01章-006:王都には変態がいる

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「ここが、王都。この国最大の町なんだ」

 彼女はあれから、ずっと私の手というか手首をつかんだまま、彼女曰くの王都に入ってしばらくそのまま進み、なんちゃって観光案内よろしく、辺りを紹介してくれます。

「僕はあんまり好きじゃないけどね」

 観光案内にあるまじきセリフを告げてきますが。


 この王都と呼ばれる名前が表す通り、王が住んでいる大きな城がここにはある。そしてそれを中心として、城下町がドーナツ状に広がっており、さらにそれをすべて囲む高い塀を含め、建築物の大体にレンガの色調が使われていることから、全体的にオレンジカラーのイメージが持たれる。


 今私たちが歩いているのは、王都の正門を抜けてすぐに目に映る、王城まで続く大通り。

 そこを歩いていくと、城下町の様々な光景が目に映るが、それは森や平原のような自然が織りなす整然としたものとは違い、時に几帳面に、時に無秩序に配置された、建物やものが所狭しとひしめき合い、その中を多くの人がそれぞれ好き勝手に行きかっているのが見て取れる。それを見ていると、ああ――「フルダイブVRによる、NPC主体で形づけられる予測不可能で、だからこそ生み出せるリアルを作り出そう」という瀬稲の思いは、ちゃんと遂げられたのだな、と一製作者として感慨深いものがあります。


 そして案内する彼女曰く、ここは「人間」を中心として様々な商売や仕事が常に生まれることで、日々淘汰しあい、成長を続ける、世界で一番懐が潤った人間が存在し、同時に貧富の差が世界一激しい場所だ、そうな。

 

 と言いますか、彼女はどこまで案内してくれるつもりなんでしょう。

 もっと言えば――どこまでついてくるつもりなんでしょう。


「手を引っ張られて、ほぼ引きずられている人のセリフじゃないね」


 引きずられているのは私の意志じゃないもの。


「君、ここ辺り全く初めてなんでしょ? ここって言うか、この国「王族の国」自体」

「それはまぁ、そうですけど」


 ――王族の国。


 あまりといえばあまりな、「そのまんまのネーミング」はゲーム当初から変わらない。


 「UQ」では、国に対し、固有のユニークな命名はされておらず、「王族の国」「教会の国」「騎士の国」「学園の国」とその国の特色がそのまま国名のように扱われている。瀬稲曰く「下手に突飛な名前を付けるより、印象的で覚えられやすい命名だと思うね(ドヤ)」らしいですけど、単にネーミングセンスがないだけだと思います。

 先ほど話した「王族の国」は「人間」を中心に動いているということから、逆説的に判ることは人間以外の種族の国があるということ。

 それはファンタジーの種族といえば、でお馴染みの、獣人であったり、エルフであったり、様々な種族が存在する。

 ただ、キャラクターとして選択できたのは、このゲームでは人間族だけ。

 何故かといえば、やはりフルダイブVRともなると、完全にゲームキャラクターと一体化することになるので、さすがに違いすぎる骨格や部位があると、プレイヤーの精神が持たないのだ。

 何が言いたいかというと、その関係上、ゲームシステムに深くかかわってない種族のバリエーションについては全く無知だということ。「様々」以上の説明は今のところ私から発信されることはないでしょう。

 国の数についても、正直さっき上がったものでお手上げ。とことんシナリオ側の設定は無知だ。


「案内はいるでしょ」

 そんなこんなで、こちらに指を突きつけ、腰に手を当てふんぞり返りながら、得意げにする彼女に、私は強く返すことができない。

 むふふー。とか言ってくる人間に反論できないって割と傷つくものですね。

「いや、案内はありがたいですけど」

「煮え切らないなー。いい加減魔王討伐パーティに入りなよ」

「話のすり替え方が雑ですよ」

 さすがに「勇者」自ら観光案内は接待レベル高すぎではないですかね。

 宿屋の娘あたりの役職が、妥当であり真っ当でしょう。


 そんな、彼女が言うところの煮え切らない対応を続ける私に、彼女は怪訝そうに眉をひそめます。

「さっきからそこはかとなく、薄ら感じるんだけど、もしかして僕を避けようとしてない?」

 ああ、どうやら、とうとうばれてしまったらしい。

 というより、まだ気のせいレベルなのが口惜しい。もう少し具体的に感じていいですよ。


 まぁ、それはそうです。

 だってこの方は、その役職に相応しい艱難辛苦を乗り越えて、最終的に一番の難敵が待っていることが確定している、ゲーム的にはベリーハードモードの人生なのです。その方に関わっていれば、自ずとそういうイベントに巻き込まれ易くなるでしょう。

