01章-016:テロリストお姉さん再び
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パチパチ…
辺りはすっかり夜が更け込み、漆黒の帳が降りる中、焚火の炎にくべられた枝木が爆ぜる音と色が浮かび上がります。
ここは沼から少し離れた森の中、丁度直径10mほどのエアポケット状になった場所がありましたので、私たちが依頼を対応している間、レイアさんたちに簡易テントを張ってもらい、只今は、依頼を終え、焚火で暖をとりつつ用意していたパンや肉を焼いて夕食を取ってから間もなく、といったところ。
あれから、結局沼の中には私とデシレアさんのみが入り、調査を1時間ごとに休憩を入れながら行いました。時折後方から聞こえる「負けるな! ファイト!」という言葉が心強かったですが、割と他人事感も強調していたので、閉鎖された集団の中での格差を感じ、とっても微妙な気分になりました。
調査結果としては、糞は発見されず、ここ一帯の平和はもうしばらく保たれる、喜ばしいものとなったのですが、先日ワイバーンが出現したばっかりなので、何の慰めにもならないかもしれません。――あれちょっと待って。
――まぁ…実際のところ。
アイテムボックスで先に調べて、糞がないことはわかってたんですが、彼女たちの手前、そんな説明もできないので、もはや意味をなさない泥まみれの調査を敢行せざるを得なかったことについては、忸怩たる思いです。
まぁ彼女たちの覚悟を軽く見ていたわたしの自業自得でしょう。
ちなみに体に付着しまくった泥はアイテムボックスで綺麗にはぎ取りました。
デシレアさんにも「そういう魔法です」と強引に説明して、クリーニングを施しています。
ああ、聞こえますよ。「あれあれ? じゃあ、糞探しも魔法と言えばいいんじゃね? 有馬ちゃーん」――そんな声が。ちゃん付けうざい。
しかしそうは問屋が卸さないのです。
付着した泥を綺麗にする魔法なんて言うのは、この世界にはありません。
ありませんが「まぁ、あってもおかしくはないかな?」と思わせられる絶妙な効果だったので、何とか押し通すこともできます。
しかし、いわゆる「検索魔法」というのは、実際に存在するのです。
しかも、「伝説級の魔法」として。
一般的なベテラン魔法使いが、派生ジョブのLv30になっていれば相当なもの、という常識に対して、この「検索魔法」は「派生ジョブをさらに派生させたジョブをLv100まで上げると覚えられる」らしいのです。そしてそういった情報は、それなりに魔法に精通した人間であれば、知っていてもおかしくはないでしょう。
そしてニーアさんは魔法使いの派生ジョブ「嵐系魔法使い」のLV20だと言います。割と高レベルなことから知っていてもおかしくないですし、そうでなかったとしても「検索魔法」がとんでもない魔法であることは高確率で把握しているでしょうから、下手に披露するわけにはいきません。
一応、一般的なアイテムボックスであるという説明はしていたので、少しずつ泥を吸い取って底を探るという程度のショートカットをさせてもらいましたので、少しはましだったのだろうと自分を慰めます。
パチっ…パチ…パチ…
そんな私は、食事をとった後、目の前の焚火の木がはぜる音やその様を眺め続けていました。
焚火ってこんなに癒されるんですね…
…
自分のセリフに、どれだけ自分が疲れていたのかを気付かされる。
いや、正直めっちゃ疲れました。
沼の広さは、そう大きくはありませんでしたが、それでもそこそこ大きな家一軒分くらいの敷地面積はありましたので、足腰の感覚が無くなりそうなくらい酷使しました。
こんなんで腰痛持ちになるのは嫌だなぁ…
他のメンバーはどうしているかというと、デシレアさんも同じく重労働に従事していたはずですが、そこは体が資本の冒険者。ものが違うのでしょう、野営地の周りに設置した侵入者防止用の罠の最終チェックにとレイアさんと共に出かけていきました。
ニーアさんは、夜遅くの番をする役回りのため、もうお休みされています。
残りのタニアさんも、同じく寝るのかなぁと思っていたんですが。
なぜか焚火を挟んで私と向き合う形で座っています。
特に話しかけてくるわけでもなく、ずっと俯いてじっとしているので、割と当初は気になってましたが、特にアクションを起こす気がないと判断してからは、焚火に癒されることに専念することにしました。
まぁ、彼女も疲れてしまってウトウトしている、といったことではないでしょうか。タニアさんも冒険者ではありますが、デシレアさんと違い後衛ですし、体力が無尽蔵というわけにはいかないのでしょう。
ふふ。そうやっていると本当に可愛い子どもの様で「ウィンド・ショット」バシュンッ!「ぐふぅです!?」
…
………
今。
テントから攻撃魔法が飛んできてタニアさんの頬を打ち付けたように見えましたけど。
事実、タニアさんは殴り飛ばされたように蹲っており、さらにそれに追い打ちをかけるように、何等か白い塊が、青髪娘さんの頭にぶつかりました。大して衝撃がない所を見ると、紙か何かのようですが、ぴくぴくして動かないタニアさんは、それに反応できずにいます。
私だって、こんな時どう反応していいかわからんですけども。
何気にこの世界に来て初めて見た真っ当な攻撃魔法がまさかのフレンドファイアとは。
――ニーアさん…?
