01章:Tania Side[001]

[Tania Side-001]


 はっと。

 気付くと――どこか見覚えのある寝室のベッドの上。

 上半身だけをゆっくり起こして回りを見渡す限り、小さな窓と外に繋がる木製の簡易なドア、そして同じく木製の簡易な机が一つと、自分が横たわっていたベッドが一つの簡素な部屋。そこになぜかわたしは寝かされていました。

 何が起こってこうなったか、全く頭が追いつきません。


 混乱する頭でさらにきょろきょろしていると、腕には見覚えのないガーゼが当てられ、清潔そうな包帯で綺麗に巻かれているのを見つけました。

 うむぅ。そこはかとなく丁重に扱われているようなので、ひとまず危機的状況でないことは理解できるのですが…


 いいえ、弱気はわたしの悪い癖です。


 よしっ。

 何事も困ったら一つずつ解決していくものです。

 洗濯物だって、いくら多くてもまずは足元のものから始めるしかないんだよ、とお母さんが言っていました。

 そうですね。手始めに。

 まずは、自分を確認するところから始めるです。(だいぶ手前から)


 おはようございます。

 わたしの名前はタニアといいます。

 苗字は持たない庶民の出です。

 子供っぽい見た目のせいで、そう見られませんが、もう15歳なんです。ほんとです。


 確かわたしは、神官になるために必要な薬草Lv5を採取しに行って、そこで――

 そうです。そこで故在ゆえあって毒を受けてしまい、倒れていたところを少し不愛想気味なお兄さんに助けてもらったはずです。

 というか、よく思い起こしてみれば、割とカッコ良さ気なお兄さんだった気がするです。


 ああ!

 わたし今更気付いたですが、先ほどしたような自己紹介もあの人にしてません! その上相手のお名前さえ聞いていない大失態。

 これではお礼をすることもできません…

 …。

 とはいえ、あの人にはとても恥ずかしいカミングアウトをしてしまった気もするので、顔を合わせるのはもう少し時間を置いた方がいいかもですが…


 ズカズカズカズカっ

「?」


 そこまで気を失う前の記憶を辿っていたところで、何やら外が騒がしくなったなぁと――思った瞬間、突然寝室の扉が開きました。

 そこで気付きましたが、ここギルドの医療室です。なぜか私はお世話になることが多いのです。


「タニア!」


 扉を開いて飛び込むように入ってきた、オレンジ色の髪をした気の強そうな長身の女性――私のパーティメンバーであるデシレアさんがそう叫ぶなり、上半身を起こしていた私に抱き着いてきます。

「――ッ。デ、デシレアさん!?」

「ばかっ! 何でこんな無茶をした!」

 すぐ抱き着いていた体を離し、デシレアさんは次にはもう怒った顔で私を叱りつけました。

 それに反射的にびくっとなるですが、怒られる理由には思い当たりがあるので、すぐ申し訳ない気持ちになります。

「本当にバカ! 馬鹿だ馬鹿だと思ってたけどここまで馬鹿だったとは! お母さんのお腹ん中に賢さ置いてきたに違いないよあんたは!」

 でもちょっと言いすぎです!


「ちょっとデシ姉は落ち着きなって」

 そんな落ち着いた、でもどこか間延びした声はデシレアさんの後ろから。

 薄いエメラルドグリーンの髪をした少し眠そうな顔の女性、彼女もわたしのパーティメンバーで「ニーア」さんと言います。

 その傍らには、心配そうな顔をした、桃色の綺麗な髪のおっとりお姉さん――同じくパーティメンバー、レイアさんがいます。

 どうやらみなさんわたしを心配して駆けつけてくれたようです。

 本当に申し訳ない気持ちです…私はそんなみなさんの心配を無視してあんな無茶を…

「タニア」

 デシレアさんを宥めていたニーアさんが、改めてわたしに、若干厳しめに細められた目を向け、声をかけてきます。

「まさかとは思うけども…神官になるための『薬草Lv5』を取りに行った、とかいわないよねぇ~?」

「う」

 飄々とした口調で聞いてきてはいるですが、超怒っていることは、そしてほぼ確信しつつ聞いてきていることは、2年も一緒にパーティを組んでいる間柄です。わかりたくなかったですが、わかります。


