01章-021:どうやらよくない状況です。

[21]


 さぁ、困りました。


 いえ。このUQに来てから困らない日はないわけですが。表現が気に入らないというなら、言い直しましょう。

 案の定困りました。

 予定調和というやつです。逃れられない運命でしょうか。


【システムメッセージ:自分の主人が自己陶酔に目覚めるのを止められない、わが身の無力さを感じます】


 自己陶酔はお互い様の気配を感じますよ。


 ひとまず、とにかく現状を整理しましょう。

「来たぞー! マネーアントクイーンだ!」

 現状とはつまり変化した状況の結果であり、それを深く知るにはその変化の中身に対する理解が必要でしょう。

「最近俺らついてなさすぎじゃね!? ワイバーンといい騎士団といいよお!」


 そんなわけでまず一つ目の変化点。


 デシレアさんパーティとお別れをしました。

 特に喧嘩別れではありませんが、一身上の都合というやつです。どちらの都合かといえばお互いの都合でしょうか。

「さっき『自由の翼』いなかったか!? あの強豪パーティがいれば多少ましだろ!」

「あいつらはボスが隣国の王子の護衛で連れて行っちまったんだよ! ったく綺麗どころ持って行っちまうんだから、ボスも好きだねぇ」


 そんなわけです。


 二つ目の変化点。

 その前にマブダチさん。


【システムメッセージ:わかりました。すべて私にお任せください】


 待って。万能感出して話の展開から私を置いてかないで。

 何がわかって、何を任される気なんですか。

 本当にノリと勢いで突っ走ることにためらいがありませんね。

 そうではなくて、という以前にまだ何も言っていません。

 

【システムメッセージ:ご主人様。何事も早いことは女子に嫌われがちですが、機微に疎いことが誉という意味ではありませんよ?】


 突っ込まないからね。


 ではお望み通り本題ですが、

 あなた『女神の聖剣』という名前に心当たりは?


 ==


「だめだ! もう持ちこたえられん!」

「くそう! ここまでなのかよ!?」 


【システムメッセージ:『女神の聖剣』。一般ユーザー向けに公開された情報には該当する名前はありません】


 急に機械的な回答になったマブダチさんについて少し思うところがありつつも、そろそろ自分の世界に浸っていい時間にも、おしまいの時間が来てしまいつつあります。

 なにせ周辺にピンチの空気が張り詰め、すでにそこにいる人間の負の感情が飽和しきっているのだから。

 その真っただ中で、黙考を貫く人間をその周辺の方々は許容していただけるでしょうか? それを期待していいものでしょうか? 


【システムメッセージ:期待していいはずがありません。この低能、ご主人様】


 最後のそれは訂正のつもりですか? もしくは悪口を具体的にしただけですか?


【システムメッセージ:すべてはご主人様のご意思のままに】


 相変わらず会話がままならねぇな。


 さて、結局この緊迫ムードの中でうんうん唸っている度胸が不足しているというだけの話ですし、さっさと行くことにしましょう。

「ていうか、俺たちはなんで連れてってもらえなかったんだ!?」

「こんな危険なところ、みんなで逃げた方がいいに決まってる………」

 周りにいらっしゃる数人の男はオレイルさんのグループ、テロリストもとい革命団メンバーの方々ですが、先ほどからの悲鳴をお聞きいただいている通りとても困った状況にあります。

「いや、みんなで逃げたら、みんな追いかけられるだけだろ!」

 そもそもなぜ彼らと共に私がいるのかと言えば、おそらく少し長めの回想が必要ですが、先ほどしばらく黙考したツケがありますので、おいそれと現実逃避のターンはやってきそうにありません。


「え………? それってさ」

 一言で言えば。

「………もしかして、俺ら、ボスに見捨てられてないか?」

 そんな感じです。


 ==


[Tania Side-002]


「離してください!」


 色々なことが起こりすぎて、頭が追い付いてないですが、はっきりしていることがあります。


 タニアたちは今、おに―さんを囮にして逃走しています。


 結果としてそうなっているのですから、この状況が全く意にそぐわないどころか、真の敵現るくらいまでありますが、結局のところおに―さんに恩を返すどころか、命を脅かす側に自分たちが立っている自覚はあります。


 


 あるからまったく我慢がなりません。

「痛いです! 手を放してください! 離して!

