01章-028:不穏なのはお互い様で
「なんと恥知らずな!」
というか私の頭上から聞こえる。
「我らの未来を救うため全てを捧げ尽力するあのお方に、よりによって闇討ちだとっ!?
――愚かな!
浅慮が過ぎる――!
貴様らのようなものが何人卑怯な手を使おうが、あのお方に指一本届くはずがないっ!」
そう彼らを糾弾にふさわしい剣幕で捲し立て、指をそり返さんばかりに刺すその人こそテロ女子ことアーレイさん。
その鬼気迫っているだろう面持ちは私の頭の上なので想像するしかないですが、きっと凛々しく映えていることでしょう。
ですが、そういうのはひとの頭の上以外でやってほしいですね。
加えて計画性も欲しいところ。
「いずれ貴様らには――」
ヒュン、ヒュン――
勢いよく迸る彼女を制するように、突如飛来する
ザシュッ!
「……」
テロ女子さんの頬の薄皮を気軽に割くっといって通り過ぎ、そのまま後方の木に命中し、リンゴを一瞬で握り潰したような、場違いに爽やかな音を炸裂させた。
うーん。
よし。
がんばれテロ女子。
こうなれば退路はないも同然です。倒れるときは前のめり。
応援してる。
「なんか……聞こえたな」
明らかに聞こえたからこそ、今そんな投擲態勢に至ってるんだろうに、よくもそんな白々しいセリフが吐けたものですが、テロ兄さんAは顔も上げず、呟いた。
「てめぇじゃねぇよなぁ……? アーレイィィ?」
「ぐっ……!」
言われ、震えあがるも、下がりそうな頭を懸命に堪える気配はやはり頭上から。
明らかな威圧に早々に挫けるかと思いきや、意外に頑張るテロ女子。
今までのヘタレ根性から、気が弱いのはおそらく間違いないですが、リーダーへの信奉はそれに勝るのかもしれません。
失礼ですが、ちょっと彼女という人間を見誤っていたのかもしれない。
「そ、そう、だ。――わ、わたしが――!」
そしてそんなテロ女子に構わず、そのままテロ兄さんAは二射目用にか、ぶっといナイフを腰のベルトから取り出す。
「あ?」
ビクゥっ。
………
「……」
やおら頭上で手をぶんぶか振る気配。
「まさかそんな」
ですよね。
でも大丈夫。今更そんなことで見損なったりしませんよ。
そのレベルはもう通過しました。
というより、普通に生きる手段として真っ当でしょう。私も間違いなく貴女側です。
でもそれなら、正直最初からヘタレていてほしかったなぁ……
テロ兄さんAはテロ女子の撤回など聞いてもいないのか、二射目のナイフをひたひたと自分の頬に馴染ませつつ、こちらに寄ってきます。
「ひぃっ、違うって言ってるのに…!」
おびえるテロ女子にももちろん構わず、むしろ薄気味悪い笑みを深めるだけのAさん。
こここれに至っては、門番のおじさんも見守るのみ。止めても無駄なのは先刻の通り。なんであれば、AどころかBやCさえもこちらに向き直り、それぞれ武器に手を添え始める始末。
こんなの関わりたくもないですよね。
私もですよ。
【システムメッセージ:ご主人様】
――なんです。
【システムメッセージ:私もです】
とうとうそんな合いの手を打つためだけに出てくるようになったのですね。
今割と切迫してるので後にしてもらえますか?
【システムメッセージ:アイテムボックスOPEN?】
――OPENだけれども。
さっきの合いの手必要でした?
