01章:Sakura Side[003]
[Sakura Side-003]
――ソウ君だと思った? 残念勇者でした!
さて。
意味わかんない女神のお告げの言うままに言ってみたけど、今までのお告げの中で飛び切り馬鹿な内容だね。
やっぱり女神が狂ってるって噂は本当なのかも。
まぁ、そんなどうでもいい話はさておいて。
そのソウ君と一時的に別れてから少し経った今現在。
僕は今まで避けに避けていた王城に足を踏み入れていた。
王城は円状の町の中心に位置していて、どこからでも拝めるようになっていることからわかるように、とても顕示欲が強い人が建てたものだ。なんせ王様だからね。
そんなに高い必要があるのかよくわからない尖塔が王城を囲むよう、ずらりと並んでいるのを皮切りに、城門はどんな巨人を想定しているのか不明なほど大きい鉄門で、本来は通り超えを防ぐための門上の棘は、グネグネと曲がりくねり、もはやただのオブジェと化している。
メインの王城は白で統一されていて、清潔感があるのは好印象だけど、あんな巨大なものを白く保つために、どれだけの労力がかけれられているのか、城を整備している労働者さんたちには同情を禁じ得ないよ。
――まぁ、多分。普通の人は「なんて美しく、壮観な城だろう」と褒めて終わるのだから、ひねくれて居るのは間違いなく僕に違いない。
それは多分に、今の僕の感情に影響した話であることは自覚している。
元々いい印象もない場所だけれども、今から行く要件からして、僕の機嫌が良いわけもない。
飾りにしかなってない巨大な城門を抜け、実際に入り口として機能している玉鋼石で彫り上げられた正門を開き、足を踏み入れた矢先から、ずっと敷いてある細長い赤いカーペットの上を僕はずんずんと進んでいく。この赤いカーペットは謁見の間までつながっているらしいので、これに関しては意味はあるみたいだけど、こんな真っ赤な道を歩かされて皆、落ち着けるものなのかな。僕は落ち着かないな。とはいえ、王城のどこにいようと落ち着ける気はしていないので、今更だけども。
ここには会いたくない人が大勢いすぎるんだ。
――例えば、今そこの謁見の間に続く大階段の真ん中で、こちらに両腕を広げているキモイ王子とかね。
傍らに赤いドレスを着た十二、三才くらいの少女を侍らせ、きらびやかな銀糸で織ったゆったりしたシャツと白く細いズボンを身にまとい、何やら笑っているその若い細身の男性こそが、この国の皇太子。名前は--まぁいいじゃないか。
周りの風聞を聞いていると、爽やかなイケメン王子で通っているみたいなんだけど、こんな偽物臭しかしない男が本当にいいのだろうか?
とはいえ、流石の勇者も国の王子様には敬意を払わないといけない。いけないけど、キモくて仕方ないので睨みつけるのはやめるつもりはない。
「――怖いね」
そのナントカ王子が、手で顔を覆うように、前髪をかき分けながら、何か「鳴き始めた」ようだけど、取り合っても無駄なので、用件だけ言うことにする。
「皇太子様。
この手紙についてお聞きしてもいいかな?」
そうして胸元から取り出した手紙――言わずもがな先程変態ギルド嬢から受け取った、マリアさんの手紙だ。
ナントカ王子はそれを目にすると、なぜか微妙な笑顔になった。何のつもりだろうキモイ。
丁度その時謁見の間を通り過ぎようとしていた女性の衛官が、「はぁ。なんて儚げな微笑なの…」とつぶやくのが聞こえたので、これ微笑らしい。笑うとこかと思った。
「ちゃんと届いたんだね…心配してたんだよ」
「そうですかそれはどうも。
――僕としては、そんな心配をされるよりは、マリアさんのことで隠していることを話してもらう方がよっぽど嬉しいですけどね」
それはそうと、敬語って慣れる気がしないな。大抵敬ってない相手に使うことが多いせいだろう。
こんな風に「自分の親友の行方不明に加担しているだろう相手」みたいなのに使うことしかないのだから、さもありなんと言ったところか。
