01章-009:依頼を受けよう

[9]


 その声に振り返ると、そののんびりした声を全く裏切らないのほほんとした垂れ目美人さんがそこにいた。

 入り口から入ってきたばかりらしく、扉に手をかけた格好で佇んでいる。

 彼女は何が面白いのか、そういう顔なのか、口と目を笑みの形で留めたまま、ゆらゆらあたりを見回す。屈強な男ばかりの中で、和装のようなぶかぶかの袖をフリフリ揺らすその姿は、何とも言えない愛嬌と気品が立ち込めます。

 そんななんともゆるい雰囲気は、濃いチョコレート色の木目の床から、何だったらちょっと浮いているくらいの際立ち方をしており、不思議と彼女に荒くれが絡むイメージが思いつかない。


 しかしまぁ、次から次へと、何でしょう…今度はお菓子の国のお姫様ですか…

 とかく甘ったるい。でもおいそれと近寄れないオーラを持ったその彼女は、思わずじっと見てしまっていた私と、自然目が合ってしまいました。

 ――目が合った瞬間、なぜかギクリとしたこの感覚を、しかし私は覚えがあります。

 この世界に来てからしょっちゅう感じるあれです。

 『遭遇を回避したい人リスト』のメンバーのオーラです。

 ――そしてやっぱり回避失敗。

(にっこぉ)

 笑いかけてくるし。

 彼女は美人と称した通り、顔立ちは思いのほかすっと細面で整っており、比較的大きな桃色の瞳に、きらきらと何やら期待を浮かべるその表情は可愛げがあると言えるでしょう。緩い雰囲気を纏っていますが、それに反して女性にしては長身のスラっとしたスタイルをしており、側頭部を覆うような、きれいな髪飾りから伸びている桃色の光沢のある長い髪が、その上背にゆらゆらするたびに絡まる。

