01章-008:冒険者登録をしよう

[8]


 さぁ、ここから「有馬 宗太郎」の冒険活劇が始まるのです。

 

 とかなんとか嘯きつつ。

 なんだかんだと、今から冒険者になることへ、僅かながらに緊張を感じている自分を自覚します。

 物語の中で、当然のように冒険者として活躍していく主人公。それに対して、憧れや嫉妬を抱いたのは一度や二度ではありません。

 それと同時に感じる――諦め。

 あと、お前らちょっと異世界転生前提に生活しすぎだろうという――苦言。

 そういえば、最近トラック見かけませんよね。もう古典の扱いですらあると、


 閑話休題。


 多分私が思うに、日本人のトラックイメージって数十年前に放映されたミンキーモ〇の影響ってあると思うんです。(閑話休題とは)

 まぁ、年齢設定がブレる悪ふざけはここまで。

 それでも変わらない胸ドキ感満載で、冒険者ギルドの木製の両開きの扉に手をかけ、ぎぃーっと手前に開きます――

 そこに待ち受けていたのは、物騒な武器で武装した屈強な男たちの剣呑な視線の数々――


 ではなかった。


 目の前に広がるのは、整然と微塵の乱れもない列を成し、現実世界で言うところの軍服に身をやつした集団が、揃ってこちらに背を向け、全員が背で両手を組み、これ以上ないという姿勢の良さで全員が屹立している姿。正に圧巻の一言です。

 惜しむらくは、それをギルドの狭っ苦しい受付の前で敢行しているということ。圧倒的目障り感。

 私のドキドキ感を返してほしいですね。


「な、なんです…これ」

 私の後ろから目をぱちくりしてそれを眺めるアイリスさんは、早速お手上げ状態。どうやら、この状態は日常茶飯事というわけではない模様。ひとまず問答無用でこの場所とサヨナラするのはまだ早いようです。

「さぁ…それは間違いなく私のセリフだと思いますけど…」

 ドン引きしながら、それでも健気に状況確認に臨む私は、過剰な整列を決める集団に、改めて観察を始めようと――した矢先にさらに事態は動き始めます。


 ドカ!

「きっさまらにぃ! 血は流れているか!」

 前方から、何やら床に巨大な金槌を叩き落としたような音が鳴り響いたかと思えば、その音に全く遜色ない「人の唸り声」がまた同じ方向から物理的な振動と共に響いてきます。

 そしてやおら応える――

「「「われら赤き血! 姫様のためにっ!」」」

 大唱和。

 冗談ではなく、私とアイリスさんの髪が後ろに流されるその様に、呆然と立ち尽くす他、何もない我々をよそに、彼らは興が乗ってきたのか、さらに続けます。

 どかんっ!

「きっさまらにぃ!! 誇りはあるのか!!」

 想像もしなかったことに、先ほどの大音量をさらに超える床を叩き割るかのような音と、そしてそれをさらに超越しようかという大声量。

 もちろんその後は。

「「「「「われらが誇り! 姫様のためにっ!!」」」」」

 これいつか終わるやつですよね?


 だいぶ来たタイミングを間違えたなとだけ確信した私ですが――

 …はたして、出直した方がいいのか、出直しても無駄なのか…

 某関係者であるアイリスさんに相談しようと目を向けると――彼女は呆然とした顔から、何かに驚くような顔で、指先をかの集団に向ける。

「間違いない…この人たち…」

 その驚きは、物珍しさからというより、こんなところで出会うはずない、出会ってはいけないはずなのに――という忌避感を滲ませています。

「あの…なんなんでしょう」

 戸惑うというより、「これなんて茶番?」と聞きたい心境の私に、なんとなく予想はしていましたが、応える様子もない彼女は。

 こう続けました。

「『タニアちゃんファンクラブ』だわ…」

 …

 …

 そうなんですね。

「この町は変態が多いですね…」

「ありまキュン!?」

 なぜかさらに驚きを募らせこちらを見る彼女をよそに、彼らの存在はひと先ず無かったことにして、リスタートすることにします。

 整然と並ぶ変態なんて、いなかったんだ。


「さ、アイリスさん、冒険者の登録をさっそくしたいので、受付に案内してもらえますか?」

「いやいやいや。アリマ様、それはちょっと…」

 何でしょう。何も強引なことはありません。いけるはずです。

「かなり強引ですし、そもそも彼らが邪魔で受付にたどり着けません」

 確かに。

 ただでさえ大柄な方が所狭しと横に広がるそれは、まさに壁として我々の前に立ちはだかっていました。


 むむぅ…理由には深く言及しませんが、私からは受付の状態が窺い知ることができないほどです。

「はう…背伸びするありまキュン…可愛い…」

 …

 背伸びなんてしていません。これは屈伸運動です。


 しかし、本当に出直した方がいいのでしょうか。この隊列が早々退くとも思えませんし。未だ、がなり立て交響曲は止む様子を見せませんし。

 受付を取り囲むその状況で、なんとなく彼らがこのギルドに対して何某かの意見があるのは辛うじて理解できます。出来ますが、本題に全く入ってくれません。というか、これ何なんでしょう。祭り? 夜店もなしに勝手なことは許しませんよ。

