01章-026:自重に愛される私


 ヘルプ全精査。

 これで何ができるかって、全ゲームヘルプ内から特定のキーワードに該当する情報をピックアップするという、プレイヤーに優しいシステムです。

 普通はスキルの使い方とか、ゲーム内のルールを知るために使いますが、今回は「そのルール」が改変された場所を検索するために、「改変ログ」を見てみましょう。

 

 さてさて。

 早速いつもの薄らボヤっとした光と共に精査結果が出てきました。


 ああ。やっぱり『変えられて』いる。



 【ヘルプ】ー【カーペンターモード】ー【制約について】


 【ゲームキャラクタ(NPC)前での使用制限】



 ここの元の文言は確か――


 ==

・NPCが半径100m以内にいる場所、もしくはシステム的な密室空間ではない場所にいるユーザーは『カーペンターモード』を呼び出せない。

 ==


 ――だったはずだけども、それが――


 ==

・NPCが半径(!改変!)3(!改変!)m以内にいる場所、もしくはシステム的な密室空間ではない場所にいるユーザーは『カーペンターモード』を呼び出せない。

 ==


 今はこんな有様で、改変ログが表示されていた。

 この改変で説明するべきは、とりあえず2つ。

 

 一つ目、100m以内にNPCがいないという環境は、つまり『カーペンターモード』はNPCに目撃されない状況を確保しないと使えないという事だったけれど、3mなんて距離では、現状のとおりNPCに目撃されることは避けられない。


 そして二つ目、ヘルプの変更は基本的にテキスト的な修正で行うものでなく、ゲームシステムを変更する事により、自動的にヘルプ内容が変更されるという事。

 つまり、ヘルプの変更はイコールシステムの改変の証左となりうる。

 これで、どこかの誰かさんがシステムをいじったことが確定しましたけど、まぁそれはほぼ想定通りでしたので、確認したかったのは『改変ログ』の『変更履歴』の方。

 改変されたマニュアルを見るだけなら、普通に『ヘルプ』を引くだけで事足りますけど、『改変ログ』を引くことにより、ゲーム内時間における直近一か月内の『編集箇所』と、その『編集日時』、さらに『編集した開発者』が履歴として表示されます。


 そこにはこう書いてあります。


 ※※

 【Updater(編集者):王族の国 第1王位継承者 ザグラム皇子】

 ※※


 ほうらこれこの通り。

 いとも簡単に犯人たる現実世界の開発者の名前を特定――出来ないわけですよ。

 はっはー。

 めちゃくちゃファンタジーネーム!

 誰だよザグラム!

 Damm It!


 やばいどうしよう。


 ゲームキャラクターが管理者権限使っちゃってるぞこれ。



 ◇  ◇  ◇



 ――王族の国 第1王位継承者 ザグラム皇子


 誰だとは言ってはみたものの、まぁこの記載の通りの方に違いありません。

 面識のない方ですが、きっと某勇者さんが生理的に無理っていたあの王子様のことでしょう。

 なるほどなぁ。

 完全にゲーム管理側の権限をなんでだかゲームキャラクターが保持していて、なおかつ改変しちゃってる、もしくはそのキャラクターを開発者が操作しているという訳だ。

 そしてそんなややこしい人物に、私は明らかにピンポイントに狙い撃ちされて死にそうだと。

 そしてそんな状況に、今のところ有効な打開策はなし。


 なんでだろう。人生ってこんなに難しかったっけ。

 

 意気揚々と、システム開発者の本領発揮だぜと息巻いて見せた、数分前の私の雄姿が超滑稽じゃないですか。

 何だったら、そういった一連の流れを無かったことにして、自重モードを貫き通していたパターンに立ち返りたいですが、あんまり意味もないですし、知ってしまった情報をもとに今後の対応を考えないといけませんね。

 さて。


「考えは、まとまりまして?」


 そんな相変わらずの落ち着き澄ました淑女ボイス(高め)は、こちらが戦慄で固まっていた時からずっと沈黙を貫いていた、というよりこちらが落ち着くのを辛抱強く待っていただいたであろう淑女子さんから。

