01章-015:急ごしらえパーティが行く

[15]


 ゴンっ。


 ――オレンジ姉さんの、頭に響く拳骨の音


 字余りどころか、何の体裁も残ってないですが、そんな感じで拳骨制裁をパーティーリーダーに加えたニーアさんは、呆れた調子でさらに我らがリーダーを攻め立てます。

「いや、なにしてるのさ。

 アリマが受けれそうな依頼を手伝うんじゃなかったわけ?」

「いたた…めちゃくちゃグーで………いや、ちょっと聞いてくれよ」

 其れなりにクリーンヒットしたのか、頭を押さえながら弁解しようとするデシレアさんですが、赤ずきん娘はそれに全く構わず、むしろヒートアップした口調で続ける。

「あんな情熱的な握手を交わして間もないうちに、こんな見事な手のひら返しを決めるとはね。

 まったく――うちのリーダーがここまでアホやったとは、知らんかったわ」

「あ、やべぇ、激怒の兆し見えてる」

 よくわからない戦慄を始めるデシレアさんに対し、がっしとその顔面を手のひらで掴むニーアさんは、一言一言「切り刻むように」伝える。


「でぇ? うちのリーダーはんわぁ? 自分で責任もってうちのパーティで世話することにした少年を無視してぇ? 何をもってきはったんかなぁぁぁ?」


「ゴメンナサイ。命だけはなんとかとらんでください」


 それは、この世界にも土下座という文化があることを知った瞬間だった。


==


 不穏な空気はそんなときに訪れました。

 え? 既に訪れていた? ――何を言ってるんですか?(諸説有)

 ともかく、程なくして土下座から復帰することを許され、立ち上がろうとするデシレアさんに、近づく影が二人ほど。

 どちらも、如何にも「あらごとっ!」と4文字の萌え漫画のタイトルが思いつくくらいの、野暮ったい格好をした筋肉質の男たちだ。

 ――なぜこの二人を見て萌え漫画のタイトルが思いついたのだろう。自分が怖い。


「なんだぁ? デシレアよう、意気揚々と俺たちに吹っ掛けておいて、始まる前から仲間割れかよ?」

「いいぞー、さっさと降りちまえよ」

「あ?」

 そして如何にもな絡み方をしてくるこの方たちは、いわゆるテンプレの申し子では?

 この前ギルドに訪れた時は、とんと見かけず、絶滅を危惧していましたが、こうやって出会ってみると、率先して絶滅して欲しい方々ですね。

 わかりやすいくらいの挑発行為を繰り出す彼らに、チームの面々は一気に険悪ムードです。

 いや、一人タニアさんは「あわあわ」していて、入り口で正座している「タニア何某集団」をほっこりさせているが。

「てめぇらにはかんけーねぇだろ。

 お前ら同じ依頼受けんだったらさっさと行っちまえ」

 そう瞳孔が開ききった、悪魔のような目つきで吐き捨てるデシレアさん。

 そんな彼女の様は、何となく、このお気楽四人組で本当に荒事の仕事なんて出来るのかと考えていた、私の疑問を解消してくれました。

 めっちゃ怖いです。知らない人だったら間違いなく話しかけません。

 ただ、相手は腐っても同じ荒事向け冒険者。流石に一睨み程度では怯まない様子で、むしろ売られた喧嘩は買わずにいられないとばかりに、挑発行為を繰り返します。

「はぁんっ!?

 関係あるっつーの! マネーアントなんておいしい獲物のハントに、お前らみたいな足手纏いなんざいてもらっちゃ困るんだよ!」

「お前ら、金が欲しいだけなんだろ? 