しかし、我ながら一国の王族に対して敵意をむき出しまくってるね。
端から見たら、僕は王子を殺しに来た暗殺者の様に見えていることだろう。まぁ暗殺者こんな真正面から殺しに来ないけど。
実際、殺意まではいかないが、ボコボコにすることは手紙を読んだ時から決めていた。
でも今は聞くことがあるので我慢している。これはだいぶ褒めてほしい。僕程の人格者はいないのではないかと思うので、後でソウ君に褒めてもらうことに決めた。
だから、そんな僕に対して、「ふふっ」と失笑し、首をゆっくり横に振って、なおかつ人差し指を立て「NON、NON」と左右に振ってくる奴に、僕が思わず殴りかかろうとしたのは、もう正当防衛みたいなものが成り立つと思うのだけど。
「やめろ嬢ちゃん! 流石にそれはあかん奴だ!」
と、振りかぶった僕の右腕をとっさに掴んで叫んだ偉丈夫。
その人は、見おぼえがあるし、何となく名前も覚えている。
「騎士団長君か」
「言っとくけど、それ名前じゃねぇからな」
僕の腕が止まり、ひとまず殴るのを諦めたことを察したのか、とても安心したようにため息をつく悪人面の彼は、この国の騎士団のトップに収まる苦労人――ええと。
――別にいいじゃないか騎士団長で。
「ワイズ騎士長。無粋だね。男女の語らいに水を差さないでおくれよ」
そう先ほどのトーンより
その酷く寒気のする言葉に、やっぱり殴ろうと思った僕だったけど、その前に騎士団長君に両腕をつかまれ、それは叶わなかった。
ちょっと、乙女の柔肌に何するんだよ。
そう抗議しようと振り返ろうとすると、それよリ先にナントカが過剰に反応する。
「ワイズ騎士長! 僕に断りもなくサクラさんの柔肌に触れるとはどういう了見だ!」
「あ。そうですかい?」
瞬時に手を放す騎士団長君。放たれる野獣(僕)。瞬時にナントカに接近し、拳を腰だめに構え「なぜ君の了承がいるんだ」腹部に抉り込むような右アッパーを叩きこむ。
体を浮き上がらせ宙を舞う王子、悲鳴をあげる女性衛官、呆気にとられる少女に、駆けつける騎士、適当に追い払う騎士団長君。
がたーんっ!(地面に到着する音)
よしっ、最初の目的の一つは達成したぞ。
「ガッツポーズを決めるな、ガッツポーズを。
何したかわかってんのか勇者様」
呆れたように言う彼に、僕は平然とした口調で「君、僕を離したら、ああなるってわかって離したろう?」と告げると、「俺は王命に従うのみ」と明後日の方向に決め顔で呟いた。
やっぱり確信犯だったらしい。さっきの必死の制止は何だったのだろう。
その後、騎士団長君が近くにいた女性衛官に「何も見なかった」と言わせているのを眺め、しばらくすると、少女にゆさゆさと揺すられていたナントカ王子が目を覚まし、ふらふらと体を起こした。
しかしこの少女は全くと言っていいほど驚いた反応がないね。王子のことが嫌いなのかもしれない。
「な、なにが?」と王子から聞かれたのでそのまま「殴ったら気絶した」と答えようとすると、騎士団長君に遮られ、「最近お勤めに根を詰めすぎなんでは? お疲れなんですよ…」とやんわり誤魔化していた。
嘘は良くないな。
「その王子、そもそも働いてな――」「勇者様ぁ!? あとで美味しいケーキ持ってこさせましょうっ!」
先ほどの制止を超える悲壮さで、こちらに訴えかける騎士団長君に免じて、黙っておくことにしよう。ちなみに僕はイチゴのタルトが大好きだ。
そんな傍ら当の王子は状況が把握できないまま、大声を出した騎士団長君に単純に驚いた後、すぐにそれが恥ずかしかったのか、誤魔化すように、しかめっ面をし始めた。
「なんだ君は…いきなり大声を出して。サクラさんがびっくりするじゃないか」
びっくりしてたのは「君じゃないの――」「ホットチョコレートもつけましょう!」おお、なんだい、僕が喋る度にデザートが豪華になるシステムなのかな?
