01章-027:不穏な村を訪れて


 そんなヒモな宣言も取り上げられることはなく、特段筆する程のこともなく、言われた林道口から細い道にそれた我々は、うまくいくときはそんなものなのか、あっさりくだんの村にたどり着き、そして――


「今村に入ることは出来ません」


 と、あっさり面倒に直面しておりました。



 ◇  ◇  ◇



 誰かが言いました。

 勝つ子が強いんじゃない。

 負けない子が強いんだ。


「あら、なんだかそれ聞いたことがありますわ。

 たしか負け犬の遠吠えでしたっけ」

 悪意が過ぎるよ。

 そんな辛辣なことを、人に向かって言っちゃだめってお母さんに教わりませんでしたか?

 ちなみにその負け犬は、今はですわ調お嬢様に煽られながら、噛ませOL風テロ女子を負ぶってるよ。

 世知が辛いよ。


「さて、どうしたものでしょうか?

 一息つく程度の期待はしておりましたけれど、さりとてこの村に死力を尽くして入らなければならない理由もありませんし」

 そんな言葉を、木の枠で作られた村の門であろう入り口の前で、警戒心MAXでこちらを迎え撃つ態勢バリバリ――そんなこちらの入村を力の限り一所懸命阻止するおじさんの前で、平静に語れるのは驚くべき胆力と言えましょう。ほら、おじさん顔面痙攣症を患ってしまっていますよ。

 まぁしかし。

 木の枠の申し訳程度に塗装された色合いと言い、門から村全体を囲うように備え付けられた、吹けば飛びそうな草花のごとき柵を見る限り、確かにここに入ることによる安全は誰も保証はしてくれないでしょう。

 それよりは、完全に自分勝手な都合のみで話すなら、無関係な人を多数巻き込む距離に滞在することにより、『向こう』の出方に制限をかけられるのではないかという効果への期待のほうが高そうです。

 それなら、別段この気難しそうなおじさんを説得して、おそらくこの様子ならよそ者に冷たいだろう村の空気に晒されてまで入村する必要は、見当たりません。おじさんに見つからない程度のところで隠れて様子をみるだけでも事足りますから。

 

 そうですね。今のは冷酷な判断と呼ばれてしかるべき想定でしょう。

 とはいえ。別段。特別悪辣を目指すわけではありませんが、こんなフルタイム自身の命が野ざらしアウェイの状態で、他人を優先して行動できるほど私は聖人ではありませんし、なりたいとも思いません。

 申し訳ありませんが、この村人の命と引き換えに私の命が助かるのなら、多少以上の罪悪感を抱えながら生きることを選びますよ、私は。

 ――それにそういう我儘は、一人の時に勝手にやるものでしょうし。


 今は、少なくともこの二人を安全なところへ送り届けてからで「うーん………こ、来ないで―………あっち行け化け物ぉ………出来れば、すごい強敵と相打ちになって両方死ねー………zzz」そういえば、なんだか背中の荷物が重いですね。不思議と今なら、気持ちよく放り投げれそうな気がしてきました。というか良く寝れるな。気が弱いのか強いのかはっきりしてください。

 とまぁそんな、荷重軽量化計画を練りつつ、ひとまずこの門番のおじさんのストレスを解放してあげるためにも一旦この場を離れようかと判断する、丁度その手前のタイミングで、村の門とは逆の、つまり私たちが歩いてきた方向から、複数の大人と思われる足音が近づいてきました。


「あーやっと着いたぜぇ………

 俺らが最後かぁ?」


 そんなボヤキのような言葉を放ちつつ、姿を現したのは、先ほどまでよく見かけた粗末な皮の服と、トレードマークっぽいベレー帽を着こなした、20代、30代の5人ほどの男性の集団。

 あの襤褸切れユニフォームは――


「あ、あんたら………! 今は来ちゃだめだ!」

 対し、彼らが姿を現した途端その顔を青褪め、即警告のように言葉を叩きつけるのは、私たちに先ほどまで立ちはだかっていた村の砦、門番Aことおじさんです。

 その様子からして、彼らが私たちを通せんぼしていた理由に深く関わっていると理解。

 そして、彼らの『正体』から何となくその理由も察しが付くところ。

 

「あぁ? なんでだよ………って、なんだこいつら」

 その警告に、さして頓着する様子もない彼らですが、さすがに門の前にいるこちらの姿には気付いたようで、訝し気な目を向けつつ、しっかり腰を落とし軽く戦闘態勢に入った模様です。

 そして、それが実際の効力を生む前に、こちら側のお嬢さんが、なぜか嬉しそうに彼らに挨拶をかまします。

「あら。珍しいですわね。

 というより、こういう場所なら相応でしょうか?

 『テロリスト』の方と遭遇することになるなんて」


 ――とっても刺激的ね?


 そんな最後のつぶやきはこちらの耳にだけ届くようなウィスパーボイスで。

 何なのその無駄にピンクな色気は。

 刺激的なのはあなたの物言いの方です。

 ほらごらんなさい。


「おいおい………

 見るからに世間知らずのガキが何粋がろうとしてんだぁ!?」

 早速向こうが腰の獲物を抜き、威嚇してきたじゃないですか。

 しかも言わなくても良いどころか、察していることさえ伝えたくない彼らの正体までズバズバとこのお嬢さんってば。

 お茶目さん許し難し


 さて、どうしたものか。

 なんだか、今まで接したテロリストメンバ―の中でも、この方たちは若干粗暴力高めですね。会話はあまり期待しないほうがいいタイプです。

 出来れば、何も気づかないバカなふりして通り過ぎたかったところですけど。

「誰か知らねぇが、こっちの素性を知られてんならオウチには帰れねーから?

