01章-011:困っている人を助けてみよう
[11]
嫌な予感がします。
この倒れている女の子。もちろん初めて見る方ですし、特に危険も感じられない、むしろ可愛らしい容姿をされていますが。
その姿が、何か私の警戒心を呼び起こすのです。
この状況は、よくないのではないか――と。
ヒントは今までの流れの中にあったはずです。
「UQ」。「異世界」。「勇者」、「王都」、「変態」…「タニア何某集団」…「語るに落ちる」…「ちょっと何言ってるかわからない」…エトセトラ、エトセトラ。
もうここまでくれば、正解を手中に入れたも同然でしょう。
とはいえ、人は間違う生き物。安易な答えに人間はいとも簡単に食いつき、日々後悔する生き物です。臆病は悪ではないと、それは時代が証明しました。であれば私はそれに倣い、しかし先達の賢人に並ぶようにとは烏滸がましく、言葉にもできず。
私は代わりにこういうのです。
この子絶対「タニア」さんでしょう。
知ってるんですから。そういうやつ。
【システムメッセージ:…流石にこの状況だけで断定は難しいのでは?】
――じゃあ違うんです?
【システムメッセージ:お見事ですが】
――お見事なのかよ。
単に、そういう可能性を秘めているというだけでも、関わり方に気を付けた方がいいくらいの気持ちでしたが、システムメッセージさんがあっさり暴露されました。
フラグ回収が神速すぎますよ。
さすがに今の時点で「遭遇回避リスト」に名前を連ねるのはかわいそうですが、どちらかというとこの方の周りが問題なんですよね。
絶対「タニア何某集団」――というかギルドマスターに目を付けられるでしょう。
ラブコメよろしく「なんであいつばっかりー」みたいな展開は、命の値段がお財布に優しすぎるこの世界では、致命的な問題になりかねません。
でも確かに、ファンクラブができてしまっても不思議ではないくらいには、この子の顔立ちはかなり可愛いものだというのは理解できます。誤解がないようにしておきたいのですが、そういう出会いについて、必ずしも望ましくないわけではないのです。ただ、この世界に来てから出会う女性の方の大半が、何かしらの曰くがついているというだけなんです。
よく見れば、この子、ファンタジーでしか許されない青髪キャラだったんですね。だいぶ色素薄めですが。サン〇オ並みのほんのり色調。
メイドさんのカチューシャのような髪飾りが、印象を先行させているのか、ふっくらしたその丸い顔立ちは目を閉じたままでも、とても優し気に見えます。
顔立ちだけ見ていると12歳前後に見えますが、着ている服が、大人仕様の清潔なドレスの上に、革製の胸当てをして、きっちり身を守る装備で固めているいることから、少なくとも子供だけで訪れてはいけない、町の外に出ることを許されるくらいの年ではあるようです。
どんな分類かはご想像にお任せしますが、何となく親近感を感じますね。
よく見ると、腰まで伸びる一房の髪が後ろで布製の筒の髪飾りで束ねられている。割と長い髪をお持ちのようですね。もちろんそこもほんのり色素の青色で、顔も気のせいか、ほんのり青色のように見えます。
――顔色がほんのり青色?
ばっ!
暢気な思考を即座に切り替え、彼女の顔を見るため、地に伏せるような格好になります。
…血色は、やっぱり気のせいではなく、悪いですね…
「失礼…」
聞こえていないとは知りつつ、無意識で断ると、耳を彼女の口元に持っていきます。
――ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ぅぅぅぅ…
呼吸は、しています。
でもかなり荒く、小刻みに息を刻んだかと思えば、長くは続かず呻きを発し、また小刻みに――を繰り返している。
――システムメッセージさん?
【システムメッセージ:はい。その方の状況の確認でしょうか?】
――そうね。出来る?