また大声を出して王子に怒られている騎士団長君が可哀想だから、もうやめておくことにするけどね。ケーキと飲み物が揃えば十分だし。
それにこの茶番も飽きたしね。
まだ、騎士団長君に何か説教を垂れている王子に、僕は改めて手紙を突き付け、言った。
「で? この手紙について、君たち王族がかかわっているのを、否定した
敬語? それは敬う相手に使うものだよ。
鼻先まで突き付けられ、数舜目を白黒して狼狽えていたけれど、腐っても国のエリート教育を受けてきた賜物か、直ぐに持ち返し、また微妙な笑顔を向けてきた。微小だっけ。
「困った勇者様だな…。酷い誤解だよ。
――我ら王族が君の友人の誘拐に加担しているなんて、悲しいことを言わないでおくれ」
キモいけど、話せと言ったのは僕なので、責任もって聞こうじゃないか。
あと、誘拐に加担してるとは言ってない。隠し事をしているといっただけだよ。
語るに落ちるのが早い人だな。
「あ。わかった」にっこり。
如何にもイケメンが「似合うだろ?」と押し付けてくるようなスマイルを向けられ、途端ぞわぞわっと背筋に毛虫が這いよるような悪寒が走る。
おっと。右こぶし落ち着くんだ。
「例のテロリストにそう言われたんだね?
全く、彼らの思考の低俗さには、想像するだけで我々の高潔さが穢される」
そう? その割に言ってることが、そのテロリストが言ってたこととあんまり変わらないけど。
「それとも…
もしかして前に君の友人をかどわかしたと告げた時にこの手紙について言及しなかったことを、言っているのかな?
ふふっ。それこそ誤解さ」
――どうでもいいけど、良く喋るね。
良くそんなに自分が怪しまれる理由を急にポンポン思いつくものだよ。
こちらが追及するまでもなく、すらすら自供するナントカに、とりあえずそのまましゃべらせておくことにする。あ、騎士団長君、王子の後ろで見えないからって暇そうにあくびしてるぞ。ずるいな、立ち位置変わってほしいよ。
そんな恨みがましい視線には気付かないナントカは、こちらの手紙を指さし言った。
「この手紙は、サクラさんが出て行ったあと、ある騎士が持ち込んだものなんだよ」
そこで、ぴくっと、騎士団長君の眉が反応したが、本当に微小の動きだったので、見えたのはずっと恨みがましい視線を向けていた僕だけだろう。
「へぇ。じゃあ、その騎士君にあわせて」「死んだよ」
こちらの言葉を予測していたように、待ち受けていたように、予定調和の様に僕の言葉を遮り、打ち消した。
騎士団長君は、もうピクリとさえ動かない。――それ自体が彼の心情を表しているようにも見える。
そこで始めて――騎士団長君からナントカに視線をずらした僕は、その男が「面白そうに」笑っている事に気付いた。
「………死んだ?」
「そう、彼はどうやらテロリストと内通していたようでね」そう、くくく、と笑い。
「それでも最後、一欠けらの良心が残っていたのか、君の友人からの手紙を預かって我々に届けた後、『罪の意識に耐えきれず、自害してしまった』んだよ」そう、あはは、と笑った。
「………………そう」
――殺したんだね。
「それをサクラさんに伝えたくてね。わざわざ来てもらったのさ」
騎士団長君の押し殺したような目を見ればわかるよ。
国の都合のせいで部下を殺されたら、あんな目になるのだろう。
「全く。死ぬことはないのに。まだ若く、この国を背負って立つ人材だったろうに」
そうだね。同感だよ。
「ああ、そうだ。せっかく来たんだ。一緒に夕餉をどうだい? 来ると思って君の分も用意してあるんだ」
「悪いけど、そんな気分じゃないよ」
あと、改めて確信したことがある。
「そうかい? 残念だよ…」
僕は君ら王族が大嫌いだよ。
==
「『自害』したそいつは、嬢ちゃんの友達の行方を追っていた、俺の部下の一人だ」
場所は変わり。
引き留める王子を雑に振り払った後――もう一度、騎士団長君が女性衛官に「ここに自分は立ち寄らなかった」と言わせていたけど、電撃魔法で沈黙させるくらいは許容範囲内だろう――僕らは騎士団の詰所の奥にある騎士長の執務室に訪れていた。
僕が話を聞くべきはあのナントカ王子ではなく、騎士団長君だと思ったからだ。
そもそも、あれ以上会話を続けていると、この国は後継者を失いそうだったからね。
「その子は、マリアさんの居場所を突き止めていたの?」
