01章-025:自重解除宣言

[25]


 少し前。


 『泥』と呼ばれる、ゲームからは若干逸脱した存在との遭遇を切っ掛けに、改めて強く感じていたこと。


 そもそもこの世界に足を踏み入れる前に黒霧さんから伝え聞いていた内容。


 女神の暴走。


 アイテムボックスという異常アイテムの存在。


 これら異常性から薄々察していた、この世界に対する、ゲーム開発側が介入している気配。

 それが、確信に近い思いに至ったのは、ギルドパーティ『自由の空』と別れる際にオレイルさんに『ある頼まれ事』をされた時。

 その時の彼の言葉。


 ――お前さん、ちなみに『女神の聖剣』の関係者、だったりしないよな?


 『女神の聖剣』

 この名前が、いちNPCでしかないはずのオレイルさんの口から出てくること自体が、今この世界『UQ』に起こっている異常事態を表している。

 『女神の聖剣』なんて、いかにもゲーム世界のアイテムに聞こえる名前ですが、これは剣の名前ではありません。


 そもそもプレイヤーアイテムでさえない。


 これは、『ゲーム開発上のコードネーム』であり、ある管理者権限以上が必要な操作を行うためのセキュリティキーの名称なのです。

 そもそもUQの管理者操作――いわゆるサーバーの定期メンテナンスであったり、新しいゲーム要素の構築、違反者へのペナルティ実行を行う等で、ゲームマスターとしてUQにログインし、キャラクターとして操作を行うという特殊な有りようは、開発者リーダーである瀬稲のこだわりで、常にゲームプレイヤーの視点で物事に当たれるように、という如何にもありそうなお題目は唱えていたものの、開発者リーダーの性格を必要以上に知っている立場からすると、趣味を遂行するための言い訳にしか聞こえませんでした。

 とはいえ最近はそのスタイルが他のゲームの開発スタイルにも影響を及ぼしていることから、全く的外れなお題目ではなかったのだろう。

 世界がそれどころではない状況になったのは玉に瑕だが。

 そんなゲームマスターとして、大規模な操作――ゲームの大型アップデートや、ゲームの一時停止等といった管理者の中でも運営会社のTOPの許可が必要な操作は、特別な権限アイテムを取得することにより実行が可能なようになっている。

 そしてここでも開発者リーダーの趣味――もとい、こだわりがいかんなく発揮される。

 一般的に権限の申請といえば、少し偉い人からすごく偉い人に承認をもらい続け、「本来権限を付与できる」偉い人までたどり着いたらミッションコンプリート、という流れだが、瀬稲はこの流れを本気で『ミッション』扱いにしてしまった。

 ゲームのいわゆる「クエスト」的なイベントの中の一つ「お遣いイベント」。

 船を手に入れるためには船長の許しが必要で、船長は今子供の病気でそれどこではないので、病気を治すために必要な薬草がどこぞの山頂に生えているので、諸事情様々乗り越えて、望む目的を達成するゲームのクエスト方式を、なんと社内の申請フローに取り入れた。

 各部署の上長や役員は、ゲーム上一つどころにとどまっているので、そこにゲームマスターキャラとして赴き、許可を取り付けて最終的に操作を実行するためのセキュリティキー『女神の聖剣』をゲットして、大規模な操作を行う。

 そしてその『女神の聖剣』は一度使えば消滅してしまうので、再度必要になれば、また承認申請という名の「お遣い」に旅立たなければいけないという遊び心に富んだシステムだ。

 ちなみにこれは開発中は使用されることはなく、正式リリース後、落ち着いてから改めて運用する運びになった。開発中のトライ&エラーの嵐の最中にそんな遊び心を投入されることによる、開発者たちへの精神負荷を慮った結果と言える。私は終ぞその申請フローを利用することはなかったけれど、開発中にそれを採用されていたら、とっくに雲隠れしていた自信がある。


 何の話だったろうか。


 失礼。つまり『女神の聖剣』は開発者側のアイテムであり、プレイヤーは勿論ゲームキャラクターであるNPCに認識されているはずがないと言うことです。

 まあ、開発者リーダーがリーダーなので、また変な遊び心を付け足し、ゲームシナリオの背景にしか存在しない伝説のアイテムとして登場させていた可能性はありますが。ラグナロク的に。

 なので知識として知っている分にはギリギリ許容範囲だが、このUQにはもうゲームプレイヤーは勿論ゲーム開発者は存在していない。

 ――瀬稲?