 ………放せって言ってるですよ、このっロリコン!」 

「…………。存外心に来るから放して良いかい、ボンボン兄さん」

 そう心から辛そうに前方に顔を向け懇願するのは、今しがたもタニアの手をつかんで、無理矢理連れ歩いている白髪のおじさんです。若干本当につらそうなので、心が痛みますが、背に腹は代えられないのです。

 此方も、自分に興味があるのはロリコンだと認める心の傷を負ってまでの発言なのです。トラウマには付き合っていただきます。

「ダメに決まっておろうが。メンタル弱すぎじゃないのジェントル」

 呼びかけられ、振り向き、そう呆れつつ返答するのは先ほどまでも同行していたティル様こと第二王子様ですが、今となってはタニアたちの敵同然です。

「じゃあ、代わっておくれよ」

「ダメだ。ボクちゃんはこの世で一番言ってほしくない言葉が「ロリコン」なのだから」

 そんなにべもない言葉に対し、理解不能とばかりに首を振り、けれど実務には忠犬のように素直に従うスタイルなんでしょうか、白髪オジサンは直ぐこちらの手を引き歩みを再開し始めました。もちろん手は放してくれません。おのれ災いあれ。

 次は何処かに噛みついて手を放した瞬間に離脱を図ろうと好機を伺っていますと、前方で親の仇を睨むように第二王子様に強い視線を注ぐデシレアさんから、こちらを窘める言葉が飛んできました。


「タニア、止めときな。その小児愛好者のおっさんは変態かもしれねぇが、お前が徒手空拳で何かできる相手じゃない。

 今は我慢しとけ」

「ム………」

 そう言われて「はいそうですか」と納得いくわけでもありませんでしたが、この白髪オジサンが私の叶う相手ではないことはただの現実であり、純然たる事実のため、リーダーの言葉に従い、不承不承大人しくすることにするです。

 代わりに呪いの言葉を送り続けることにします。

「…何なのこのお嬢ちゃん。

 ブツブツ呪怨染みたこと言い始めて怖いんだが………」

 届けこの思いです。

「………。白魔法使いって神官目指してるやつじゃないっけか?」

 神官が念仏を唱えて何が悪いのですか。若干呪いアクセント強めなだけです。


「ティル」

 そう、唐突に、第二王子様に呼び捨てで声をかけたのは、うちの特攻隊長ニーアさんです。でも、さすがにちょっと思い切りがよすぎると思うですが。連行されないでくださいねニーアさん。

「おや、一般人が王子に向かってきやす「ウィンドショット」ぶふぅっ!?」

 揶揄う様に呼び捨てを咎めようとした矢先に、咎めた相手、即ちニーアさんに魔法攻撃をコンマ0で顔面に見舞われ、吹っ飛ぶ王子様。

 連行は時間の問題のようです。

「人としての我慢強さ0過ぎないお前っ!?」

 どうやら流石に若干は手加減があったのか、即座に起き上がり文句を垂れる王子ですが、ニーアさんの対応は依然として極寒です。

「こちとら詰まんないやり取りしてらんないの。

 答えてもらいたいんだけど、なんでアリマを置いてった」


 そうです。

 この革命団だかテロリストさんだかが、突然襲撃してきたあの場所は元々向かっていた目的地であるテロリストの住処であり、マネーアントの狩猟が指定された場所でもありました。