僕は、少し沈痛な面持ちの彼に、あまり気遣いの感じられない言葉でストレートに質問する。
彼の部下もこうなることを織り込み済みで職務に臨んでいたのだろう。それを僕が気遣って、騎士団長君に同情するのは、おそらく失礼な行為だと思う。
そんなこちらの心情は、海千山千の騎士長にはお見通しのようで、硬くなっていた表情を少し緩めた。
「…ふ。気持ちいいくらい遠慮ねぇなぁ嬢ちゃんは。
勇者なんてやめて、騎士団に入ってもらいたいぜ」
かってもらうのはありがたいけど、騎士団も勇者もお断りだよ。
この世界の騎士と呼ばれるものは、つまるところ「あの気持ちの悪い男」に通じているだろうからね。
そうにべもなく言うと、最初から本気でもなかったのだろう、苦笑いをしながら、かまわず言葉をつづけた。
「そいつ、アボルスというやつだが、
正直どこまで掴んでいたのか、情けない話俺たち騎士団は把握できなかった。
――把握する前に王族付きの親衛隊に持っていかれちまってな。
帰ってきたときには、物言わぬ姿だったってわけだ」
「はっきり言うけど」
特に表情を崩さないまま、淡々と惨たらしい事実を話す彼に、この国の数少ない知り合いとして僕なりのアドバイスを送る。
「誤魔化すことでしか体裁を整えられなくなったこの国はもう終わってる。
早く国を出ないと、遅くない将来、僕は敵として君を殺すことになると思うよ」
それは確信に近い予言だった。
僕はマリアさんの状況次第で、この国の「敵」になる。
「………肝に銘じておくよ」
そう、本当に苦い顔で応えた彼は、そう言いつつも国を出ることはないだろう。
僕には理解できない心情だけど、彼が見た目の割に忠義に厚い人間だということは感じているところだ。
「あのさぁ…」
と、
そこで、この張りつめた空気に無遠慮な声を投じる人間が一人。
そう、ここには、僕と騎士団長君ともう一人が存在していた。
「そういうの、こっちがいないときにヤッテくれる?」
そう気だるげに、「帽子の人」が吐き出した。
こいつは、ここに来る途中、騎士団長君が、どうも書類業務をさぼっていたらしく、それを「王族付き親衛隊 副長」である帽…帽子男が催促しにきて、強引についてきたのだ。
曰く「そっちの都合なんか知ったことか」だそうだ。
僕はあまりにも勝手なその立ち振る舞いが気に入らない。
「勝手についてきて、何言ってるんだ。
聞きたくないなら出ていけばいいじゃないか」
「王族付き親衛隊の前で国バッシングしといて無視できるとかマジで思ってるわけ? 頭だいじょぶ?」
マスケット帽を目深にかぶりすぎて頭をすっぽり覆っている人間に、頭の心配をされた。防御力的なことなら、君が過剰なだけだよ。
「ゼブラル、お前勇者様に対してフランクが過ぎるぞ。王城内でくらいは気を遣え」
そういう騎士団長君だけど、君は君で僕のことを『嬢ちゃん』と呼んでいるよね。
一方、叱られた帽子男は、そうだろうとは思っていたけど、全く堪える様子もなく、僕をバカにした時の自分の頭に指を突き付けたポーズのまま、言った当人に頭だけぐるんと向き直った。
「ワイズさんさぁ…その、親せきの叔父さんポジ的な接し方やめてくれる? キモイ」
君の視線の向け方も相当なものだよ。
とはいえ、僕もこいつの同席を最終的に許した騎士団長君には言ってやりたいことはある。
「これに同調するのは遺憾だけども」
「これって言うな」
「なんでこいつと一緒にいないといけないのさ。
この話をこいつの前ですること自体はどうでもいいけど、僕がこいつを好きじゃないのは騎士団長君も知ってるでしょ」
「こいつとも言うな」
一々うるさいなぁ。
面倒臭いという意思を視線に込めて送ってやると、あちらもこちらを見下していた。お。やるかこの変人め。
「落ち着けお前ら。
ゼブラル、お前な。嫌なら俺にお前らの叔父さんみたいな言動を取らすようなことすんじゃねぇよ」
「等」っていった! 別に僕は騎士団長君が叔父でも構いやしないけど、こいつと親せきは嫌だよ!
直接怒られた帽子男より増して反抗の意思を示す僕に、騎士団長君は気苦労が絶えない中間管理職のようなため息をつきながら、僕に言葉を投げた。
「嬢ちゃん。この際、そっちの好き嫌いは飲み込んでも、このゼブラルとは関係を作っておいた方がいい」
――は?
