01章:Sakura Side[004]

[Sakura Side-004]


 吹き飛ぶ貴族。


 ありていに言ってそんなバカみたいな光景から唐突に始まったのは、なんというか申し訳ない限りだけれど、まぁ仕方ない話と受け取ってもらおう。

 あの貴族、重そうな体をしてたので想像はしてたけど、着地もすごい音がするもんだ。ちょっと僕、今揺れたというか浮かなかった?

 同意を得ようと同行者の『変態』に目を向けると、彼女はずいぶん顔面蒼白な表情を浮かべている。


「ゆ、勇者様………」

「何?」

「こ、この方が勇者様のご友人が行方不明になった犯人、なのですか?」


 なんだか、そんなことを聞いてくるけど、そもそも口調が自分の言葉を信用してないように聞こえるけどね。

 だから僕は思ったことをそのまま答える。


「何言ってるんだ」

「え?」

「それは今から聞くんじゃないか」


 当たり前のことを聞いて来たのに対し、折角律義に答えたというのに、彼女はそれにはすぐ答えず、なんだか魂でも抜けたような顔をしている。


 何だい。何が言いたいのさ。

 そう聞こうにも、答えられなさそうなヤバイ表情をしているので、ひとまず魂が戻ってくるのを律義に待つと、しばらくしてから彼女は何とか絞り出すように言葉を続けてきた。


「え。

 じゃ、じゃあ。

 なんで………殴り飛ばしたんですか?」


 何言ってるんだ。


「ソウ君に逃げられた腹いせだよ」

「暴君現る」


 そう面倒そうに、帽子男が後ろから余計なことを言った。


==


 テドル家。

 王族の国貴族。左院派8席。

 帽子男からリークされたテドル家は、この国の貴族だそうだ。

 貴族なんて、やたら偉そうで、理不尽な権力で方々の恨みつらみを集めてそうな人種だけど、この国ではそうでもない。

 王族の国にとって貴族なんて言うのは、それほど重要な役職じゃあない。

 王族の国の全ては王族なのであって、権限は王族にのみあればいいという国なんだ。

 この国の貴族は、結局王族に使える役人の総称というだけなんだけれども、名は体を表すというか、名は馬脚を現すというか、結局彼らはその名前に自分たちを合わそうと、日々派手さと傲慢さを追求する人種になり果てている。

 まぁ、一言でいえば、結局「嫌な奴ら」であるということなんだ。

 だから。

「だから殴り飛ばしていい、という論法を完成させた気にならないでほしいんだけど?」


 そんな。

 もう少しで完成しかけていた僕の、テドル家次男坊に対する暴力についての、完璧で正当な理由づけに、さっそく水を差すのはやはりというか何と言えばいいのか知らないけれど、呆れたように手をひらひらさせつつ言ったのは帽子男だった。

 そんな人が頑張って考えた努力の結果を、蔑ろにする相手に対して、勿論僕はとても不機嫌となり膨れっ面で睨み付けるわけだけど、全く奏功することなく、気にもしない帽子男は吹き飛んだ太り気味の次男坊に歩み寄る。

 さて、そんな帽子男は一応この国の人間を守る側の立場としては、割と有名な役職に就いているわけで、どうやら気を失うことまでは至っていなかった次男坊は、そいつが自分を介抱しに歩み寄ってきたと勘違いした様子だ。

 早い話が、調子に乗って早速文句をつけにかかった。


「お、お前が近くにいながら、俺への暴力を許すとは何事――」

「うるせぇよ」

「ひゅぇいつ!?」


 もちろん王族さえ助けないと公言するこの男が、面倒そうな相手を助けるなんてことはしないのだけど。

 壁伝いに、体を何とか起こそうとしていた次男坊の頭横を一つ蹴り抜き、後方の壁に足をかけたまま、帽子男は、やっぱり視線のわからない顔で見下ろし、視線がわからないのに見下していることを如実に態度で語っていた。


「貴族様もさぁ。困るんだよねぇ?

 こんなガキにジロジロと色目使われちゃうとさぁ? いちいち庇わないといけない、こっちの身にもなってもらえませんかぁ?」

 その威圧はさすがの実力で、次男坊も硬直したまま動けなくなるわけなんだけど、どの口で殴り飛ばした僕を責めてたんだ、とは思う。

 が、一応プライドだけは一人前の貴族の本領発揮か、口だけはどうやら動くようで、せめて一矢と言葉を飛ばした。


「き、貴様! 貴族に、た、対して、な、なんて口の利き方だ!」

 とはいえ、相手は選んだほうが良かったと言える。

「あれ? もしかして浅学な貴族様なの? 俺、こう見えて王族付きの親衛隊副隊長なんだけど? 貴族様こそ口の利き方に気を付けてほしいんですけど?」

 よく口の回る副隊長だね。

 それはそうとして。


「変態君。僕は次にあいつを殴りたいんだけど」

「その前にその呼び名を止めて下さい!」

 なぜか気軽な愚痴に悲鳴が上がった。

 申し訳ないけど君の名前なんて聞いたこともないよ。

「アイリスです!」

 聞いたとしても君を「変態」以外呼ぶ気はないよ。

「ひどい!?」

 ひどいのは君のソウ君に対する言動だと思うけど。君の中であのやり取りどう消化されてるの?


