01章:Sakura Side[006]-Tania Side[003]

[Sakura-006]


 唐突だけれど、僕はもう少し一般的な人生を歩みたいと思う。

 別に幸せで順風満帆な旅路じゃなくても構わない。10年以上連れ添った親友に恋人を奪われるでも、突然親の借金が判明して毎日借金におびえて生きるレベルでも、ずいぶん無茶な我儘を言うのだから享受する覚悟もある。


 とりあえず「勇者」じゃないなら何でもいいよ。


「ほう、つまりサクラ――勇者ガールの親友は、汝の餌となり巻き込まれ、その上死に至る呪術をかけられた、と」


 勇者の友達になると、漏れなくややこしい被害を受ける上に――


「それは仕方ないんじゃない?

 汝、勇者なんだし?」


 それを「仕方ない」と切って捨てられる、それが「勇者」のせいなんだとしたら。

 そんな存在は糞喰らえだと僕は思う。


 ◇  ◇  ◇


[Tania-003]


 おにいさん――

 ごめんなさい。タニアたちは結局おにいさんに、ご迷惑をおかけするだけになりそうです。本当はもっといっぱい一緒して、そのままパーティメンバーとして――なんて夢を見てしまったですが、もうそんな高望みはしないです。

 願わくば、どうか無事で。

 いつかどこかで、改めて謝らせてもらうためにも、またおにいさんに――


 会いた


「天来」


 バリリリリバリィィィィィィッッッ!!!


 ……。

 ――何事。


 何となく今の自分が倒れていて、先ほど嗅がされた薬品のせいか、まだ目も開けれない状態なのはわかるですが、その瞼を通してさえも、すべてが真っ白に塗り替えられるようなすさまじい光量と、朦朧とする鼓膜からでさえ、空間を力任せに引きちぎるような音が、近くで炸裂しているような――……なんですそれ。この世の終わりでも来たですか。

 正直何が起こっているのか、今どういう状況なのかわからないままは怖すぎます。まだほとんど力が入らない状態ですが、渾身の力を込めて瞼を開け、薄ぼんやりと見えたのは……


 女の子です。


 魔物の徘徊する森に入るにしては、かなり私服過ぎるベージュのシャツにフレアスカートを着込んだ、薄紅に近い桃色の髪をした女の子の後姿が、倒れている私の目の前に立っていました。

 申し訳程度に肘にプロテクターを付けているところを見ると、迷い込んだ町娘さん、というよりは一応冒険者のようですが……。

 その冒険娘さんが、後ろからなので細かい動作はわかりませんが、何やら前方に向かって右腕を差し出しているように見えるです。

 何でしょう。「さぁ踊りましょう」という場面でもないでしょうが……


 そうすると、彼女を超えて、少し遠くの方から聞き覚えのある叫び声がしました。


「サ、サクラ!? いったい何するのよ!?」


 その声にハッとし、何とか首だけでも声のしたほうに向けると、そこには想像した人物、騎士の国第二皇子「ティル・アクセベル」様が焼き焦げていました。

 焼き――

 ……。

 皇子のくせに攻撃を受けている姿が多い方です。

 

 というか。

 わたしはこの人達に拘束・誘拐されていたハズなのに。

 一体――


「……」

「待って!? 無言でもう一度技を繰り出そうとしないで!?

 どういうことなの!? 訳を聞かせてたもれ!?」

 うるさいですね。

 人が考えているときに騒がないでほしいのです。


「タニア、今は動かんほうがよいよ」

「――っ!」

 そう、厳しく、でも優しく声をかけてくれるその声は。

「ニーアさ――っ」バコッ

 いたぁっ!? この女グーで殴りやがりました! おかげで地面にキスするとか割と普通に攻撃じゃないですかこれ!?

 優しいなんてとんだ誤解でした!

「加えて静かにもしたほうがいいよ。あたしもさっき起きたばかりで状況がわからないんだから」

 だとしても口で言うとか口を塞ぐとかいう、慈愛に満ちた方法はあったと思うですが。

 そう顔についた土を払いながら、藪にらみするこちらについては頓着せず、まだあまりうまく身動きが取れないわたしの上半身を引き起こし、状況が良く見えるようにしてくれました。

 やっぱり優しい人です。

「チョロすぎ」

 ――!?


「何をするって言われても」

 そんな馬鹿なやり取りの間も、向こうの状況は刻一刻と進んでいるようで、焼き焦げた皇子に向かって、おそらく焼き焦がした本人さんであろう、可愛らしいピンクの女の子がやっぱり可愛い声で、だけどあんまり感情の無い口調で話しかけていました。

「宣戦布告をされたから、殺してあげようと思ったんだよ」

「想像以上に怖い回答!?