寝惚けてる、とかやめてね?
寝惚けてない場合、明確な攻撃意思があった事になりますが、そこは私深入りする気ないので大丈夫です。
どうやら飛んできたのは風系の基礎魔法で、威力も最弱に抑えているのか、傷が残るようなものではないみたいですが、どちらかというと展開のインパクトが強すぎて「ならまぁいいか」という感想に中々辿り着かない。
考えれば考える程より袋小路に迷いそうだなぁ、と感じつつ、せめて手掛かりになりそうな、飛んできた紙らしきものを拾い上げ、くしゃくしゃになったそれを広げると、案の定それは紙で、しかも何やら文字が書いてあります。
んー。暗くてよく見えない…
少し焚火の明りに紙面を当て、何とか読解可能にして、読み上げます。
「えーと」
…読み上げられません。字が読めないの忘れてました。
――マブダチさん。ちょっとこれ読んでもらっていいですか?
【システムメッセージ:警告。それは私文です。それを読み上げる場合、今後「ご主人様」呼びが「出歯亀野郎」にクラスチェンジします】
その落差たるや。
悪意がすごい。
…まぁ、でも。そうですね。確かにちょっと軽率でした。
ここは素直に反省しましょう。やっぱり私もどこか女性集団の空気にあてられて舞い上が「ズドむ」――横腹に重くて鈍い衝撃。
そのまま成す統べなく膝から崩れ落ちます。
「うきゃぁぁぁっ! ダメ! ダメですそれ見ちゃダメですっ!」
痛みを堪える余り、顔を上げられない都合よくわかりませんが、どうやらタニアさんが何時ものように取り乱し、紙を私から奪い取ったついでに掌底を横隔膜あたりへ気軽にぶちかました模様です。私の横腹をあまりフランクにノックしないで頂きたい。
良く知りませんが、私たちは何故、パーティ内で攻撃の応酬を繰り返しているの? 止められない悲劇なの?
「み、見ましたかっ!?」
そんな元気ねぇよ。
「…あれ? …なんで蹲ってるです?」
そこを突っ込むつもりがあるなら、相応の覚悟が必要です。お互いの平穏のためにスルー推奨ですよ。
ただ、このような悲劇を繰り返さないためにも、貴方はもう少し落ち着きを取り戻すべきでしょう…
そんな落ち着きのないタニアさんは、不思議そうな顔をしながらも、こちらの悲痛な思いが通じたのか、ひとまずそれ以上掘り起こすことなく、というか思い出したように飛び上がり、先ほど奪い取った紙を震える腕で広げながら、睨みつけるように凝視します。
「…『さっさとキメろ』…『ヘタレ』…『折角気を遣って二人に』…よ、余計なお世話です!」
そうですね。
もう一つお世話を重ねると、口で読み上げたら、紙を奪い取った意味あんまりないですよ。
曲がりなりにも、こちらの脇腹の犠牲の上に成り立っている成果でもあるので、もう少し慎重な対応をお願いところですが…
まぁ。早い話が、また揶揄われているようです。でも、ほんのひとネタで攻撃魔法の行使はこの世界的にセーフなのでしょうか。基準がわからないですが、セーフの場合、私は将来的に人里離れた生活を計画したいと思います。
ひとまず証拠隠滅のため、紙を細かくちぎり、焚火の薪代わりにくべてしまったタニアさんは、そのまま向かいの定位置に戻るかと思いきや、しばらく立ったまま俯いた後、顔を上げないまま、気持ち早歩きでこちらに向かってきました。
そしてそのまま、私の隣に着席。
直後に背後から響く「マーベラス!」という喝采。
隣に座した方の様子を見ると、相変わらずうつむいたままプルプル震えています。
………
――なぜわざわざ
からかい対象をタニア嬢と私だと勝手に思い込んでましたが、割と私一人がターゲットで有る可能性もできてましたよ。
「あわ…あわわわわわわわわわわわわわわわ」
ないかも。
流石にこんな耳まで真っ赤になって、汗だくで震えている子を疑うのは難しいですね。
………。
……。
…。
まさか、本気で「そう言うこと」なんでしょうか?
