01章-017:王子は突然に
[17]
からから、と。
木の車輪が転がる乾いた音が、森の林道に静かに響くのは、宣言通り陽も上がりきらない、朝焼け模様が空に伺える時分にテロリストの
宣言通り、とは言ったものの、実のところ「想定通り」というわけでもありません。
デシレアさんたちの見立てでは、彼女の傷は朝までには間に合わない算段でした。
彼女たちの頼みの綱と言えば、言わずと知れた「白魔法使いタニア!」でお馴染みの、日曜朝9時枠を彷彿させる少女の回復魔法でしたが、白魔法使いとしてはまだ駆け出しに近い彼女の回復力は、「薬草Lv1」に相当する「表面上の傷は治せるが、身体内部にまで至る深い傷や、打ち身には届かない」といった効果で留まるため、歩けないレベルの彼女を見る限り、厳しい見通しをせざるを得ない状況でした。
それでも明日早くにでも動くとデシレアさんが言ったのは、テロ女子に対する配慮であり、なだめる材料でもある。単に傷が治ってから出発しようとした場合、それまで待てないと彼女が素直に頷かず一人で勝手に動くことを懸念したのでしょう。
しかし、そんなテロ女子は勿論、デシレアさん達の思惑まで覆したのは、私が前回の依頼で多めに取得していた「薬草Lv2」でした。
「薬草Lv2」は名前の示す通り「Lv1」よりも効果の高い薬草で、患部に擦り込めば、表面上のみならず、身体内部に及ぶダメージもある程度治してしまいます。
どうやら彼女は、色んな意味で痛々しく想像もしたくもありませんが、右足の靱帯を剣で切り裂かれていたらしく、それを考えれば確かに一晩でほぼ歩ける程度にまで回復するのは驚異の回復速度と言えるでしょう。
――というか、デシレアさん達の配慮もわかりますけど、どう考えても自然治癒で一晩おいたら切断された靭帯が何とかなるかも、なんていうのは狂気染みた話です。やはりこの世界の冒険者の気合の入り具合は異常と言えるでしょう。
「………お前、生きてたんだな…」
と、一人戦々恐々としていた私に話しかけるのは、パーティの最後尾を歩く私の隣のテロ女子であり、今は松葉杖の先に車輪が付いたような歩行補助器具をわきに抱え、冒頭の車輪の音を鳴らしている当人でもあります。
この器具は、デシレアさんたちが携帯していた「折り畳み式義足」で、遠慮する彼女に無理矢理貸し与えていた。冒険者として、こういった歩行に不自由する状況はある程度想定内のことらしく、その備えをすることは常識らしい。
…やっぱり討伐系冒険者を志すのはやめておこうと、決意を新たにする気持ちです。
「生きて?」
それはそうといきなり何を物騒な、と呆れる手前で、彼女のその言葉が出た心境に思い至ります。
ああ。ワイバーン襲来の場に置き去りにしたことを言っているんじゃないか――と。
そうなると、昨夜の目をひん剥かれていたあの顔は、思いがけず顔見知りにあった驚きではなく、まさか生きていると思わなかった人間に遭遇した驚きだったようです。
しかし、そんな事情は話していない『自由の空』メンバーには通じず、いきなり出てきた物騒な単語に、彼女たちは一斉にこちらを振り返ります。
「ちょっと、それどういう意味?」
そう藪睨みでテロ女子を捉えるのは、最初から「あなたのことが嫌いです」オーラを隠しもしないニーアさん。
「なんか、微妙に顔見知りっぽいと思ったら、あんたまさか、アリマを――」
そう呟きながらすでに手には杖を持ち、戦闘態勢に入――
ちょっと待とう。
「ニーアさん、別に彼女に直接命を狙われたわけではありませんよ」
『間接的』には微妙なラインですけど、わざわざ言う必要もない。
そんなこちらの言葉に少し制止するけれど、構え自体は外さないニーアさんは、一度私の顔から何かしらの感情を読みとろうとしたのか、こちらを一瞥して、直ぐ「どうなの?」という思わせぶりな視線をテロ女子に向きなおす。
ニーアさんの周りはそのやり取りについて特に止めに入る事はなく、そのまま状況を静観するつもりの様子。一人両手を前に出して何やら必死に「あわあわ」と上下している可愛い物体がいますが、きっとマスコット的風景なので今は気にしません。
そして、そんなニーアさんのほぼ敵意の視線にテロ女子は、なおさら負けん気を刺激されたのか、にやりと笑い、面白がるように告げる。
「別に? ただ、『ワイバーン』が現れて危なかったから囮にしただけだ」
その単語が場に出たとたんに、一瞬場が凍り付き――
「「「「なっ!?」」」」
爆発するように驚愕の感情が彼女達から放たれるのを見て、私は舌打ちしたい衝動を気合で押し込めた。
この様子だと、やっぱりワイバーンは、普通にエンカウントするような対象じゃないんですね………
ほとんど魔王が現れた級の反応です。だからこの話題は避けてきたのに、何晒してくれてるのでしょうこのテロ女子。
「ワイバーン!? 馬鹿を言うな!! そんなもの発生していたら国が激震する大ニュースになっているはずだろうがっ!