 良かったら、俺らがハントして獲得した金で、「良い思い」させてやってもいいんだぜ?」

 うわ。げっすー。

 ただ、ちょっと気になって彼女たちの様子を伺うと、案の定男性が苦手なタニアさんが、俯いて怯え始めてしまいましたが、それは、近くにいたレイアさんが頭ごと抱きしめて落ち着かせているようなので、ひとまずそちらは問題ないでしょう。

 あと、その様子を見て、入り口あたりから不穏な空気が流れ始めていますが、それも、まぁ後でいいでしょう。

 そんな彼らに、デシレアさんが激高しかけますが、それをニーアさんが手で制し、タッチ交代とばかりに、如何にも「馬鹿にしてまーす」といった表情で、口を開いた。

「えー? 足手纏いってこっちのことー?」

「お前ら以外に誰がいんだよ! 前から言おうと思ってたが、男の仕事場に女風情がしゃしゃり出て来るんじゃねぇよ!」

 そんな彼らの言葉に、ニーアさんはとてもいい顔で『罠にかかった』と言わんばかりの怪しい笑顔を浮かべた。

「へー。女風情っすかー。

 ――ちなみに話は変わるんだけども、この前どっかの馬鹿が、洞窟でポイズンラットとクラウドマッシュルームみたいな雑魚相手に死にかけて、こんな「女風情」相手に「たすけてくださーい」って半泣きで言ってきた奴等がいたっけー?」

「ぐっ!」

 その言葉にとても思い当たる節があるのか、彼らは一転苦汁を舐めさせられたような顔を浮かべ、言葉を詰まらせる。

 しかし赤ずきん娘の口撃は止まらない。

「そいつら、そん時「もう偉そうな口は利かないですぅ」みたいなこと言ってた気がしたけど、そういえばあんたら、あんときの奴らに似てるねぇ?

 ――偶然かなぁ?」

 いや、めっちゃドSですね。

 どうやら自分とんでもないパーティに入ってしまったみたいですよ。

 クーリングオフ期間ってこの世界でもあるのかなぁ。

 そして言われた当人達は、勿論より一層の恐怖と屈辱を感じたのだろう。そして、最低限の知能は持っていたのか、「これ以上は旗色が悪い」と理解したようで、

「…はんっ! しらねぇよ! 誰の事だ其れは! 俺らは無関係だぜ!」

 と、若干黒霧さん方式を真似ながら踵を返します。ちょっとやめてくださいよ。それは私が黒霧さんにもらったやつです。

「もういい、お言葉に甘えて俺らはさっさと行かせてもらうぜ。

 警告はしたからな! 邪魔すんじゃねぇぞ!」

 そして、そのまま入り口に歩いていくようでした。

 それには、ニーアさんは舌を出し、デシレアさんは下品なFuckポーズを向け、タニアさんは未だに怯えながらレイアさんの懐で震え、レイアさんはそんなタニアさんの頭を撫でつけつつ、入り口に向かって親指を下に指すジェスチャーを行い、入り口で正座をしていたメンズが、逃げ帰るように出ていこうとする二人を捕まえ、「え?」「あれ?」という彼らの言葉を無視し、外に連行していきました。


「ふぅ。返す返す悪いなお前ら。変なの絡ませちまって」

 外から聞こえる約二名分の悲鳴をBGMに、先ほどとは打って変わった笑顔をパーティメンバーに向けるリーダーへ、ニーアさんは引き続き呆れたような表情を向けます。

「全くだよ。

 まぁ、うちらはそういうやっかみを受けやすいから、ある意味しゃあないけどさー」

 しばらくすると、悲鳴さえ聞こえなくなり、何かがひしゃげる音や、布が裂ける音だけが響くようになる外の騒ぎには特に頓着せず、ニーアさんは言葉ほどは怒っていない、むしろリーダーを気遣うような笑顔を見せた。

「ニーア…いや、あたしがもうちょっとうまく立ち回るべきだったわ。

 反省だな」

「そこはマジで反省して」

「…はい」

 一転マジ声で説教する赤ずきん娘に対し、頭の上がらないデシレアさんの様子を見て、レイアさんは、大人数が雑踏を踏みつけるような低い音が、連続で地面を揺らす振動を感じながら、「くすくす」と楽しそうな表情を浮かべる。