「ち、ち、ち、ちがう、ですよ?」

 それでも一欠けら程の希望を胸に、せめてもの抵抗を試みるです。ですが――

「タニア。」

 さっきと同じ言葉なのに、全く別人の声です。

「パーティーメンバーのよしみで、めったに人に本気アドバイスをすることないうちからの一言を、有難く頂戴しとき」

 あ、ニーアさんの口調が西方のなまりに。怒りゲージがMAXに達したようです。取り急ぎ土下座の準備が急がれますよ。


「すぐばれる嘘は、国法で死刑や」

「まじですっ!?」


 いつの間にそんな法案が…わたし親不孝ものの娘になり下がるですか…?

 いや、まってください、それこそ嘘です! どうするんですか、言い出しっぺが死刑に処されちゃいますよニーアさん!

 そんな私のカウンターに、ニーアさんはすぐ真顔を崩し、ニマニマとしたいつもの表情に戻しました。

「何驚いてるのかな~? 嘘じゃないなら、驚く必要を感じないけどなぁ~?」

 はっ。

 しまりました。(しまったの意)

 とんだ軍師の罠です。


 そんなわたし達のやり取りに、

「はぁ。ニーアちゃんも遊ばないのー

 タニアちゃんも、そんな見え透いたひっかけに戦慄しないでねぇ?」

 そう、ため息を付きながら、こちらに歩み寄るレイアさんは、自然な手つきでわたしの頭をなで始めました。

「もう、無茶をして…

 どうせ早くお金を稼がなきゃって焦っちゃったんでしょー?」

 それには全く言い訳の言葉もないですが、それより先ほどのニーアさんの言葉巧みな戦略が見え透いていたというのは本当でしょうか? 世紀の大軍師爆誕かと思いましたが。


 しかし。皆さんの反応を見る限り、策士策に溺れる前にすでにご存じだった様子。なぜバレたのでしょう。

「すいません…

 でも、あの、タニアの言葉にどこかおかしな点があったですか?」

 あ、また自分のこと「タニア」って呼んでしまいました。

 小さい子供の様なので、一刻も早く直したいですが…

「…おかしなって言われちゃうと、ねぇ」

 別の理由で落ち込み始めているわたしを他所に、レイアさんは「逆におかしくなかったところを言ってみろ」とでも言うような顔をしています。おかしいですね。優しいレイアさんがそんなことを言うはずないですのに。

「逆におかしくなかったところ言ってみればー?」

「…ニーアさん。嫌いです」

 そんな迫力満点のふくれっ面で睨むわたしをみて、さらに爆笑を始めるニーアさんは、きっと心が病気で可哀想なことになっているとかでしょう。災いあれ。


 ひとしきり笑って気が済んだのか、ニーアさんは「まぁ嫌われすぎるのもなんだし」と声を整えてから、腰元にぶら下げていた革袋をごそごそとし始めました

「まぁ、元々タニアがここ最近よく迷子になってたのが、きっと薬草Lv5を探しに行ってるんだろうなぁとは当たりはつけてたんだけどねー?」

 と、探す手つきは止めずに、まず「元々バレていた」ことを明かされます。

 そうでしたか…完璧な隠ぺい工作(外出の理由を聞かれたら「お花摘みに」と答えていたことを指す)でしたのに…わがパーティメンバーながら、恐ろしい才覚と冴えた洞察力です。敵じゃなくてよかったです。