お前らみたいなけち臭い集団で号外放ってる場合じゃないはずだ!」
デシレアさんのその口角を飛ばしながらの鬼気迫る言葉に、テロ女子自体納得するところもあるのか、その言葉には揶揄う様な笑みは引っ込め、元の不愛想面に戻る。
「知らないよ。
その場には勇者もいた。案外あの人外生物が何とかしたんじゃないの?
――あと、誰がけち臭い集団だ」
あ。そこ流さないのね。
「勇者………例の奴か………」
そんな不満そうな彼女の言葉には取り合わず、掴みかからんばかりだった勢いを急激に失速させ、某勇者に思いを馳せ俯くデシレアさん。その様子から、知り合いではないが、勇者ならもしかすると、という現実感を見出したのかもしれない。実際は、かなり厳しい状況のように見えましたが、誰かを守りながらというのは相当のハンデだったのかもしれませんしね。
「それこそ、こいつに聞けばいい。あの場にはこいつも残っていたんだ」そう言いテロ女子は顎でこちらを指し示す。
また面倒な振り方をしおってからに。
そう言うことなら、こちらも遠慮なく「対応」させて頂きましょう。
「そうですね。
あの時、私をワイバーンの出現場所に連れてきたことを、テロリストのリーダーに叱られて『私っ、そんなっ! ちがっ!?』と可愛く怯えていた彼女の手で、私があそこにいたのは事実です」
「何言ってんのお前!?」
突然始まった、当時の臨場感あふれる再現ドラマに、当事者が酷く動揺し始める。
勝手に状況を面倒くさくした罰です。
あと、そこまで動揺していたら、細かい部分を突っ込む余裕もなくなるでしょう。
「まぁ、彼女の言う通り、ワイバーンは勇者様が倒されていましたよ。
私はそれを見ているだけしかできませんでした」
必殺、何となく有り得そうなストーリーで詳細を黙殺作戦。
おそらく、リーダーの脳裏にも似たような筋書きが出来上がっていたはずです。
人間、有り得ない現実より、有り得そうで都合の良い話に飛びつく生き物。これでひとまず納得いって頂けるのではないでしょうか。
その私の言葉に、リーダーはこちらの思惑通り「なるほど」と幾分か得心を得たような顔をこちらに向けると、ふと気になったように、質問を投げた。
「勇者はどうやってあのワイバーンを倒したんだ?」
…。
いや。
いいやんそういうの。気にしないでおこうよ。
おそらく、最早デシレアさんの腹のうちには大筋の流れで納得感が落とし込まれているはずです。なので、その質問も興味本位でのものでしょうが、その内容こそ私が避けたかった質問であり、隠しておきたいこちらの手札に続く流れです。
困りましたね…ここを何とか切り抜けなければ、平穏な生活が一気に遠ざかりかねませんけど、急には何も思いつかないですよ。
えーと。
「な」
「な?」
「なんかすごい技で…」
…。
なんかすごい技。
なんかすごい技。
何だその『僕の考えた最強の究極魔法』みたいな技?
そして迸る隠しきれない馬鹿な子供感…っ!