 してないよ!? サクラの状況を聞いて感想言っただけだよね!?」

 静かな確かに怖いセリフに、必死を体中で表す皇子は驚異の回復力で立ち上がり、そうこうしているうちに叫んで落ち着いたのか、一つ大きなため息をつく。そして頭をがりがりとかくと、改めて『サクラ』と呼ばれる女性の方に片目だけ向き直りました。

「相変わらず会話中に攻撃加える癖は抜けとらんようだの、勇者ガール」

「何、名誉棄損ってるのさ。生命を棄損して欲しいの?」

「会話しようぜ!?」

 聞いたことないくらい怖いセリフが聞こえてきましたが、女の子の傍らにいる女性の方が「昔からなんだ……」と呟いてらしてることから、どうやら名誉棄損というほど事実無根ではなさそうです。

 怖い人なのかな……。後ろ姿しか見えないですが、声とピンと張った背筋とかから伝わる雰囲気で、やさしくてカッコいい人のように思いましたが。

 というか――この人が勇者?

 確かに、勇者と呼ばれる世界を救う使命を帯びた戦士がいて、その人はまだ年若い女の子だと聞いたことがあるですが、正直魔王から世界を救うという胡散臭い肩書から、どこかの冒険者の肩書の広告塔か何かくらいにしか思っていませんでした。

「ティル様」

 そんな謎の緊迫感のある会話に、皇子の傍らに控える従者――タニアたちと遭遇してからずっといた背の小さい男の子――が割って入る。

「ん、なんぞ?」

「私もティル様がとうとう自殺志願者になられたのかと思われました」

「何なの。僕ちゃんに味方っておらんの?」

 皇子の声の温度が自然と下がる。まぁ、あの人最初から割と主人への扱い酷かった気がしますが。

「いえ。あんな挑発的なことを言えば、勇者様も気分を害されます」

「む……」

 とはいえ、続けて言われた言葉には皇子も言葉を詰まらせました。

 よっぽどひどい事を言ったようですね。きっといやらしいことです。早く謝ったほうがいいですよ。この女の敵が。

「――っ。な、なんか寒気が…?」

 災いあれ。

「……ま、まぁよい。確かに僕ちゃんの言葉も少々刺激が強すぎたのであろう。

 それは謝るが……汝、僕ちゃんが一国の皇子ってちゃんと理解してる?」

「皇子を殴るなんて珍しいことじゃないよ」

「なんか汝が勇者というか世界の敵のように思えてきたが……」

 少しの間愕然とした表情を浮かべる皇子でしたが、話が進まないと思ったのか、すぐに顔を諦めに移行し、言葉をつづけました。

「あー――もういいや。

 汝らの状況はなんとなく理解したが、僕ちゃんらにも通すべき事情があるのよ。特に汝らと僕ちゃんらに利害関係はないように思うが?」

 一向に強硬な態度を変えない勇者さんに対してのその言葉は、当然のように空気をより張りつめさせ、辺りに気軽に言葉をはさめない空気が作られた。


 何だろう……。どうやら勇者さんと皇子は以前から面識があるようですが、あんまり仲良くないのでしょうか。そうだとしたら、絶賛皇子から逃れたいタニアたちには都合がいいです。

 落ち着いて周りを見れば、あのロリコン――じゃないオレイルと呼ばれた『おじさん』もいません。


【SystemMessage:ジャン・オレイルに50の精神ダメージ】

 

 ん? まぁいいです。

 私たちを戦闘力として抑え込められていたのは、あの人一人の存在が大きかったので、これは重ねてのチャンスではないのでしょうか。

 わたしも薬の効力がだんだん抜けてきましたので、もう少し様子を見て、彼らがあちらに気を逸らされている間に離脱を――

 ……。

 


 ――リーダーとレイアさんがいません。


 

 がしっ!

 思わず後ろから支えてくれているニーアさんの手を強く握る。

 動悸が耳に直接聞こえる程一気に激しくなるのを感じる。血が逆流し体が一瞬で熱し瞬くまに凍り付く。自身が前後不覚に陥ろうとしていることを自覚したけれど、そんなもの全く問題ではありません。

 ――なんで。

 何がどうして。

 心の理性のどこかが「落ち着け」と叫んでいるのを遠くに聞こえた気がしましたが、どうして私がパーティメンバーがどうなっているかわからない状態で落ち着けるというのでしょうか。それを叫んでいる元がもう誰かもわからず怒りさえ覚える。

 どういうことですか。彼女たちは? どうしていないです? まさか――


「落ち着いて」

 今度は。

 威力的な行使ではなく、後ろから抱きしめられるというリクエスト通りの慈愛に満ちた制止を受け、一瞬頭が真っ白になり、その後すぐ気がおかしくなる程の焦燥にかられそうになりますが、抱きしめられている腕の存在を思い出し、必死に、その腕に縋るように深呼吸をします。


