01章-022:対峙!マネーアントクィーン

[22]


 『マネーアント』

 お金蟻。

 とても縁起の良い名前ですが、冒険者には比較的遭遇すれば「わっしょい」と小躍りするほど喜ばれる魔物になります。

 手強さとしても、冒険者Lv5くらいでも1匹ずつなら何とかなってしまうくらいであるにも関わらず、一匹倒すことで一泊分の宿泊料が稼げてしまうというのですから、頷き………にくいですかね。

 現代的にいえば、ビジネスホテル一泊分のお金7千円ほどの価値のあるカブト虫を見つけたくらいに思っておけばいいのではないでしょうか。

 男の子なら「ひゃっほう」とはしゃぐのも致し方ありません。 

 普通Lv5の冒険者でも倒せるくらいの魔物であれば、素材を売ればお金には変わりますが、おそらく10匹ほど狩らなければ一泊分にもならないでしょう。

 何がお金になるかといえば、その蟻の尻尾に溜まっている蜜。所謂「蟻蜜」ですが、この世界では甘味になるものがあまりないため、こいつをうまく集めてやれば、そこそこの金額に化けるという寸法です。

 なので、正式名称は「ハニーアント」のはずですが、冒険者にはその蜜がお金に見えるのでしょう。いまでは「マネーアント」で定着してしまった、という由来のある情緒的な魔物なわけです。

 ただ、たまに暴発的に増殖し、小さな村を襲う事件に発展することもあり、巣を見つけたら即ギルドから依頼が出て討伐されるという問題のあるこの魔物。

 増えるということは増やす存在がある。

 それが今、我々の目の前に現れた「マネーアントクィーン」という存在です。

 普通のマネーアントで全長1mと、割と大きな印象を受けますが、それの女王様の大きさは、なんと全長10m。普通に怪物です。

 どうやって地中深くの巣から出てきたのでしょうか。


「新入りぃ!」

 と。

 目の前の脅威について、記憶にある情報を掘り起こしていると、突然緑色のベレー帽を被った中年の男性に肩口をつかまれ、耳元で喚かれとても耳が痛い。

 耳の事情も由々しき事態ですが、それ以上に気にかかる言葉で呼びかけられましたよ。

「………『新入り』とは私のことでしょうか?」

「他に誰がいる!? ボーっとしてんじゃねぇよ新人!」

 やっぱり私のことでした。

 いつの間にテロリストデビューを果たしていたのか。目指せ盗賊王。


 いやいやいや。

 目指さないし。


【システムメッセージ:微力ながらご助力いたします】


 やる気を出すな。

 何時にも増して心強いメッセージを届けないで下さい。

 仲間を諫めるのも出来るマブダチに必要な要素ですよ。


 どうやら同じ見捨てられ仲間として、一括りにされているようです。

 あんまりよろしくありませんが、周りがほぼテロリストの状況でわざわざ部外者面をするメリットもありません。

 一先ず、乗っかっておきましょう。

「すいませんっす。まじ反省っす。やばいっす」

「………そこはかとなく俺らをバカにしている空気を感じるが、まぁいい」

 いいんだ。

「それより撤収だ! 配置に着け!」

 そういうテロ中年は辺りに猛威を振るいまくるクイーンに一瞬目をやり、直ぐに顎で森の小道に抜ける方向を指した。

 確かにここで手を拱いて魔物の餌になるのを待つのは利口とは言えません。

 さらに乗っかることにしましょう。

「はいっす!」

「配置はBパターンだ! 急げよ!」

「無理っす!」

 がっしと走り出そうとするテロ中年の肩をつかみます。

 逃がしませんよ。


「はあ!? 何だ無理って!?

 配置の型なんざ、革命団に入って真っ先に叩き込まれるだろうが!?」

 入ってないから無理っす。

 とはいえ、そのまま正直に言うのも得策ではありません。

「新人なんで!」

 伝家の宝刀張りに言い張ります。

「ぐっ…! まだそんな教育も受けてないくらい日が浅いのかよ。

 確かにお前見おぼえないもんな」

 めっちゃ優しい中年です。

 普通、そんな見覚えのない人、まず部外者だと疑いませんかね。

 中年の将来が心配です。


 そんな怪しいツボを買わされそうな中年は、底抜けに人がいいのか、とうとうどうしたものかと唸り始める始末。「ううむ」と顎をしきりに撫でていますが、周りは割とひっ迫した状況であり、それを許されるのもそう長くない時間でしょう。