――えぇー?
いや、そりゃ助けはしましたけど、そんなひょっこり人って好きになるもんですか?
そうするとこの人、将来レスキューされる度に相手を好きになることになりますよ? たぶんあなた、その
そう誰に対してか不明な言い訳をしつつ、「でももしかしてそうかも?」みたいな気持ちが自分の胸の中でひょっこり首をもたげます。
改めて、彼女を見ると、いつの間にか顔を覆った両手の指の隙間から、こちらをどこか陶酔したような目で見ていることに気付きます。
まるで、何かの熱に中てられたような…
「…お兄さん」
ゆっくり。顔を覆っていた両手を外し、座高の低いタニアさんは、自然こちらを見上げるようにこちらと向き合い、そう呟きます。
「………はい」
いや、しかしどうでしょう?流石にちょっと相手は年下が過ぎるのでは?
はっきり言ってしまうと妹としか見れないというか…
「あの………」
「なんでしょう………」
そんなこちらの見っとも無い動揺を他所に、彼女は意を決したように、まっすぐこちらを見て――言い放ちました。
「昼間に巾着が光っていたことなんですけど」
――そっちかよ畜生が。
勝手に上から目線で「妹としか見れない」とか死にたい。
というか――拙い。
忙しい限りですが、自殺願望に浸っている場合ではないです。
「巾着が光っていた」とは、昼間の『サーチ&デストロイ』のやり取りを見られていた、ということで間違いないでしょう。
そういえばこの人、アリマ定期監視業務にあたっていた経歴がありましたね。それも実のところ、『こういった挙動』を監視していたとするなら、私もだいぶ暢気が過ぎました。
彼女には以前、致し方なく『キャッチ&リリース』を普通に見せていましたが、もしかするとあれで違和感を持たれたのかもしれません。
しかも彼女は、白系とはいえ、魔法使いの端くれです。「検索魔法」の異常性は理解していると思っておいた方がいいでしょう。
ここはまた、黒霧さん式誤魔化し術の出番でしょうか?
「あれって、もしかして…」
迷っている暇もないか――
さあ、今です。伝家の宝刀「知りません。無関係です」を抜き放つとき――!
「ソータロー! まだ起きてるかー?」
でもよく考えたらあの方法うまく行った試しが無いので、封印しておきましょう。
そもそも自分に使われた時点で、何も誤魔化せていないどころか、語るに落ちていた方法を何故私は後生大事に奥義っぽく掲げていたのでしょうか。自分が恥ずかしい。
「ソータロー?」
はいはい。
「起きていますよ」
そう声を返す相手は、見回りに行っていた我らがリーダーデシレアさんに他なりません。
それを証明するように、暫くもせず彼女の姿が、森の闇の奥から姿を現します。
さすがに夜分は冷えるのか、デシレアさんはいつもの格好の上に、寒色のカーディガンを肩に羽織っている姿で、片手をあげて帰還したことを告げてきます。
同時。
「ぅお、おぅかえりなさぁいですっ!」
と――
その拳の効いた声は、確か先ほどまで隣で座っていらした青髪嬢のものですが、いつの間にやら元の向かい合った場所に戻って何食わぬ顔で――いや、とても怪しい風体で、吹けてない口笛を口ずさみながら、明後日の方を向いてプルプル震えています。タイトルは「THE挙動不審」。
デシレアさんはその様子に、私と同じくタニアさんは先に寝ているものだと思っていたからか、一瞬意外そうな顔を青髪娘さんに向けます。が、急な運動をしたように息を上げているタニアさんと、焚火が照らす、私とタニアさんを繋ぐ様に続く子供の足跡大で掘り起こされた跡――まるで急いで移動したために乱れたように見受けられる――を見て取ると、「にまぁっ」といやらしい笑みを浮かべます。
「えー?
