01章-023:テロ女子と路頭に迷う

[23]


 そんな感じで勢い余った私に抱えられていたテロ女子は順当に気絶し、幸せな寝顔を浮かべ、現在進行形で私に背負われていいご身分な恰好です。

 さりとて義理の在りかも不明なので捨てていく派の私と、背中の双丘的感触を愛する故の現状維持派の私の間で脳内が揺れていることを知れば、きっと呑気に寝ている所では無くなるはずです。

 まぁ、どっちにしろずっと背負って面倒見てあげるわけにはいかないのですが。


 


 あれから、状況の一番の脅威が取り払われ、一先ずの安全確保の余裕ができたわけですが、革命団の方はどうやらそれで方針を切り替えたわけではないらしく、あのまま散り散りにこの場を離れ、おそらくBパターンとやらの配置に着いた模様です。

 そうすると、さっさとこの場を脱して帰りたい私なのですが、後ろに抱えたテロ女子が問題になります。

 彼女も革命団の一員なわけですし、このまま町に戻れば捕縛対象としてしょっ引かれるでしょう。

 それはある程度自業自得であり、私が気に病むところではないのですが、ここで一つ問題です。

 このままその捕縛対象を背負って町に戻ってきた私は穏便に扱われるでしょうか?

 一応ギルドに所属したことですし、出所不明とまではいかないでしょうが、革命団――町の人からすればテロリストとの関連性は疑われる気がします。そして、その疑惑を晴らすものは何もありません。

 唯一私の弁明に全てがかかっていると言えますが、そんな最中に背中のテロ女子が「こいつは化け物なんです」アピールを始めたら――なんて想像するだに恐ろしく、寒気がする思いです。

 どちらかと言えば、テロリストうんぬんよりそっちの方が困ります。

 そちらは全くの嘘ではないですからね。

 出来る限り、露出は控えたい内容です。


 そうなると、捨てていくという選択肢もないではないですが、ある程度もう顔見知り程度の関係が出来た相手を、ボスの脅威は去ったとはいえ、いまだその部下たるマネーアントをはじめ、魔物や肉食動物が蔓延る森の中に放置というのは後味が悪すぎるでしょう。

 というより、そんな選択肢が取れるなら、初めから彼女を抱えて走り回ったりはしないでしょうしね。

 そんなこんなで、結果としてこうやって彼女を背負い、森を彷徨う羽目に相成っているという訳です。

 とはいえ、無目的に彷徨っているわけではありません。

 端的に言えば探し物の最中です。

 ある意味落とし物と言えなくもない彼女は、やはり落とし主に返すべきです。

 ここで言う落とし主とは、妥当なところで革命団でしょう。

 ここでヒロイックサーガ宜しく、我が物顔で彼女をテロリストから足を洗わせて実家に帰してあげるとか、どこのナルシストかというほど自分に酔った行動をとる気もありませんし。

 まぁ、そのままの進路をお勧めもしませんが。

 さて、そうするとどこに向かえばいいかと言えば、マブダチさんの力を借りることで、おおよその解決はするはずです。


【システムメッセージ:私をそのような、都合のいい女と勘違いしないで頂きたいですね】 


 こうやって面倒くさいことを言い始めなければね。

 そういうのもう良いですから、近くの人間をサーチしてください。


【システムメッセージ:『そういうのもういんだよ、こっちは仕事で疲れてるんだから』と、主婦業を見下した発言は女性人気に影響しますよ】


 言葉を足すな。そして主婦を気取るな。私は世のお母さま方を尊敬しています。


【システムメッセージ:試しに『お前』って言ってみてください】


 お前調子くれんなよ?


【システムメッセージ:ニュアンスがおかしいですが、いいでしょう――サーチを開始します】


 いいのか。

 貴女の妥協点がどこなのか、全く見えて来ませんね………


【システムメッセージ:半径100m以内の検索結果が出ました】


 お。


【システムメッセージ:人間に該当する目標――ゼロ】


 あらら。

 落胆する結果が返ってきましたが、半径100mならそうかもしれませんね。割と見渡せる範囲にいないとおかしいですし、もしいたとしたら、それは物陰に隠れてこちらに良からぬ企みを持つ相手である可能性が高いでしょう。

 申し訳ありませんが、もう少し範囲を広く――


【システムメッセージ:ちなみに500m以内で――人間以外の反応であれば、一つあります】


 広く………何ですと?

 何がヒットしたんですか?


【システムメッセージ:詳細なデータは相手を細かく指定する必要があります】


 それはまた。

 卵が先か鶏が先か。相手の詳細な情報を知るには、相手の詳細な指定が必要とは。そううまくいかないように世の中なっているのでしょうか。

 それはそうと、であればなぜ逆に反応が一つあるとわかったんですか?


【システムメッセージ:何かはわかりませんが、激しく動いている物体であったので、生命体である可能性が高いと判断し報告しました】


 なるほど。それはいい仕事をしてもらいましたね。

 そうですか。激しく動いていますか。


 ちなみに何ですが、それはどういう感じで激しく動いているのですか?


【システムメッセージ:後ろから激しくこちらに向かってきています】


 ザバァァァンッ!