かん、けい? 僕が、そこのそれと?
知らず立ち上るこちらの殺意を感じ取ったのか、騎士団長君は、慌てたように両手を前に突き出しぶんぶんと振りまくる。
「ち、違う違うっ! そういう男女的なことじゃなくて! ビジネス的な関係だ!」
「ビジネスだろうが何だろうか、有り得ないんだけど」
弁解する彼に、間髪置かず答えたのは、しかし僕ではなく帽子男の方。
こいつと息が合うとか死ぬほど煩わしいけど、それには同意する。
「有り得ないのはその通りとして、なんでそんなこと言い始めたのさ」
追いかけて問う僕に、騎士団長は少し迷ったように俯き黙考した後、顔をあげて、今度は僕と帽子男を見据えて話し始めた。
「嬢ちゃん。このゼブラルは別に味方と思わなくていい。実際味方とは言えないしな。
ただ、こいつは一番王族に近くて、一番王族に忠誠心が薄い「異端者」なんだよ」
「――何が言いたいわけ?」
思わず割り込んだ帽子男に、あらかじめ予想していた様にすかさず向き合い答える。
「お前、死にそうなピンチの時、同じく王族の人間が近くにいた時、自分を顧みず王族を助けるか?」
「助けないけど?」
嘘でしょ。
また間髪無しに応えた帽子男の言葉に、僕はこの男が本当の意味で正気でないことを知る。
王族付きの親衛隊は、全員所属するときに今までの経歴、家族との関係もすべて忘れ、新しい人間として生まれ変わることを強制的に義務付けられている。
強制的に「王族しかつながりのない」人間にされるのが「王族付き親衛隊」なんだと聞いている。
よりによって、その副長が王族より自分を優先するって、尋常じゃない。
そんな驚きの顔を隠せない僕に、親衛隊長君は「わかるぜ?」と言いたげに笑いながら頷いてくる。
「そんなお前を異端者と呼んでおかしいか?」
「………オレだけそういう契約ってだけだし。
それに元々誰ともつながりなんてないだから、枷にもならないね」
帽子男はそういって、俯きながら、両手をお手上げとでも言うように高々と上げる。
たぶん、降参ということじゃなくて、単にバカにしてるんだろう。
その仕草には付き合わず、こちらに肩を竦めてくる騎士団長君は、次の会話をこちらにつなげる。
「…ま、そんなわけだ嬢ちゃん。
こいつはまともじゃないだろ?
そして、今嬢ちゃんに必要なのは、王族側の動きを知る伝手だ」
…何となく。
騎士団長君の言わんとしている事が理解できてきた。
つまり
「そいつを、僕の間諜として動かせってこと?」
「断る」
この子実は寂しがり屋なのだろうか。人の言葉への噛みつき方が即断過ぎないかい。
騎士団長君はそんな帽子男の挙動は慣れたものなのか、特に構わず僕へ言葉を返す。
「ちょっと違う。
というか、そいつは無理だ。こいつにはそういう細かいのは向いてない。
いいか嬢ちゃん。さっき自分で言った通りだ。この国の王族は信用しない方がいい。
俺の部下を自害として処理したのも、嬢ちゃんに付け入るスキを与えない為なのは明白だ。
つまり、嬢ちゃんの友人に関しては--この国は真っ黒だろう。
しかも、あわよくばその友人を利用して、嬢ちゃんをどうにかしようという意志さえ感じる」
一つ一つ。整理するように騎士団長君は語って見せる。
見かけは筋肉だるまのようだけれども、そこは一国の実質軍事トップ。そういう策謀に関してのあれやこれやは慣れたものなのだろう。
その内容について、僕からは異論はない。正直想像はしていたしね。
再度話を始める前に、一度騎士団長君は、帽子男を一瞥。そして再度僕を見て口を開いた。
「ゼブラルは王族に忠誠心の薄いことから、唯一といっていいあちらの情報源だ。
この状況で、嬢ちゃんは王族の動向、狙いを把握しておくのはもう必須条件だと思っておいた方がいい。後手に回ったら向こうの思うままだぜ。
そして、他だと命を天秤にしても口を割らんだろうが、こいつは対価さえあれば口を開く」
そこまで言って、帽子男にもう一度目を向け、今度は外さない。
――異論はあるか?