「………あの、皆さん」

 そして、唯一あまり楽しげではないタニアさんが、若干顔色を悪くしながら、挙手する。

「ああ、タニア。特にお前は怖かったよな? ああいうの一番苦手だもんな」

「それはそうですが、どちらかというと今この瞬間にも外から伝わってくる様子が怖いです…っ!」

 どうやら彼女は世界から切り離された彼らを無視しきれなかった様子だ。

「え? …外?」

「さらに言うなら、明らかに絶対わかっている上で、そうやって知らんふりして世間話みたいに会話をしている皆さんが一番末恐ろしいですっ!」

「いいじゃん別に」

「いいじゃん別に!?」

 流石にもう潮時かと思ったのか、デシレアさんが普通に回答すると、「やだうちのパーティ正気まじ?」というような大袈裟なリアクションを取るタニア嬢。

 強く生きてください。


「話は戻すけどもー。

 デシレア、本当に討伐の依頼を受ける気? アリマ君はどうするつもりー?」

 外がどうあれ、リーダーが傍若無人であれ、相も変わらずふわふわとした雰囲気を崩さないレイアさんがそう問いただす。

 それにはタニアさんも同意なのか、しきりに「うんうん」と小刻みに頷きながら目で促す。

「うーん。いや。さっきの奴らと売り言葉に買い言葉っぽくなったってのもあるけど。

 ――マネーアント自身もそれはそれで無視できねぇだろ?」

 そのリーダーの言葉に、レイアさんとニーアさんは即座に「まぁね」と返す。

 どうやらその回答は予測していたようだ。

 そして「え? あれ?」と置いてけぼりになる小動物が一匹発生しているが、それも含めて織り込み済みの展開なのだろう。構わずリーダーは言葉をつづける。

「しかも今回は「クィーン」まで確認されてる。

 正直あたしらの置かれてる立場上、無視はできない」

「でも」

 リーダーの言葉に理解をしつつも、それでもなおその言葉を遮ったのは赤ずきん娘ニーアさん。

「それとアリマは関係ないんじゃない?

 『だからアリマは諦めてください』じゃ、あまりにも『ダセー』んじゃない?」

 今度は、冗談交じりでも、笑いながらでもなく、真剣な目でリーダーを貫く。

 その目を真正面から受け止める彼女たちのリーダーは、彼女たちの矜持を裏切ることはない、立派なリーダーを貫くようだ。

 彼女は、変わらず笑顔でこう返す。

「もちろんだ。

 だからあたしはソータローにこう伝えることにするんだ」

「なんていうの?」

「ちょっと我慢して!」

 

 今度の拳骨は三度響く大物だった。


「言葉の問題やないんやけど? リーダーぁ?」

「馬鹿は一回死んでみないと治らないかしらぁ? デシレアぁ?」

「災いあれ」

 怖い。特に最後端的で怖い。

 そんなメンバー三人によってたかって責められ、風前の灯火の半泣きリーダーは再度の土下座に移行しようとするが、ふと思い立ち、顔をあげる。

「あれ? というか、その本人は如何した?」

 そう不思議そうに彼女たちの傍にいない誰かについて、その周りをきょろきょろ確認する。

 しかし残念ながらそこに私はいません。

 無言で、3人が指示さししめした先には、掲示板の前でさも他人事のように収集系の張り紙を探しなおしている私の姿が映っていることでしょう。

「わーっ! ちょ、ソータロー! ゴメンって! 頼むから早まるな―っ!」

 