 とんでもないことです。何度も言いますが、すでに私はデスゲーム真っ只中です。その上でさらに生存確率が低そうな道を果たして選ぶでしょうか? 主人公補正もおそらく期待できません。目の前にその主役がいますし。

 その答えが、私をサクラさんから距離を取らせようとしています。折角の美少女との接点ですが命には代えられません。


「あ、わかった」

 わかってない予感がしますがどうぞ。

「最初のお礼でおっぱいを――」

「そこまでにしてもらおうか」

 この人抜身のナイフみたいな姿勢で話してきますね。

「――揉ませなかったから怒ってるんじゃ」

「止めたのに…」

 しかも鞘は失くしてしまったようです。

 もう疲れた顔を隠す気力もなくなりそうですが、しきりに胸部に手をやり「うーん。まぁ約束だしなぁ」とか呟いている人をそのままにするのは怖いので、話を先に進めましょう。約束なんてしてねぇよ。


「私もあまり目立ちたくない事情もあるので、さすがに勇者様とのご同行は割とまずいんです。勝手な申し出で申し訳ない限りですが…」

「えー…僕だって好きで目立ってるわけじゃ無いのに…」

 ハッキリと明言した甲斐あってか、彼女は捨てられた子犬のような表情をするものの、多少理解の色を示し始めてくれたようです。

 …しかし何でこんなに懐かれてるんだろう…

 助けた割合であれば、お互いイーブンだと思いますけど。


 ともあれ、この機を逃すとズルズルいきそうなので、畳み掛けさせてもらいます。

「それでは、お昼時も近いようですので――」

 ――この辺で。

 そういいかけた時、体がグイッと後ろに倒されるのを感じ、反射で体を強張らせる――サクラさんではなく、第三者の仕業なことは唖然とする彼女の顔を見れば一目瞭然。

 ――さすがファンタジー。治安最悪。

 呻くように呟き、次の相手の出方に最低限備えるために傾きかけた体を踏み止まらせる。

 私この世界に来てから巻き込まれキャラ一辺倒だなぁ。などとのんきに思う余裕が出たのは、どうやら危害を加えようとする意図はひとまず相手になさそうなことに気付いたせい。

 相手としてはどうやら私を振り向かせたかっただけのようで、その期待通り振り返って相手と向き合ってる私ですが、向き合った相手の美人顔が鼻先に突き付けられています。

 

 ――いや。近すぎる…

「あの…」

 遠慮がちに、何されるか分からない不安は未だ拭えないままのため、そっと相手の意向を伺おうとしますが、反応がありません。

 メガネの文化はこの世界にもあるようで、フチなしメガネをかけた、女性にしては少し背の高いそのお姉さんは、とにかくこちらの顔を至近距離にガン見してくるだけに留めています。是非もう2,3段階手前でとどまってほしい所存です。

 そしてさっきから何か暑苦しい空気を感じるなと思ったら――この人めちゃくちゃ鼻息荒くして呼吸してるので、顔に吐息があたってました。「はふー、はふー、はふー…ふふふ」やめて。怖い。

 ちなみに、先ほどサクラさんに手首をつながれたままとお伝えした私でしたが、今なおそちらは続行されており、地味に関節を極められている心地です。離して。痛い。

 そしてこのよく分からない状況を打破したのも、その彼女でした。


 ――チャッ…

 おもむろに彼女はいつ抜いたのか、小太刀程度の刃渡りの剣をメガネ女性の首につきつけました。

 つきつ――

 え?