おいおい。イチャコラするのは勝手だけど、流石にここではやらかすなよー?」
ひどいセクハラ案件が来ました。
まさに親父の所業。難しい年頃の娘さんがいたら一週間シカトは免れませんよ。
まぁ、彼女はオヤジでもなければ娘さんもいないでしょうけど。
あ、娘ではないですけど。
「んにゃぁ!? な、何をやらかすっていうんですっ!? ノータッチだからせーふ! ちょ、ちょっとチラ見しただけだからせーふ!」
難しい年ごろのパーティメンバーならいましたね。
途端に取り乱し、立ち上がりつつ身振り手振りのつもりなのか、謎のダンスを踊りながら弁明らしきものを始めます。
そして待ってください。どこを見た?
「大丈夫です! 立」「待とうや」
すかさずタニアさんのもとに緊急移動し、がっしと肩を掴んで制止に入ります。
彼女の言う「のーたっち」は残念ながら全うすることは出来ませんでしたが、危急を要する事態ですので、勘弁願います。
それ以上はダメ。
「ふぇぇぇぇっっ!?」
そして悪化しました。
――まぁ、そりゃそうですよね。
失念。彼女、男性恐怖症のきらいがあったんでした。
タニアさん、めちゃくちゃ取り乱してしまいます。
…
まぁ。当初の目的通り、制止はできたということで任務完了としましょう。(非道)
とはいえ、真っ赤になって取り乱し続ける彼女を放っておくのも気が引けますし。
「タニアさん。落ち着いて下さい」
「無理っ! 無理ですっ!」
ぶんぶん顔を横に振って、もう若干涙目です。もしかすると逆に放っておいた方が良かったのかもしれませんけど、ここまで来たら、最後まで面倒を見ましょう。
「大丈夫です。デシレアさんのはほんの冗談です、揶揄っているだけなので、気にする必要はありませんよ?」
「おにーさんがっ! 目の前で! 肩とか掴まれて! 迫られてるぅぅっ!?」
訂正。ある程度まで面倒を見ることにしましょう。
そして、もうそれは果たした気がします。多分。
「デシレアさん。タッチ」
「…いや、それなら初めからやろうとすんなよ…」
呆れた様子で私の要請を受け、タニアさんの正気を取り戻すべく歩み寄ってくるデシレアさんですが、その姿と言うか、状況に何かしら違和感を感じます。
ああ。
「それはそうとして、レイアさんはどうしたんです?」
「ん? あ、そうだ。忘れてた」と言い放ちながら森の方を振り返り、「レイア―? そっち大丈夫かー?」と声を張り上げます。
どうやら、声の届く範囲にレイアさんは既に来ている模様。そして「大丈夫か」。
なんでしょう。大丈夫じゃないことを気にするような状態であるように聞こえますが。
パーティメンバーの少し心配な状況を察したのか、タニアさんもすでに正気に戻り、少し不安げな表情を森に向けます。
しかし、そんな心配も即返答があったことで解消され「ダメかもー」なかった。
え?
だめかも?
「だめかも?」
同じ言葉をデシレアさんが返しますが、その内容は落ち着いたもの。不審そうに片眉を少し上げただけでさしたる行動は起こしません。
特に緊急事態とは捉えてないようですが。
「うんー。「この子」おしっこ我慢できないって」「何を言っとるんだ貴様ぁ!?」
ん?
