01章-018:B級ホラーの到来

[018]


 正直、女性パーティだと侮っていたと言わざるを得ません。


 相手方の力量がどこまでのものだったのか、推し量ることも出来ない様な、圧倒的に優勢な状況のままの制圧劇となりましたが、少なくとも、最初のバッファロー(仮)の突進に圧倒的火力を躊躇なく叩き込み対応したあの手際の良さから言っても、このパーティが手練れであると判断するに、足らないということはないでしょう。 


 状況は最初の急襲以降危な気な場面も訪れず、最後の一人を地に組み伏せ尋問する余力まで残した形となりました。


 将棋で言えばもう詰みでしょう。ここで投了しなければ、最後のひとりを「取る」だけです。


 ――なのに、なぜでしょう。


 私の心にしこりのような、焦燥がまだ燻ぶっています。


 


 そんな私の心境を他所に、デシレアさんは、組み伏せた相手の首筋に、ダガーを当て、少し引き、肉に刃を切り込む。


 肉を割き、当然の様に血が流れる。


 脅しというには行き過ぎた行動のように見えますが、あのダガーはおそらく押し当てるだけだと、相手が身動ぎをしたと思って、即「斬捨て」ようとしても一度引いて一度勢いをつけるなりしないと、刃が肉を滑ってうまく「斬り込め」ないのだろう。


「あと3cm引いたら頸動脈が切れる。

 ――知ってることを言う気はあるか?」


 それは、「どちらでもいいけど」という投げやりな言葉に聞こえた。


 そしてその感想は正しく、答える気がなければ殺すだけだと思っていることは、その無感動な目を見れば否が応にも理解できる。


 よく考えれば、彼らは隣国の王子に危害を加えようとした犯罪集団である。


 何も取り調べもせず、殺されては赤王子さんたちの都合も悪いのではと思うが、特に彼らもそのやり取りに待ったをかけることもなく、状況を彼女たちに任せるがままにしている。


 まぁ、尋問や捕虜なんて、それを行う準備もないまま行ってもいいことはないそうなので、妥当な判断とも言えます。


 そして彼の返答は。


「殺せ」


「そうする」


 短く、潔く、無感動なままのやり取りが終わり。

 それに合わせるように、彼の命も、劇的な盛り上がりもなく、ただ終わった。


 …。

 終わったに違いありません。

 そうじゃないと可笑しいでしょう。

 彼の首からは、およそ人から噴き出ると想像もできない間欠泉のような血が噴き出ています。

 はっきり言って、見ていて気分のいい光景ではありませんが、目が離せない――離すことができないのは、全く信じられませんが、「怖いもの見たさ」とは全く異なる理由。


   圧倒的な   「恐怖」   。


 そりゃあ怖いでしょう。

 その他のメンツも吹き飛ばされた先で「刺さった」のか、胸から鋭い枝を生やしていますし、その後ろの方なんて頭がつぶれた卵の様にへしゃげていますよ。

 デシレアさんの初撃で袈裟切りされ、止めに心臓を一突きされていた方は上半身の筋肉を無理やり切られたからか、「姿勢」が腰から上で不自然に右斜めに曲がった状態で。

 彼女たちが如何に呵責容赦なく彼らの命を奪いに行っていたのかうかがい知れるというものです。


 はぁ。

「これは、『キッツイ』ね…」

 なのに、この人たちは、普通に、「立っています」。


 

 元から不気味な雰囲気を漂わせていましたけど、これは決定的にホラーの域。

 誤解の仕様もない異常現象。彼らは正常から外れてしまった。

 あちら側とこちら側、決定的な境界線です。


 


「………アンデット、にしては死体から這い上がるのが早すぎじゃねぇ?」

 この状況にも、ニヒルな笑顔でおどけて見せるオレンジリーダーは、その頬を伝う冷たい汗が「こちら側」の人間だと実感させるが、安心材料にはならず。

 十分に距離を取り、再度弓なりの陣形を取る彼女達に、戦闘が始まる前以上の緊張が広がる。

 緊張。

 緊張?