【システムメッセージ:ステータスを共有するには、彼女を『パーティ』に誘う必要があります】
…そうきたか。
改めて、彼女に向き合うと、荒い呼吸を繰り返し、辛そうではありますが、よく見ると薄眼でこちらを確認する意思のようなものを感じます。
近くに人の気配を感じて、数舜意識を回復させたのかもしれません。
「…すいません。あなたを助けるのに、あなたに一時的に私のパーティに入ってもらう必要があります。問題なければ目だけでもいいので頷いてください」
『パーティ』
本来、プレイヤー同士が、メンバー間の連携を効率化することを目的として結成する集団のこと。『パーティ』を結成したメンバー間では、メッセージのやり取りや、アイテムの簡易譲渡、連携技の発動――そして「ステータスの共有」を行えるようになる。
結成方法は、リーダーとなる人物が、パーティを誘う人に参加要請のメッセージを出すか、逆にパーティに参加したい人が、パーティのリーダーに参加申請のメッセージを出し、それぞれが許諾すれば、即パーティは結成される。
ゲームキャラクターに対してもできるとは知りませんでしたが、おそらく許可の意思は必要なはず。どうか意識を失う前に、一度頷いていただきたいのですが…
【システムメッセージ:冒険者「タニア」から、参加要請の許諾を受け取りました。パーティを結成します】
そのメッセージが目の前を流れると同時、再びタニアさんの体から力が抜け、脱力状態になりました。どうやら間一髪だったようですね。
【システムメッセージ:これで「タニア」のステータスを確認することができるようになりました】
ちょっと急ぎましょうか。
――ステータスOPEN。
『
ギルド登録者名:タニア
種族:人間
性別:女
ジョブ:魔法使い(白)
ジョブレベル:18
賞罰:なし
HP:15/95
MP:0/120
SP:30/50
』
表示される、彼女のプライバシーともいえる情報。
緊急事態ということで、許してほしいです。
あと、最後に。
『
状態:毒
』
――ですよね。
変わらず荒い呼吸を繰り返す可憐な少女。
その周りは巨大過ぎる薬草と、それに似た毒草が生い茂る。
そして、握りしめ、頑なに開けようとしない彼女の手には、何やら緑っぽいものが一つ。
これって、間違いなく…
【システムメッセージ:薬草と間違え、毒草を口にしてしまったのだと推測します】
何してんのこの子。
この状況が、お腹空いててつい食べちゃった、というものではないことくらいは、いくら何でもわかります。
流石にこの巨大植物を、空腹を理由に食する豪胆な子には見えません。
よく見ると、彼女の周りには数十枚にも上る葉が、すでに瘤を取られ、倒れているのが見えます。
この葉の倒し方を知っているということは、この葉が何なのかある程度精通していなければ辻褄が合わない。
結論:毒草かもしれないと知りつつも食べて、なおかつ毒に当たって倒れている。
…もしかして可哀そう(残念)な子なのかもしれない。
沈痛な表情で彼女の顔を見下ろしますが、先ほど見たステータスを見る限り、おそらくあまり余裕はありません。
ジョブが『魔法使い(白)』ということは、神官系、回復魔法のエキスパートでしょう。
戦闘システムにかかわる事なら、それなりに覚えています。『白魔法使いレベル15』なら中程度の回復魔法と、『解毒魔法』を覚えているはずです。
なぜ使わなかったのかと突っ込むなかれ。きっと『使ったん』です。
おそらく、毒草を食べては、毒を喰らい、解毒魔法で直してはまた毒を喰らう。を繰り返したのでしょう。
先ほど見た『MP:0』がすべてを物語っています。最後あたりはもしかすると、解毒魔法が使えなくなって、減っていくHPを可能な限り回復魔法で回復し続けて、なのかもしれませんが。どっちでもいいでしょう。正気の沙汰ではないということは変わりません。
そんな壮絶なことをやり続け、最終的に気を失ったかと思うと、ちょっと助けるのにためらいが生じます。
まぁ。そんなわけにはいきませんけども。
――アイテムボックスOEPN
さあて。どうなるか…
『毒』なんて、ステータス異常の代表みたいなものですし、本来このアイテムボックスの仕様からすれば、格納できて当然と思いますが…
懸念。
私が悪戯で施したアイテムボックスの仕様は、あくまで『戦闘スキル』として考案していたものです。
ですから、基本的に格納対象は『戦闘時のステータス異常』であって『馬鹿な子が間違って食べた毒草の毒』まで取り扱ってくれるのかが、かなり微妙。
例で言うと、普通に風邪を引いた人の「病気」ステータスは格納できない。
ただ、そもそも異常ステータスに「病気」なんて表示されないはずです。
ステータスの『状態』。あれはあくまで戦闘用のものを表示するものであり。
あそこに『毒』だと表示された以上は、これは戦闘中に受けた『毒』と認識されているはず…
【格納対象:タニアのステータス異常『毒』】
――格納対象にセット成功!