==


「いえ…だから先ほども言ったように、皆さんに必要な依頼なら、こちらに気にせず受けて欲しいんですけど」

 結局。

 あのまま、私は自分で選んだ収集系依頼『タイアドロンの糞調査』を受けたわけですが、問題は、それに付き従う様に、彼女たちが付いてきているということです。

 正直、その可能性を考慮して、わざわざ女子が嫌がりそうなキーワード付きの依頼を選んだというのに、とんだ骨折り損です。私も可能であれば避けたい依頼でしたのに。

 そんな私に言葉を返すのは、私の隣で腕を組みながら歩き、頑固一徹な顔してるデシレアさん。

「いいや、だめだ。

 一度決めた約束を反故するなんて、『自由の空』の名が廃る」

 いえ。めちゃくちゃ反故にした本人が何言ってるんですか。

 また後ろに歩いているメンバーさんたちに、制裁を加えられても知りませんからね。


「まぁ、ついて来て頂けるのは助かりますから、これ以上は言いません。

 ――ちなみに聞いてしまうのが拙ければ、答えてくれなくてもいいんですけど」

「ん? なんだ?」

「あのマネーアントの討伐は話を聞く限り、かなりお金の実入りがいい依頼ですよね?

 失礼ながら、皆さんお金で困ってるんですか?」 

 名前が廃るかどうかは置いておいて、ひとまずそんな風に、何とか元の依頼に彼女たちを戻すネタを探るべく、『これ以上は言いません』といった舌の根も乾かぬうちに事情徴収を行います。

「んー」

 とはいえ、若干彼女たちのプライベートに突っ込んだ話ですのでさすがに答えにくいか。その上聞いている内容は、「お前ら貧乏なの?」という本当に失礼極まりないもので、真実であれば余計人に吹聴したくない内容でしょうし。

 そして案の定、答えあぐねているデシレアさんに、失礼な質問を取り下げようと口を開こうとすると、後ろの方から回答があった。

「だ、大丈夫です! タニアたちは普通の冒険者よりも稼いでいる方です!

 だから、お兄さん一人養うくらい問題ないのですっ!」

 むふー! と胸の前で握りこぶしを作り、息巻いて答えるタニアさんを一瞥し、脳裏に蔓延する謎の言葉を理解するため、一拍間を置きます。

 なるほど。そうですか。お金には困ってないんですね。

 それは兎も角、なんで変態に続いて貴女まで、私を全力で養う気になってるんでしょうか。今回は全力で乗っかっちゃいますよ?

「…えーと。

 お金に困ってないなら、なんであんなにマネーアントの討伐に食いついてたんです?」

「金は稼いではいるけど、困ってないとは言ってないぜ?」

 全力でスル―スキルを発動する私に、そう、遮るように答えたのは、やはりというかリーダーだった。

 そのまま、私とタニアさんに釘を刺すのも忘れません。

「ま、その辺の話はここまでにさせてくれ。

 タニアも余計なことを言わないように」

 そう片目をつぶりおちゃらけながら、私とタニアさんを順に指さす。

 そんな風に言われた私はもちろん即引き下がり、もう一方の人は見るからにショボンと肩を落とし、「ごめんなさいです…」と反省の言葉を述べていた。

 思わず駆け寄って、頭をよしよししたい衝動に襲われるほどの庇護欲は相変わらずですね。

 そしてその衝動に耐えかねたか、見かねたか、デシレアさんは追加でタニアさんに苦笑しながら声をかける。

「ま、アプローチするなら、別の方法にしてくれ。

 ――つーかお前割と肉食なのな」

「あ、アプローチ…って…にく?

 肉食です? わたしは、どちらかと言えばお野菜の方が好きですけど」

 再度胸の前で握り拳を掲げて反論しかけるも、意味が通じず、首をかしげるタニア嬢。

 無垢な反応ありがとうございます。


 ――どうもこの人たち、私に一々恩を感じているタニアさんが、私に懸想していると揶揄うのがマイブームの模様です。

 美少女に好かれているかも、というのは、妄想でも心地いいものですが、あんまりやりすぎると、私に過失はないのに勝手に嫌われる理不尽展開になるので、ほどほどでお願いします。


 しかし、どうやら彼女等は割とこの「恩返し」を頑なに守るな姿勢なようで、穏便にお帰り頂ける手応えがあんまりありません。

 もう諦めて、さっさと依頼を終わらせて、さっさと彼女たちを解放できるよう努めた方がよさそうですね。

 そうひっそり今後の方針を固めていると、後ろから「ふわぁぁー…」というような気の抜ける声が聞こえてきました。

 振り返ると、思わずと言った形で片手で口を押え、若干恥じるように頬に朱が差しているニーアさんを見つけます。

「あー…

 失礼」

 そう言って、すぐ片手刀で謝るニーアさんに、リーダーからお小言が贈られる。

「お前なぁ、助っ人の立場とは言え、お仕事中だかんな?