「そ、そうか…
す、すごかったか」
めっちゃ笑いこらえてるやんけリーダー。
一転してその場を支配する「ほんわか」ムード。
確かにそれを目指すべく頑張っていたところはありますが、経緯で犠牲になったリスクが取り返し付かない気がする。
一番傷ついたのが某マスコットキャラタニアさんからの「可愛い…」というボソッとつぶやかれた一言だったのは、思い返すとトラウマになりそうなので、封印決定。
お帰り平穏な生活。さよなら私の尊厳。
さっさと先を急ぐことにしましょう。
と言うか、もう一つ解決するべきことがありましたね。
「デシレアさん」
「ん? ぅく。な、なんだ?」思い出し笑いしてるところ申し訳ないですが、質問だよ。
「マネーアントのことですけど」
「ソータロー。これ食う? うまいぞ」
「話のそらし方下手くそ過ぎでしょ」
差し出された櫛団子(食いかけ)をやんわりと押し戻し、ジト目をよこしてみます。
テロのねぐらがたまたまマネーアントの発生ポイントだったことは、偶然の一言で許容出来ます。出来ますが、あの不自然なまでの執拗なテロ女子への肩の入れようは偶然ではない何かを感じました。
早く吐いた方が身のためだと思いますよ。
さあ。
「そこのもの! 汝らに発言する名誉を与えようじゃないか!」
そこまで上段から物言いをしているつもりはないので、キリキリ答えてください。
「汝らは冒険者か!」
やっぱりマネーアント諦めてなかったんですね。だからそっちに行っていいと伝えたのに、困った人ですね。
「と言うかメチャクチャ可愛いな汝ら! ボクちゃんとお近づきになりませんか!」
「ティル様。速攻でキャラがブレておりまする」
――そろそろ観念して相手をした方がよさそうです。
先ほどから私の後方を茫然とした顔で見つめ、固まっているデシレアさんから視線を外し、改めて、先ほどから騒がしいその『後ろ』に向き直ると、そこに声のした数と同じ二名の人間が目に映りました。
二人いますが、とにかくひたすら片方の存在感が際立っています。
真っ赤なタキシードに真っ赤なマントというのは、常軌を逸している人以外に装備可能なものなのか。
ふとそんな事を想起させる人物が、恐らく先ほどから大声でがなりかけて来ている方なんでしょう。向けてきている自信しかなさそうなドヤ顔まで煩いです。
まだ殆ど絡みのないこの時点で『遭遇を回避したいリスト』に登録するべき相手だという確信さえありますね。噂ではそのリスト仕事しないらしいですけど。
少年というよりは青年と評したほうが近いだろうか、といった微妙なお年頃が伺えるその顔は、おそらく悪くないはずなのですが、全て下品にニヤついた表情が台無しにしています。
髪はぼさぼさですが、先ほどからの喋り口調や、派手過ぎてはいますが、間違いなく身なりの良さが伺えるしっかりした縫製の豪奢な服装が、彼をやんごとなき身分であることを示しています。
低く見積もっても男爵級の次男坊位は見込んでおいたほうがいいでしょう。
もう御一方は、かなり年若く見える、この世界では割と珍しい黒髪の少年ですが、それ以外の特徴はなく、格好も赤貴族(仮)さんを立てるかのような大人しく清潔感のある白シャツと黒のスラックスといったフォーマルな出で立ちです。頭に載せているだけのような小さなハンチング帽がせめてものワンポイントでしょうか。
わかりやすい、主人と従者の構図ですね。
何でもいいですが、最近ちょっと登場人物一気に増えすぎじゃないですか? 私自慢じゃないですけど、人の顔と名前を覚えるの苦手なんですけど。