 年齢不詳なその佇まいですが、実際のところ、おそらく十代後半くらいか。


 とまぁ。そんな感じで観察はしているものの。

 彼女がにこにこしてくるのに対しては、特に反応せず、面倒に関わらない、関わりたくない精神にのっとり、ひたすら無視を続けます。

 しかし相手も黙って受け入れるつもりはない様子。見られているなんて思っていません。と必死にアピールしていましたが、彼女は次の行動に出るようです。


 手を振ってきました。しかも、何ということでしょう――両手です。


 意味不明な戦慄を感じていると、業を煮やしたか、結局普通に話しかけてきました。

「なんで、無視するのぉ? レイアの事嫌いー?」

 彼女はレイア嬢というようです。

 まぁ――さすがに話しかけられては無視するわけにもいきません。

 観念することにしましょう。


 私は腰掛けていた受付の椅子から立ち上がり、改めて彼女に向き直ると、告げます。

「私は無実です。関係者でもありません」

 某黒霧さん作戦。合言葉は語るに落ちる。

「? なにがぁ?」

 しまった! おもわず前のめり態勢で語るに落ちてしまいました。

 師(黒霧)を超えるというのは、こういう事を言うのでしょうね。


【システムメッセージ:異常ステータス「混乱」を確認しました】


 …。

 意外と突発的にアイテムボックスを使ったことが、心に尾を引いてますね。

 今のメッセージは助言だと思うことにしましょう。システムメッセージにかこつけて悪口を言われたわけでは、無いはずです。


 ここはこのまま誤魔化し切ろう。きっともうひと踏ん張り。


「お気になさらず。ここのギルドマスターはギルド局員の胸の中で生き続けることでしょう」

「…あの、それ割と本気で気になってるんですが、あの人死んじゃったんですか?」

 そう思わずといった感じで割り込んできたのはアイリスさんですが、バカなことを言わないでほしいですね。

 流石に通路の邪魔という理由だけで殺すわけないでしょう。

 とはいえ、あれを私がしたことだと思われては面倒この上なし。適当にごまかします。


「おねぇちゃんは、僕より、あんな変なオジサンのほうが気になるの?」

「ギルドマスター? 誰ですかそれ」

 どうやらうまくいったようだ。

 知らないと言っている割にはギルドマスターって言っちゃっていますけど、私はそういうの気にしないタイプです。語るに落ちてなんていません。


「あー! そうだぁ! タニアちゃんファンクラブ!」

 ちっ、しまった。こっちが気付いたか。

 柏手を打つように胸の前で手を合わせると、またきょろきょろと周りを見渡すレイア嬢。

「ここに集合って言ったのに、どこいったのぉ? 命に代えてもって言ってたくせにー」

 精一杯のぷんぷん顔です。可愛いだけだから、もう少しそのままでお願いします。


 何となくこのままうまく行きそうなことに、一人ホクホク顔でいると、それに対照的な――心配そうな表情を浮かべたアイリスさんが、レイアさんにおずおずと声を掛けました。

「レイアさん…もしかして、まだタニアさん…?」


 ――タニア。

 なんだか聞いたことのある名前ですね。

 てっきり彼らの妄想の産物か何かと思いましたが、どうやら実在する模様。

 しかもアイリスさんの鎮痛な面持ちからして、あまりいい境遇に現在いらっしゃらないと推測します。

 やっぱりあれでしょうか…

 あんな変態集団にファンクラブを名乗られては、怖くて外に出れないとか…?

 割と本気でありそうなエピソードに同情している間にも、彼女らの会話は続く。


「そーよー。あの子、またいなくなっちゃって。

 何かしら。趣味なのかしら迷子」

 迷子でした。

 ――この世界で迷子というのは、割と笑えない気がしますが…


「しかし今回は、少し長いですね…本当に捜索隊を出した方が」

 「また」と言って暗に「いつものことだ」と心配をかけまいとする気遣いの見えるレイアさんに、アイリスさんはそれでも不安が拭えないのか、そう言い募り、ちらりと窓口の一つに視線をやります。おそらく失せ人関係の窓口なのでしょう。


 そして、そんなことは百も承知とため息をつくレイアさん。

 実際同じ懸念は感じていたのか、その言葉には同意しました。 

「そう思って、タニアちゃん命のあの人たちを借り出したんだけどぉ。

 何処で油売ってるのかしらぁ」

 その方たちなら、地下深くで油をお売りになっています。

 そんなことを暢気に考えていた矢先、ギルドの入り口が三度みたび開きました。

 それはもう勢いよく。


「吾輩、ふっかぁぁぁぁぁーーーーーつっ!」


 ドドン。とでも鳴るかのように。

 今回入口に佇んだのは、上半身裸の色黒い筋肉を所狭しと装備した、屈強な壮年の男性。顔にはにやりと笑顔のつもりか、威嚇のような表情を張り付けて。全身が何故か濡れそぼっていますが。


 全員、その登場に反応できず、呆然としていると、かの男性は悠然と受付に歩み寄ってきます。

 一身上の都合により姿をちゃんと見るのは初めてですが、この人がおそらく、ギルドマスターでしょう。

 私の『遭遇を回避したいリスト』は如何どうしても働きたくない様子。


「マスター! …ど、どうやって助かったんですか?」

 だから殺してないというのに。

 心の底から不思議そうに尋ねるアイリスさんに、憮然とした表情を思わず向けますが、当のギルドマスターは何でもないように簡単に説明します。

「下には落ちたがそこは下水だったからのお! そこから普通に這い上がってきたわっ!」

「うわっ!? ほんとだくさっ!?」

 遠慮のない職場ですね。


 そんな職場漫才には気にも留めず、ギルドマスターにふわふわ歩み寄る人物が一人――

「ちょっとギルマスー? 遅いじゃな――ってくさぁ!?」

 ふわふわのオーラ―を一瞬ではぎ取られたかのように顔をしかめ、鼻を抑えて顔をそむけるレイアさんは、こちらも遠慮なく汚物を見る視線をギルドマスターに向ける。

 もうそろそろその辺で。ギルマス泣いてる。

 

 ――ひとまずギルドマスターがシャワーを浴びています。涙が乾くまで少々お待ちください――


「吾輩復活…」

 とてもそうとは思えませんが、ひとまず色々落ち着いたギルドマスターが戻ってきたのを、早速レイアさんが捕まえました。

 改めて詰問を始めるようです。

「でー? 他のメンバーはどうしたのよぉ? 全員連れてくるって聞いてたけども?」

 若干不機嫌な顔の彼女に、ギルドマスターは始まる前から意気消沈していたこともあり、自然後ずさりしますが、それでもギルドマスターのプライドを振り絞ったのか、それに応えます。