 勿論彼女は例外です。忘れていませんよ。

 本当ですよ。


【システムメッセージ:………】


 文字通りの無言アピールはやめてください。

 

【システムメッセージ:ファ〇ク】


 いえ、言葉にすればいいってわけじゃめっちゃ激怒!?

 急に何なの。あなたの心の琴線が良くわからないよ。

 

【システムメッセージ:閑話休題】


 さぁ、話を戻します。


 開発者がこの世界にログインしてないと言うことは、先ほどの「お遣いクエスト」は機能していないと言うことです。

 であれば、この世界に『女神の聖剣』が現れるはずはありません。

 なのに、オレイルさんはさも『女神の聖剣』がこの世界に顕現しているかのように言いました。


 ――どーもその『女神の聖剣』ってのがうちの『マリア』の行方に関係しているらしいんだわ。


 ――『マリア』は俺の身内でね、いま絶賛行方不明中なのよ。んで、その行方を探っているうちに、王族が隠し持つ『女神の聖剣』が奉納されている場所に拘束されているっていうからねぇ?


 ――同じくそれを探してるっつー隣国の王子と組んでんだけどなぁ。どうやら『女神の聖剣』てのは何が何でも隠し通したい王族のネタらしいんよね。


 ――俺らは警戒されちまった。


 ――そんで兄さんに、お願いしたいのよ。


 ――気が向いたら、ちょっと『女神の聖剣』があるっつー洞窟に行って、うちの妹助けといてくんないかねぇ?




 軽い軽い。

 ついでに言うと、ならマネークイーンの暴走場面に取り残したの何でと聞きたい。

 勝手三昧ぶりがすごい。 

 まぁ、思うところは山のようにありますが、重要なのはNPCたるオレイルさんが『女神の聖剣』の存在を、空想ではなく実在するものとして語ったこと、そしてどうやら状況的にそれをこの国の王族が管理しているらしいこと。

 と、言うことはですよ。



 ――絶対この国の中で開発者が暗躍してるじゃん………



 ひどい話もあったもんです。

 とにかく相手がゲームの土俵から逸脱した開発側の人間であるとなれば、色々決まってくることもありますね。

 そんなことを考えながら、改めて、先ほどのゲーム感たっぷりのデジタルな白い床を思い返します。

 現在私に再度おぶられているテロ女子は、理解上限を超えたのか、呆けたまま、リアクションを取れずにおり、案外らくちんな対応で助かっていますが、横抱きに抱えられた方の赤いドレスの淑女子は、当初は目を見張りはしたものの、取り乱すわけでもなく、今は何かを黙考している様子。

 まぁ、考えて何とかなる状況とは思えませんけど。


 さて。


 私割と機嫌が悪いですよ。


 結構この世界に来てから、私自身ゲーム世界のルールになるべく従おうと一プレイヤーの範疇を超えない対応をしてきたつもりです。


【システムメッセージ:ご主人様は無自覚チート主人公系でしたか………】


 貴女マブダチさんは不可抗力ですよ。私は悪くありません。

 一応断っておきますと、アイテムボックスの存在を吹聴せず、チート無双も控えていたのは、ゲームの世界観を守る『自重精神』もあったのです。

 あったんですよ?

 なのに、どこのだれかも知らぬ輩は一方的に管理者権限を振りかざし、大っぴらに攻撃してくるわ、ゲームの世界観を壊すような要素をゲームキャラクターの前に見せつけるわ、挙句の果てにゲーム開発側のアイテムをゲーム本体に組み込んでみるわ。


 それに対し、こちとら逃げるばかりで怯えるばかり。


 OKOK。


 いいでしょう。


 そちらがその気なら、こっちももう遠慮なんてしないんですからね。

 『UQ戦闘システム総合ディレクター』の名は伊達じゃないんだから。


 

 現在、二人の人間を抱えながら走りに走って先ほどの光景が周辺ごと完全に見えなくなったこともあり、そして何より体力の限界もあったことで一時停止し、彼女達を地面にそっと降ろせば――


 お待たせしました。反撃開始です。


 そんなわけで開き直り其の一。

「システムコマンド1210@1902!」

「え?」

 突然叫ぶ私に、思わずといった形で声を出した淑女子さん。それは驚きますよね。後でお相手しますよ。


 とにかくこの状況をまず何とかしましょう。

 最初の攻撃以降、特にリアクションはないが、安心もできない。

 これはあれですね。先手を打っておく大義名分ではないですか?