 あと、ここまでくれば、ニーアさんが探しているものが、どうやら先ほどのわたしの質問に対する、本当の答えに繋がるものなのだというのは、わたしでもわかります。

「その上、物的証拠まで揃ったら、疑う余地なくなーい?」

 そう言って、ニーアさんが革袋から「あるもの」を取り出しました。

 それは――


==


 そもそも、わたし達パーティは切羽詰まるほど貧困なわけではないです。

 パーティを結成して2年半というところですが、同じ年代の冒険者パーティと比べれば、どちらかというと恵まれている方だと思います。

 少なくとも明日を憂いて毒草を食べなければならない程ではないです。

 それは――簡単な話をすれば、買い物をするためです。


 わたし達パーティの最大の目的である、「あるもの」を買うため。


 そのためにわたし達はパーティを結成し、日々生活するだけなら必要ない金額まで稼ぐことを、日々自分たちに課しているのです。


 「神官」になることもその一つです。

 冒険者の中で一番多いジョブは? と聞かれれば、それは戦闘職だと思います。

 一番数が必要で、常に不足さえしているジョブ。でも、彼らは数が多い分支払われる報酬も普通です。

 「稀少度」がないためです。

 依頼主さんは、熟してくれる相手が多ければ多いほど「誰かが請け負うだろう」という安心感をもとに、依頼料を減らしてきます。そして、それは多くの場合正しい選択です。

 逆に、依頼した内容を熟せる相手が極端に少なければ?

 そうすれば、安心感が途端になくなり、依頼料をあげて請けてもらうための努力を始めます。そして、それも多くの場合正しい選択なのです。

 そして、その「極端に少ない」ジョブこそが、「白魔法系」のジョブなのです。

 ただ、「魔法使い」として「白魔法」を使う方はたくさんいらっしゃいます。

 「稀少度」が極端に高まるのが、「神官」という「白魔法系」の派生ジョブなのです。

 理由は歴史的背景もあり、一言では言えませんが、「神官」ジョブになると、「教会」という組織に所属することができるようになります。

 「教会」とは「女神」を崇めるこの世界最大の宗教であり、法人でもあります。

 その「教会」はとてもお金持ちな組織でもあり、ずばり言っちゃいますと組織に入ると「贅沢」な生活ができるようになると言います。

 そのため、強制ではないにもかかわらず、「神官」ジョブになった皆さんは、冒険者をやめ、「教会」に所属する人が後を絶ちません。

 そして、「教会」に入った「神官」は冒険者のような危ない仕事はしません。

 祈りに来た教徒の方に説教したり、祈ったり、たまにけがを治したりするだけで「贅沢」ができるのです。するはずがありません。

 そうすると困るのが、冒険者ギルドや冒険者に依頼をする人たちです。

 世の中には「神官」にしか熟せない事象があります。

 「悪霊レイス退治」がその最たるもの。

 この悪霊には物理攻撃や普通の魔法は効果ありません。

 神官が作る聖水や、白魔法の攻撃魔法で消し去ることができるのです。

 でも、神官は教会がほぼ独占しています。自然皆さんは教会に悪霊退治を頼みます。

 教会も、別に悪霊退治をやらないわけではないのです。ただ絶対一般人には払えない高額なお布施を出さなければ請け負ってくれないだけで。

 そのため、国が定期的に主要な場所での悪霊退治を教会に依頼している、というのが実情。

 個人的な悪霊退治は、ほぼ不可能なのです。

 

 話の途中で「教会」に入ると「贅沢」ができるという話をして、私が神官になるのが「教会」に入るためと思われたですか?

 それは違うのです。

 わたし達が欲しい金額は「それでも」足りないのです。

 そこで、話を戻してもう一度出てくるのが、「稀少性」の話。


 「神官」が「安全」に儲けるなら「教会」に入る一択です。

 でも、もっと儲けたい人は如何すればいいか?

 「教会」が求める国家予算並みの報酬は払えないが、家を一軒買う程度の金額なら、と金銭感覚がマヒした方々が、救いを求める先――すなわち「冒険者」の「神官」になればいいのです。


 そして、それが神官を目指すわたしの理由でもあります。


==


 なんですか? それは毒草を食べなければならない理由になるか? ですか?

