01章-031:脅威出現
焼き討ち?
聞き間違いでなければ、今王族がこの村を焼き討ちしようとしたと聞こえましたが。
というか、村を焼き討ちって随分物騒な単語ですが、最近同じ内容を聞いた覚えがあります。
あれは、確か庶民に紙を提供するありがたい瓦版を拾った時――ああ、拾ったのはデシレアさんでしたか。同時に無防備な胸元が脳裏に再生されますが、それはそっと心の奥の宝箱に戻しておきます。
それによると、焼き討ちしたのはテロリストで、村人は、全員皆殺しって――
書いてあったような……。
ちらとそのテロリストであるテロ中年を見て、続けて門の下に腰掛けている門番のおじさんに目をやります。
皆殺し――されてませんね。
というか、そもそも村自体も無事です。特に焼け焦げた跡も見受けられません。
じゃあ、ここの事じゃないのかと言えば、ここまで登場人物が揃っている場所がそうそうあるとも思えませんし、あったとしたら物騒過ぎて考えたくない。
腑に落ちない気持ちでいると、微動だにしないテロ中年に業を煮やしたのか、対峙にただ飽きたのか、淑女子は無造作にこちらの目前にまで近づいてきた。
そんな彼女に対し、視線は外さず、しかし近寄るがままにさせるテロ中年は何も言わず。
そして、挑戦的な笑みを浮かべながら、淑女子はテロ中年に手を差し伸べるように左腕を掲げた。
「――焼き討ちしたのは貴方がたという噂ですよ?」
歌劇でも見ているようでしたが、内容が生臭すぎる。
隣のテロリストも同じように胡散臭そうな眼をしたが、存外荒ぶるわけでもなく、鼻を一つ鳴らす程度の無愛想で返した。
「その噂の出元がうるせぇわ。
改めて村ごと俺らを、消しに来たんだろうが」
吐き捨てるようなテロ中年に、けれど淑女子の余裕の姿勢は崩れない。何であれば、若干呆れたような顔を浮かべている。とりあえず加速的にお互い険悪になっているのは間違いないですが。
しかし、テロ中年の言う事が正しいのであれば、この国の上層部のモラルがお亡くなりになっているのはともかく、村とテロリストを殲滅するのに少女を一人派遣するというのはどうなのでしょう。ブラック企業も真っ青な無茶ぶりのように見えます。
「発想が物騒極まりないのね。
わたくしはあくまで貴方達テロリストが、この村を占拠し続けているという事でしたので、調査に来たにすぎません」
最初「死ね」って言ってた気がしますが。
「おまえ自己紹介直後に「死ね」って言ってたじゃねぇか」
「気品ある言葉で「ごきげんよう」という意味ですわ」
むしろ怖い。
本気でそんな馬鹿な言い訳が通じる相手と思われていない事を信じますが、焼き討ち云々について、テロリスト側の所行というのはだいぶ怪しくなってきました。
元々、オレイルさんたちと焼き討ちのイメージが結びついていなかったこともありますが、先ほどの「デリート」がどうにもこの淑女子と関連しているように思われて仕方ない私の心情、そして『泥』と呼ばれるあれらが王族側の存在であることが、その「怪しさ」を補強していく。
もはや、淑女子――王族サイドが黒である前提でひとまず動いて良い気はしますが、しかし彼女のあまりに余りある余裕は何なのでしょう。言い逃れするならもう少し利口そうな――もとい都合の良い言い方もあるでしょうに。あまり言い訳に熱がありません。
どうでもいいというか、そもそも目的が正当性の主張ではなくて――
「時間稼ぎにしても、ずいぶんやる気のないこった」
そうこちらの思いを補足したテロ中年にも、淑女子は慌てることも無く言葉を返す。
「あくまでこちらに含みがある前提ですのね。
最初の攻撃は、少し遊びが過ぎたことは申し訳ありませんが、売り言葉に買い言葉でしょうに」
「遊びだろうが言葉だろうが――」
それから、何とつなぐつもりだったのか。
バギャアァァァッッッ!