 残念だったなぁ?」

 超残念。

「ツーかガキだと思ってたけど、割と顔立ちは美人じゃねぇか。

 お前は金になりそ………ん? そこのてめぇ、何背負ってんだ?」

 あ、気付きやがった畜生め。


 そう、私が背負っているお方は貴方たちの同僚です。

 でも、どちらかというと保護名目だと思うんです。あんまり怒らないでほしいな。

「んんっ? まさかそいつ、アーレイか!?」

 そして意外なタイミングでのテロ女子ネームが判明。

 ご機嫌ようアーレイさん。お仲間だよ。起きて。

「おいおい、リーダーの腰ぎんちゃくが何でこんなとこでガキにおんぶされてんだよ!? まさかマネーアントにやられちゃったわけ?」

「お高くとまったメスがしゃしゃり出てあげく、ガキにお守されてんのかよ、気味いいわぁ!」

 やっぱ起きないで。めっちゃややこしくなりそう。

 

 なんかしたのテロ女子。超嫌われてるじゃん。

 彼女に気付いた当初は、彼らも呆気に取られた感じでしたが、事態を把握してからは明確な侮蔑が混じった視線が私の背中に突き刺さります。せせら笑いがめっちゃ勘に触るし。

 テロ女子と彼らが有効な関係かどうかは若干怪しくなってきましたけど、どうでしょう。一応とはいえ同じグループのメンバーと帯同しているわけですので、お許しムードを頂ける展開があってもいいと思うんです。

 そのためにも、早急に前言撤回しますので、できればやっぱり起きて、お話に参加してほしいんですけど、テロ女子さん。

「…ぐ、ぐー………、ぐーぐー」


 あ、これあかんわ。起きてるやつだこれ。


 起きてるうえで会話拒否のやつだわ。


 まぁ、あそこまで悪意むき出しに煽られてしまえば、起き辛いのは理解のするところ。わかるよ。学校の休み時間で、何となく机に伏せて寝てたら、席の近くで、自分の話題とか上っちゃってたら、もはや次の授業の開始まで起きること能わずだよ。

 

 そんな心温まる交流が巻き起こる中、そこに割り込むように、震える声が上がる。

「か、勘弁してくれ………。

 騒ぎを起こさないって、約束だったろっ!?」

 言わずもがな門番のおじさんである。ちなみに装備は超村人私服。

 彼らとは何らかの約定があったのか、若干ビビりながらも詰問気味。詰まるところは、彼らの今の在り方は、村にとってはありがたくない様子です。

 そして、そんな村人に強者たるテロリストさんたちは、予想はしていましたが、通り取り合う様子もありません。

「はぁ? 知らねぇよ。こいつらがここにいんのはてめぇらがさっさと追い返せなかったからだろうが。

 てめぇの尻拭いをこっちに回してくんじゃねぇよ」

 そのうえ、若さほとばしる勢いだけかと思えば、正論交じりなのが憎いところ。

「そ、それは………」

 狼狽えるおじさん。

 けれど、光明を見つけたかのように改めて彼らに食って掛かる。

「い、いや。騒ぎを起こすのは別の話じゃないか!

 あんたらのリーダーだって、そこは必ず全員に守らせるっていうからっ」

 おお、正論返し。でもこういう手合いって得てして――

「うるせぇよ!」

 やり返されると、ダイナマイトに直結して暴発が法則。

 再度怯んだおじさんにさらに畳みかけるチンピラテロ集団A。

「何がリーダーだ! 結局さっきの戦闘もどこに行きやがった!

 俺たちを囮にしててめぇだけ助かろうってな、どんなリーダー様なんだってんだぁ!?」

「そ、そんなこと……っ!」

 おじさんに言ってもねぇ。

 とはいえ理屈も通らない相手であることはおじさんも理解の及ぶところ。何かを反論仕掛け、結局押し黙ることを選んだ。

 おじさん。おそらく正解です。

 まぁ、意図していなかったとはいえ、どうやら本当に彼らの起爆スイッチを無造作に押してしまったのも事実のようですし。これはちょっときな臭い流れですね。

 そんな完全ギャラリーの感想を述べるこちらはお構いなく、案の定ヒートアップしていくチンピラテロAのテンションは、既におじさんの胸倉をロックオン済み。

「あんなくそのリーダーなんざもうしらねぇんだよ!?

 俺らは元々臨時の傭兵なんだ。金をもらってさっさとこんな面倒から抜けて――いや」

 そのまま殴り掛かりそうだったテンションが急に停止し、怯み続け目も開けられなかったおじさんは、様子の変わったチンピラを片目でチラ見。

 そこには、若干ヤバいところにテンションがはまってしまった人間の見せる、狂気じみた笑みがあった。

「ここまでコケにされたんだ……。あの白髪野郎。

 実力者だか知らねぇが、ぶっっ殺してやる。

 ――後ろから襲やぁ、実力何てかんけぇねぇだろ」

 直視も厳しいレベルに笑みが深まり、ちょっとドンびいていると、その声は後方から響きました。








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