「愛でていただけです」

 やっぱり変態じゃないか。




「君らどういう思考回路してるの?

 貴族様の家に押し入って、狼藉を働いている最中なんだから、もう少し緊張感持ってもらえる?」


 そして帽子男に怒られた。

 その貴族を現在進行形で足蹴にしている人間に説教されるのは屈辱だけど、まぁ、言ってることはそう外したものではないと思う。

 ちょっとはしゃぎ過ぎた。

 やっと真相に近づいているという実感が、僕から冷静さを奪っているのかもしれない。


 ここは僕の友達、マリアさんの行方に繋がる場所。

 マリアさんが行方を眩ます直前に、マリアさんが関わった人間がいる家。貴族の家。テドル家の客間。

 家の象徴なのか、異様に緑な家は、家具も、調度品も、服も、壁も、あらゆるものが緑で、自然色が優しいでしょう? という押しつけがもう気持ち悪い家だった。

 そして先ほど吹き飛んでいった貴族こそ、マリアさんに直前まで何かしらちょっかいをかけていたという次男坊。

 名前はまだない。

「え。まて、名前はあるぞ」

「ないよ。記憶するに値しない名前なんてないに等しい」

「勇者様は、そもそも誰の名前も覚える気がないのでは………?」

 要らないことを言う変態は黙っていてもらいたいね。


 というより。

「そもそも君なんでここにいるんだい?」

「………今日一でひどいセリフですね………

 私が知りたいのですが………」 

 仕事に急な穴をあけてまで連れてこられたのに何この仕打ち、と何だか打ちひしがれる様に呟いているけれど、僕だって騎士団長が勝手に君を連れてきて「役に立つから連れていけ」と今朝言われただけでよく分からないんだけど。

「そもそも、君、騎士団長とどんな繋がりがあるんだい」

「それは………」

「もしもーし。クソガキどもさぁ、もうやる気ないなら俺帰っていー?」

 別に君は今すぐにでもこの世から退場してくれていいよ帽子男君。


 まぁいいさ。割と切迫している事態ではあるんだ。早めに用事を済ませることに異論はないよ。

 そして改めて、吹き飛ばされ、帽子男に足蹴にされ、威嚇され硬直している次男坊に歩み寄り、相手が蹲ったままであるため、自然見下ろす格好で対峙する。

 親は日中のため仕事で不在なのだろう。家にはこの次男坊と使用人しかおらず、権威的にはこの王族付き親衛隊副隊長を超える人間は存在しない。

 まぁ、親がいたとしても超えはしないんだろうけど、「超えそうな」人間にアクションをとることは出来たかもしれない。それは正直面倒なので不在は有難い話だ。別段それを狙っての押し入りではなかったので、日ごろの行いが良い証拠だね。

「今しがたの行いが見えてないとしか思えない頭の悪い発言が聞こえたな。

 勇者ってバカの総称なの?」

「え。なんなの君。もう死にたいの?」

「子供の悪口の言い合いみたいな会話はやめてくださいお二人とも………」

 


 いい加減用事を始めようか。

「次男坊君。君がリドル家の次男坊だということでいいかい?」

 まずは相手の正体を知るところから始めよう。

 相手違いだったら事だからね。 

「つまり………先ほどは、相手が不確かな状況で、取り敢えず殴り飛ばしたってことですか………?」

 こだわるね変態君。そんなこともあったかもしれないね。


 でも、話が続かないので、先に進ませてもらうよ。「これが暴君………」暴君じゃないよ。「暴君勇者」合体禁止だ帽子。

「お、お前っ、俺をリドル家の人間と知っての狼藉なのかこれは!」

「違うよ」

「へ」

 次男坊は、まさか否定されると思わなかったのか、死の宣告を受けた死刑囚のような顔から、拍子抜けしたような表情に変わる。

 でも、残念ながらそういうことでもない。

「そんな言葉は求めてないよ。回答内容が「違う」。

 もう一度聞こうか?」

 話は変わるが僕がスキルをストックできる数は10個。

 回復スキルを2個、支援スキルを2個、常時発動スキルを4個、攻撃スキルを2個。

 その攻撃スキルの一つが、この前森に炸裂させた「天来」。これは基本雷を発生させて相手を打つ技だけど、魔法ではないんだよね。しかも発生源は僕自身。僕の身の内から発生する。「身の内」から「天が来る」とは勇者らしい烏滸がましいスキルだと思うんだけど、割と使い勝手の良いスキルでもある。


「天来」


 呼べば応えるように。

 僕が立てた右手の指先に、小さな拳大の光の塊、というより細かい爆発の塊のようなものが「バチバチっ」と絶えずスパークしつつ発生する。

「君は、リドル家の、次男坊かい?