 気ぃぬいてんじゃねぇぞー」

 そう少し厳めしい顔をして指を振り振り言うが、全く似合わない表情をわざとしていることがわかる様子から、恐らくそう本気で怒っているわけではなさそうだ。

 しかし、ここは多少舗装された、町と町と結ぶ国道とはいえ、魔物も当然のように現れる危険な区域だという自覚はあるのだろう、ニーアさんは、そのリーダーの寛容な態度に甘んじることなく、バツが悪そうに自省の言葉を返す。

「いやぁ。面目ない。

 ただ、言い訳したいわけじゃないけど、こうも魔物の「魔」の字もないと、本当にここ魔物生息区域?って思っちゃうよ…」

 そんな、本来であれば有難い状況に対して、愚痴のような物言いになってしまうのは、ニーアさんのように「緊張感」が持続しにくくなるためでしょう。

 冒険者にとっては割と捨て置けない事態と言えます。

 ちなみに、私はこの状況のからくりを知っています。

 というか、真犯人は私です。


【システムメッセージ:200m範囲内に、魔物「アンチグリーントード」の侵入を確認しました】


 ――『キャッチ&リリース』で。


【システムメッセージ:了解しました】


「皆さん、あれは何ですか?」

「んー? ああ、あれは――」

 左側に広がる湖の上に生息する花を指さす私に、その花に注目する四名。

 そんな少しの間に、犯行は速やかに行われます。

 まず、皆さんが注目する反対側の森から、拳大の光弾が、私の手元の巾着に吸い込まれてくる。

「なんだっけレイア?」

 知っていたような口ぶりからのオチに、皆さんが肩透かしする合間に――


【システムメッセージ:格納した魔物を、元の位置に排出します】


 すかさず巾着から、先ほどの森に、光弾がばひゅんと飛んでいく。


「あのねぇ…知らないなら答えようとしないのー。

 あれは『ライカの花』。比較的綺麗な水辺にしか咲かない、贈り物にもされる可愛いピンクの花弁をした花なの」

「ああ、食べれないやつな」

「デシ姉って本当に女?」

 そんな和気あいあいなやり取りの最中、一つのミッションが完成しました。

 ――お判りいただけただろうか?

 これがアイテムボックスの新機能『サーチ&デストロイ』です!


【システムメッセージ:『キャッチ&リリース』では?】


 待ってよ。

 説明には順番ってあるの。むしろなんでマブダチさんが聞いてくるんですか。一回説明したのに。


【システムメッセージ:話の潤滑油として、合いの手が必要かと】


 どこ向けの配慮なのそれ。

 後、今絶賛、お話し脱線事故起こしてるから。滑りが効きすぎてます。


【システムメッセージ:有能すぎてすいません】


 言い方よ。

 まぁいいです。

 そんなわけで、新機能と嘯きましたが、実際は単に思いついて実行できただけのことです。

 まず、薬草探しに一躍買った「サーチ機能」はある程度恒常的に作用することが可能らしく、1㎞とは言わずとも、200m範囲程度であれば、しばらくある条件のものを移動しながら探索することが可能なことが判明。

 その上、その検索にヒットした対象を格納し、即吐き出すというこれまた薬草探しに一躍買いまくった『キャッチ&リリース』と呼んでいた動作を組み合わせることで、以下のような動きが可能となります。


 1.ある一定範囲内の「魔物」を常時検索

 2.検索に引っかかった「魔物」をアイテムボックスが使用者に通知

 3.使用者が『キャッチ&リリース』という命令を下す

 4.即時に魔物が格納&死亡、そして元の位置に排出する


 ここまでがほぼセミオートで実行できてしまうという寸法。

 これが『サーチ&デストロイ』! 割と言いたいだけです!