レイアさんの言葉を遮るような少し低い、それでも女性とわかるその声は、けれどパーティ内の誰かのものではありません。
しかも、割と乱雑な口調で、穏やかな対応が望みにくそうですけど。
想像するところの謎の女性について、会話内容が若干コミカル気味ではありましたが、割と普通に心配になり、表情を硬くする私とタニアさんですが、既に面識があるのであろうデシレアさんは、気軽なものです。
「まぁ、不自由だろうしなぁ。
丁度いいや、こっちは先に事情説明しとくから、さっさとその辺で済ませてやってくれ」
「はーい」
「まてぇっ! 違う! いや、違わないがっ! お前ら少しはデリカシー…!」
「はいはい」と適当に対応するレイアさんの声と共に遠ざかっているところを見ると、どうやら「済ましてくる」様です。どなたかは知りませんが、ここは聞かなかったことにするのが正解でしょう。次に会う時が本当の初対面です。今から、初対面時の新鮮なリアクションのシミュレーションをしておくのが、男の優しさというものではないでしょうか。
なんか聞いたことのある声のようにも思いましたけど。
やがて何も聞こえなくなったのを見計らってか、デシレアさんは改めてこちらに向き直り、すでに正気に戻ったタニアさんをみて、一瞬拍子抜けした顔になりますが、すぐ真面目な表情に引き締め直すと、説明を始めた。
「実はさ、見回りしている時にけが人を拾ったんだ」
そして、多分これで説明は終わりでしょう。
段々彼女との会話のペースをつかんできました。後はこちらの質問タイムだと思えば何のことはありません。
「けが人? 魔物に襲われていたんでしょうか?」
「襲われてはいたけど、相手は人間だったよ」
それを聞き、タニアさんは「ひぅ」と鋭く息を吸う。端的に伝えられたショッキングな内容に、怯えてしまったのでしょう。
正直言えば、私も同じような心境です。対魔物との命のやり取りは初めからそんなに抵抗ありませんが、ここの世界の人間の『人間臭さ』はあまりにリアル過ぎて、NPCとはいえ命のやり取りは若干以上の抵抗があります。
しかも先ほどの声を聴く限り、けが人は女性でしょう。
女性が『襲われていた』となると、さらに意味が増えます。
タニアさんは、体を震わせ、若干すでに涙目になりながらも、その方の安否をまずは気にしている模様で、
「そ、その方は、その、だ、大丈夫、なんです?」
そうおずおずとデシレアさんに確認する。何が「大丈夫」なんて、この場での明言は不要だろう。
「ああ。『そうなる』前に止めた。
――どう止めたかはあんまり聞かない方がいいぞ?」
それはもうほぼ言ってしまっていますね。私はそこまで潔癖ではないので、特に気にしませんが。
でも、タニアさんはそれを聞いて、同じ結論に至った様ですが、持った感想は違う様で、暗い顔で俯いてしまいます。
「そう、ですか」
そんなタニアさんにデシレアさんは、慰めるでも窘めるでもなく、彼女の中の整理は彼女に任せる方針なのか、特に反応せず話を続ける。
「そうだ。
んでここからが本題だけど、そいつ『テロリスト』の一味らしい」
そんな言葉の内容に似つかない軽い口調の言葉が、私の脳裏に巣食っていた、先ほどの謎の声のイメージと繋がる。
はい。
思い出しました。
あの声、私を拘束してオレイルさんの前に差し出してくれた、あのお姉さんのものです。
「テロリストー? 王都で王族に歯向かったあげく捕まったっていうあれ?」
そして、そんなリーダーのカミングアウトに返答したのは、その場にいた二人ではなく、テントから伸びをしながら出てきた人物。
「ん? 起きてたのかニーア」
ニーアさんでした。
「まぁね。面白い観劇を見てたから」
そう言って歩み寄りながら、こちらに目を向け軽くウィンクを送っくるニーアさん。
あなたもその劇、友情出演されていた気がしますよ。あまり友情を感じない役柄でしたが。
「そのうちピンクな劇に変わるかなぁと期待してたんだけど、残念」
そして再度のセクハラ案件。ちょっと頻度が多いですね。風紀委員会の設立が求められます。
「ま、ピンクはさておき、そういうこった。
捕まったのはどうも一部らしくて、今も大半はまだ捕り物が続いてるんだと。
実際、そいつを襲ってたのも騎士団の連中だったしな」
最後の声の温度が2,3度下がったのは、多分気のせいじゃない。
それは驚いている、というわけでもなく諦観と蔑視の温度のように見受けられました。
どうやら、あんまり信頼のおかれていない騎士団のようです。
サクラさん的に言えば、王族ぐるみで信頼が置けないみたいですけど。
「ふーん。
で、その助けたテロリスト、どうするつもり?」
そう探るような視線を受けたデシレアさんは、ここで初めて困ったような、唸るような顔になる。
「んーそれなんだよなー。
別に助ける義理はそもそもないんだけど、うっかり助けちまった行きがかり上、ある程度までは面倒見てやりてぇんだけど…」
おや。
彼女のそんなセリフに、私は少し意外な気持ちを抱きます。
騎士団にはいいイメージがない割りに、犯罪者とも言えるテロリストは助けようというのは、どういうことでしょう?
