静かに伝えてくる皇子ですが。

 申し訳ないけれど。

 ――全く信用ができないです。

 この人たちは一度、タニアたちのパーティメンバーを――おにいさんを餌にして逃げた実績があるのです。疑う理由を上げるなら、そっちを先に挙げるべきでしょう。

 それに。

 もうこんなこと、全く考えたくないですし、悲鳴も涙もこぼれそうですが。

 この人。

 『餌にしたこと自体』を否定していません。

 あれほど傲岸不遜に振舞っていた姿からは想像もできないほど、自信無さ気に佇むその姿からは、不安しか、感じない。


「まどろっこしいなぁ……」

 

 その声は、いつの間にか私の隣で、私に付き合うように座りこんでいた、勇者さんから。

 先ほどよりは、少し感情が見えてきたことに、我知らずほっとしてしまいますが、出てきた感情は絵にかいたような「不機嫌」でした。

「馬鹿皇子の感想なんか、この達聞いてないでしょ。

 起こった事実で答えてあげなよ」

 ――そののことが怖いのかもしんないけどさ。

 と付け加え、そのまままた黙り込みます。


 言われたティル皇子は、少しだけ俯くと、「わかった」と一つ呟き、少し力の戻った顔を上げ、説明を再開しました。

「ここが汝らにとって一番重要なところであろうから、

 誤魔化しなく事実だけを述べると剣に誓う」

 そしてそれは、やはり聞くに堪えない内容でした。


 タイアドロンに遭遇した彼らの中で、まず最初に動いたのはオレイルと呼ばれるテロリストの方だったそうです。

 彼は、皇子の安全を確保するため、タニアたちを皇子に預け、自分を囮になるべく一団から離れた後、タイアドロンに攻撃を加えたそうです。

 ただ、その突進力は想像以上だったらしく、そのままタイアドロンを引き連れ離れる想定が、離れる間もなく追いつかれ、突進攻撃を避け切れず、負傷してしまった。

 そのままでは全滅は必至だった。

 でも――そうはならなかった。


 その窮地を救ったのは――救ってしまったのは、わたし達のリーダー、デシレアさんでした。


 彼女は元々薬に対して抵抗に成功しており、時期を見て皇子からの離脱を計ろうとしていたようです。

 そうしている間に、タイアドロンが出現。

 リーダー一人ならどさくさに紛れて脱出もできたと思いますが、彼女はそんな手段を取れなかったでしょう。選択肢としてそもそも上がっていたかも疑問です。

 ただ、チームごと離脱するのには絶望的な状況にあった、そんな中で――オレイルさんが皇子の護衛のためにタイアドロンの気を少しだけ引いてくれる機会を作ってくれた。

 この時、彼らを見捨てて私たちだけで脱出する方法は、さすがにリーダーも理解していたはずですが。


 彼女はあらかじめ起こしていたレイアさんと共に、オレイルさんの救助に向かい、そのまま当初のオレイルさんの目論見通り、タイアドロンをこちらから引きはがし、そのまま森の奥へ消えていった。


 レイアさんを選んだのは、一番近くにいたというより、年長組の仲間だから――年少組であるわたしとニーアさんだけでも助けるために、という事でしょう。リーダーらしいです。

 でも。

 わたし達は。パーティじゃないのですか? リーダー。

 タニアは――


 ポタ……

「タ、ニアは、頼りにならないかも、しれないけど……」

 馬鹿です。

 我慢していた水が、顔から流れていくですが、止め方がわかりません。

 馬鹿だからわからないのですか?

「置いていくな……て…。

 あ、あんまりで……ぐずっ」

「タニア、泣くな」

 ぽかりと、ニーアさんのこぶしが脳天に刺さります。

 優しさ成分がない口調ですが、そのグーにはなぜか優しさが感じられました。

「今はそんなことしてる場合じゃない。わかるだろ?」

 そのグーはすぐ頭を撫でてくれますが、これに甘え続けるのはパーティメンバーのすることじゃないです。

 やんわりとその手をどけると、ニーアさんに向かって涙でべとべとの情けない顔を向けます。恥ずかしい姿をさらすことに抵抗はありましたが、ここでうつむいたままの姿を見せるほうが、よっぽど恥ずかしいのです。

 起き抜けにも同じようなやり取りがあったことにも若干恥じ入りつつ、一つ頷いて見せると、彼女はそれを目だけで笑って返し、再び皇子に目を向けます。

「リーダーたちはどっちに向かったの?」

「………まぁ、そうなるであろうの。

 できれば思い直してほし「ウインドショット」いのだけれどもぉぉぉぉぉっ!?」


 何度目かわからない皇子のスカイハイ。

 ニーアさん。気合十分ってかんじですね。

 思わずその気合がこちらにも伝播して、握りこぶしを作ってしまうです。


 ぐしゃっ。


 あ。また。

 顔から以外の着地が苦手な方なのでしょうか……。

「違う! 着地まで気が回らんくらい唐突に攻撃を受け続けている証左であろ! 後、人が吹き飛ばされてるのに握りこぶしやめて!?」

 こ、怖い。

「ウィンド――「謝ります! 大きな声で怒鳴ってごめんね!?」――ショット! 「止まんねぇやちくしょうが!」」


 ずしゃぁ。


 連続で飛ぶ皇子の顔が三度削られて行きます。

 吹っ飛ばしたところに更なる追撃でしたので、だいぶ遠くまで行ってしまいました。これでは会話もままなりません。

「ニーアさん。これ以上吹き飛ばしてはリーダーの行方が聞けなくなるです」

「そうだな。やり足りないけど、そろそろ先に進もうか」

 やっぱりストレス解消も兼ねていたようですが、タニアの気も不思議と少し晴れた気がするので、良しとしましょう。

「……。ひどいことをする子たちだなぁ」

「勇者様は多分そっち側だと思いますが」

「そっちは賑やかで楽しそうだね………」

 皇子が疲労の見える干乾びたような声と共に復活しました。

 前から感じていましたが、本当に丈夫な皇子様ですね。

 そんな場違いな感心をしていると、隣で座りこんでいた勇者様がおもむろに立ち上がり、少し皇子とニーアさんの射線上に入り込むように移動しながら、ニーアさんに向かい合います。

「でも、本当にその辺にしといてね。

 僕たちも先を急いでるんだ。

 これ以上やるなら――怒るよ?」

「……安心して。さっき言った通り八つ当たりはここまでだって。

 あたし達も死ぬほど急いでるんだから」

 勇者さんの気圧に、若干押され、脂汗をにじませながら、それでも言葉を返します。

「リーダーも、レイアも――もちろんアリマだって全員回収してオールO――」


 その言葉の途中だった。


 ――「それ」は「死」が、心臓を貫くような衝撃。


 「それ」がわたし達に一瞬にして襲い掛かり、そして辺りを支配した。


 「それ」は。


 「勇者」の形をしていた。


 


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