 ただ、格納時と排出時の光については、見つかると説明が面倒なので、いちいち皆さんの気をそらさないといけないのが玉に瑕ですが。


「まぁ、しかし本当に出てこないな魔物。いつもこうだったら有難いけど…

 って、タニア? どうした?」

 気を抜くなと言った本人が、伸びをして気を抜いているようにも見受けられますが、ひとまず今だけは安全だと思うので、たまにはいいでしょう。

「………いえ。何でもないのです」

 これにあまり慣れすぎるのは危険だと思いますが、説明もしにくい話です。ただ、彼女たちももう駆け出しというわけでもないですし、余計な心配だと信じるしかありません。

 さて、そんな話をしている間に、そろそろ王都を発って2時間ほど。そろそろ目的地についてもおかしくないはずですが――っと。

「見えてきましたね」

 そう言った私たちの目の前に広がるのは、一面の――『沼』でした。


==


 ひとまずここで「依頼を実行」するのですが、おそらくその関係上、この地に一泊する流れになることがわかっているので、作業前に、キャンプの設置を行ってしまいます。

 そうなんです。

 このメンツで一つ屋根の下シチュエーションです。

 …こういう場面があるというのも、私が彼女たちに諦めてもらえるカードの一枚だったわけなのですが。


 [Question(質問)]

  「よく知らない男が、貴方達のような女性と一緒に寝泊まりすることについてどう思うか?」


 [Answer(回答)]

  「安心しろ、襲ったりしないから」


 違うくない?

 後、冗談だよね? まさかあの変態と同類とか言わないよね?

 テントは男女で分けてもらえるのかって、なんでこちらから切り出さないといけなかったのでしょうか。

 謎。――しかも分けてもらえませんでした。

 夜の番を交代でする関係上、分けてたら意味ないとのこと。そうなのかもしれませんが、貴方のところの白魔法使いさん、その話の間ずっと顔真っ赤でしたけど、ちゃんと合意取れたうえで言ってるんだよね? 後で訴えられた時に弁護士は呼んでもらえるのでしょうか。

 

 それで、今回の依頼にある「タイアドロンの糞調査」。調査対象が沼であることで分かるように、「タイアドロン」は主な生息地が、沼のようなぬめりのある水源を中心として活動する、先日某勇者を梃子摺らせた「ワイバーン」と同じく「天災」と呼ばれるカテゴリに指定されている大変凶悪な魔物です。

 大きさは、大きなサイくらいで、ごつごつとした皮膚を持ち、四足歩行で移動するその魔物の武器は、頭に設けている大きな『瘤』。

 元々頑丈な魔物のようですが、その瘤に至っては鉄以上の硬度をもつらしく、その上、その鈍重な見た目からは予想もしないMAX時速100Kmをたたき出すその健脚からの頭突き。その威力は、安い防具であれば、それごと人体を四散させると言う。

 基本的に「遭遇したら隠れろ、見つかったら(無駄かもしれないが)逃げ切れ」が基本対応となるこの魔物を回避することは、討伐系冒険者にとっては死活問題。

 人間ごときが対処しようなど烏滸がましい、まさに「天災」。

 それこそ天気予報のような、出現予測が必須と相成るわけです。

 そういったニーズに合わせ発生しているのがこの「タイアドロンの糞調査」であり、早い話が、その危険極まりない「天災」の足跡となる「糞」の存在を確認し、存在を確認次第冒険者に警告を出すための大変大事な依頼なのである。