 なりませんよ。食べたくなんかないです毒草なんて。何言ってるですか。(逆切れ)

 でも必要なら、仕方ありません。

 それに、毒草なんてめったに当たるものでもないです。今朝のおみくじ(ニーア作)は大吉だったですし。


 ――そのはずがあの有様というわけで、とっても恥ずかしい限りです。


 あの不愛想なお兄さんに助けてもらわなければ、間違いなく「死んでいた」と思います。

 そう言えば、あの時のお兄さんは、なんだか新鮮な感じがしましたね。

 ――わたしを「変な」目で見てきたり、「気持ち悪いくらい」優しくしてきたりはしない人でした。


 わたしは、あまり自分では理解できていませんが、どうも男の人から見ると「魅力的」に見えるそうです。

 おかしいと思います。だって、レイアさんやデシレアさんや、この際ニーアさんも入れてあげますが、彼女たちの方が、大人っぽい色気を持ってらっしゃるです。

 背もスラっと長くてとても細いのに、胸も皆さん……んんっ、んんっ。

 ともかく、女性として若干幼さの残るわたしを選ぶのはなんだか納得がいきません。

 だとすれば、私が目指している女性像って何なんでしょうか? 別に男性にもてたくて目指しているわけではないですが、意中の男性に巡り合えた時に、もし「昔のお前がよかった」とか言われたら、そいつグーで殴るです。

 あの男性の反応は、そんな私に一筋の希望を与えてくれた気がします。


 あの時目覚めた時だって、気を失っていた間に近くに男性がいたというのは、毒草を食べて気を失うに等しい絶望感を感じました。

 今までも別に「変な」ことをされたことはありませんが、男性が最終的に「そういうこと」を求めていることは知識として知っていましたし、おねぇ様方に口酸っぱく注意されていました。

 それに、「あの男」は露骨に「そういうこと」を求めて来ていました。皆がそうとは思っていませんが、わたしにとって、男性はやっぱり怖いものでしかないです。


 なので、とうとう自分にもそんな悲劇が訪れてしまったと、戦々恐々して、つい助けてくれたのであろう相手かも確認せず、「誰ですっ!?名を名乗りなさい!」と鋭く言葉を突き付け、相手が震えあがるほどのにらみを利かせてしまいました。

 ――別に震えてはなかったですが。

 何だったらちょっと「ほっこり」していた様子が、イラっとしました。

 まぁ、名を名乗るのはお前の方だといわれれば、返す言葉もないです。あと、多分「名を名乗れ」のくだりはなかった気がするです。


 その方は、そんなこちらの失礼な態度に、特に気を悪くしたわけでもなく、淡々と回復薬を差し出してくれました。

 乱暴されると思っていた相手に、回復薬を施されるパターンを想定しておらず、一瞬思考が停止してしまいましたが、直ぐに、またよくない思考をしてしまいます。

(…これをくれる代わりに、私の体を差し出せということでしょうか?)

 今思いなおすと酷い思考ですが、わたしにとって男性はそういう存在なんです。

 …でもやっぱり、そもそも自分が助かっている時点で、直ぐ助けてもらっていることに気付くべきだった、とは思うです。

 そんな私の明後日の方向の警戒から発動した「何も返せないです」という言葉に、あの人が呆れたように返してくれた言葉が、今でも忘れられません。


「そんなことは、生き残ってから考えればいい話です」


 あの人は知るはずもないですが、それはわたしが母と別れ際に言われた言葉と同じものでした。


 少し涙ぐみそうになったわたしに、その後投げかけた言葉は割と最低でしたけども。


 でも、この人は、どうやらわたしをあまり異性として意識する気はないようです。

 対応が完全に妹に対してのそれですし。

 もう成人した一女性としては、それはそれで釈然としない思いはありますが、あのちょっと気持ち悪い自称わたしのファンクラブという変なオジサンたちと違って、普通に会話できることは、わたしにとってとても新鮮な感覚です。


 単純なもので、その言葉を皮切りに、わたしはその男性――お兄さんに少しだけ信頼を置くようになってました。少しだけです。好意とかではないです。私は男の人を好きになったことはないですし、これからもないと思うです。