「う、うむ。さっきまでそろっていたのだが…なぜか突然床がなくなって全員落ちて…あれ、そういえば床治っとるな」

 直しました。お代は不要です。


「あー…」

 と、なんとなく事情を窺い知るアイリスさんだけでなく、その当時その場にいたギルド局員さんたちが、こちらを眺めてくるのを感じます。

 何が言いたいのでしょう。見ないでいただきたい。

 ――先ほどきちんと「無関係」と宣言したはずですが…おかしいですね…

 黒霧さん、話が違いますよ。


「え、えぇと、何のことです? ギルドマスターは今日は寝ぼけて下水で寝起きしていたんでしょう?」アイリスさんがアグレッシブな説得を始めました。

「滅茶苦茶な話をし始めたぞうちの局員!? そんなわけなかろうがっ!」

 と、もちろん納得しないギルドマスターさんですが、局員全員の「あれはなかったことに」の空気に押され、最終的に「あれ? 我、まさか下水で産声を?」とか行き過ぎた過去をねつ造し始めています。


 それに、元々経緯を知らないレイアさんは取り残される形になり、若干手持無沙汰になったのか、憮然とした顔を彼らに向けていましたが、同じく別の理由で彼らから一定の距離感を保たれて暇な私に気付くと、すすっと近づいてきました。

 美人さんにすり寄られる事に悪い気はしませんが、できれば遠慮して頂きたい。身長差が明確になるでしょうが。

「はろー? ねぇねぇ」

「…なんでしょう」

「あれ、きれいな言葉遣いだねぇ? 『僕』もしかして、貴族の人?」

 僕…

「…いえ…一般人です…」

 やおら俯く私に、何かを勘違いしたのか、ほわほわした笑顔をニヤニヤにシフトした彼女は、さらに続けてきます。

「おやぁ、もしかしてー? きれいなおねぇさんに喋りかけられて緊張してるのかなー? ボクー?」


 いえ。はらわたが煮えくり返りそうになっています。

 くすくす笑うその仕草は、おそらく通常時で見れば可愛いのでしょうが、今の私には挑発の嘲りに等しい所業です。


 でも私はこれしきで激高するような、それこそお子様ではないのです。

 ここは大人になって、冷静に諭すことにしましょう。

「あの…おそらく私とあなたではそう年も変わらないと」

 思いますよ? と続くはずがそこで言葉が止まりました。今日こんなんばっかり。


「――今、何と言いました? ギルドマスター?」


 それほど大音量ではない、けれど、この屋内でそれを聞き漏れたものはいないだろうと思うほどに、妙に耳に通る――アイリスさんの声が響いてきた。

 その声は淡々と、しかし、聞こえた全員が間違いなく確信できたことは――


((((めっちゃ怒ってるやん…))))


 何したのあのギルドマスター。やめてよ。こっちが巻き込まれない距離でやってよ。

 その怒りの対象である、ギルドマスター。いつの間にか、他面々もシャワーから戻ってきたのかホカホカ仕様の「タニア何某集団」に囲まれ、数的には圧倒的優位にもかかわらず、顔を青くしてガクブルしています。