 緊張ではないですね。


 

 気持ちが張り詰めるようですが、緊張という表現はふさわしくないかもしれません。

 そうですね。

 極限に気持ちが悪いです。


 

 間違いなく死に達しているその姿自体が、すでに直視に堪えづらい絵面だというのに、それが、何の因果か立って、しかもこちらに歩み寄ってきています。

 理解不能。馬鹿も休み休みに言って欲しい光景。自身の常識が脳みその隅っこに落ちていく喪失感が、立ち眩みさえ起こす有様を幻視する。

 その光景は受け入れ難い、いや、今後生きていく上で間違いなく受け入れてはならない「向こう側」を、自分たちは直視している。このまま見続ければ、幾何かもしないうちに自身が自身だと自覚している大事な核がその「向こう側」に巻き込まれ、渦となって消えていく。

 ような。そんな感情を想起させる純然たる、それに名前を付けるならやはり「恐怖」だ。


 ああ、気持ち悪い。

「殺せと言ったのに」

 気持ち悪いのに。

 そいつはとうとうしゃべり始めてしまいました。


「殺してはぁ、くれないのかぁ?」

 最後に「殺された」男がしゃべる度に、首筋から冗談のような血のシャワーが、一吹き、二吹き。


 いや全く冗談ではない。

 何ですこの出来損ないのB級ホラーは。

 真っ先に悲鳴を上げそうなタニアさんは、気丈に立ってはいますが、その目は「彼等」を瞳孔見開かんばかりに凝視し、口元を限界一杯に食い縛り、吐き気を堪える様に、全身を震わせていた。

「な、な、なんっ…何です…あれ」

 全く分かりませんが。

 彼らの異常は正直今に始まったことではない、というのが私の感想です。


 出だしからそもそもおかしい。

 彼らの最初に放った黒い波動のような攻撃。

 何あれ?

 私はこのゲームの戦闘システムを担当していると言っているじゃないですか。

 そのシステムエンジニアが知らない「攻撃手段」を軽々しく放ってこないで欲しいですね。

 いや本当に。

 ここ――本当にUQ、なんですよね?


【システムメッセージ:それについては保証します。現にご主人様が設計した『悪戯プログラム』である『アイテムボックス』も存在しています】


 全く持ってその通り。

 このアイテムボックスの存在が、ここをUQ以外の何物でもないと訴えてくる。

 でもそれは困るんですよね。

 それはつまりこの世界が「自分のテリトリーである戦闘システムでさえ未知数な領域」であることを認めなくてはいけないので。

 加えて。


 ――マブダチさん。あの「黒波動」、格納するかを聞いて来なかったですね?


【システムメッセージ:認識外のものを問答無用で格納することはできません】


 ――それだけです?


【システムメッセージ:………。加えて。認めたくありませんが、「あれ」は私が格納できる外の概念だと推測します】


 そうですよね。

 あれからは、通常の戦闘システム上の「スキル」の気配を感じません。

 そうですね。言うならば。


【システムメッセージ:管理者権限で実行されるシステムコマンドのような類と推測】


 ――それは絶対拙い。


 それを肯定すると、もはや自分に「大丈夫」と説き伏せ、誤魔化す材料が尽きる。

 逆転の芽がないといってもいいでしょう。

 「管理者」と「プレイヤー」。

 それは。

 「神」と「人間」。

 というより、むしろ。

 「子供」と「おもちゃ」。

 の関係のそれだ。

 

 一方的に蹂躙し、無邪気に、不条理に弄ぶ権限と力がその立場、「管理者」にはあるといっていい。

 こちらは「まな板の上の鯉」でしかない。後は料理されるのを待つだけ。

 そんな抵抗さえ許されない自身の身に、その状況に怖気が昇る。

 元開発者の知識が、より鮮明に絶望の背景を浮き彫りにする。理解できる。「管理者」という絶対者。――それを敵に回す?