とかなんとか言ってる間にも、とうとうAが前傾姿勢をとり、次の瞬間にはこちらに暴力的な意図をもって迫る場面にひっ迫してきました。
粗暴な見た目なままの衝動的な行動のように見えて、そこはさすが荒事筋のプロと言いましょうか、しっかりとした攻撃準備を踏んできます。
とはいえ、そのタイミングを待っていたとも言えます。
では改めまして。
――格納対象:前方テロリストが接地する地面直径5m周辺の土を深度10m[即実行]。
【システムメッセージ:即実行】
そして開かれる彼らの足元の地獄の門。
ばっくりと唐突に消失する足元と共に、彼らに襲い掛かる急な浮遊感&落下感。
「は? はぁぁぁっぁ!?」
丁度駆け上がるために強く地面をけり上げようとして、何の抵抗もなく勢いよく空振る足の先を視界に入れ、上がる悲鳴と共にフォールしていく。
もちろんそのすぐ後ろに控えていたBもCも例外なくフォール。
バイバイ。
個人的にオレイルさんへの突撃チャレンジは止める気は無いので、ご自由に。
とか嘯き終わる間もなく響き渡る悲鳴は地獄の門から。
「い、いでぇっ!? 足、足が、足が変な方向にぃっ……!」
あ。
「か、肩がァっ! 肩が粉々ってぇ!?」
「ぶべぇっ、どぼが、どぼがじぶべべ…」
「……」
10メートルですもん。
しばらくチャレンジは難しそうですね。
「まあ」
足元から聞こえてくる阿鼻叫喚の空気も全く意に介さないフラットな声に目を向けると、顔は驚いたものではあるものの、わざとらしく口に当てる手や、わざとらしく顔を横にフリフリする仕草が何故か癇に障る淑女子が、困ったようにあらあらまあまあしていた。ポイントは声がフラット。
「酷い所業をなさるのね。そうね、まるで鬼の所業だわ。
人の心は何処へ?
ストレスかしら?」
グイグイくるやん。
言っておきますが、そこそこ、この現状にショックは受けてますよ。こう見えてまだ繊細な10代男子ですから、やりすぎた事は素直に反省です。
ストレスがないとは全く言いませんが。
【システムメッセージ:まあ…】
どうしました
【システムメッセージ:用がなければ話しかけちゃダメなんですか?】
面倒な女を気取るように装わないでください。
【システムメッセージ:勿論用もなく話しかけはしませんが】
ストレスっ……!
というか、貴女には数分前に意味も中身もない要件で話しかけられた気もしますが。
何でしょう。
【システムメッセージ:背負われている方の振動が危険域です】
そうだね。
もちろん頭上のテロ女子も、同じく一部始終見てもらってる訳ですから、何となくなんて生易しい表現ではなく、攻撃かってくらいの背中に伝わるバイブレーションが彼女の心境を物語ってきます。
「いや……嫌だァ……また何か消えたあ……もうやだぁ」
声も漏れてきました。なんかもういっそ可愛く思えてきた私は不味い領域かもしれません。
「漏れそう……」
すいませんそれは許容範囲外です。しっかりして。
そんなテロ女子の様子に、ようやく気づいたのか、無視できなくなってきたのか、溜息をつきながら淑女子がこちらの服の裾を引きつつ話しかけてきた。
「ねえ」
「はい?」
「今なら、あのおじ様もわたくし達の言葉に耳を傾けてくれるのではないかしら?」
おじ様って……門番さんのことですか。
今なら、って。
そのおじ様はといえば、先程Aさんに絡まれていた顔から当社比3倍程度痙攣されていますが。
このタイミングでのお願いって、威力脅迫に当たるのでは?
【システムメッセージ:当ててんのよ】
思いついただけのことを軽々しくシステムメッセージに載せないでもらえます? OLのツイートか。
というか、要件もなく話しかけない直前の会話どうなった。今のも要件があるうちに入るとしたら、雑談なんてこの世に存在しなくない?