けれどその続きは彼の口から紡がれることなく、唐突に発生した爆音でかき消されてしまった。
◇ ◇ ◇
爆音。
一瞬火の海を想像するような衝撃でしたが、実際には爆炎というよりは、巨大な破壊音によるものだという事は、爆音が響いた方向に目をやることですぐに理解した。
その少し離れた場所では、何か大きな木造建築物が破壊された衝撃により生まれたであろう粉塵が大量に舞い上がっており、そしてその粉塵の中からは、何か巨大な影が見える。
――ウルゥゥッ…
腹に響く重低音は、何かしらの生物のうなり声。
突然の出来事に、テロ中年も淑女子も思わず言い争いを止め、そのうなり声を聞き、呆然と立ち尽くす。
「……ちょっと……待ちなさい……」
そして、どこか思い当たったように、最悪を思い浮かべるように、淑女子が思わず漏れたといった呟きを放つ。
あの単体戦闘生物としては、ほぼ無敵を思わせる彼女にしてその青褪めた表情たらしめるものが、粉塵の向こうにいること――その事実は、けれど聞こえてくる理性を感じないその声では絶望にしか至らない。
敵の敵はただの敵。ただの脅威。
不安は減るどころか、状況はより悪くなったという確信しかない。
ジリ……と聞こえる後ずさる音は、誰のものか。
けれど、今更少し下がったところで、もう何も好転しそうにはない。
その脅威が、濃い煙からとうとう放たれる。
「ギャギィィィィィィッ!!!」
距離にして、まだ100mはあるはずのそれに対し、もう眼前に届きそうなほどの超質量を感じる威圧――大きさは高さにして5mほどか? 全長は10mほどもあるように見える四足歩行の巨大生物。
現れたのはもう、他に言い表す言葉がない。
――『恐竜』
そう、『恐竜』としか言いようのないそれが突然躍り出てきた――ってなんだそれは。馬鹿なのか。ゲームとして存在し得ることは理解するが、ファンタジーに恐竜はありなのかよ。
その世界観の壊れそうな存在は、後ろ足で立ち上がり、額にある巨大な瘤のようなものを天高く振り上げながら、暴虐そのもののような叫びをまき散らした。
「タイアドロン!」
そう驚きの声を上げたのは淑女子の方。一瞬呆然としたあと、しかし流石の切り替えの速さで正気を取り戻し、責めるような目線をテロ中年にむける。
そのテロ中年といえば、
「……あー」
と、惚けた表情を浮かべるのみ。
「貴方達! ――これはどういうことかしら」
「いや……まぁ、なんだ」
……ん?
ちょっとまて。
なぜ
「『これ』は貴方達でコントロールできるんじゃなかったの!?
なぜ、野放しになっているのかしら!?」
「それは、だな………」
完全に詰問する側が先ほどと逆転してしまっていた。
あの恐竜の所業について、王族側がテロリスト側に問いただすこの光景。
――この状況、まさかのテロリスト側が原因なの?
というか、「タイアドロン」って先日ギルドから依頼を受けた「天災」じゃなかったですか? 「ワイバーン」に並ぶ、出会えば逃げるしかない。逃げ切ることについてもほぼ絶望的。会うこと自体が終わりを表す不条理モンスター。
そんなものをテロリストが、なんですか?
さっきまでの王族ディスの勢いを帳消しにする所業じゃないですかこれ。
しかし、そう二人が言い争っている間にも、かの恐竜「タイアドロン」はゆらゆらと辺りを見回し、そして近くにある「動く標的」は私たちだけだと気付いた模様。
ぶらぶらと体と地続きのような逞しすぎる首を振り、体の向きをこちら側に調整する。長い尻尾は高く持ち上げられ、巨躯過ぎる前足は気持ち屈伸し、まるで――まるで人間でいう前傾姿勢によるクラウチングスタートの構えのようだった。
――これは。死ぬな。
あれは今からこちらに一瞬で接近し、暴虐の限りを尽くす。
間違いない。確信する。
【システムメッセージ:ご主人様! アイテムボックスを!】
――わかってる。
分かってる、思ってる暇もなくさっさとあれは殺すべきだ。
そう理解しつつも、体は動かない。
恐怖で固まってるわけでも、ほかに考えがあるわけでもない。
一番近い表現は、こうだ。
『やる気がおきない。』
死を直前にして、バカみたいな思考です。
別にゲーム感覚がまだ抜けているというわけでもないと思います。ここは改めて現実より現実だというのは、先ほど洗脳されかけたことで意識を深めたくらいです。
また新たな洗脳攻撃でもない、疲労で思考が働かないわけでもない。
でもダメです。動かない。動く気になれない。
ひたすらに、もう面倒が臭すぎる。
よくないですね。私の「悪い癖」がよりによってこのタイミングで出てしまいました。こうならないよう、努めて自分の命を最優先だと声高に謳ってきたというのに、少し「自分がどういう人間か」を「思い出した」だけで。
――自分を助けるため「なんか」に、動くべきじゃないと思ってしまう。
手が、がま口を取る動作に移れない。
それさえできれば事は済むはずなのに、全く体を動かす気になれない。
心の芯から『どうでもいい』と思っている。
この状況が。
自分の命が。
【システムメッセージ:ごしゅじ――!】
――だって自分は相も変わらず、何も変わらず。
「ィギャギィィィアアアァアアアアアア!」
――響く――
それは首を激しく振り、金属を無理やり引きちぎるような巨大な不快音を発し――とうとう「タイアドロン」はこちらに向かってかけ始めてしまった。
ズドン! ズド! ズド! ド! ド! ド! ドドドドォォォ!
心臓を地響きだけで破裂させるような振動をまき散らしながら、想像通り――いや、それを優に超えるに巨躯に似合わない超スピードでこちらに肉薄してくる。
それに対する3人のうち、2人が一瞬こちらを振り返り、瞬時に驚愕した顔を浮かべ、そのままお互いに短く目配せ――
「どうにかしなさい!」
その短い淑女子の言葉に――
「無理だ! あいつはもう俺らの手を離れてる!」
短い絶望をテロ中年は返した。
「ああああもうやっぱり!
あなたたち制御もできない化け物を――
――ってもう仕方ないわねぇぇぇぇ!」
とうとうその余裕を口調に保てなくなった淑女子から放たれる下品な物言いに合わせ、
――「システムコール」と叫んだ
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