 答えはね。

 YesかNoでよろしくお願い」

「Yes! Yes! マム!」

 誰がお母さんだ。

「ぎゃぁぁぁぁっ!?」

 想定外に背筋が凍る反応に、思わず指先のものを投げ込んでしまったのは、全くの事故だったと言っていい。


 そんな悲しい行き違いを眺め、変態君が嘆くように呟いた。

「これ、もう絶対こちらが悪役で間違いないですね………」

 うるさいな。


 確かに目の前には、殴り飛ばされて、足蹴にされた上に雷撃を受けて焦げている人間が転がっているけれども、別段同情はない。

 リドル家の次男坊と決まった相手に、僕がそんなものを抱く理由がない。

「ぐふぉぉ………な、なんなんだ、なんで俺がこんな目に………」

「ねぇ君」

 視線を上げれる気配もないので、仕方なくこちらも蹲り、視線を下げる。

 そうすると、はじめはビクッと震えたようだけど、しばらくすると、最初に出会った時のような、ねばつくような視線を向けてきた。

 実際はそれが原因で殴り飛ばされたことは、何となく理解したと思っていたけど。

 何というか、懲りない男なのか、男というのは懲りない生き物なのか。

 ソウ君には逆にこれくらいのアグレッシブさが求められるね。今度求めよう。


「ぐ、ぐふ。や、やっぱり近くで見ると、可愛い………」

「悪いけど、君と社交辞令を交わす気はないよ。 

 君がテドル家の次男坊で、勇者が来たとなったら、用件はわかってるんじゃないの?」

 そう話を向けてみると、きょとんとした顔をする。

「へ。いや。俺はお前と面識はないはずだが………」

 む。なんだこの反応。

 思わず訝し気な視線を帽子男に向ける。


「は? 何その目。俺の言葉を勝手に信じて突っ込んだのはお前だろ」

 うわ。まじかこいつ。いまさらそんなこと言う?

 目線に「最低」の念を込めて睨み続けていると、心が折れたのか、帽子男は深くため息を吐き、顔を気だるげに横に振ると、相変わらず表情を隠したまま見事に「仕方ない」感を溢れさせ、

「なんで俺がこんなことしてるんだ? ワイズあいつ絶対殺す………」

 自身をこの状況に陥れた下手人に恨み節をつぶやいてから、次男坊に声をかける。

「あのさぁ貴族様、あんたつい最近くそ生意気なメイドにちょっかいかけてたろ」

「………くそ生意気………?

 メイド………。

 !

 な、な、な、ななんのことだっ!」

 くそ生意気なメイドってマリアさんのこと?

 確かにここしばらく僕の家でメイドしてたけど、君達クソ失礼じゃない?


「そういう言い訳とか面倒極まるし要らないからキリキリ答えりゃいいんだよ。

 そいつにお前、何したんだ? そのメイド、その後の消息途絶えてるんですけど」

 畳み掛けるように帽子男が次男坊を矢継ぎ早な言葉で追い詰める。

 もはや次男坊は口をパクパクとするのみとなり、取り繕うこともできなくなっていた。

 しかし、喋れなくしたら意味ないでしょ。使えない帽子だなぁ。

「………勇者様、不快な目でこっち見ないでもらえる? 文句があるなら人に押し付けてないで自分でやれば?」

「使えない帽子だなぁ」

「よしお前表に出ろよ」

「お二人ぃぃぃ」

 冗談だよ。

 そんなの、ことが終わった後にするに決まってるじゃないか。


「次男坊君」

 こちらが声をかけると、帽子男よりは精神安定上好ましかったのか、すぐさまこちらに目線を向けてきた。もはや縋る思いであることも伝わるけど、こちらはこちらで別段救いの主ではないよ。

 むしろ真打だよ。

「マリアさんを、どこにやった」

 思いのほか低く響いたその声は、それなりに効果を発揮したのか、帽子男に詰め寄られる以上に顔を青ざめ始める次男坊だが、口を閉ざされても困る。

「天来」

「ち、違う! 俺じゃない!」

 再度雷撃を指にかざすと、スイッチが入ったように話し始めた。

「確かに俺はマリア様を口説いていたが! マリア様は相手にしてくれないし!」

 ………様?

 何だろう。

 知り合いの知りたくない一面を覗き見ているような嫌な感覚があるけど。これ、このまま聞いてていいんだろうか?

 聞かないわけにもいかないけど。


「………。悪いけど『俺じゃない』はそろそろ聞き飽きてるんだ。

 知っていることを話してよ」

「あ、ああ。ええと、マリア様は、そう、あれ、なんて言ってたっけ………」

 促してみると、曖昧な記憶を辿る様に、というか、「聞いていたこと」を思い出す様に、焦燥に駆られながら唸り始める。

「あ! そうだ! 『テロリスト』だ! テロリストがマリア様を連れて行ったのを見たんだ!」


 ………。

 えー。またー?


 


 


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