ひとまず赤貴族さんの腰の剣が届く間合い外であることを警戒しながら確認しつつ、お互いの自己紹介と洒落込みましょう。
「貴方がたは――」
「待て!」
急に真剣な顔で、こちらの言葉に対し手を突き出し止める赤貴族の青年。
私が話し始めるや否やの制止に、少し面食らっていると、彼はため息をつき「まるでわかってない」と言わんばかりに眉根を寄せて顔をゆったり横に振る。
「メンズはお呼びじゃない」
うるせぇよ。
この世界に不足がちなシリアス成分を無駄に消費するのはやめて頂きたい。
折角、先ほどまでそれなりに真面目な進行が続いていたというのに。そう思うとなんと取り返しのつかないことをしてくれるのでしょう。私達だってシリアスくらいやればできるという、出来ない子の最後の砦みたいな称号まで奪わないで欲しいですね。
そう思いませんか、と我ながら意味の分からない同意を求めようとパーティメンバー+1に視線を向けると――そこには、先ほどの呆然を通り越し、ほぼ青ざめた表情を浮かべる面々の姿が。
「…っな、なんっ、で………」
そう思わず漏れ出たような呟きと共に、じりじりと赤貴族たちから距離をとる――というより気圧され思わず後ずさるデシレアさんは、その怖いもの知らずと簡単に思い込んでいた私のイメージを覆すほどの、焦燥に駆られた「あやうい」表情を浮かべている。
そんな状態は、他パーティメンバーも同じようで、つまり私とテロ女子以外、多かれ少なかれ、先ほどの「ワイバーン襲撃の報」に近い、愕然とした状態に陥っていた。
「んー? 何だ汝ら、もしかしなくてもボクちゃんのことをご存知?」
それを感じ取ったか、赤貴族の青年も眉を顰め、しかしどこか「楽しそう」に彼女たちを睥睨する。
――何? 敵なのこの人たち?
【システムメッセージ:キャラクター検索の結果、この赤い服の男性は『騎士の国 第二皇子 ティル・アクスベル』。騎士王『ザラ・アクスベル』の次男に当たります】
また芸を増やしたのねマブダチさん。
ひとまず感謝します。
【システムメッセージ:一先ずなどと言わず、全身全霊の感謝を要求します】
…。
とても感謝しております。
【システムメッセージ:? 一アイテムに何言ってるんですか?】
貴女漫才形式じゃないと会話できない病気とかじゃないでしょうね。
まあ。
何はともあれ、彼女たちの動揺の意味は分かりました。
確かに随分な大物が沸いて出てきましたね。
一般市民的には、
「もう一度聞くんだがー?」
高らかに、無意味に赤マントをばたつかせ、大仰に両手を広げ、有頂天を体現したような姿で赤貴族は、誤解のしようもない「面白がっている」声でこちらに問いかけてくる。
「ボクちゃんのこと、知ってるのかーい?」
…。
まぁ。
少なくともうちのパーティメンバーさんはご存知でしょう。
ご存知じゃなく、あの挙動はどんな言い訳も成り立ちません。
下手な受け答えは、相手が相手だけに不敬罪が問題なく適用されるでしょう。
「知りません」
それをおそらく承知の上で。
そう答えたのはご存知我らがリーダーデシレアさん。
顔を伺えば、そこには先ほどの憔悴と言わんばかりの表情は鳴りを潜め、毅然とした態度で赤貴族に対します。
――でもデシレアさん、ここは流石に「黒霧さん」戦法は通用しませんよ。
――通用したこともありませんが。
相手も小人数であることもあり、この場でどうするわけではないかもしれませんが、指名手配くらいはされてしまうことだって、冗談と笑えません。
ん?
そういえば、なんでこの王子こんなところで供を一人のみで歩いてる?