 本当に、全く持って、冗談じゃないです。

 じりじりと後退するこちらに合わせるように、不気味集団はずるり、ずるりと距離を縮めてくる。


 そして、その集団のリーダー格と思わしき死体のなり損ねが、口を開く。

「貴様らは運がないなぁ。あの王子に巻き込まれたかぁ?」

 先ほどの「殺せ」の発言の時と同じ声音。どうやら先ほどから話しをしているのはこの方だけの模様。


 …まぁ確かに。

 元はと言えばあの王子に巻き込まれた形です。

 でなければ、唐突にこんな異常な集団に狙われることもなかったでしょうに。

 ――まったく。

 振り返り、憤りをぶつけるため――というより、怯えているのか、なお太々ふてぶてしい表情でいるのか、ふと興味を覚え視線を王子に向ける。

 ――どう責任を取ってくれるんですか、これ。


【システムメッセージ:第二王子はすでに後方に退去したため、そこにはいません】


 ――お前を絶対に許さないぶっころ


「予め仕込んでおいた囮役かとも思ったンだが、どうも違うようだナ?」

 そうですね。違いますし、今なら貴方がたの代わり始末してきてもいい気分です。


 私と同じように自分たちの後方に屑野郎ズがいないことを確認したデシレアさん達は、けれど憤るでもなく、緊張感を保ちつつどこか安堵した感情をかすかに顔に浮かべる。


「………逃げてくれたか」

「みたいねー」


 リーダーの独白に、特に反発することもなくレイアさんも同調しているところから、その感想は私以外のパーティ共通の認識らしい。

 いや、ニーアさんだけが若干苦虫をかみつぶしたような顔をしているようにも見える。

「…死ねばいいのに」

 いや、苦虫どころではないな。

 隣国とはいえ王族に不敬どころの騒ぎじゃない言動なので、スルー推奨です。

 それにそれどころではありません。

 とうとうアイテムボックスの力が及ばない敵と相対することになってしまったのだから。


 ………。


 いえ。


 とうとうと言うほど、私あんまりアイテムボックスで無敵感を発揮した機会あんまりないですよね?

 ヒーローもの30分番組の20分頃に出しとけばOKな必殺技の安心感は、10週くらいはやった方が良くないでしょうか?

 ちょっと展開のテコ入れには早すぎない?

 というか、ストックと同期してるから5個しか格納できないとか、システムメッセージ態度悪いとか、割とつらみ要素ばっかり味わってる気がする。


【システムメッセージ:確かに、出来の悪いご主人様を持つと苦労します】


 ――「つらみ」が何か喋ってますよ。


「悪いが、あまりお前たちに興味がナい」

 そして、こちらがコメディをしているさなか、シリアス展開続行のお知らせが響く。

 忘れてた。

 割と強敵な相手と相対していたのでした。


「わかるな」

 わかりませんが、私は邪魔にならないよう、もっと後ろに下がっておきたいところです。

 おきたいところ。

 で

 す

 が


「逆にお前たちが死ね」

 いつの間にか綺麗に横並びになった彼らは、右から順に演武にさえ見紛う流麗な流れで右掌を面前に掲げ、構える


 そして、

 再び始まる非現実感。


 まず、「一気にドス黒く染まる右腕」。


 それは先ほどの黒い榴弾を否でも連想させる。


 ――というより、間違いなくこの右腕が先の黒弾だと、訴え、叫ぶ、その、


 「急激に醜く歪みながら膨張する黒い右腕」は、さらに一気に丸型に収束し、「右腕を失った彼ら」の前に「綺麗に整列しながら浮遊」する。


「っ! ソータロー! 出て来るんじゃねぇぞ!」

 言い、自身は脇道の森に飛び込むように大きく横に跳躍するリーダー。

「みんな! できる限り散開っ!」

 レイアさんはその場に伏せ。

「あいつ何に手を出したんだ…!」

 悪態をつきつつ、「ニーアさん!わたしにかまっちゃだめです!?」と必死にわめくタニアさんをわきに抱きかかえ、後方に高速ダッシュを敢行するニーアさん。


 それぞれに対し、今度は正確に相手を見据える彼らから放たれる、発射時と着弾時の距離のずれを見越しているであろうその攻撃は、間違いなく彼女たちの命に届くと確信する。

 不可避な絶対攻撃。

 放てば終わる。

 死ぬ。

 彼女たちは、回避できない。


 ――マブダチさん。アイテムボックス緊急排出。


【システムメッセージ:排出対象と排出ポイントを選択ください】


 何時もの様な軽口は兎も角「アイテムボックスは通用しない」という忠告さえもなく、淡々と答える彼女に。


 命令を下す。


 ――オーダー。『ワイバーン30mド級型』。

 