【システムメッセージ:実行?】
――はい。よろしく。
そんな了承の合図と共に、彼女の体の表面が、光輝き始める。
一瞬後、光が唐草模様の巾着に集約し、辺りは再び月明りとカンテラの光のみが浮かぶ、薄暗い夜に戻った。
唐突に降ってわいた生命維持活動に、知らず流れる嫌な汗を背中に感じながら、彼女の表情を伺います。
それほど回復したようには見えませんが、それは処方直後だからに過ぎない、はず。
兎にも角にも、状況が改善されたのかを確認してみましょう。
――ステータスOPEN。
『
ギルド登録者名:タニア
HP:14/95
MP:0/120
SP:30/50
状態:なし
』
よし。うまく行ったようです。
というか、前回確認してから数分もたってないと思いますが、さらにHPが減っていました。思ったより強烈な毒だったのかもしれません。
これ、完全に危機一髪でしたよ。『タニア何某集団』はどこを探しているのでしょう。
ああ、疲れた。
どしゃ、と思わず腰を落とすと、お尻に冷たい水気を感じる。
あ、そういえばこの薬草。適度に湿った場所が好みって言ってたような…
嫌な予感を顔に貼り付け、少し浮かせたお尻を見れば、見事に泥に近い土が付着しています。
げんなりした気分にはなりますが、もう面倒くさくなり、そのまま再び腰を下ろし、彼女の様子を再び伺う。もちろんステータス確認なんて無粋な真似はしません。
心なしか、顔に赤みが差してきたでしょうか。少なくとももう苦痛にゆがむ顔ではなくなっています。とはいえ、HPは減ったままですし、そもそもここで寝そべったままというのは、いかにも健康によろしくなさそうです。
一応バックパックには回復薬も入れてもらっているので、ひとまずそれを与えておきましょう。
えーと。
おもむろに背中のバックパックをおろし、中身をごそごそ。
これ自分で入れたわけじゃないので、どこに仕舞ってあるのかわからないんですよね。サイズの割にはものが沢山入るのはいいのですが、さらにポケットも多いようで。つまりとても探しにくい。
こういう機能美はやはり元の世界には――
「だ、だれですっ!?」
…。
おっと。
いつの間に目が覚めていたのか。
声のした方を見ると、彼女「タニア」さんが、上半身だけを起こし警戒心溢れる眼差しで、こちらを睨み――睨み…にらみ…
ぷりぷりしていました。
【システムメッセージ:警告します。彼女はあなたに威嚇をしているのであり、愛想を振りまいているのではありません】
知ってます。
でも、あんな和み光線当てられたら、誰でもそう表現せざるを得ないですよ。
まぁ、こんな薄暗い森の中で、突然至近距離に男性がいれば、女性の身からすれば、身の危険を感じてしかるべきでしょう。
おそらく先ほど一瞬覚醒して、パーティ要請を受けたことも、この様子だと覚えていないでしょうし
あ。そうだ、パーティ解除しておきましょう。
【システムメッセージ:その前に、彼女に言葉をかけてあげることが先決ではないでしょうか】
…。気遣いのできるシステムメッセージ。
はいはい。
わかっていますよ。
心配せずとも、ほんの気の迷いです。なんて声をかければいいのかわからなくなったので、ちょっと現実を逃避してみました。
っと。
ありました。
「私が誰かはともかく」
バックパックから回復薬の入った瓶を取り出す。飲用タイプか。
「今は自分の状態をちゃんと確認したほうがいいですよ」
蓋を外し、彼女に差し出しますが、果たして彼女、ものを飲み込む気力ありますかね。
ひとまず声をかけてはみましたが、変わらず唖然とした表情でこちらの様子を伺い続けている模様。私の様子はいいので、自分の様子を確認してほしいのですが。
数秒おいて、やっと何かを差し出されていることに気付いた彼女は、回復薬と私を交互に見比べ始めました。
仕草がどうも、いちいち小動物ですね…。
こちらの意図を測りかねている、といったところでしょうか。
「あ…あの」
やっと口を開いてくれました。
「はい?」
「タニアは、何も、返せないです…」
開いたと思ったら、もう体力がほとんど残ってないのか、プルプルと震える腕を無理やり上げ、こちらの差し出した回復薬を押し返そうとする。
なるほど。対価もなくものを受け取りたくないと。随分潔癖な方なんですね。
気弱な見た目と違って、心根は割と頑固のようだけども。
「何言ってるんですか」
思わず、呆れ果ててため息をついてしまいます。
「……え?」
「そんなことは、生き残ってから考えればいい話です」
半生半死の分際で、何を言っているんでしょう。
「え…っと」
「とりあえず飲みなさい」
ぐいっと。元々力の入っていない彼女の腕をさらに押し返し、彼女の口元に、回復薬を突き付けます。
「それとも、見知らぬ男に飲ませてほしいんですか?」
それは嫌でしょう? と、女性の危機意識に訴えてさっさと自分で飲んでもらおうとしたのですが、言葉のチョイスをどうも間違った様子です。
…あれだけ青白かったのがウソのように、顔を真っ赤にしてしまいました。
あー…これは、また。
【システムメッセージ:全面的にご主人様の責任かと】
ごめんなさい。
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