まだ当ててないわよ。不当な風評被害はやめて。
――いや、遅かれ早かれ、当てるのは私なのかもしれませんが。
やだなぁ。
一応抵抗してみる。
「善良な村人を貴族が不当に脅すのはどうかと思います」
「あなた貴族じゃないでしょう?」
脅す云々は否定しませんでしたね。
後、自分が貴族である云々も。
「それに、不当でもないでしょう? 状況から察するに、あのおじさまもテロリスト関係者なのは間違いないでしょうし。
正当な権利の行使と考えてよくなくて?」
よくなくなくて。
この子、それを実行するのが私だと理解した上での発言なのだから、本当に容赦ないお子様です。それに先の言葉の追及を許さない会話の展開も、年相応とは思えません。
まぁ、触れてほしくないなら触れませんが。
さぁどうしようかなぁと思っていると、どこかで聞いたことある声が聞こえてきました。
「おお? やっと来たな!」
見ると、村の中から私にテロ女子を託した人のいい中年の姿が見えるではないですか。
厳つい顔面に意外と人懐っこい笑顔を浮かべ、こちらに歩み寄ってきます。
というか、まずい。このままだと足元から聞こえる悲鳴を聞きとがめられて、そこから面倒な状況になる展開は不可避な気配。
どうせ門番から漏れそうだけれども、そこはもう威力脅迫もやむなし。
というわけで。
――アイテムボックスOPEN。
――排出:先ほど収納した土を下部3m残して元の位置へ[即実行]。
【システムメッセージ:即実行】
そして巾着袋から発した光で元に戻る足元の様子に、再度背中に直下型地震マグニチュード6程度の震度が感じられましたが、いつも通りスルー。
淑女子に至っては、怜悧な視線を一つ足元に向けるだけで、すぐ視線をテロ中年に向けるのみ。
と、テロ中年の前で思わず使ってしまったけど、向こうからは位置的に足元の穴は見えてなかっただろうし、なんか光ったくらいしか思わなかったはず。
それよりは……。
「割とあっさり殺しますのね」
ぼそっと淑女子。
いやいや。
殺してないですよ。多分。
ちゃんと彼らが万が一立ち上がっていたとしても問題ない程度の空間を空けて元に戻したんですから。きっと。
その後ほどなく死ぬかもしれませんので、あとで門番おじさんに回収を依頼しておきますし。覚えていたら。
【システムメッセージ:しっかり】
――やかましいわ。不安の裏返しです。
そんな複雑な思いが伝わるわけないと思いつつ、何となく言ってきた淑女子に目を向けると、思いのほか柔和な笑みを返された。
「いえ。正しい判断だと思いますわ。頼もしいほどです」
伝わってはなかったですが。
黒いなぁこの女子。私も人のことはあんまり言えませんけど。
「おい新入り!」
そんな気が滅入る心に掛けられた少し呑気な言葉は、不覚にも光明のような温かみを覚えるものでした。
女子より中年に癒しを感じる私は、もしかすると末期かもしれません。
それはともかくと改めて相手を見ると、すでに棒立ちの門番おじさんを超え、こちらの目の前近くまで到着しています。
タイミング的にはギリギリでしたので、本当に見えていなかったのかは不安の残るところ。若干探りつつ会話することにしましょう。
「あ、えーと……」
おっと、いけません。前と同じように接しなければ。
「ちぃーっす。まじ無事で感無量? 的な?」
片手ピースを右目にばきゅん。
「お前相変わらずうざいな……」
頑張ったんですけどね。
「ていうか、なんか光ってたけどなんだ今の?」
やっぱり見えました?
――さて、光ったことしか見えなかったか、他にも見えたか。
場合によってはちょっと面倒なことになるかもしれません。
片手ピースをやめ、愛想笑いに切り替えると、少し安心したように後ろ頭をかくテロ中年。
見たところ、こちらを不必要に警戒する様子もなく、興味本位での質問をしているように見えますが。
「あー、そうですね――」
「ひ、光ってましたっけねぇ!?」
………。
テロ女子?
何となく視界限界に挑戦するがごとく後頭部頭上に視線を向けると、割とわたわたした、落ち着きのない成人女性がいました。
紹介しましょう。我らがアーレイさんです。
やばい。今凄い黙っててほしい。
「光ってましたっけって……。光ってたろ。あの至近距離で見えな――」
「見えなかったー! 全然見えなかったですねー!
なー門番! お前も見えなかったろうがぁぁぁっ!?」
年頃の女子がしちゃいけない顔と声よそれ。
お前が威力脅迫するのかよ。
「は、えぇ!? お、俺は関係ないだろ!?」
「関係あるわ馬鹿者がぁぁぁぁ!? お前が関係なかったら私が困るだろぉぉぉ!?」
やめてあげて。
主にこのやり取りの後始末をやらされるだろう、私がかわいそうだからやめてあげて。
ほら、テロ中年ぽかんとしちゃったじゃない。
勢いに任せて有耶無耶にするのって、案外うまくいくことないんだよ。
なんだか元気そうなのと、耳元でやかましいのでテロ女子さんにひとまず背中から降りてもらったら、そのままひょこひょこと門番おじさんに詰め寄り始める。
弱者を見つけた中間管理職みたいな食いつきだな。
後、一刻も早く私と離れたかったが故の必死さかもしれませんが。傷つく。
そして、何やら始まったテロ女子と門番おじさんの醜い押し付け合いについて、さてどう収集付けたものやらと頭を悩ませていると、またも服の裾をくいくいされる感触が。
どうしました淑女子。
「もう放っといて中に入りましょう」
「そうですね」
淑女子さんの頼もしさが留まることを知りません。
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