 スッテ。

 ハイて。

 すって――吐いて。


 フゥ――――。


「……失礼しました」

「よしいい子。

 ――あたしにも二人がどこにいるかはわからない。

 だけど、少なくとも死体が転がってるわけじゃないんだ。絶望するのは早い。無事なんだったら、あたし達にはやることがあるはずだよ」

 そう、はっきり早口でまくし立てる彼女の心境も、わたしには痛いほど良く伝わる。彼女もギリギリの精神状態で踏ん張っているんだ。

 先ほどの暴力も気持ちが急いていたためなんだと理解できるというもの。――いえ。すいませんやっぱりやり過ぎです。

「あの、勇者様?」

 そんな声は、ずっと発言の隙を伺っていたように見えた、勇者さんの傍らの女性から――というかよく見たらアイシアさんだった。

 なぜギルド受付担当さんがこんな魔物の出る現場にいらっしゃるのでしょう。いや、彼女も気になるですが、一番際立ってるのは、彼女の後ろで木にもたれかかって腕を組んでじっとしている、その、他に言いようがないので、そのまま言うですが、帽子で顔が埋まっている、おそらく姿格好から男の方だと思うのですが、その人物。

 何ですあれ。怖い。人間? ですよね? 実は魔物だったりしないですよね?

 それに、何かわかりませんが、何もしゃべってないし、見ての通り顔も見えないので表情もわからないのですが、なんかすごい怒っているように見えます。

 ただ、彼(?)はずっと黙っているので、会話には参加せず、勇者さんとアイシアさんの間のみで繰り広げられる。

「なんだい変態君」

 え? 変態?

「やめてくださいっ!? 本当に変な二つ名がついたらどうするんですか!?」

 アイシアさん変態さんでしたか……。真面目そうな方で、あのギルドの最後の良心だと信じてましたのに……

「あ、ほら! もう純粋な子供が信じ切った眼をして私を可哀そうな目で見てる! ほらぁ!」

 誰が子供でしょう。タニアは成人しています。

「それで、何の用だい」

「………。わかりました。この件は後にしましょう」

 勇者さんのやはり変わらず揺るぎない態度に、アイシアさんも皇子に倣い諦めの方策を選んだようです。

 いえ――こちらに「タニアちゃん! ちがうからね! 誤解だから!」と小声で無駄な抵抗をしています。大丈夫です。タニアちょっと片りんは前から感じておりましたので。

「そちらの冒険者のお二人ですが、どうやら負傷しているようです。

 出来れば街に送り届けたいのですが」

「そう」

 遠慮がちに言うアイシアさんの言葉に、しかし短い言葉だけ返す勇者さん。

 なんでしょう。

 一見良心的な気遣いに対し、素気無く扱う心無い態度ですが……

 冷たいというより――なにか、全く余裕のない様子です。

 彼女、先ほどから右腕を上げた状態のまま全く微動だにしていません。

 言葉からも、何となくですが、瞬き一つしていないのではないでしょうか。なんだか、瞳孔を開ききったまま最大級の警戒で相手を喰い殺そうとしている猛禽類のような気配を感じます。

「だから?」

 やはり微動だにせず、感情の無い声を返すだけの彼女の態度に対し、アイシアさんはもう構わず用件を伝えた。

「私が、彼女たちを送るので、申し訳ありませんが、ここで同行を「いいよ」」

 ……

「え?」

「いいよって。

 彼女たちを街に送るんでしょ。それがいいと僕も思うよ。

 それにへ――君もこちらに合流する必要もないし」

 最後のは気遣いなのか――いや呼び名を変えたのは明らかに気遣いだと思うですが、聞きようによっては、決別を告げるような言葉を、勇者さんは返す。

 そして、勇者さんは右腕を下ろし、けれど逆に目線を皇子に向きなおしたのだろう、確認をするように口を開いた。

「そっちも、異存ないだろうね?

 ――まさか、本当に誘拐をしていたという事なら、本当にとどめを刺すけど」

 その、まるで、というよりはまさにこちらを守るような言動や、今のこちらをかばうような立ち位置の勇者さん達をみて、ようやくわたしは状況の一端を飲み込みます。

 どうやら、わたしたちが皇子から離れて、勇者さん側にいるのは、勇者さんたちが彼らにかどわかされているのではないかと疑い、引き離してもらっていたようです。

 つまり、勇者さんがこちらと遭遇した時にはリーダーたちはもういなかったという事でしょうか。まだ、よくわかりません。

「問題無いです!

 ――というか願ったりよ。僕ちゃんたちも彼女たちの身の安全をどうしたものか困っていたのだ。

 汝らに送ってもらえるならありがたい」

「僕はいかないけど、この子と――何ならそこの帽子もついて行けば?

 さっきから黙ったままで鬱陶しいし」

 と、帽子をかぶった――被り過ぎている人に水をやっても帽子の人は全く身動ぎもしない。声が聞こえていないかのような彼(?)の様子に、肩をすくめるだけで頓着もしない勇者さんは、「じゃあ――」と言葉をつづけようとすると、それを遮るような声が、近くから響いた。


「大きなお世話だよ。勝手に話を進めないでくれる?」


 ニーアさんでした。


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