 なので遠慮する要素がまた一つ消えました。


 私はどうやら完全にプレイヤーとしてこの世界に召喚されたようで、管理者権限を持つユニットではそもそもないみたいです。

 だから、簡単にゲームの管理者領域にアクセスすることは出来ません。

 それはそうです。そうしないように作ったんですから。


 ――私が。

 

 私のメインチームは戦闘システムですが、割とゲームエンジンに近しいコアシステムにも関わっています。

 瀬稲が人手が足りないと言って押し付けていった賜物でしょう。地獄の日々でした。あの女曰く報酬は『わたしの笑顔だ』とのたまいましたが、お前笑顔一つで寿命5年分くれてやれんのかよと――閑話休題閑話休題。

 つまり、一般ユーザにそう簡単にアクセスされては困ります。

 ではどうするか?


 簡単ではない方法で行きましょう。


 とはいえ、別に奇跡を起こすほどの所業は必要ない。

 大丈夫。実は今この時点で私が無茶を通しやすい状況はすでに整っています。


 現在目の前にはゲームエディタモードのベースユニットである白い床が、普通のNPCの前にお出まししてますが、これは思い切りゲーム制約を破っていますね。

 このゲーム『UQ』では、メタ表現――ゲーム世界において、その世界観を壊すような現実解釈の介入を徹底的に排除するよう設計されているのですが、その一環として『ゲームキャラクターの前でゲームエディタモードを使えない』という制約があります。

 ちなみに今目の前に広がっている『白い床』は、ゲームエディタモードの中の一形態である、所謂地形編集用のエディター『カーペンター』により作り出されたものですね。

 あくまでもこのゲームは異世界に召喚された現代世界の人間たちが、異世界のルールに従って冒険をしていく、という世界観を持っています。

 なので、MMORPGらしからぬことに現実世界のイベント、クリスマスやバレンタインなどに合わせた突発イベントなどは、ここ『UQ』では全く発生しません。

 そんな世界観を大切にするこのゲームにおいて、ゲームキャラクターの前でゲーム概念そのものともいえる、ゲームエディタモードを見せるなんてことは禁忌に等しい所業と言えます。

 しかし、テロ女子や赤貴族女子は明らかに、このゲームエディタモードたらしめている白い床を明らかに認識している。

 『有り得ないことが起こっている』わけです。

 

 どうやら、どこのどなたか存じませんが、ゲーム制約である『ゲームコアシステム利用条件』の一部を無効化しているようですね。


 ・NPCが半径100m以内にいる場所、もしくはシステム的な密室空間ではない場所にいるキャラクターは『カーペンター(地形編集)モード』を呼び出せない。


 簡単に一言で言えばこれだけですが、この制約を無効化するためには、その他色々な制約も併せて無効化していく必要があります。

 誰かは知りませんけど、瀬稲ではないでしょうね。この制約を一番大切にしていたのは彼女ですし。

 なら行けそうです。

 瀬稲以外の「普通のゲーム開発者」さんが、ゲームルールを改変なんてお恐れたことを仕出かしたのです。それはもう荒っぽいコーディングや手順で行われたことでしょう。


 それでは申し訳ないですが、その荒い所業の『穴』を突かせてもらいますね。


「『コール』【ゲームヘルプ】」


 ――これは一般ユーザー向けのコマンドの実行。

 これだけなら、単にヘルプ呼び出しで閲覧可能な内容に過ぎませんが――

 加えて――


「『サーチ』【ゲームヘルプ】<全精査>」


 自重解除『その一』と行きましょう。

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