 事実中年の唸りはそれほど長くは続かず、しかしそれは諦めて切り上げた、という顔ではありません。

 「良いこと思いついた」という顔に見えます。

 なぜか良い予感はしませんね。


「よし新人! お前あいつについて動け!」

 そう、こちらの肩をつかみ、無理やり彼が指さす方向に正面の向きを変えさせられると。

 そこには。

「ひぃっ!」

 いつかの強気な先輩OLのような、高圧的な姿勢は鳴りを潜め、生まれたばかりのバンビ張りに震えるテロ女子の姿がありました。

 縁がありますねお姉さん。


「ち、中リーダー殿! ち、ちょっとこいつは、あの!」

 狼狽え、何とか考えを改めてもらおうと、中年に縋りつくテロ女子ですが、それには全く構う様子はなく、中年は私に一方的に話しかけてきます。

「こいつは今ちょっと足ケガしててな、ちょうどフォローが必要だったんだ。配置の型はこいつがわかるから、新人はこいつの移動を助けてやりつつ指示に従え!」

 なるほど。妥当な作戦ですね。

「了解っす!」

「了解しないでぇ!」

 何ですかテロ女子さん。いつの間にか半泣きみたいですが、痛いので腕を引っ張らないでください。本当に私を怖がってるんでしょうね貴女。

 酷く軽い気持ちで承諾を返す私に、最後の抵抗とばかりにぶんぶん首を横に振りながら、精一杯「否認」を主張するテロ女子は、うっかり可愛いと思わないでもないですが、申し訳ないですがこちらも遊びではありません。

 おそらく私一人では、この状況如何ともし難いんですよね。

 そう内心ウンザリするようにため息を漏らしつつ、この状況の問題の核である相手、「マネーアントクィーン」に目をやります。

 そこには、10mの巨躯をもつでっかい蟻が、『伸縮自在』の首をゴムのように使いこなし、除夜の鐘程の硬さと大きさがあると思われるその頭を、クレーン車の暴走の如く振り回す姿がありました。

 なんでまたこんな状況に宛がわれているのか全く不明ですが、今考えることではないので、後に回します。

 単純にここに立ちっぱなしていれば、そう遠くない未来で圧死を経験することになるでしょう。立ちっぱなしでなくても、あんな出鱈目な速度で振り回される鉄の如き暴虐を避け続ける技量を一般的青年の私に求めるのは酷というもの。

 ですので、ここは逃げの一手。

 そして逃げるとなれば、徒党を組みそれに挑む集団が近くにいるのですから、その尻馬に乗らない手はありません。

 乗らず、あまつさえ敵認定を喰らえば、ちょうど良いデコイが出来上がるでしょう。――私のことです。

 ですので、このテロ集団――革命団さんに混ぜてもらうことは私的必須条件です。

 テロ女子的にはノーサンキューかもしれませんが、そう遠慮なさらず。

 一蓮托生と行きましょう。


「そういうことで此処からは協力プレイで行きましょう。合言葉は『信頼関係』です」

「いやぁぁぁ…。もう駄目だ…。私はここで死ぬんだ………」

 その前に信頼関係が死んでますね。

 まぁ、いいです。最悪この人には革命団のメンバーの印役と、道案内だけしてもらえれば。

 そうと決まればこちらの手持ちを整理しましょう。


 アイテムボックスの中身は今どうなってるでしょうか。


 1:状態異常「ノックバック」

 2:状態異常「毒」

 3:ブロッサムフルプレート

 4:

 5:

 』


 辛うじて攻撃手段とも言えるストックが2つ。

 預かっている荷物が1つ。

 そして、ある意味一番の攻撃手段ともいえる『空き』が2つ。


 つまり1匹しかいない、あのマネーアントクィーンを問答無用で『殺す』ことは出来ると思いますが、一先ず保留としましょう。

 テロ女子にはすでに『放出』時のみとはいえ見られていますが、普通に考えて人に話しても今ならまだ『不出来な妄想』と切って捨てられるだけで終わるでしょう。しかし、ここで多くの人間の目の前で実演披露と相成ると、流石に信憑性は否応なく上がってしまうことでしょう。それはこの時点においても好まない展開です。

