01章-024:怪しい少女と輪をかけて怪しい私
[24]
そう聞こえてきた言葉は、何処となく妙齢の女性を思わせますが、実際それを発した方を目にすると、そこにはこちらのお腹辺りまでの身の丈しかないような、可愛らしい女の子がいらっしゃいました。
そのうえ、彼女が着こなしているのは濃厚なワインレッドのドレスであり、妖艶な雰囲気を醸し出す等、すべての要素がちぐはぐで、彼女の存在にリアリティが感じられなくなるほどです。
まぁ、そうはいっても目の前にいらっしゃいますし、非現実青年でもないでしょうけど。
いけませんね。
無意識に口調が彼女を敬っています。
存在感のみで遜っている感がすごい。
そんな安い男ではないところをアピっておかなければ。
彼女を見れば、登場から一貫しての微笑をこちらに向けたまま、最初の一声以降特に言葉はなく、端然としています。
やはり背格好以外、年上感が迸っていますが、そうはさせません。
少し落ち着き払った格好を意識しつつ、彼女に手をさし伸ばします。
「どうされましたお嬢さん。もし迷子なら――」
迷子なら。
そういえば私も迷子です。
よくよく考えれば、イーブンの関係です。
迷子なら何だというのでしょう。一緒に迷走に洒落込もうぜと誘うつもりでしょうか。
そう思うに至ったことで、言葉を完全に途中で止めた私に対し、彼女は特に訝しることもなく、微笑のまま言葉半ばの私に答えてきた。
「いえ。迷子ではありませんわ。道の途中で大きな音が聞こえたものですから、物見遊山の気持ちでここまで足を運んだ次第です。
ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません」
そんな、パーフェクト淑女な回答に対する私の感想は「やべぇ。イーブンでさえないわ」というとっても屈辱に塗れた庶民派なコメントでした。
遜って正解です。私は間違ってなかった。
そんな劣等感で、人生を見つめ直す直面に差し掛かろうかという時、再び赤ドレス少女からお言葉を頂きました。
「ちなみに、貴方の後ろで震えている女性がいらっしゃるようですが………
わたくし大声を上げたほうがよろしいのかしら」
よろしくありません。
確かに後ろを振り返るまでもなく、背後に怯える視線を感じますので、居合わせた女性としては、そんな男女を前にすれば、声の一つも上げたくなる気持ちはわかりますが、その逸る気持ちを今は抑えて頂かなくてはいけません。
まだ死にたくはないので(社会的に)。
「それには及びません。
彼女は私も含めてですが、先ほどまでかなり危ない目に遭っていまして、まだその恐怖が抜けないのだと思います」
まぁ、その恐怖の何割かは私に向けられていますが。
ここでやり取りを間違えるわけには行けません。
この場面。
テロ女子が一言「この男に乱暴を受けた」と騒げば終わる、かなり薄氷の上での遣り取りです。
表面上何でもない風を装っている私ですが、内心は冷や汗でいっぱい。
どうか、ここは穏便に済ませておくのがお互いのためだと思うのですよ、テロ女子さん。
そんな気持ちを込めて、我ながらへったくそなアイコンタクトを彼女に向けると、なぜか彼女はより顔を真っ青に染めあげ、壊れた玩具のように首を縦に何度も振りつつ、壊れたレィディオのような声色でフォローしてくださいました。
「そ、そうですっ! あ、あたしは何もされてません! 怖がってもいませんっ! どうか許してくださいぃっ!」
………。
そのれぃでいおの弁明を聞いた彼女の顔をうかがうと、先ほどの微笑が嘘のように消え失せ、平坦な無表情が出迎えてくれました。
「………」
「………」
やっぱり、あんな言動で安心感与えられるわけないですよね。
寧ろ無理矢理従わせてる感と、犯罪性が補強された印象があります。
狙いすましてやったとすれば、すごいよテロ女子。
効果は抜群です。
さてと。
どうしようかな。もう逃げた方が早いかもしれない。
この子にはアイテムボックスを使用しているところを見られているし、これ以上話を続けるメリットは何もないどころか、リスクが高まるばかりではないでしょうか。
そうですね。そうしよう。
そう行動の指針を切り替えようとしたそのタイミングで、事態は次の展開を迎えました。
【システムメッセージ:警告! 今すぐそこを離れてください!】
いつになく焦りの感情むき出しのメッセージが目の前に浮き上がる。