 後ろから突如あふれ出す様に森が割れ、現れたるは人3人くらいが跨れそうな巨大猪。

 それが森を割る勢いそのままにこちらに向かうというか、突撃してきます。

 当たれば子供などのその衝撃で破裂するのではないかと思う程。

 勿論それを悠長に眺めていたわけがありません。

 マブダチさんの『後ろから――』辺りで前方にダッシュを決め込んでいました。

 絶対そうだと思ったんです、何かをもったいぶるようなその感じにいい予感を覚えたわけはありません。


【システムメッセージ:感謝の言葉が聞こえませんね】


 ありがとうブッコロ


 さて遊んでる場合じゃありませんよ。

 人一人おぶった状態で、どう猛な獣が軽自動車宜しく迫ってくる状況は普通に絶体絶命。

 でも私には意外なほど、心の余裕があります。

 別段、後ろのあれと格闘してどうにか出来るとは思っていません。

 忘れましたか?

 なぜなら、私には後二つ、アイテムボックスの空きがあるのです。


【システムメッセージ:さらに後方からもう二匹同種の魔物が現れました】


 いやん。


 ==


 そのあと都合3匹ほど合流し、合計6匹の超豪華スタンビートと相成りました。

 最早、焼け石に水と知りつつも、先頭の二匹はアイテムボックスに格納済みですが、続く魔物猪達からそう長い事逃げおおせるはずありません。

 やっぱりストック5個は切ないって。何この縛りプレイ。

 というか、よくよく見れば、この猪達、さっき『泥』と呼ばれた方々を背負って追走してきた奴じゃないですか。

 流石にそれとは別猪のようですが、知らず周りを警戒してしまいます。

 というか、それどころでもないですが。


 後ろからはもうすでに距離としては100mもないところを暴走する猪が、いつの間にやら横並びにデッドヒートを繰り広げている。

 上がる土煙、木に当たっては拉げ折られ、たまに走る脚にぶつかって飛んでくる石つぶてが地味に痛い。

 まぁまぁまぁまぁ、大人気じゃないですか私。

 そんな大勢で来られても、こちら食いでがないのに何をそんなに盛り上がっているのか、少し落ち着いて頂きたい。

 んー。


 ――少しでも立ち止まって一呼吸する間があれば。


 そんな風に思っていたら、どんぴしゃりです。

 目の前に、後ろの大猪の上背を超えるような先がとがった大岩が、地面から飛び出るように鎮座しているのが、前方に見えます。

 あと数秒で追いつかれそうですが、あそこまでなら、何とか粘れる、いや粘れなければ死ぬだけなんで、死ぬ気で粘りませう。

 後ろでこの事態でもまだ眠りこけ、何なら涎までこちらの首元に垂らす始末のテロ女子に呆れながら、憤然と猛ダッシュ。

 さぁ、あと10mかというところで大岩に到着――すぐ回り込み、ちょうど猪達から隠れるようなポジショニングで、体力の限界とばかりにテロ女子ごと背中からダイブし「ぐべぇっ!?」と女子にあるまじき呻きを後ろに聞きながら、胸ポケットのアイテムボックスを取り出すと同時――猪が急には止まれずこちらを通り過ぎると気付いた瞬間に一斉に前足で土を掘り返しつつの急ブレーキ、計4匹が同じ格好で前に滑っていく姿は大変滑稽ですが、まさか笑っている場合でもありません。


 まずは――


 ――アイテムボックスOPEN。


 ――『リリース』『対象:マネーアントクィーン、ブローボアA、ブローボアB』


【システムメッセージ:実行?】


 ――OK。


 まずは、最早用のない3つの死体を邪魔にならないよう、来た道の方角に無造作に放ります。

 さぁ、ここから時間との勝負ですよ。

 右端の猪――ブローボアが一早く向きをこちらに変え、突進の構えに入――


 ――アイテムボックスOPEN。


 ――『キャッチ&リリース』『対象:右端のブローボア』


 るか否かでそちらにアイテムボックスを向け、突進しかけたブローボアが光り、そのまま――


 バシュンっ!


 とアイテムボックスに格納されたかと思えば、即座に――


 ブシュンッ!


 と再度光がアイテムボックスから溢れ、先ほどと同じく邪魔にならない後方に放り投げる。

「!?」

 流石に異常を感じたのか、他のブローボアが身構えますが、その躊躇は大変ご馳走様。

 頂きます。


 バシュンっ! バシュンっ! 


 光が二筋重なり、こちらに向けて軌跡を描けば


 ブシュンッ! ブシュンッ! 


 続けて後方に流れゆく、またも二筋の流星が踊り


 バシュンっ! 


 収束し 


 ブシュンッ!


 放出する


 最早光のイリュージョンショーにさえ思える、光の筋が幾本も空中を流れるその光景は、割とお金が取れる程美麗でありました。

 それはそうとして、と全ての猪を『キャッチ&リリース』で仕留めたことで、先ほどまでの騒動がまるで嘘のように静まり返った森の中を見渡し、無事に安全を担保できたのかを観察。

「………」

 様子を見る限り問題なさそう――かな?

 はぁ、であれば、やっと人心地つけそうです。

「お、お前…! やっぱり化け物っ!?」

 ………。

 後ろの人に、今のを一部始終タダ見されていなければ。

 無銭鑑賞とは感心しませんね。

 さて、なんといって口止めしようか。

 憂鬱な気持ちでテロ女子に向き直ろうとした際に――その声は響きました。




「あら、今のショーはもうお仕舞なのかしら?」


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