 なので、結論は変わらず逃げの一手。そしてそういう意味でこの空きはあんまり心強い手持ちとは言えません。

 フルプレートは相変わらずただの荷物なのでスルー。あとの二つですが、『毒』はあんまり期待薄ですね。人にはそれなりに効果があるようですが、それでもあのような華奢な少女を衰弱させる程度という効果で、あの10m越えの魔物に対抗するのは勇気がいりますね。おそらく蛮勇の類です。

 あと『ノックバック』については――


「お、おいっ! きたぞ!」

 そうすぐ近くで逼迫した声を上げたのは、こちらが黙考したことにより放置気味だったテロ女子さん。

 この状況で『来た』となれば救いの手ではないでしょう。

 足が不自由で素早い動きがまだできないテロ女子さんをひとまず両手で掬い上げるように抱え、後ろも確認しないまま前方に全速ダッシュを洒落込みます。


 


「ひやぁっ!?」

 という意外と可愛い悲鳴と同時に、


 ガシャオォォォンッ!!!!!


 除夜の鐘らしからぬ、鉄が無理やり爆発したような派手な破砕音が、元居た場所辺りから響いてきます。

 おそらく、マネーアントクィーンがとうとうこちらに攻撃目標を定め、頭を放り込んできたと思われます。

 真偽のほどをめちゃくちゃ確かめたいですが、今はそれどころではなく、少しでも距離をとることが優先です。

 さあ、いよいよもって余裕がなくなってきた。

 手持ちの整理をもう少ししたいところですが――

 ――ああ、もういいや、このまま行こう。

「すいません、お姉さん」

 このままBパターンとやらに赴くことに決めた私は、その配置をご存知であろう唯一の手がかりテロ女子に、逃走を続けながら場所案内をお願いします。

「ひゃあぁぁぁっ! もういやぁ!」

「落ち着いてください、一先ず脱出したので、直ぐにどうにかはなりませんよ」

 そう諭しますが、私自身その言葉を特に信じているわけではないので、若干説得力には欠けている自覚はある。とはいえまずは落ち着いてもらわないと話も始まらないし、Bパターンにもたどり着かない。なんなんだよBパータン。名称から全く内容にたどり着けそうにないぞBパターン。秘匿性に優れてるじゃないかBパターン。


 私もちょっと落ち着きましょう。


 余裕がないときほど頭はクールに。今はまさに動揺が死を招く状況です。

 思えば私は彼女がこちらを畏怖していることを、半ば無視して接しようとしていました。そんな思いやりのない相手に心が開くことはないでしょうね。

 反省です。

 まずは、こちらの無害アピールから始めましょう。

「お姉さん。色々ありましたし、貴方が私を恐れる気持ちも十分とはいえないまでも理解しているつもりです。

 ですが――」

 なるべく穏やかに、安心感を与えるべく若干柔らかい表情を努めて意識し、彼女を見やると、そこには―― 

「もうおうち帰るー! えぐっ、おかーさーん………うえぇぇ」

 完全に参ってしまった子供がいました。


 えぇ………。

 泣かないでよベイビーとか言ってる場合ではないのですが。


 まさか泣き始めてしまうとは。まぁ、無理もない状況ですが、この人内弁慶にもほどがあります。

 どうしましょう。泣く子の相手は苦手なのですけど。

「あー…。

 大丈夫大丈夫。お母さんにはまた会えます。心配無用ですよー?」

 ひとまず泣く子をあやすイメージで話しますが、これやり過ぎたら殴られる気がするので、バランスが難しいです。

 これくらいの感じならいかがでしょう。

「ふえ………。おかーさんに、会える………の?」

 ………。

 殴られる可能性は減りましたが、事態が改善される可能性も減った気がします。


 やばい。この子ったらほとんど幼児退行起こしかけてる。

 通常であれば、根気強く会話を続けて正気を取り戻すよう努めるところですが、今現状からすると、根気強く会話する時間が不足気味です。

 あと、全速力のスタミナもマッハで尽きかけてますし、成人前女子を支える筋力も限界です。

 つまりもう無理です。


 よし、最終手段。アイテムボックスで殺ったりましょう。


【システムメッセージ:最終手段とは】


 それだけ言いに現れるな。


 何はともあれ、そうと決まれば使用するための状況を作りましょう。

 周辺を見ると、ちらほら革命団の皆さんを見かけます。

 なので此処ではまずい。

 まずは――


 ――アイテムボックスOPEN


 ――『状態異常:ノックバック』を『マネーアントクィーン』に使用


【システムメッセージ:了解。使用範囲問題ありません。実行しますか?」


 ――OK


 途端、アイテムボックスのがま口から光が飛び出し、マネーアントクィーンに確認する間もなくぶつかる。

 すると、今まで我が物顔(?)で猛威を振るっていた体が一瞬硬直し、そのまま何かに殴りつけられたかのように、後方へ躰5つ分ほど吹き飛んでいく。


 ギィィィッッッアアアアァァ!?