近くに馬なんかの移動手段があるようにも見えないけれど。
「…ほう。知らないと?」
「はい。知りません。その出で立ちからどこかやんごとなきお方とは存じ上げますが。
こちらしがない冒険者なもので、自国の王の顔さえ良く知らない有様です」
そんなこちらの思惑などお構いなしに、彼らの緊張感ある会話は進みますが、いつもと違う他所行きの、若干硬い声で話すデシレアさんは、まるで知らない人間を見ているかのようで、見ていて落ち着きません。
落ち着かないのは、「こんな茶番のような嘘」を押し通せるのか? という不安からも勿論来ているでしょう。
いえ、しらを通すということ自体は、割といい作戦に思います。こういった場面では「お互いそう言うの気にしないタイプだから」という言い訳は通用しないと相場は決まっているものです。
そのため、面倒な問題回避のためには「そんな事実はなかった」とするのが一番でしょう。
とはいえ、あんなにあからさまに動揺をした後に、相手がそれに乗ってくれるか。
勝算がないわけではないと信じたいところですが、リーダーの澄ました横顔に流れる冷たい一筋の汗が、こちらの焦燥を掻き立てます。
そういえば、と思い、ふとうちの「嘘つけないガール」を見やると、しっかりニーアさんが口をふさぎ、下手なことを言い出さないようサポートしていました。GJ。
でも、青髪娘さんの顔が赤から青に変色しようとしているので、長くは使えない技です。
状況は刻一刻を争います。
一方そんなチャレンジングな言葉を受けた第二王子は、先ほどまでのにやつき顔を止め、つまらなそうにリーダーを見る。
一瞬。
なぜかニーアさんに視線を向けたように見えたけども、それだとタニアさんかもしれませんし、単にデシレアさんの他のメンバーの様子を見ただけかもしれません。
けど、なぜかニーアさんも彼の目を見返していたように見えたのが気になります。
そして、審判を告げる王子は、歌劇の台詞の様に諳んじる。
「そうか。知らないんじゃ仕方ない。
ボクちゃん――いや、我も、そうおいそれと自己紹介できる立場に無くてな、自己紹介は勘弁願うぞ」
そんな風に場を切り替えるような、ひときわ大きな声で、「この場を流す」宣言をした。
どうやら案外下々にも気を配れる良い為政者のようです。
助かっ――
いや、デシレアさん、そんなあからさまに「ふぅぅぅ」みたいに安堵の息をついて額の汗を拭わないで。あ、ニーアさん、タニアさんの口を離すものだから、その子「ふう、知っていることがバレるところだったです」とか漏らしてます。
「あー! あー! 本日は晴天なり―!?」
ほらぁ! 第二王子が「聞いてないよ」アピールしてくれちゃってますよ!
心が痛いので、気を緩めるのはもうちょっと我慢して。
【システムメッセージ:『Take2』】
「わ、わかりました。お互い詮索は無しの方向で」
顔を真っ赤にして若干声に覇気がないデシレアさんですが、何とか言い切りました。
「うん…。頼むよ汝ら」
最早王子からは「出来ない子」の烙印を押され切った感がありますが、仕方ありません。ここは甘んじて受け入れましょう。
「それで王子はなぜここに」
「まじで頼むよ汝ら?」
よし、ちょっと裏来いや手前。
【システムメッセージ:『Take3』】
レイアさんのアイアンクローで地に沈んだデシレアさんはいったん退場いただき、結局私が交渉役に抜擢です。
流石に今度は向こうも文句はない模様。
「失礼しました。申し訳ありませんが、会話はここからスタートにさせてください」
「………汝も苦労してるみたいだね…」
なんか王子に同情されましたけど、会話はここからスタートなので何言ってるのかわかりません。
==
「それで結局貴方がたはこちらに何の御用だったんでしょうか?
最初に声をかけられて来たようですが」
聞けることはそう多くない状況で、聞けることもそれくらいしかなかった私は、慎重に言葉を選び確認する言葉を放つ。
「え? ああ。なんか可愛い子がいっぱいいるなと思って興味湧いちゃってさ。
汝のハーレムなの? 超羨ましいじゃん」
気安いな王子。
「ハーレムではありません。私が彼女たちのパーティに一時的にご厚意で寄せてもらっているだけですので」
「そうなの? まぁ、きっかけは何でもいいじゃん。
汝もう全員攻略した?」
UQそういうゲームじゃないんで。
先を急ぐ行程のため、落ち着いて話をする暇もなく、お暇を頂くよう王子らに申し出ると、「じゃあボクちゃん達も」と、そちらは当てもない旅程らしく、そのまま付いて来られた為、致し方なく私がホストを務めることに。
彼女達は何かしら知識を持っている都合上、弾みでボロが出るくらいならと私が選出されたという訳です。
そんな道すがらの会話で分かったことと言えば、王子の言葉通りに受けとるなら、単に下心で近づいてきたらしい、ということ。
清々しいほど正直な欲望丸出しの理由に、逆に安心しそうになりますが、そう額面通りに受け取らない方がよいでしょう。
ただ、それ以上突っ込むとまた藪蛇になるため、控え目なやり取りをしていると、こちらから質問ができないのをいいことに、王子からは下世話な質問が矢継ぎ早に飛んできます。
正直、犯罪者を連れたこの状況は本当に割と薄氷の上で均衡を保っているようなもの。
こちらの緊張感も一入だというのに、それに気付いていて、こんなやり取りを繰り広げてくるこの王子もだいぶ人が悪い。
そんな微妙な緊張感の中、それでも急いでいる身であることは変わりなく、林道に沿って歩を進み続ける。
ずっと
「ティル様」
不意に、それまでずっと気配自体殺す様に王子の傍らにいた従者の方が、王子に声をかけた。
「うん?」
「あと1kmで御座いまする」
「んー。そうか」
?