 そもそも、こんな迷惑な集団が営利施設を占拠する事態になって、ここの責任者は何も言わないんでしょうか。

 ギルドの責任者――ギルドマスターは。

「あ。あの先頭で床を踏み鳴らしてるの、うちのギルドマスターです」

 当事者めぇ。


「…大丈夫ですか、この冒険者ギルド…」

 さっきから立っているだけなのに、疲労感が足に来ています。

「本当に…あのギルドマスターにして、このギルドありって感じです」

 ふう、と呆れたため息を付きながら呟くアイリスさん。

 何で他人面してるのか知りませんが、ひとまず勘弁してあげていると、受付の方向が急に静まり返ります。

 ようやっと祭りが完了したのか、怒号が鳴りやみ、集団のリーダー――アイリスさん曰くのギルドマスターが、受付の方に動く気配を感じました。

 がんっ!

 多分受付のテーブルに腕を打ち付けた音ですかね。

「ひぃっ!」

 多分受付の女の人(妙齢)がその音に驚いてひるんでいる声だと思われます。

「ま、マスター!? とうとう気でも触れましたかっ!?」

 どうやらここのギルドマスターは常日頃から正気を疑われていたらしいですね。

 ふふ。全く見えねぇや(涙)。

 リアル「涙拭けよ」な状況ですが、もう少しの辛抱です。きっと彼らもそろそろ撤収を始めます。そうすれば、改めて有馬宗太郎の冒険の第一幕が上がるはずです。


「貴様らのぉ! 汗は何色だぁ!」


 …。


 ――アイテムボックスOPEN。

【格納対象:目の前の集団の足元の床下5m】

【システムメッセージ:実行「はよ」


 ガッターんッ!


 瞬時に光り、消える床。地面に吸い込まれる迷惑集団「あーれー」。

 立て続けに発生する理解不能な展開に茫然自失の受付局員さんたちがよく見えます。

 あ。このままだと床に穴が開いてて危ないですね。


 ――アイテムボックスOPEN。

【排出:先ほど格納した床を元の位置へ】

【システムメッセージ:実行「どぞ」


 しゃきーーんっ!


「!!!!???」

 うん床が無事戻りました。

 …。


 一人、元彼らがいた一歩手前の位置で、巾着を掲げながらのほほんと立つ私に、何やら視線が集まるのを感じますが、自意識過剰というやつでしょう。

 一時はどうなることかと思いましたが、なんだかんだで幕は上がりそうな気配です。

 さぁ、OPENINGを鳴らす時間ですよ。


==


【システムメッセージ:OPENINGの存在を確認出来ません】

 やめて。一時のハイなテンションに引きずられて投じたシャウトに、真面目に対応しようとしないで。

 先ほどからメッセージを遮って応答していた仕返しでしょうか。システムメッセージに仕返しされるって、ちょっと何言ってるかよくわかりませんが。


 今現在、一時ざわめきが止まらなかったギルド内ですが、色々大人の事情など鑑みた結果、文字通り先ほどまでの流れを無かったことにした模様で、普通に私は受付に案内され、冒険者の登録手続きの説明を受けています。

 対応しているのは、案の定アイリスさんで、にこにこと各種注意事項を述べています。

 それ以外の方の、私に対する遠慮がマリアナ海溝レベルの溝をアピールしてきたため、選択肢がなく、この状況を甘んじて受け止めている所存です。


「――と、言うように、冒険者ギルドでは、ギルドメンバーに大きく「4つ」のサポートを提供しております」

 今説明を受けていたのは、私が少し前に考えていた「冒険者ギルドに所属することで受けられる恩恵その3」のことであり、挙げていた点については認識にほぼずれがないことを確認することができました。

 ただ、繰り返し伝えている、私のゲームシステムに精通していない部分にあたる、残り一点の恩恵については初耳の部分です。

 改めてその内容――ジョブレベルについて――を説明してもらいました。


 『ジョブレベル』

 私もいわゆるRPGと呼ばれるゲームは良く嗜みますので、一般的な「レベル」という概念は訳知るところ。どちらかといえば、この世界の住民がきちんとゲームシステムそのままの「レベル」という概念を共有していることに違和感を感じるくらい。

 ――この世界でいう『レベル』といえば、大体が『ジョブレベル』を指すでしょう。

 『ジョブレベル』は言葉通りの内容で、それぞれのジョブに就き、その経験を積むことで数値が1から降順に上がるパラメーター。その数値が高いほど、そのジョブとしての熟練者となり人々から一目置かれる存在になるという。

 この世界では、この『ジョブレベル』を基本として駆け出しなのか、達人なのかを判断することが一般的で、この世界の名刺代わりにレベルを口上に挙げるのだそうな。

 ただ、この『ジョブレベル』を上げるのは、一般的なゲームとは少しだけ勝手が違う。

 RPGのレベルがわかりやすいため、冒険者のジョブを例にあげましょう。

 一般的なRPGでモンスターを倒せば、経験値が貯まり、その経験値が一定の数値を超えればキャラクターのレベルが自動的に上がると思いますが、この世界「UQ」で言うレベル、『ジョブレベル』のあげ方は「申請方式」です。


 まず、モンスターを倒したり、ギルドの依頼をこなすことで経験値を貯める。

 そして、ジョブレベルを上げるには、その経験値を一定値まで上げないといけない。

 ここまでは同じ流れですが、どっこいこのままではジョブレベルは上がらない。

 そこで出てくるのが4つ目の「冒険者ギルド」の恩恵。

 『ジョブレベル』に必要な経験値が貯まった頃に冒険者ギルドに赴き、ジョブレベルアップの申請を行うと、判定が行われ、彼ら曰くの「女神様の祝福」が下り、無事レベルアップする、という流れだ。

 この経験値が一定値貯まったかどうかの判断は、ステータス表示ができないプレイヤー以外の現地冒険者側では難しい、というかほぼ不可能らしく、とはいえ依頼の達成報告時にはそのレベルアップのチェックを同時にするのが通例のため、特に困ることはないらしい。

 ここまで語ったことで、伝わったかもしれないが、そのジョブレベルの申請を受けて、「女神様の祝福」を下ろす仕事こそが、このアイリスさんのような「ギルド受付員」の業務であり――

「なるほど…つまりアイリスさんたち受付員と呼ばれるジョブの「スキル」が「ジョブレベルアップ申請」というわけですか」

「そういうことです」


 『スキル』。

 ジョブのレベルを上げる際に女神から受けることができる恩恵。いわゆる「魔法」や「身体能力向上」のような能力がこの世界にはある。

 その中身はもちろんジョブの特性により、千差万別。

 魔法使いのジョブには「魔法」を。

 剣士には「剣術」を。

 コックには「調理」を。

 それぞれジョブレベルを上げるごとに、必ずではないが一定のレベルになれば取得可能で、もちろんジョブレベルが高ければ高いほど強力なスキルが手に入る。

 ただ、スキルを入手すれば、いつでもその能力を好きなだけ使えるわけではない。

 その制約は大きく二つ。

 まず、魔法を使う際に必要な「MP」、身体術を使う際に必要な「SP」というように、それぞれのスキルには、それぞれに見合った必要な代償を支払う必要があり、それが不足していれば、使用することはできない。これは一般的なRPGと同じだ。


 ――もう一つが「ストック」という存在。

 人にはそれぞれ「今すぐ」使えるスキルの数というのが決まっている。どんなにMPやSPが豊潤にあっても、このストックの数以上のスキルを同時に使用することはできない。

 よくここで誤解が生まれるが、身につけることが出来るスキルの数に制限があるわけではない。

 たとえば、五つスキルをストックできる魔法使いが、五個スキルをすでに持っていたところに、新しいスキルを覚えた場合、古いスキルを一つ忘れないといけないのか?

 ――そうではない。問題なく六個目のスキルをそのまま獲得することはできる。

 ストックとは、それとは別にアイテムボックスのように、「今すぐ使えるスキル」を「ためておく入れ物」のような感覚が近いだろうか。

 そのストックにスキルを入れている限り、そのスキルは「MP」と「SP」など使用する条件が整っていればすぐに使うことができ、逆にいえば、ストックに入っていないスキルは、基本的には使用することはできないのだ。

 そのストックに入れられる数は、最初はどんなジョブでも五つ。それからジョブレベルなどを熟練していくことで、稀にその数が増えることもあるが、ほとんど変動することもない。

 問題は、そのストックの中身を入れ替えたり、補充したりするのが簡単にはできない、ということ。

 こちらはジョブレベルのように、誰かに依頼する必要はなく、自身で実行可能。ただ――その間は一分間微動だにできなくなる。

 間違いなく戦闘中には難しく、女性は特に男性の前で気軽にそれを行うものではない。といったセクシャルな問題にも発展する、らしい。


==


 さてさて、皆さまここまでお読み頂きご苦労様です。私も疲れました。

 ひとまず一連のシステムについて聞き終わり、敢えて感想を述べるとするなら――面倒な仕組みだなぁ、と心の底から思います。

 やっぱりここは元々ゲームの世界ですので、ある程度ゲーム進行上の「ハードル」がなければ成立しないのは仕方ないですが、いざ命を懸けて生きていく身になってみると、足枷でしかないシステムを煩わしく感じるのは仕方ない話です。


 ただ、悪い所ばかりとは言い切れません。

 このスキルシステムは、私だけではなく、この世界全員に適用されます。つまり、全員に等しく足枷が仕込まれているということ。

 仮に無制限で、スキルが常に使い放題の世界なんて、想像するだに恐ろしく思います。

 そこは恐らく無秩序が支配する世界でしょう。「その気があれば」「なんでもてきてしまう」世界は、一つ間違えば世界をも滅亡させるだろうことは想像に難くありません。

 ――というより、軽いコンピューターシミュレーションで、「ヒャッハー」する住民を確認した結果のスキル抑制システムなのですが。

 瀬稲が面倒そうに言っていたのを覚えています。


 なんです。そのゴミを見るような眼は。

 …人は、いつだって自分を大きく見せたい、そんな人種なんですよ…


「アリマ様? あの、なぜ斜め上の天井を寂しそうに眺めていらっしゃるんですか?」

 誰かの「大きく吠えるなよ、小さく見えるぜ」という独白がどこかから聞こえてきたので――なんでもないです。

「それで、私の冒険者登録は特に問題ないですか?」

 最低限、最初に聞いておくべき注意事項も一通り聞けました。

 あとは、適当に依頼をこなしながら、瀬稲に関わりそうなそれらしい情報を日々チェックする、そんな生活になるでしょうか。

 ――あの勇者様に見つからない限り。

「そうですね、問題ありません。ただ、アリマ様は誰からの紹介もなく、実績を示す育成機関の卒業状もありませんので、冒険者ジョブレベル1からのスタートとなりますが…」

「はい。それは構いません」

 元々レベルは生きていくのに必要な最低限くらいでかまわないつもりでしたし。

 こちらの了承を聞き、説明しながらも、私の冒険者登録の手続きを進めていたのでしょうか、いつの間にか彼女の手元に現れていた、紙をこちらに差し出してきました。

「こちらが、冒険者登録の内容です。――よろしければ、読み上げても?」

 差し出したアイリスさんは、すかさず文字が読めないこちらの様子を察し、私に不快感を与えない言葉でこちらのフォローをしてくる。

 なるほど。「受付代表」というのは伊達じゃなさそうです。変態とは思えない気配りでしょうか。

「内容はこのような形です。


 ギルド登録者名:ソウタロウ アリマ

 種族:人間

 性別:男

 ジョブ:冒険者

 ジョブレベル:1

 賞罰:なし

 

 お間違えないでしょうか?」


 読み上げ終わり、こちらを見上げるアイリスさんに、少し気になったことを聞いてみる。


「なんで、賞罰が「なし」だってわかるんです?」

 特にそれについては聞かれもしなかったし、怪しげな水晶に手をかざしたわけでもないはずです。

 そんな私の言葉に、一瞬キョトンとしたのも束の間、すぐ訳知り顔でフフと笑いだすと。

 アイリスさんは急に真顔になって答えた。

「ありまキュンが犯罪者なわけありませんし」

「まって受付代表」

 やっぱりお前もこのギルドの同類だったか。受付代表とか言い得て妙だわ。

 そして、こちらの会話が聞こえていたのか、「え。まじかこいつ?」という目をしたギルド局員さんたちが、一斉にアイリスさんを凝視する。

 それには――さすがに応えたのか、それがギルドマスターとの格の違いか、アイリスさんはすっと斜め前に顔を伏せると、ぼそっと「…すいません。この眼鏡、賞罰情報が浮かび上がる魔道具なんです」とゲロってきた。

 仕事はきちんとこなしているようで、大変結構。

「はい。じゃあ、問題ないです。間違いもないですよ」

 そうして、無事に冒険者として登録が終えたところで。


「あれぇ? タニアちゃんファンクラブの人はぁ?」


 という、今はなかったことになったはずの団体を探す、甘ったるい間延び声が入口の方から聞こえてきました。

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