ということだろう。
「………はぁ」
ずっとそうしているけど、さらに面倒そうに頭を軽く振り、顔も出さずにすごいことだけど、明らかにウンザリしているといわんばかりに、言葉をつなげる。
「別に王族に義理はないのは確かだけど、普通にこのことも王族側には話すけど?
一応ここで生活してるんだから、最低仕事はするでしょ。大人なんだし」
、そう堂々とチクりを宣言した。
その時は僕も遠慮なく君を殺すけどね。
「勇者と騎士長の前で随分
――お前には目的があるんだろう? こんな下らん理由でリタイアするのか?」
その――騎士団長君の声に、一瞬時間が固まったようにピクリともしなくなった帽子男は、直ぐ強烈な殺意と共に起動した。
「ワイズ。
殺すぞ。
誰に断ってそれを口にしてる」
その手にはいつのまにか短剣が握られ、そして騎士団長に向け――
「『騎士王『ザラ・アクスベル』様に用事なら、この国じゃ勇者様が一番詳しい』んだぜ?」
ピタ。と綺麗に止まった。
それにしても、嫌な名前が飛び出した。
騎士王。「騎士の国」の王。少し前なら、人類最強はその男の代名詞で、噂では「ハーレム」というのを作っているとまことしやかに囁かれているその男。
そいつのことを、たしかに僕は知っていた。
知ってはいるけど、語るのは憚られる。
だって――
「気持ちの悪いことを言わないでくれるかな。
僕はあんなロリコンに詳しくないよ」
――当時12歳の僕に手を出そうとした男だからね。
大体。
「君は騎士でしょ?
だったら、君の方があの
この世界のすべての騎士は、結局かの「騎士の国」の王、騎士王に所属していることになる。この国の騎士団だって、「騎士の国」から借り受けているというだけに過ぎない。
「いや。一国の騎士団に『左遷』されているような俺よりは、騎士王様お気に入りの嬢ちゃんの方が間違いなく近いだろうし、コンタクトもたやすくとれるはずだ」
えー。
まだあのロリコン僕を狙ってるの?しつこいなぁ。やっぱり前の時に殺しておくべきだったかな。
【システムメッセージ:サクラさん。あまり女の子が殺人を簡単に口にしてはいけませんよ】
…。
ち。
面倒なのが出てきた。
「? どうした嬢ちゃん」
騎士王のことで僕が不機嫌になるのは織り込み済みだったのだろうけど、「苛立ち」の正体まではつかめなかったのだろう。騎士団長君が戸惑い始める。
いけない。反応しては、いけない。
「ううん。別に。
――ただ、そういう話をするってことは、帽子男君は騎士王に用事なんだね」
「…」
…もう話しかけてこないな。気まぐれだったか。
一瞬だけ「女神」のことを考え、直ぐ現実に思考を戻す。
帽子男は否定も肯定もしないけど、この場合は肯定だろう。
黙り続ける帽子男の代わりに、騎士団長君が言葉をつなげる。
「俺もこいつが騎士王様にどんな用事があるかは知らん。
まぁ、恨み辛みだろうなとあたりは付けているが、間違いないのは、こいつの中では「それ」が最優先事項だってことだ」
そして帽子男はそれにも無言の肯定。
どうやら--交渉材料としては不足はないらしい。
あとは僕が答えるかどうかだ。
………本来であれば、検討の余地もなく却下だ。あのロリコンにはここの王族以上に二度と会いたくない。
だけど、これ以上マリアさんの所在さえつかめないのはそろそろまずい。
病気やけがをしている場合、手の施しようがあっても、間に合わなくなる時間――およそ3日くらいと最初からあたりをつけていた日数。
――今日で捜索3日目。
「………悪いけど、僕はあのロリコンに二度と関りたくないんだ」
「嬢ちゃん…」
だから。
「下手な情報だけだったら、約束はできないよ」
そうして、僕と帽子男の契約は成された。
ひとまず彼の出した情報が、及第点には至ったからだ。
――曰く
「お前の友人は、テドル家の次男坊に執拗に付き纏われていた。
そいつに王族が何か入れ知恵をして、しばらくして――マリアという女は消息を絶った」
次に目指す先が決まった僕は、自分の宿に戻った。
――そこにソウ君がいないことを僕が知るまで、あと5分。
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