 そして遅まきながら、この人が自分を助けてくれたのだと気付き、お礼と、そして失礼な態度をとっていたことを謝罪したのです。

 でも、自分が相手に敬意を持つと同時に、相手にはもう嫌われたのだろうなと、少し残念な気持ちになっていたので、お兄さんのため息一つにもびくりと反応してしまいます。

 そんな状態だったので、つい。つい――毒草を食べるに至った経緯を話してしまいました。

 まぁ、言われるかもしれないと覚悟はしましたが、思いのほかストレートに「馬鹿でしょう」といわれてしまいました。

 まじな顔でした。あれは本気でバカだと思っている顔ですよ。

 災いあれ。


 そんなこともあり、とてもへこんでいたわたしですが、その後の光景を見て、そんな気分は吹っ飛んでしまいます。


 ――ぱあぁっ

 そう突然薬草が光り出したかと思えば、次の瞬間にはその光は集約し、お兄さんの持つ巾着に吸い込まれ。


 ――ぱしゅぅっ

 次はその巾着から光が排出するように飛び出し、その先には薬草のこぶが現れます。


 これは、魔法――でしょうか。でもこんなの見たことがありません。


 あの巾着自体は、アイテムボックスのようですが、でも以前お見かけしたことがあるそれは、普通に手で出し入れしていたような気がするです。

 ――こんな手品みたいな、きれいな魔法があるのですね…

 それからも薬草を収納しては、こぶを掃き出し、収納しては掃き出しを繰り返すその光景をいつの間にか私は、食い入るように見つめていました。


 なんなんでしょうこれ。

 でも。

 けれど。

 これはとにかくとても奇麗で、そして――とっても面白い魔法です!

 まるで絵本の中の魔法使いのおばあちゃんが使うような、不可思議な現象じゃないですか。

 気付けばそれを繰り返すお兄さんに、夢中で拍手を送り続け、次は?次は?と期待を込めて熱い視線を込めて眺めている自分がいました。

 回を追うごとに、だんだん恥ずかしそうになっていたお兄さんがちょっとかわいかったです。



 そして、一連のパフォーマンスも終わりを告げ、言い知れない寂寥感を感じていると、唐突に唸り声と共に魔物が――「クラウドマッシュルーム」が現れたのです。


 あの魔物は危険です。

 「眠り胞子」と呼ばれるスキルでこちらを眠らせてしまうんです。

 本来、この魔物に出会ったら、全員息を止めて戦闘職のジョブの方にさっさと倒してもらうのがセオリーですが、今ここに戦闘職はいないです。たぶん、このお兄さんはこの見た目だと大方「収集専門」の冒険者でしょう。

 この場に戦闘職がいない、しかもそのうちの一人、そう、私はまだ立ち上がれない足手まとい付きです。


 ――こういう時のセオリーもわたしは理解しているです。

 「一人が囮になり、もう一人がそのすきに逃げる」です。

 それの囮が今回の場合「誰」で逃げるべきは「誰」か。言うまでもないことでした。

 私は念のため、「クラウドマッシュルーム」の特性を「声に出して」説明し、あえて眠りにつくことで、お兄さんの逃げることへの迷いを断ち切ることにしました。

 その時は、パーティメンバーのみんなや、お母さんに心の内で謝ることができたので、毒草で訳も分からないまま死ぬよりましだよね――と自分を慰めていましたが。


==


 そうして結局。

 今のベッドの上のわたしにつながる、というわけですが。


 改めて、状況を理解する。

 どうやらまた助けられていたようです。一度ならず二度までも。

 間違いなく今回もお兄さんの手によるものでしょう。

 再度気を失った少女を助けるため、おそらく非戦闘職であるお兄さんが、わたしを連れてあの場を脱し、そのままギルドまで連れて行ってもらい、手当の依頼までしてもらった。


 顔から火が出るほど恥ずかしく、顔を上げられないほど情けない思いです。

 それは、わたしは自分だけならまだしも、そんな親切なお兄さんを巻き込み、命を落としていた可能性に考えが至ったからです。

 お兄さんは、けがをしていないでしょうか?

 無事でいらっしゃるのでしょうか?

 

 そんな、心配を心に落とす傍ら、わたしは性懲りもなく、また別の昏い思いにとらわれます。

 ――あのお兄さんは、わたしを少なくとも恋愛対象と思っていないと思います。

 だとしたら、お兄さんはどうしてわたしを助けてくれるですか?

 ――本当に優しい男の人?