なんとなく、オレイルさんに路銀の面倒を見てもらった経緯で、彼らに無意識的に好印象を持っている私の「義賊」イメージは、其れなりに正鵠を得ていたということでしょうか?
そして、最も意外な事としては、なんだかこの成り行きの最終決定を委ねるようにデシレアさんが私の方を見ていることです。
ここで見るのはやめてよ。
「…なんですか?」
「いや、あいつを助けるってことは、あいつを仲間のところに連れってやる必要があるんだけど、追われている関係上あんまり一つ処に居れないらしくってさ。
怪我の治療を考えた上でも、明日の早朝にはそこに向かわないといけないみたいなんだわ」
そう頭をポリポリかきながら、言いにくそうに話すデシレアさん。
…ああ。
言いたいことがわかりましたよ。
「つまり、今の依頼をギルドに報告するのを延期して、そちらに向かいたいってことですね」
「う。
平たく言うと、そうだ」
なんとまぁ。
――本当にお人よしですね。
つまり、自分たちで言い始めた私の助っ人を、見ようによっては蔑ろにすると思われる覚悟で、テロリストである彼女を助けたい、ということでしょうか。
申し訳ないですが、自ら泥を引っ被ってまでやることとは思えません。更に言うなら、助けられる彼女自身も望んではいない可能性が高そうです。
そんな若干呆れを含んだ顔をリーダーに向けていると、傍らから挙手する気配が伝わってきました。
「反対。
うちらが恩人を押しのけてまでそいつ助ける義理なんかないでしょ。
――デシ姉。悪い癖だよ」
そんな手厳しい意見はやはりというか、ニーアさんです。
手厳しいのは言葉だけでなく、鋭い目線もリーダーを捉え、リーダーは苦笑気味にそれを受け止めている。
そんな二人の間に発生している緊張感に、あわあわしている小動物は、ひとまず置いておくとしても、当人まで置いていかないで欲しいのですが…
そうして、それにはもう一人同調する人が現れます。
「ほらねぇ? だから言ったでしょ、デシレア。
絶対反対されるって」
そう言って、やっと森の奥から姿を現したのは、片足を引きずった長身の女性に肩を貸しているレイアさん。そしてその肩を貸している女性がテロリスト姉さんだということは言わずもがな。
担がれているお姉さんは、この状況が彼女にとって許容しがたいと言わんばかりに、苦々しい顔でうつむいています。
そんな都合上、どうやら彼女は私に気付いていないご様子。
まぁ、大した接点でもないので、顔を見て思い出すとは限りませんが。
そして、そんな不愛想気味な彼女に、レイアさんはもう慣れた様子で、特にそれには取り合わず、重い荷物を運ぶが如しに、テロリストな彼女がひょこひょこ片足で飛びはねる歩幅に合わせて、こちらにゆっくり近づいてくる。
ようやく焚火に照らされ表情が見えるくらいの距離になると、その呆れた様子を隠すことなく「やっぱりこうなった」とリーダーを諫めます。
「私も助けられるなら助けたいから反対はしないけどねぇ?