【システムメッセージ:排出ポイントは?」


 決まってんでしょ。


 ――「敵6名」を


 ――「圧し潰す様」に


 ――排出しろ。


  




【システムメッセージ:受領】







 ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおっっぉぉっ


 風の断末魔にも、悔恨に咽び泣く亡霊の嗚咽にも聞こえるような。


 それ自体が物理的に重量を持ったプレッシャーが、目の前に突如現れた巨大な化け物の異形から。

 彼女たちが、文字通り決死の覚悟で、せめて最後に自分を殺す対象を見届けようと食い入るように睨みつけていた彼らは。

 突如現れた「ワイバーン」に塗りつぶされた。

 超巨大質量の突発的出現により、空気が辺りに突風宜しく弾き出されるその音が、その現われた圧倒的畏敬溢れる異形のプレッシャーにより、この「化け物」が殺された際の断末魔の様にも聞こえ、頭を侵食する。

 アイテムボックスに取り込めば死ぬと宣言した通り、生命活動はどうやら停止している様子だが、見たところ外傷はなく、取り込む前の暴虐の限りを尽くしていた姿と違和感はない。

 そう、今にも動きそうに、こちらを見据える形でその巨骸は泰然と佇んでいた。


 そんなことが目の前で唐突に行われた彼女たちに言える言葉はそう多くなく。


「……………………」


 と言うか無く。


 しばらく各々、それぞれ思い思いに、非現実的な驚愕を噛みしめるように、その場に縫い留められていた。


==


 そんな中、根性逞しいテロ女子1名が、腰を抜かしたまま、這う這うの体で何とか私達から逃げだそうと、匍匐前進宜しく体を引きずっているのを発見した。

 足の傷口が広がる以外に無さそうな光景に、流石にやんわりと引き留めますが、

「いぃぃやぁぁっ!? 来ないでばけものぉぉぉ!?」

 と、ひどいことを言われたので、近づくのを中断です。


 誰が化け物ですか。

 というか、もしかしなくても「私達」じゃなく「私」から逃げようとしてますね?

 嘆かわしい話もあったものです。


 

 ………。


 ああ。

 ああ。

 もう。


 この身の内は、やってしまった感が満タン。

 もう少し冷静なつもりでしたが、あの状況では冷静もくそもないですか。

 テロ女子も、私と勇者さんがワイバーンを「本当に」どうかしたとは思ってなかったのでしょう。

 うまく逃げおおせた程度のイメージだったはずです。

 というより、それでもかなりの偉業なんですし。

 ワイバーンは一応Lv100超えでもしない限り、まず相手になりません。


 そのワイバーンを。

 ああまでもまざまざと「完膚なきまでに」殺しつくした現実を唐突に突き付けられ、

 その傍らには、「たしか最後までワイバーンと対峙していた」少年が一人。

 彼女はこう思ったのではないでしょうか。


 ――こいつが?


 「まさか」「いやでも」「そんなはずがない」「しかし」「この状況は」「それしかない」


 「化け物だ」


 ああ。

 確かに新しい化け物が生まれていますね。

 無理もない。何せ「誤解」ではないですから。

 まぁ、単に持ってるアイテムが反則なだけで、私自身はただのモブなのですが、それは彼女には関係ありません。それに事情が分かったところで、その状況を危険視しない理由もないでしょう。


 

 ああ、もう。

 しまったなぁ。


「お、にーさ…」


 確かテロ女子「彼女達」にもワイバーンと私の話をしてしまってるじゃないですか。

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