 そんな人…いるはずないのに…


 ――そう思ってここまで生きてきたのに。



 そんな私に、ニーアさんが腰の革袋から差し出したものをみて、私は、自分の頭にハンマーが叩き落される音を、確かに聞いたのです。


 ――「鑑定済み」の「薬草」の束。合わせて「5本」。

 

 其れの意味するところは、いくら「馬鹿」な私でも、想像つくです。


「おめでと、タニア。

 「薬草Lv5」お望み通りの5個みたいだよー?」


 確かに、薬草一つ一つに「Lv5」の鑑定書付きのタグが付いています。


「なんか、タニアを運んできた男の子が、「タニアの所有物だから」って渡す様にギルド局員が言われたらしい、よ?」


 …確かに。

 お兄さんは周りの薬草群を不思議な魔法で次々回収していました。

 あの時は、すごいなぁ、私もこんなことができれば、神官なんてすぐなれるのに。

 なんて暢気に思ってたですから。

 きっとお兄さんなら可能なのでしょう。


 私は今、どんな顔をしているのでしょう。

 一度ならず、二度までも死を覚悟した後に、気が付けば手の中には「わたし達の希望の塊」。


 お兄さんは、軽い気持ちでこれを私に預けたのかもしれませんが。

 ちょっと困っている女の子を助けたくらいの気持ちで、もう寝たら忘れるくらいかもしれませんが。

 「これ」は、「わたし達数百人」を救う手立てなのです。

 もちろんそれをうまく活用して、この後血の滲むような努力と運がなければ、結果には結びつかないです。

 ですが。

 今、その救うまでの道筋が、奇跡を想うような細長い道がまたつながったのです。


 だから。


 こんなことをしでかして「黙っていなくなる」なんて許されないです。


 今どこにいるのか、名前も知らないお兄さん。

 でも、局員さんはたぶん名前を聞いたはずです。後で必ず聞くことにしましょう。

 そして絶対に恩を返すです。何をしたらお礼になるのかわかりませんが、絶対に返すです。

 そう決めたのです。


「タニア」

 少し長く黙り込んでいたのを心配させたでしょうか。

 優しい声色で声をかけてくれるデシレアさんに、わたしは顔をむけて。


 ――めちゃくちゃニヤニヤしたその顔と鉢合わせたです。


「え………な、なんです…?」

 戸惑う私は、少し濡れていることに気付いた目じりを軽く拭い――しまりました、泣いてる顔を見られました。これを笑われているのです。

 というか、このいい話の流れで泣いているのをそんな顔で揶揄からかうなんてひどくないです? そんな思いを込めて睨み返そうと、

「いやぁ………タニアが青春してるなぁと思って」

 返そうと。


「へ?」


 青春?

 何の話です? 涙の味はレモンティー的な奴ですか? デシレアさん発想がおば…ゴホン、なんでもないです。

「その様子じゃあ、気付いてないようだけど」

 そういって化粧用の手鏡をこちらに向けてくるです。

 そこには。


 ――顔を真っ赤にして、陶酔した目で見つめている女の子が写っていました。


 ………。

「へやっ!?」

 誰ですこの恋する乙女は!?


 一瞬で冷や水をかけられたように正気に戻った私は、そして正確にデシレアさんの「ニヤニヤ」の正体を知るのです。

「ち、違うですっ!」

 即座に説明が必要な案件です!

「タニアは別にお兄さんが好きとかそういうのではなくてっ、お、お礼を! お礼をしなくちゃって! そ、尊敬! そう、尊敬いたしておりますのです!」

 あれ、何言ってるかわからなくなりましたですよ?

 でも、そうなんですよ? 恋なはずないのです。わたしはそもそも恋の仕方もわかりませんし、できる訳ないです。

 これは、感謝の意味以上のものではなくてですね――

 

「あ、そうだ、タニア」

 まだおかしそうに笑っている、でもどこかほっとした顔のデシレアさんが、思い出したようにこちらの言葉を無視して言います。

「う、うぇ、なんです?」

「あのさ」

 そして一転。なにやら、言いづらそうにして、躊躇いつつも、結局彼女は口を開いて、こういいました。


「いや、あんたまだ、「Lv18」だからな?

 神官になるためにゃあ、もうLvを2つあげるの、あと半年くらいかかると思うぞ?」


 …


「え?」

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