 お待ちいただきありがとうございます。

「………あまり――ですけど、ここにいるのは良くありませんね」 

 おしゃべりをしましょうか。取り急ぎは移動しながら。



 ◇  ◇  ◇



「つまり、理屈は不明ではあるものの、先ほどの『白い床』が発生した現象は、極めて危険な現象であると考えておりますのね?」


 先ほどの場所からさらに移動し、気持ち早歩きでもはや石像状態のテロ女子さんを背負いながら進む道中。

 色々聞きたいことが山盛りであろう淑女子さんに、しかし多くを語るわけにはいかない立場の私から伝えさせていただける最小限の情報として、「兎にも角にも、危険がヤバい」と認識の共有をさせて頂きました。

 まぁ、聡明そうなお嬢様スタイルの彼女ですし、そのあたりの空気感はすでに掴んでいると思いますが、こういった場合の認識合わせの重要性は楽観視できるものではありませんし、念押しさせていただきます。

「そうですね。方法はわからないまでも、あの『白い床』が発生した場所に私たちが巻き込まれていた場合、消え失せた景色と私たちの区別をつけて頂けるかは、かなり疑問ですし」


 正直言えば、大丈夫である可能性もあります。

 基本的にあれは、ゲーム空間のメイキング機能であり、機能が動いている間は、プレイヤーは勿論、NPCの存在もいったん無視されるはずです。例えば、家を作成する場所にゲームキャラクターがいたら消えるような現象は、普通に『バグ(不具合)』でしょう。


 しかし、不安点があるのもまた事実。

 NPCがいない場所でしか基本使えないモードである理由の一つでもありますが、NPCがいる場所に壁を作って埋めてしまうのは、流石にフォローできません。

 そのため、NPCなどの『非破壊オブジェクト』がある場所はゲーム空間のメイキング対象外になります。

 けれど先ほどの『白い床』の発生した空間ですが、明らかに『非破壊オブジェクト』込みで『デリート』を行っていました。

 つまりNPCや、最悪プレイヤーである私まで消されてしまう程の『強力なシステムコマンド』である可能性があります。

 ほかにも根拠はありますが、まぁ安穏としていられる状況ではないのは間違いありません。


「質問よろしいかしら?」

 そんな風に明日も知れぬ不安に頭を抱えていると、そんな隙間も与えることを許さないタイミングで淑女子からQ&Aの催促です。

「何でしょう。答えられることはあまりないと思いますが」

「今、これはどちらに向かわれているの?」

 そんな、やはりこちらに思考の隙間を与えない即答の間での問いは、全く持ってしかるべき質問でした。

 そうですね。先ほどあったばかりの正体不明な男女に、年下の女の子が危険な状況下で有無を言わさず先導されている状態。

 彼女からすればそういった認識で遠からずでしょう。

 これは私の気遣い不足でしたね。いくら遜っていても女の子に対する礼儀ではなかったかもしれません。

 お答えしましょう。


「特に目的地はありません。というか、私此処がどこかわかっていませんし」


 答えたからと言って安心を提供できるとは限りませんが。

 むしろ不安を煽った感あり。


 けれど、そんな頼りないイケてない不安しかないと言った三無い回答に、淑女子さんは特に困った様子を見せることもなく、何であれば「想定の範囲内ですわ」と言わんばかりの微笑を見せてくれます。やばい惚れそう。

 そんなどこぞの変態を一方的に罵れない思考に陥りそうなこちらを他所に、淑女子さんは引きづりそうなほど長いドレスをもつ手を、両手から片手に持ち替えつつ、変わらず私の右横で並走しながら、そっと左の手を私の方に向けます。

 なんでしょう。このタイミングで握手でもないでしょうが。

「次に大きな大木が左手に見えてくると思いますので、そちらの脇にある小道に入ってくださる?

 そちらが一番近い村に向かう近道のはずですわ」

 

 一生ついて行っていいですか?



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