 いきなりの衝撃に、錆びついた鉄同士を擦り合わせたような叫び声を上げ、一時混乱に陥るマネーアントクィーンは、しかし直ぐに持ち直したのか、ゴムのような首でぐるんぐるん頭を回し始めた。おそらくあたりを観察し、警戒しているのだと推測する。

 誰の攻撃なのかを確かめるためだろう。

 そして、それにこたえるアクションが彼女(?)の体めがけて飛んできた。

 それは、何でもない石礫であり、頑丈な外殻をもつマネーアントクィーンの意に全く介さない攻撃は、避けられることもなくそのまま前足辺りに当たり、ただただ落ちた。

 それはそうだろう。ただの石を投げただけなのだから。

 別に攻撃のつもりで投げたのではない。

 そうして、直ぐに投げた相手――つまり私をすぐに補足すると、スッ、と半ば飛び出ている目玉を上下の瞼で閉じ、細く残した隙間でこちらを見つめてきたかと思えば、やおら顔と前足を頭上に向け、激しく上下するような仕草を見せる。


 ギジャジャジャジャジャジャジャアァァァッ!!!


 合わせてあげる気分が相当悪くなる咆哮を聞く限り、いい気分を表現したわけではなさそうです。

 有体に言えば激怒でしょうか。

 そして、気が済んだのか、気が昂り切ったのか、今度は逆に頭を低く構え、人的に言う「クラウチングスタート」の様な姿勢を見せてくる。


 怒りの追走まであと、3、2、1――


 さぁ逃げましょう。


 ズドッ!

 ズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドズド…!


 うわ気持ち悪い!

 全ての細く硬そうな脚が、それぞれ交互に絶え間なく高速に地を蹴り、こちらに向かってくるその姿は、偏に悍ましく、どちらかというと黒い悪魔を連想させる動きです。それが巨大な姿で追ってくるのですから、もうはっきり悪夢でしょう。夢に出てこないことを祈るばかりです。

 方や追っかけられているこちらは、人を抱えながらの逃走ですので、その速度差は語るべくもなく、直ぐに追いつかれることは目に見えています。

 でも私が逃げなければいけない距離はそれ程長くありません。長かったら死にます。

 なにせ、近くの鬱蒼とした、『マネーアントクィーンをも覆い隠すほど』の森の茂みの中に突っ込むだけですからねっ!!


 ガサガサッ!


 うぷっ!

 とはいえ、完全に人が入ることを考慮していない道なき道ですので、自分がどこに進んでいるのかもよくわかりません。

 でもそれさえも重要じゃないので、いったん捨て置きます。今踏ん付けた柔らかいものの正体とか気にしません。

 重要なのは、


 ばしゃああぁぁぁんっ!


 あのでかい図体が同じく森の茂みに入ったことの合図のみ!


 ――アイテムボックスOPEN!


【システムメッセージ:後方5mにマネーアントクィーン接近中】


 ――近ぁっ!? ってそれも今はいいです!


 抱えたテロ女子ごと後ろに振り返り、予め口にくわえ、開けておいたアイテムボックスの口を向け、命令を実行する。


 ――格納対象、マネーアントクィーン!


【格納対象:後方5mのマネーアントクィーン】


【システムメッセージ:格納後、対象は死亡します】


【システムメッセージ:実行?】


 ――YES!


 直後、こちらの顔面残り僅か1mほどに迫っていた、振りかぶった前足ごと、マネーアントクィーンの体が光り、そして口にくわえたがま口に吸い込まれます。

 そしてぱたんと閉まったアイテムボックスを尻目に、元々走りにくい木々の中を走って、急激に人を抱えたまま後ろに振り返っていた私は、そのまま慣性の法則にしたがい、勢いに振りまわされ、無様に背中から地面にダイブしました。


 


 実が出る思いです。

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