何がだろう。
先ほどの話では特に当てもないようだったが、やはり本当のところは教えてもらえていなかったということか。まぁ当然だけども。
普通に聞くと、目的地までの距離を何らかの方法で推し量った結果、「あと1km」くらいで到着するという意味に聞こえるが、マップを確認しても、周囲1kmで何か目立った目的地になるようなものは見当たらない。
強いて言うなら――
「女子と遊びたかったのに、そんな暇も与えてくれないとは、無粋な彼奴らよのー」
――マブダチさん。1km後方に何か近づいて来てませんか?
「は。全く持って然り」
【システムメッセージ:警告。現在800m後方に6つの生物と、それに乗る人と思わしき生命体が高速で接近中。『何か』を詠唱中と推測】
左様で。
「すいません、少し聞いてもいいですか」
「ん?」
突然質問を受けるばかりだった私からの言葉に、若干意外そうに見つつも「どうぞ?」と普通に言葉を促していただいた。
「もしかして、貴方がたは何かに追われている真っ最中ですか?」
そう告げると、まるでその言葉を待ち受けていたかのような、
「あ。ばれた?」
そんな、悪戯がばれた少年のようないい笑顔で繰り出された言葉に、後方の彼女たちはぎょっとしてとっさに周辺――特に後方への警戒を強める。
途端。
急激に下腹に響く重苦しい振動のような気配が後方から発生。
何これ。
物凄い気持ち悪いんですけど…!
【システムメッセージ:警告。後方200mからシステムエネルギー反応! 伏せることを強く推奨します!】
システムメッセージから初めて焦燥が伝わる。これはマジでやばい奴です。
「皆さん! 伏せて!」
とはいえ私の言葉に、皆さんがどれ程信頼を置いてもらえるかわかりませんが、おそらく駆け寄る暇もない。
最早ダイブするように宙に躰を浮かせたかどうかのタイミング。
うつ伏せで宙に浮かぶその瞬間をまるでスローモーションのように感じ取っていると、自身の真横すれすれに「黒い何かが」後方から高速ですっ飛んで来る。
そのすれ違いざまの衝動は、先ほどの下腹に感じた重い振動が物理的な攻撃力を伴って、最早衝撃波に成り代わり、前に飛び込んだつもりの私の体を、林道わきの森の中に弾き飛ばした。
【System Message:「ノックバック」効果発生】
そして間もなく強烈なバウンド音と共に訪れる、背中を巨大なハンマーで叩きつけられたような衝撃!
――痛ったぁ!?
ちょうど弾き飛ばされる先にあった、太い木の幹にぶつかり背中をしたたかに打った私は、そのままずるずると地面にべちゃりと落ちる。
これがノックバックね…! 自分が受ける場合はアイテムボックスとか使う余裕なんかないなぁっ!?
緊急事態のため、痛む背中に無理を押して立ち上がり、森から道に復帰すると、そこには、すでに固まって王子を護衛する陣営を組むデシレアさんたちの姿があった。
どうやら、こちらの言う通り伏せてもらえた様子。
流石彼女たちは無事に黒い弾丸をやり過ごしたみたいで、無傷だ。テロ女子でさえ、道の脇に避難はしているが、特に傷を負った形跡はなさそう。どんくさいのは私だけみたいです。
「お兄さん! 良かった! 無事だったんですね!