 そこではどうやらすでに数十匹のマネーアントが氾濫し、集まった冒険者並びに革命団の方々が殲滅を試みていたようですが、それも「クイーン」の出現により、状況は一変。

 その強力な『攻撃手段』も相まって、壊滅は時間の問題とまでなったところで、タニアたちが到着したという具合です。

 元々マネーアントはついでだった革命団は、元々の目的「ティル王子との合流」を果たすと、すぐさまその場からの離脱を図ったのです。

 そして、血も涙もないことに、自分たちの仲間を一部「クイーン」の足止めとしてその場に残していきました。

 そして、その中には「おに―さん」も含まれていたのです。


「別に彼をわざわざ囮にする必要なんかないでしょ。

 悪いけど、アリマはあたし達の仲間なんで、回収に行かせてもらうよ」


「ダメだ」


 いうや否や、踵を返して元の道を進もうとしたニーアさんに、先ほどまでの軽薄な雰囲気を捨て、王子様が鋭く告げると、いつの間にか、ニーアさんの前には、最初に王子様に同行していた従者さんが立っていました。

 王子様をだいぶ始めのあたりで見捨てたものだとばかり思っていましたが、どうやら先に革命団の方に合流して支援を要請していたみたいです。

 ――と言ってもそれは本人の弁で、王子様からはかなり疑わしい目で見られていましたが。

「なんで――」

「答えてやるぞ。あいつが『危険だからだ』」


 


 そして、ニーアさんが王子様に振り返り切る前に、タニアたちがずっと問いかけていた答えを、王子がこちらに投げつけてきました。

 『危険』。

 そう言われ、いつもならこのタイミングで即座に切り返しているニーアさんも二の句が継げません。

 わたしも、何を指しているのかなんて、理解をしていないわけではありませんから、言い返せないニーアさんを責められません。

 おに―さんが唐突に放ったワイバーンの死骸による攻撃。

 絶望的な相手の攻撃に対し、あっさりと全てを滅殺しつくしたその事実は、相手の脅威まで取り込み、彼、『ソータロー』さんへの畏怖に直結したとして、それは責められないと思うです。

 言い訳の様に聞こえますか?

 それは違うと思うです。


 だって――


「汝らが一番身近にそれを感じたのではないのか?

 あのような化け物を狩ったというのもそうだが、あの巨体を突然召喚したかと思えば、それを敵に直接ぶつける回避不能な超攻撃。

 あれは、国盗りに用いる兵器に等しいよ」

「あれは、あたし達を助けるために――」

「助ける。

 それはそうだろうな。彼は確かにあの強大な力をもって逃げるのではなく汝らを助けるという手立てに出た。

 彼に汝らを助けるという意思があったのは間違いないといえよう」

 場は完全に、ニーアさんと王子様の対立ムードとなり、二人は真正面で会い向かう様に言葉を鋭くかわします。

 これはデシレアさんとおに―さん本人の間でも交わされた内容です。

 その際はデシレアさんがおに―さんの私達への、その、好意を肯定する行動だと締めくくりましたが、ニーアさんとレイアさんはそれに同調も否定もしていないように思えます。

 けれど、ニーアさんはここで改めてリーダに同調しました。

「アリマが物凄い力を持っているのは、そうさ、否定しない。

 でも、あいつはそれを私たちのために使ってくれた。

 今の貴方のように誤解されることを厭わず使ってくれた。

 そんな相手を危険だと切り捨てられるわけ――」

「悪いが。

 そんな『友情ごっこ』の延長で語って言い力ではないぞ『あれ』は」


 再度王子様はニーアさんに言葉で切りつけます。

 それはとても酷く、冷たい言葉です。


 彼はそれを『現実』と呼びました。

「そう、『現実』だ。

 あれの力に対する向き合い方を誤魔化してはいけない。

 あのような無慈悲に近い力を軽々しく『大丈夫』なんて断じてはいけない。

 あのような神に等しい暴力を持つ人間を――簡単に受け入れてはいけない」


 ――汝らの大事な仲間が、いつの間のか居なくなるのが嫌ならな。


 さらに彼は言葉でニーアさんを――私達を切り刻むことを止めず、タニアたちの中に芽生えていた、大事な何かを切り落とすまで、止めないように感じました。


 さて、先ほど言い訳ではないと言いましたが。 

 わたし自身はおに―さんを『怖い』とは思っていません。

 何となくおに―さんが不思議な力を持っているようには感じていました。

 あの焚火の時に、緊張しすぎて何でもいいから言葉を出そうとした結果、うっかりそれについて質問してしまいましたが。

 だからという訳ではないですが、あの日タニアを助けてくれたあの人は、怖い力を持っているのかもしれませんが、わたしにはどうしてもおに―さんが「敵」になるイメージが付きません。

 暢気に過ぎる印象かもしれませんが、出来ないものは仕方ないじゃないですか?


 ――だから。


「あんたは王子様なんで、国を背負った考えが必要なんだろうさ」


 そう、いっそあっさりしたような言葉を放ったのは、先ほどの殺意さえ込められているような怖い顔でいたデシレアさんでした。

 憑き物が落ちたような彼女は、親の仇を見るような目を、いっそ出来の悪い弟に向けるような生暖かい目に代え、王子を見据えます。

「だが、悪いけど、申し訳ないんだがよ。

 あたしらにはかんけーない。

 あたしらのパーティの方針に、あんたがしゃしゃり出て来てもらっても困るんだよ。

 『自由の空』は、あたし達のチームなんだ」

 いつの間にか、わたしは白髪のおじさんから解放され、レイアさんに横抱きにされていました。

 そして、ニーアさんを含めわたしたち三人は、わたし達のリーダーの近くにいつものように陣取ります。


「………それが、友情ごっこだというのになぁ。

 リーダーがメンバーの命を脅かすのは感心せんぞ?」

「それ含めてあたしらが決める。さっきからうるせーんだよ王子様」

「カスが」

「女の敵」

「災いあれ」

「ちょっとどさくさに紛れ過ぎかなぁ!?」

 こういう時、なんていえばいいのかわからないので、一先ず呪うことにしているわたしです。

 とりあえず言いたいことは全部リーダーが言ってくれました。流石リーダーです。普段ポンコツですが、やるときはやってくれます。

「タニア、後でぐりぐりの刑な」

 流石リーダーです。鋭さも一級品。褒めるので減刑を要求するです。


 そんなこちらの様子に、一つため息をつくと、ちらと盗み見るように、片目だけ開けてこちらを見ると――ペロと舌を出しました。

 いたずらが成功した子供の様なその表情に、嫌な予感を覚えます。

「ま、いいだろう。都合よく固まってくれたので、逆に助かる」

 その言葉が終わるか否か、頭が急にぐらつき始めました。

 見れば、周りのメンバーも同じように頭を抱えたり、ふらついたりと言う有様に陥っています。

「ぐ………、王子様………あんた………」

「まぁ、眠り薬だ。そちらが風下になっているのに気づかなかったか?」

 そう得意げに言う王子様の顔を見れるほど、もう顔をあげていられず、気付けば地面に膝がついていました。

 このまま地面に横たわるのも時間の問題です。

「………か、ふ………やっぱあんた、噂通り………女の敵なんだな………」

 ただでは倒れるまいと、精一杯の嫌味を言い放つデシレアさんも、もうほとんど言葉に力が入っていません。辛うじて王子様には声は届いたようですが、わたし達の矢面に立っていた彼女は、一番薬の効果が出るのが早いはず。


「誤解はしないでもらいたいが、今回は保護目的だ。

 どうせ素直に従ってくれなさそうだしな。悪いが汝らは強制退場と相成る。

 身柄はギルドに預けるつもりだから、身の危険は感じずともよい」

 『今回は』と臆面もなく告げたその言葉を、どれほど信じていいのかわかりませんが、もはや縋るしかありません。


 そうして、


「マネーアントクイーン位なら何とかしてやれるのだが、

 『泥』まで出てきてはな。悪いが汝らを構ってはやれんのだ」


 わたし達の意識は途絶えました。


 ==


 ………

 ……

 …


【システムメッセージ:ちなみに、変化点その二とは】


 覚えてたんですね。別に大した話ではないですけど。




 どうやら、この世界は誰かが管理者の観点でちょっかいをかけられているっぽいことに気付いた、という点です。


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