「な、何を、といわれてもだな…」

「私の「ありまキュン」に対して、「ひ弱そうで」「冒険者には向かない」…ですって?」

 お前のじゃねぇよ。

 なんでしょう。話題の中心にいたのは、こともあろうに私だったようです。しかも割と傷つくことを言われていました。


 まぁ、冒険者としては、そこの集団がどちらかと言えば標準な骨格なんだと思いますから、仕方ない話だと思いますが――

 そうは問屋を卸さなかったのが、言わずもがな、王都冒険者ギルド受付代表アイリスさんでした。


「いや、だって、そうじゃん…」

 ギルマス。口調。

「はっ! そのありまキュンに残らずその「ひ弱そうじゃない」連中諸共ぶちのめされてよくそんなことが言えますね?」

 まてよそこの変態。それ無かったことにするって話じゃん。後ぶちのめしてはねぇよ。


 そんな裏切られた(諸説あり)心地の私に気遣うことは勿論なく、彼らの展開はどんどん進んでいきます。

「アイリス貴様ちょっと下品…なに? 我らを? ど、どういうことだ?」

 案の定真相に近づき始めたギルドマスターは、こちらへの視線を、先ほどまでの同情心溢れるものから、疑心にあふれたものに変化させる。


 良くない流れリターン…

 アイリスさんも興奮してか、自分が真相を暴きつつあることに気付いていない、というかもう気にも留めてない様子。彼女に弁解を求めるのは難易度が高そうです。

 では、仕方ありません――もう一かたの方にお願いしましょう。


「? んー? どうしたの僕?」

 ――ひどく心が抵抗しますが、背に腹は代えられません。

「いえ――いや、

 うん…あのおっちゃんが、僕のことを怖い目で見てくるから…怖くて…」

 最近プライドの値段が紙同然です。

 しかし、犠牲にした甲斐はありました。


 それを見たレイアさんは、可哀そうな顔をこちらに向けると、直ぐ先ほどと同じように、むくれた顔を、ギルドマスターに向けて、言い放ちます。

「ちょっとぉー。こんな小さい子が怖がってるじゃないのよー。

 大人げないと思わないのー?」

 ぷんぷん無双。小さくないよ。

「ていうか、タニアちゃん助ける気あるわけぇ?」

 さらに、話を別シフトに持っていくありがたい展開。

 どうやら、うまいこと庇ってもらえる立ち位置を手に入れましたが、一々心に刺さることを言ってくる人です。この人は『遭遇を回避したい人リスト』の名前があるところに追加で傍線を引っ張って強調しておきましょう。

 今度はちゃんと仕事しておくれよ。


 しかし、ギルドマスターは最初こそ怯んでいましたが、ある人物の名前が出たことで、何やら目に力が戻ってきた模様。

「ばかなぁぁっ!!

 我々が――

 タニアちゃんファンクラブの我々がぁ! タニアちゃんの窮地に駆け付けないでおけるものかぁ!!!」

 それに合わせたようにその周りで始まるビッグウェーブ。そして「うぉぉぉっ!そのとおりだぁぁぁ!」という怒号がプラス。

 …先ほどの状況が再び舞い戻ってきてしまいました…これは収拾がつかないですね。

 あれ、そういえば、アイリスさんは――


「粛清」

 

 びしゅっ! ぶすすすすすす!


 突然「タニア何某集団」に襲い掛かるナイフが、次々と彼らの顔すれすれや股間など際どい箇所に刺さっていく。

「「「「ひぇぇえぇぇぇっ!!!!??」」」」

 全員崩れ落ち、揃って足が死の恐怖で震えているのが見て取れる。

 とりあえず、大抵の人が、誰の所業か想像ついていると思いますが、あの人確か設定ギルドの局員ですよね?


「ありまキュンを怖がらせた、ですって?

 誰の許可を取ってそんな大それたことをしているのですか?」


 やっぱりアイリスさん(狂)でした。

 手に動かぬ証拠の同じタイプのナイフをまだ数本挟んで持っています。お巡りさんあいつです。


 恐慌する男たちの中、そこはさすがのリーダー格といったところか、ギルドマスターが反論を試みる。

「ま、まてぇ! 謝る謝る! 我らが悪かったから! ここ、こういう危ないところだから、あんまり来ちゃだめよぅ!?」

 敗北宣言でした。足は生まれたての小鹿よろしくプルプルしていますので、さもありなん。

 というか、割と後半の意見には賛成です。出来れば用事でもない限りここに立ち寄ることはないでしょう。


 でも、受付代表は許してくれません。

「何言ってるんです? 勝手に私とありまキュンの逢瀬を邪魔するというなら、覚悟はできてるんですよね」


 …。

 さて、と。

 私はおもむろに、ギルドの依頼受注受付の一つに向かいます。


「むぅぅん!? 我々「タニアちゃんファンクラブ」が一介の受付嬢に何たる様だっ!?」


 そこで、初心者向けの収集系の依頼を見繕ってもらいます。

 なるほどなるほど。薬草の原材料の採取ですか。そんなに町から離れる必要もなく、何かあればすぐ救助を呼べる安心できる依頼です。

 初心者向けとして最適じゃないですか。


「もー。誰でもいいけども、うちのタニアちゃんを探しには誰がついてくるのー?」


 その依頼書の手続きをしてもらい、サインをもらって正式な手続きは完了です。


==


 ――さて、回想もしては見ましたが、結局なんだかよくわからないので、もう放っておきましょう。

 まだ全く騒ぎが収まらない彼らをよそに、私は入り口のドアを手にかけ、

 四度ドアを開け放ち、一度だけ彼らに振り向きます。


 ――それではバイバイさよなら。


 バタム。

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