固い枝がボキボキ折れるような音がしたから、背骨折れちゃったのかと思ったです!」
心配ありがとうございます。そんな音してたんですね。つながってるかな背骨。
そんな不安に駆られるものの、今は紛うことなき緊急事態。あの重く息苦しい振動のようなプレッシャーは、依然として後方から。
消えず、なお強まり、暴力的な気配はすでに薄い膜の様にさえ感じる程、肌を刺激し始めていた。
それと同時に響いていた振動は、時を追うごとに一つ一つの振動が「ズドン」と強まり主張をはじめ、それは大きな生命体が高速で駆ける乱雑な足音であると知るに至る。
「来るぞ…っ! 乱劇の時間だ、てめぇらぁっ!」
腰だめの姿勢から、両の手に構えたダガーナイフを手首のスナップでくるりと回転させ、舌なめずりせんばかりに意気揚々と吠えるオレンジ娘は、この展開をむしろ嬉々として迎え入れるように、ぎらぎらした笑みを浮かべる。
それに呼応したのは彼女の仲間――よりも先にとうとう後方の道の向こうに姿を現した黒い影、その数、マブダチさんの宣言通り、六!
それらはバッファローを連想させるが、その巨躯は間違いなく地球のそれに倍するサイズを誇る塊が、弾丸の様に凄まじいスピードでこちらに迫らんとしていた。
その背に跨る様に――いや、跨ってない…!?
事もあろうに巨体が高速に揺れるその背の上にいる彼らは、座り込む態勢を維持しつつ、その暴走バッファローとの接点は、ちょこんとつま先立ちしたその小さな重心のみ。
奇跡のような、軽業師のようなその滑稽ともいえる情景は、想像の埒外に存在する異彩を放ち、リーダーの折角の発破を霧散させ――
「うひゃーっ! どうなってんのあれ!
させることはないようだった。むしろ楽し気に、あえて逆境を迎え入れるように、赤ずきん娘は無茶を振り切る特攻を敢行した。
――あれ? この人確か魔法使いなのでは?
その眠たげな相貌に全く似つかわない軽快なフットワークで飛び出した彼女は、その勢いに任せるがまま一気に踏み込み、自身の身長の倍ほど高く飛んだかと思えば、弓がしなる様に背中を逸らせ、大上段に杖を振りかざし、その先が一周して足のつま先に届くかという間際、一気に反り返った背を解放するように、振り上げた杖を真下に振り下ろしながらの、
大 「ランス」 絶 「オブ」 叫 「ストォォォォォォムっ!」 !
途端振り下ろす杖というより、彼女自身から吹き荒れ狂うような暴風が、力ずくで無理やり抑え込まれたように、バッファロー集団に向かい弾け飛ぶ。
流石にそのままの突進は危険と判断したのか、彼らは無理やり回避を行うため、ほぼ倒れ込むようにバッファローを横道に大きくOBさせる。
そして先ほどの枝が折れるような音と比較にもならない、鉄骨が粉々に砕け散るような強烈な破壊音が突っ込んだ先の木々から響き渡る。
そんな派手な有様とは裏腹に、背に乗っていた彼らは、離脱しやすい姿勢が功を奏したのか、その背からはいち早く降り立ち、こちらに相対するように、中腰構えで立っていた。
しかし。
魔法使いってこんなにアグレッシブなの?
そんな私の暢気な感想の合間に、すでにニーアさんは前衛の位置から素早くバックステップを繰り返し、デシレアさんの後ろまで下がっている。
そして彼女が下がりきる前にスイッチを切り替えるように、リーダーのダガーを素早く振り上げる仕草に合わせ、タニアさんとレイアさんがその両脇から飛び出し、方やすでに構えた弓鶴を、方や両手に構えたナイフを持って相手を威嚇し、彼らに行くか引くかの選択を強いる。
そしてその瞬間の葛藤の間を縫うように、デシレアさんが疾く切り込むよう快走し、彼らに瞬時に肉薄すると、両手に構えたダガーを手首でくるくるとまわしながら、懐に入るなり正確に急所を狙い定め――振り上げ、振り下ろす。
クルクルと。遊ぶように舞う様に。ダガーが回る度、血風が舞い上がる。
そして眼を
それに呆気にとられる間に、さらに後方からの「ウィンドショットォ!」という叫びと共に高速で打ち出された空気圧の弾にまた一人が倒れ伏せる。
気が付けば、残り一人。
…。
ヤダ…。うちのパーティ強すぎ…?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます