01章-007:冒険者になろう
[7]
それからしばらくして――アイリスさんとの邂逅から数時間が経った頃。
さて、私は今、目の前の状況を整理してくれる人を強く、そして早急に募集しています。
――というのも。
ズドン。
「何言ってるんです? 勝手に私とありまキュンの逢瀬を邪魔するというなら、覚悟はできてるんですよね」
何か黒い波動を放ちながら、ナイフ片手に仁王立ちで屈強な男たちにそう告げるアイリスさん――
ズドドン。
「むぅぅん! 我々タニアちゃんファンクラブが、受付嬢に何たる様だ!」
そのアイリスさんに、相対「せず」、彼女の前で崩れ落ち、生まれたてのバンビよろしく震え上がる、なぜか湯上りの壮年の男たち――
ズドドドン。
「もー。誰でもいいけども、うちのタニアちゃんを探しには誰がついてくるのー?」
その緊迫感に置いて行かれたような、間延びし真剣みに欠ける声を飛ばす見知らぬピンク髪のお嬢様――
――ほら、説明が欲しくなったでしょう?
そこは確か先ほど到着した冒険者ギルドで、謎の状況が私の周りに広がりつつあるというか、完成しつつあります。
それについて、正直。根本的に整理するための情報も足りてないようなので、まず、その洗い出しも含めて、一度サクラさんと別行動をとることになったあたりから、振り返ってみよう。
==
そう、私はすでに某勇者さんからの脱出に成功しています。
確か、サクラさんと別れることになったきっかけは、あの後、アイリスさんがサクラさんに差し出した伝言でした。
「…僕に用事だったの? その割、真っ先にソウ君に声をかけた――というか絡んできたみたいだけど」
「申し訳ありません。どうにも我慢が効かず」
私、この人を早めに然るべき処へ連行する必要があるように思えてきましたけど、ひとまず後にしましょう。
まず「お前何なんだよ」とアイリスさんに詰め寄った結果、アイリスさんが町の方々を訪れ、サクラさんを探し回っていたということを知りました。
そしてそれは――ある伝言をサクラさんに至急渡す様に、という依頼内容だったことも同時に。
差出人は――
「受けとる気が失せる相手だね」
――この国の皇太子でした。
美少女非推奨のしかめ面を、アイリスさんから差し出された手紙に向けるサクラさんは、口にした通り一向に受けとる素振りを見せず、アイリスさんを困惑させている。
しかし、アイリスさんに深刻な焦りはない模様。
最終的に受け取ることは既に疑っていないその態度の根拠は、アイリスさんの口から告げられることで知らされる。
「貴女の友人の件だと聞いています」
その言葉に、さらに百年の恋が冷めるレベルにまで百面相を引き上げつつ、サクラさんはその手紙を受けとった。
サクラさん曰く、この国の王族は全面的に信用できず、ただそれ以外にツテのない彼女はひとまずそれ便りに動いていたらしい。
なので、この手紙の内容も信憑性はたいしてない。らしい。
そうして受け取った手紙を――嫌いな男子から手紙を貰った女子が、汚物を扱うが如く端っこを指先でつまむその情景は、少なからず学生だった経験のある私の心に少なからずダメージを与えますが、それはひとまず置いておき、彼女が読み上げたその内容は、かなりシンプルなもの――サクラさんの探し人からの言付けだと紹介された一文のみが書き連ねられていた。
――曰く。
『探すな。殺すぞ』
…。
脅迫状じゃん。
それは犯人からの犯行声明じゃん。
読み上げられたその戦慄すべき内容に、動揺を隠せません。
どういうことでしょうか。友人からの手紙ですよね。強敵と書いて『友』と呼ぶ間柄だというならまだしも、一般的には、常軌を逸したメッセージです。
これを、預かってこちらに渡した本人、皇太子様も内容は拝見されたことでしょう。
国の重要人物である勇者様への手紙を国が、内容に問題はないか、閲覧していないはずないですしね。
――問題とは何だったのか…
これ、いっそもう国の手が加わっていると考えた方が自然ですね。
そうすると、捜索に消極的どころか、妨害まで企てられていることになりますが。
勿論本物という可能性もあるでしょう。ただ、それが本人の声明だとするなら、私はその人に会いたくないです。
「なるほど」
サクラさんもいつの間にか戻していた美少女フェイスで、手紙の内容の所感を述べました。
「間違いなくマリアさんからのようだね」
そうですか。
私の遭遇を避けるべき人物のリストがまた一つ埋まったようです。
今のところ回避の前に、避けるべき人に遭遇し続けているので、このリストの有用性には疑問しかありませんが。
何はともあれ、読み終え顔をあげた彼女は、手紙を渡したアイリスさんに、最初からあった不信感に加え、新たに敵意を足した視線を投げかけ、口を開く。
「僕が、何を言いたいかわかるかな?」
元々の真ん丸とした瞳を、引き延ばすように細めたサクラさんに対し、アイリスさんは肩を少し上げることで理解を示した。
「…概ねは。
何故始めからそれを自分に伝えてこなかったのか。何故皇太子自らなのか。『胡散臭い』と言われては返す言葉もありません。
――ですが、それを我々に言われても困ります…」
「変態には最初から期待してないよ」
「はうっ」
返す言葉であっさり切り捨てられうずくまるアイリスさん。
………流石に、大丈夫だろうか。
――この状況に興奮してたら業の深さが天元突破なのでもう通報しよう。
「とはいえ。
どっちみち僕のとれる行動に選択肢はあんまりないみたいだし。
判ったよ。行けばいいんだろう、王城に」
溜息を、しかし空に向かうように放ち、落胆しつつも気持ちを瞬速で切り替えた彼女は、再び私の手を取り足を町の中心に向け進む。
いや、ちょっと待て。
「何で私を連れていこうとしてるんです?」
「え、だって離したら何処かに逃げそうだし」
自覚はあったんですね。
でも欲しいのは拘束理由だけじゃありません。
「もしかして、本当に私を魔王退治に連れていくつもりですか?」
「そうだよ」即答。
――本当に何でこんなに懐かれてるんでしょう。
繰り返しますが、困ります。美少女とファンタジー冒険とか胸踊らなくもないですが、やはり命あっての物種です。先程ステータスを見た限り、私の今の実力はゲーム開始直後の平冒険者レベル1に相当する力しかなさそうでした。それで魔王退治ツアーに緊急参戦と言われても。
流石に難易度メデューサ過ぎません? そもそも昔からRPGはボス戦前に圧勝出来るまでレベルをあげる派なんです。
流石にそのまま伝えるのは憚れるので、それらしい辞退の言葉を告げようとする前に、アイリスさんが、不思議そうに口を挟んできます。
「あ、あの。
流石に王城には一般市民は連れていけませんよ?」
「む。そういえばそうだったね」
サクラさんはその言葉に一定の理解を示します。まぁ、私一般市民どころか仮想世界の住民でさえないですけどね。
そんなこちらの事情はもちろん与り知らない彼女は、一瞬迷うような視線をこちらに向けてきますが、すぐにそれも取りやめ、代わりにひまわりのような飛び切りの笑顔をこちらに向ける。
「しょうがないので、一旦お別れだね。
夕方には終わると思うから、王城近くの宿で待っててよ。場所はその受付嬢が知ってるはずだよ」
そう告げ終わるのを待たず、駆けていくサクラさん。
その迷いのなさには、私が彼女を置いて行くはずがない、という信頼が伝わってきます。
…ふふ。まだ、待つなんて一言も言ってないのに。
「あ、あの」
「はい?」
怖ず怖ずと話しかけて来るアイリスさんに向き直ると、彼女は謎に照れながら、一度サクラさんが去って行った方向をちらと見て、穏やかな笑みとともに、私に手を差し述べます。
「では、案内しましょうか?」
それに私も笑顔で応えました。
「はい。王城から可能な限り離れた宿屋をお願いします」
==
「あ、あの…」
何度目かの。
サクラさんと別れてから、幾度となく繰り返されたおずおずとした問いかけを聞き、私はそろそろ面倒になってはきましたが、それでもその言葉に向き直り、でもジトっと瞼が落ちるのは止められません。
「…なんでしょう」
「…勇者様…やっぱり待っていた方――「待ちません」…そうですか」
即答の返しにがっくり肩を落とすアイリスさんですが、こちらも命がかかった事情があるので、折れてあげるわけにもいきません。
あの某勇者さん、多分これくらい強引に離れない限り、こちらを見逃さない気がするんですよね。
あれからこちらのリクエスト通り、王城から一番離れた宿屋――つまり外周にほど近い場所の宿屋に案内され、見事に本懐を遂げ数枚の銀貨に化けたオレイルさん印の鉄剣のおかげで、数泊分の宿泊を確保し、こちらの文字が書けない私の代わりに、宿帳を記帳してもらっているアイリスさんは、先ほど私に素気無く返された影響か、また落ち込み始めています。
とはいえそれよりこれからのことです。
ひとまず、この世界での私の目的は何になるかと言えば、裏切りのA子こと旭さんの言うとおり動くことになりそうで癪ではありますが――瀬稲を探すことですね。
でも、誤解してもらっては困ります。私は彼女を救出しに行くのではありません。
はっきり言うと、この世界を熟知している彼女より、私の方が絶対危険だと思いますので、助けに行くというよりは保護を求める――というのが主目的になるでしょう。
何を誇らしげに言ってるのか、自分自身よくわかりませんが、この世界に来てから何度も生命の危機に遭遇している身からすれば、当然の帰結だと思います。
しかし、瀬稲を探すとなれば、さて何から手を付けたものか。
まぁ、まずは情報でしょうね。
丁度隣に、この世界の情報が集まりそうな組織の関係者がいることですし――
そんな思惑を込め、私は先ほどからぶつぶつと呟いている彼女にそろそろ「はぁ…いいのかなぁ…でも美ショタと二人きりのランデブーも…フフフ」そろそろ見限りをつけて、通報をしようか。
――いや、今の私に他の伝手もあるわけもないですし、背に腹は代えられません。
「…アイリスさんは、冒険者ギルドの受付代表ということでしたよね?」
「はいっ!」ガシッ「え?」「世界的にも信頼性の高い職で、何より高給職です! なのでありまキュン一人一生養うこともできるんですけどどうでしょう!?」
ずっと俯き加減だった体を急激に跳ね上げ、こちらの両肩をがっしと両手でロックしてくると、顔を覗き込むレベルで変態が迫ってきた。
怖い怖い怖い!
さっきまで若干落ち込んで大人しかったから油断してたけど、この人こういう人だった!
「どうもしません…っ! あれ、畜生、離せないっ!? なんて馬鹿力だ!?」
なんで私こんな街中で窮地に何回も陥ってるんでしょう。サクラさんと別れこの人と二人きりで行動したのはやはり軽率だったかもしれません。
全く。こうなっては仕方ありません。少々早いですが、対ショタ好き用最終兵器です。
自分のすべてを犠牲にする覚悟が必要ですが、止むを得ません!
「…やめてよ…おねぇちゃん…」
「ぶふぁっ!?」
変態は血を吹いて倒れました。
他愛無い。私のプライドを全て投げ打った一撃をまともに受ければ「ワンモアセッ!」ダメだわ!
呆気なく復活したアイリスさんは、しかし最後の理性がぎりぎり働いたのか、一時停止し、俯いて葛藤するように震え「駄目よ…今警戒されたら『おねぇちゃん』の道は閉ざされる…優しく包容力のある年上の女性の部分を見せていけば、行く行くは私の寝床にやって来て、恥ずかし気に言ってくるの『おねぇちゃん…一緒に寝てほしいんだけど』ってぇ…!」理性ってなんだっけ。
まぁ、彼女の心配はもうすでに手遅れなんですが、止まってくれるならもう何でもいいです。
「で、冒険者ギルドの受付代表の話に戻していいですか?」
「え!? あ…はいー…どおぞー…」
また恥ずかし気に縮こまる彼女ですが、もう見慣れた光景なのであまり気にせず、こちらの要望を伝えます。
「私を冒険者ギルドに登録してもらえないですか?」
そう。私はひとまず冒険者になることにしました。
ゲームでは、特に冒険者になることが決まりではなく、様々な職業についたり、セカンドライフ的な過ごし方にも対応できるシステムだったけれど、この広い世界で一人の人間を探そうとすれば、それなりの情報ネットワークの利用が不可欠。
この世界では、それに一番近いものを有しているのが冒険者ギルド、というわけです。
もちろんそれを一番利用しやすい人種を問われれば『冒険者』が回答になるのは自明の理。この選択は自然な流れでしょう。
おっと、先ほどまでの「命あっての物種」論はどうした、というバッシングが矢のように降ってくるのを感じますよ。
確かに。冒険者といえば、イメージ的に魔物と戦い、時に盗賊や同業者とも命のやり取りを行う。職業的に命の値段が低い層なことは間違いありません。
それなのに冒険者を選択することに矛盾を覚える方もいらっしゃるでしょう。「そのために女勇者なんて美少女とのランデブーを断念したと思っていたのに、そうかこの主人公まさかの男色」なんて声も聞こえてきそうです。――今言ったやつ、お前の顔覚えたからな?
もちろんそれはすべて誤解です(特に最後の)。何かと言えば、冒険者だからと言って
確かちゃんと収集や捕獲などの雑事を担当する冒険者も珍しくない、という話だった気がします。
まぁ、とは言え、やはりコアシステム以外の部分は疎い私ですので、当の冒険者ギルドの関係者に聞くのが一番いいでしょう。
「え? 収集専門の冒険者になりたい、ですか…」
ひとまずほとんど荷物もないので、部屋を抑えたその足で冒険者ギルドに案内してもらう道すがら、不気味なねっとりした視線から逃れるべく、早速アイリスさんに聞いてみると、想定と異なり、なんだか気まずそうな空気を醸し出し始めます。
「…えっと、そういう方々もいるんですよね?」
なんだか不穏な空気を察し、恐る恐る聞く私に、アイリスさんは断罪を告げるように、私に言い放ちました。
「いらっしゃいはします…冒険者うちでは、「ハイエナハンター」と呼ばれ蔑まれていますが…」
ふふ。胸に来る愛称ですね。
「ハンキリ者(『半』端な覚悟で臨みいずれ世間に『切り』捨てられる冒険『者』、の略)」、「職業童貞(冒険者なのに人を殺めた経験のないものを暗喩で「童貞」と指すことに派生し、「一生童貞」と呼ばれる職業であることを指す)」、「惨め集め」、「痴れ者」、「ロリコン」等など、「収集専門の冒険者」を指す呼称――蔑称は数え上げれば両の指では不足するほどのラインナップを誇るらしく、皆さん超暇ですね。後、最後のはもうどさくさ紛れのただの悪口ですね。
一応そういわれる冒険者さんたちにも言い分はあるらしく、曰く命を懸けて日々依頼をこなす荒事専門の自分たちと全く同じ『恩恵』を、冒険者ギルドに所属しているというだけで頂戴している彼らを、面白く思わないのは、なるほど、わからないでもない話です。
「ですが…ギルドとしてはそういう方々の活動が非常に重要であることは理解していますし、そもそも荒事をされる方は総じてそういう収集系の依頼を『自分たちに相応しくない』といって請け負ってくれないのですから。であれば、ギルドとしては、そういう仕事を引き受けてくれる方々に攻撃的になるのをやめてほしいんですよね…」
ちなみに争点ともなっている冒険者ギルドに所属することによる『恩恵』とは、私の記憶が確かなら、大きく3点あります。
・まず、私が目的としている『ギルドネットワーク』の情報の閲覧。
・次に魔物の死骸などから集められる武具素材の買い取り額の優待。
・最後が関所を通る際の通行税免除。
特に2つ目については「収集専門」の集める素材の方が純粋に品質が高いことが多いため、魔物と争い倒したついでに買い取りに持ってくる「荒事専門」の方と歴然たる差が発生し、揉め事がよく起きるんだとか。聞く限りは、「荒事専門」達のただの言いがかりですね。
とまあ、そんなこんなで、収集系の冒険者が年々減少傾向だという――
いつの間にかギルド受付あるあるの愚痴大会になってきた気もしますが、とりあえず事前にそういう情報を仕入れることができたのは純粋にありがたい話です。なので、アイリスさんには礼を述べました。
「状況は理解できました。ありがとうございます。助かります」
「いえ…
あの、そう言われるということは、アリマ様は方針を変えられるつもりはない、ということですか?」
おずおずと言外に「やめたほうがいい」という含みを持たせつつ話すアイリスさんに、私は特に気負いもなく頷きます。
「まぁ、結局他に選択肢はあまりないですし。他人から奇異なものを見る目で見られるのは、こう見えても意外と慣れているんですよ」
時にはあまりに若すぎるゲームプログラマーであったり、突然学校をやめる変人だったり、特殊な「家」に住む人間だったり。
あとは――
まぁ、あんまり一般的な人生を歩んできていないことは確かです。まさかそもそも特異なファンタジーの世界で迄、そんな扱いを受けるとは思っていませんでしたけど、そういう星のもとに生まれたんですかね。
「アリマ様…」
そういうアイリスさんのこちらを見る目には、多少を超える同情の念が見て取れます。まぁ、空元気には見られることでしょう。ここで下手に言い訳を募らせてもいいことはないので、この話はこれでおしまいです。
「おねーー私の胸の中に飛び込んできても、いいんだよ?」
「ごめんなさい。よくないです」
この変態とはほとほとシリアスな空気が持ちません。「おねぇちゃん」を言い直しても無駄です。
――でも、まぁ。今は少しありがたいので、通報するのは勘弁してあげましょう。
そんな我々は、気付けば周りの建築物と比べ、ひと際大きな鉄製の門を構える建物――冒険者ギルドにたどり着きました。
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