ていうか、そういう話、アリマ君の前でしないでって言わなかったっけー?」
そう言われ、なお頭に「?」を浮かべるリーダーに対し、すぐにバツの悪そうな顔をしたニーアさんは恐らく状況を察した模様。
うん。この流れで私が「嫌だ」って言うのは、「その人見捨てなよ」と言っていることに等しいのですよね。
それをデシレアさんにニーアさんが説明すると、「ああっ!」ととても納得した顔で、こちらに向き直ります。
なんだか素敵な笑顔ですけど。
「ソータロー!」
「はい」
「気にすんなって!」
そうサムズアップしたように一瞬見えましたが、再びの「ウィンド・ショット」若干本気版で、うちのリーダーは遠くに吹き飛ばされてしまい、きちんと確認することができませんでした。
==
最近、デシレアさんが倒されることによる場面展開が多い気がしますけど、この人舞台装置か何かですかね。
あとバカですね。
割と普通に攻撃魔法を受けたように見えたうちのリーダーは、そんな事実がなかったように普通に会話を再開していますけど、それはもはやギャグマンガの域でしょう。
「お前ら、あたしのこと魔物か何かだと思ってないか?」
「大丈夫。バカだと思ってるよ」
「ならいいけど…」
良くはないだろリーダー。
まぁ、そこはもう突っ込みません。
「ひとまず、私の意見を言っていいですか?」
そんな私の唐突な意思表明に、レイアさんやニーアさんは少し後ろ暗い顔をされますが、そんな遠慮は無用ですよ。
「いえ。別にこういう時はストレートに言ってもらう方が私としてもありがたいです。
気遣ってもらったのに申し訳ないですが、その方が話も早いと思うんですよ」
――ね?、とデシレアさんにアイコンタクトを取ると、彼女もさすがにバツが悪かったか、片手刀で謝意を示してきます。
とりあえず、聞いてもらえるお膳立ても整ったようなので、今後の方針を語ります。
本当はそんな役柄は回避したいところですが、この状況だと私が決めるのが無難でしょう。
ちなみにタニアさんは、うつらうつら可愛く舟をこぎ始めていることをお伝えしておきます。
「まず、そこの彼女については移動させていい程度まで怪我が治り次第、明日出立しましょう」
その言葉が意外だったのか、ずっと俯いていたテロ女子がはっ、と顔を上げ、そしてこちらの顔を初めて確認し、顎が落ちんばかりに驚愕し始めていますが、無視です。
「私の依頼はすでに達成されているので、これ以上皆さんが同行する必要はないんですが…できれば町までは護衛して貰いたいので、私もそれにはついていきたいと思います」
そこのテロ女子も知らない顔ではないので、私としてもどの道、見捨てるのは後味が悪すぎます。
それに、ここで一人で帰ります、と言うと「それは危ない」「やっぱりやめよう」と言われる気がしたので、私もついていく流れにしました。
最後のダメ押しとして。
「皆さんの足を引っ張ることに引き続きなるかもしれませんが、構いませんか?」
と、馬鹿の一つ覚えで全く申し訳ない限りですが、再度遠慮の押し付けをさせてもらいます。
さぁどうだ。
「アリマ」
「はい?」
「気を遣いすぎ」
「はい」
そんな短い私の返答に、ニーアさんはジト目で突っ込みを入れてきたその表情をすぐに和らげ、苦笑気味に言葉を続けます。
「ま、それを誰がさせてるのかって話だよね………
確かにこりゃどっちが子供かわからないね」
いえいえ。
和やかムードを醸し出している中申し訳ないですが、元々こちとら子供じゃねぇよ?
そんなチクっとした反感はありはしたものの、何とかこちらの要望は通りそうな雰囲気です。
「すまんソータロー。今回は、っつーか今回もちょっとお前に甘えさせてくれ。
その代わり、謝礼はもうパーティ参加じゃなくて、別で考えさせてもらうからな」
「え」
いい笑顔で言うリーダーの言葉ですが、ちょっと待って。
「いや。謝礼云々は今回同行頂けたことでもう――」
「駄目だ」
ダメって………。
あれ、これ私への謝礼ですよね?
なんで当人希望却下なの。
「はっきり言ってパーティメンバーに入ってもらうのは、すでにこっちの「希望」になってるから無効だ。それを礼にしちゃ、自由の空の名が廃るじゃねぇか」
知らんがな。
おかしいですね。予定通りに事が進みません。というか、今更ですね。
ふふっ。
――私は多分そろそろ泣いていいと思います。
ともあれ、純粋な好意の上での申し出なので、何とも断りがたいですが………何を言い出してくるかを抜きにすれば、ひとまず断る理由もないですし、変に抵抗するのはやめておきましょうか。
「…とりあえずそれは保留ということで、
――では、明日は朝早くに彼女を送り届けないといけないですし、早めに就寝した方――
あ、そういえば、どこなんです?
それを聞かないうちはどれくらい早く出ないとわかりませんからね、と軽い気持ちで聞くと、デシレアさんから、再度いい笑顔の返答をいただきました。
「おう!
――なんと偶然、マネーアントの発生場所付近だぜ!」
一気に打算めいてきたなこの野郎。
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