あまりのらしくなさに、一瞬反応が遅れる――
――なんて事は勿論なく、ビンビン感じる命の危機感に素直に従い、未だ怯えるテロ女子を再度背中に無理矢理負ぶり、悲鳴を上げられつつも気にせず、速攻でその場をダッシュで離れます。
この際方向はどっちでもいいでしょう。
あ。そうそう。
「貴女も来なさい! 最悪死にます!」
「え?」
急に目の前の不審者が不審な行動をとり始めたことに、戸惑う顔を見せる淑女子には、十分な説明ができず申し訳ないですが、とはいえ放っておくわけにも行きません。
何せ先ほどから――
【システムメッセージ:早急な離脱を推奨。良くて死にます】
このメッセージを発狂したように連続で目の前を垂れ流し続けてきて、目の前がとても邪魔なくらいです。
とはいえこの切羽詰まりよう。
良くて死ぬのか。
ヤバイじゃん。
「………突然どういうことかしら」
無理もない言葉ですし、正直想像より動揺が少なく、落ち着いてもらっていて有難いと思うべきところですが、今は問答の余裕を出していてはいけない気がします。
ひとまずはダッシュ。
合言葉はダッシュです。
「すいませんという言葉で何とかなるかわかりませんが――失礼します」
テロ女子を負ぶって元々どの方向にダッシュするかはこだわりもなかったことですし、淑女子に向かいすれ違いざま、よっこい失礼と脇に彼女を抱えます。
「え」
これ誤解だったら、少女誘拐で捕まりますね。
「すいません。何もなかった時はとても謝りますから」
それで済ませてもらえるとありがたいのですが、それはむしがいい話でしょう。
今はいきなりの状況に頭が追い付いてないのか、大きく騒いだり抵抗もないみたいですが、数秒後にもその未来が描かれているとはとても思えません。
大体、正直何か危機が迫っているような雰囲気も感じられない。実はマブダチさんに担がれたのではないかという疑惑がだんだん高ぶってきます。こうなっては危険には早いところやってきてほしいくらいです。頼むぜ信じてる。
その祈りはきちんと通じたようです。
「――Delete(削除)」
その声は、直に聞こえたのか、頭の中で鳴った幻聴か。
それくらい現実感が希薄な印象の言葉が届いたかと思えば、直後に強烈な耳鳴りのような痛みが頭を直撃。
それは彼女たちも同じだったようで。
「いだぁっ!? え!? 何!? すいませんっ!?」
「………ぐぅっ!? 何事!?」
衝撃を受け、片方は心底卑屈精神が宿ったのか取りあえず謝り、片方は冷静に起こった事象の確認をするといった違いはありましたが、最終的に今までいた場所を振り返った時点で至った感想は、私を含め、意見の一致を見ました。
「――何もない」
何も。
ない。
何というか、ただただ『白い』。
今までいた場所を振り返ると、そこにはただ白い床が広がっている空間が、四方50mばかり、突如として森の中に発生していました。
それはあまりに不自然で。
いきなり『そう』なったことも勿論ですが、其の在りようがそもそも成立していない。
それはそうでしょう。鬱蒼とした自然の中に、いきなり人工的な床が広がっているのだから。
自然と一体化する気が微塵も感じられ無いその無機質な白い床の質感は、鉱石とも人工加工物とも言えない。
一番近いイメージは、『枠』。
クラフト系ゲームで、床や壁を作るために空間の範囲を指定する際に表示される、「何もない」場所。
それが突如森の風景の一部を先ほどの言葉通り「Delete(削除)」し――この言葉を使うことにかなり勇気が必要ですが、それ以外イメージがつかないのでそのま表現してしまうと――「初期化(リセット)」したように見えました。
というか。
これ。
見覚えがある。
――めちゃくちゃゲームエリア編集モードじゃないか。
いよいよいけません。
たぶん先ほどの痛み、いきなり空間にあった質量がなくなり、一瞬真空が発生したことによる空気の急激な移動が鼓膜に痛みとして響いたのでしょう。
ゲーム世界に現実世界の法則をここまで表現して見せる、自分の親友の拘りと才能に若干引きながら、これは完全に自分の手に余る事態と判断し、それで解決するのかは全く自信もありませんが、無駄な抵抗をさせて頂きます。
逃げます。
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