 ちなみに、同じ「天災」であるワイバーンはどうやって出現を予測するのかというと。

 『生態系さえ把握できないため、予測できません。遭遇したら諦めて』だそうです。

 ――この世界の冒険者たちって、気合入ってるなぁ…

 そんなこんなで、その「タイアドロン」が、冒険者の活動区域に入り込んでないかを確かめるこの依頼、死活問題である依頼でかつ報酬も割高の割に、請け負う冒険者はあまりいません。

 それは、「タイアドロン」に万が一でも遭遇したくない、というのもありますが、もう一つ。彼らが出現する主な場所が「沼」近くとなる必然性、どうしても回避できないことがあります。

 ――それは。


「泥まみれになるのって、女子的にはだいぶアウトだよねー」

 そう無表情に沼の前で赤ずきん娘が呟くと、その隣のふわふわお姉さんが同意するように、やはり無表情で頷きます。

「まぁねぇ。ちょおっとお姉さん的にも、きっついかしらねぇ?」

 さらにその隣の暴走白魔法娘も、同じく無表情。心なしか小刻みに震えているように見えます。

 まぁ、そういうことです。

 沼の中にいる魔物の生態系を知るためには、自然その沼に入って泥まみれになる必要があります。

 そして、そんな中で糞を探すという荒行。

 まぁ、どう考えたところで女性向きの仕事ではありませんね。

 私だって率先してやりたいとは思いませんよ。


 ただ、一人例外がいますが。


「お前らなぁ、ここまで来てグダグダいうんじゃねぇよ。

 冒険者なんて、多かれ少なかれ汚れ稼業なんだから、泥の一つや二つ我慢できなくてどうするよ」

 先ほどニーア嬢が同じように疑っていましたけど、この人本当に女子でしょうか。言うことが男前すぎます。

 プルプル沼の前で震える3人娘の前に堂々と仁王立ちし、冒険者たるやと説教をかましているその姿は、リーダーの面目躍如といったところですが、あんまり無理は言わないで欲しいです。

「デシレアさん、調査自体は私一人で十分ですよ。

 正直、依頼作業中の護衛として一緒にいてくれるだけで、大変助かってますから」

 というか、下手に沼なんて不衛生なところに入られて、女性の顔に傷やシミを作られでもする方が大事おおごとです。責任負えないぜ。

 そんな私の本音を隠したままの説得には、デシレアさんの冒険者としての矜持が納得しないのか、渋い顔で唸ります。

「いや…そんなわけには――」

 と、リーダーは言うものの、メンバーはその限りではありません。

「さすがアリマ様! 女子の味方! 将来間違いなくいい男になるぜ!」

「アリマ君かぁっこいいー! お姉さん後で色々ねぎらっちゃうからねっ!」

「神降臨!」

 次々此方をチヤホヤと褒め称えるかしまし娘たち。最近タニア嬢の言葉が単語化しているのが若干気になりますが、まぁ無理もありません。というか、こっちが正常な反応だと思います。

 そんな自分に素直なメンバーたちに、呆れ顔を向けるデシレアさんは、リーダーとして言いたいことがあるかもしれませんが…

「デシレアさん」

「む」

 硬い表情の彼女に、出来るだけ、申し訳なさそうに提案します。

「できれば、私が調査している間、申し訳ないんですが、野営の準備を全部お任せしちゃってもいいですか?」

 と、何とか彼女の納得できるような理由を用意する。

 負い目のある相手から、あからさまに気遣われていると感じる態度を取られたら、少なくとも善人気質の人間には、そう長く耐えきれるものではないでしょう。

 そんなこちらの見え透いた意図に、おそらく気付いてはいるでしょうが、だとしても。

「むぅ…

 まったく…どっちが子供なんだか…」

 少し困ったように眉根を寄せ、その後大きく息を吐き出すリーダーさんは、なんとか折れてくれるようだ。

「でも」

 ?

「あたし一人でも手伝うかんなっ。

 それは譲れない!」

 そう私に指さして宣言する、男前リーダー。

 男前すぎて、惚れてしまいそうですね。

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