「いやいやいや。サクラさん?」

「離れなよ、君。何なの」

 再び怖い。

 名実ともに抜身のナイフと化してますよサクラさん。


「ひっ!?」

 さすがに剣を突きつけられたことは無視できなかった、というより普通に腰を抜かし、その場にしゃがみ込むメガネ女性。

 さらに小刻みに震えはじめ、絶望の化身がそこに存在するかのように青ざめた顔でサクラさんを見上げます。

 そりゃそうでしょうね。普通に命の危機です。


「やめてください」

「いたっ」

 少し頭を冷やさせるために、軽くこつんと彼女の側頭部を叩くと、我に返ったのか物騒な顔つきはやめ、代わりに膨れた顔を私に向けてきました。

「何だよー助けたんじゃないかー」

「それはありがたいですし、実際助かりましたが…手法が乱暴すぎます。

 ――大丈夫ですか?」

 私の言葉を受けてなお納得しない表情の某勇者はひとまず置いておいて、倒れたメガネ女性に手を差し伸べます。変態かもしれませんが、この状況で放置されるほどのことはしてないはずです。

「ショ」

「はい?」

「美少年ショタが私にプロポーズをっ!?」

 サクラさん。先ほどの続きをどうぞ。


==


「取り乱してしまい申し訳ありません…」

 お互い、軽く名前だけの自己紹介を終えた後、変態メガネ女――もとい「アイリス」さんはそう言って、改めてこちらに深々頭を下げてきた。

 改めて折り目正しく告げてくる彼女を見る限り、先ほどまで変態行為ギリギリな有様だった方と同一人物とは思えないくらい、理知的な印象を受けます。

 アイリスさんをわかりやすく一言で表するとすれば――色々あると思いますが、見た目だけで言えば「正統派美女」でしょうか。上背があるので、余計にモデル然とした雰囲気があるのでしょう。

 そんな彼女が頭を下げたまま顔を上げる様子がありません。

 うわぁ、やだなぁ。

 こっちがいいって言うまでそうしていますというオーラを感じるんですけど…

 ここは、あんまり遠慮を知らないサクラさんの方がサクサクと状況を進めてくれそうなので、対応者としては適任でしょう。

 そんな思惑を込めて、チラと彼女を見ると、まだ不貞腐れているのか若干温度の低い目線を返し、けれど対応はしてもらえるようで、言葉を投げかける。

「さっきの…プロポーズだったの?」

 ――私に。

 誰がその話を続けろと言った。

 見なさい。その時の自分の発言を思い出して、耳まで真っ赤になったまま頭を下げ続ける長身美人が出来上がっちゃったじゃないですか。今はもう違う意味で頭あげられなくなってるじゃないですか。…いや、若干無理矢理気味にこっちに目線向けて――なんだその期待の眼差しは。その期待に未来はありませんよ。

「…違うに決まってます。――わざわざ答えさせないように…」

「え。それって「本当のプロポーズはお前専用に決まってるだろ、わざわざ言わせんなよ」ってあれ?」

「それでもないです」

 あんまりしつこいとまじでプロポーズしたりますよ。

 どうせ「そんなつもりじゃなかった」展開なんでしょ。わかってるんですから。


 どちらにせよ、どうやらここの適任者はサクラさんではなかったようなので、泣く泣く自ら対応に乗り出します。

「あの、そろそろ顔を上げてください。先ほどのやり取りは、お互い忘れた方が双方の心情的にもありがたいと思うんです」

「…ですが」

「そこはどうか、我々のことを思ってもらえるのであれば、そうして貰えれば」

「先ほどの至近距離からのありまキュンの御尊顔は、頭の奥底に焼き付かせてしまったので…」

 …。

「病院に行きましょうか?」

「あれ? 視線が一気に冷たく…。…でもこれはこれで...!」

 だめだ手に負えない。

 ともあれ再びはぁはぁし始めたこの人、結果的に顔を上げたから良しとします。経緯なんてどうでもいいんです。


「で?」

 そう言うのは、先ほどから面白くなさそうにこちらのやり取りを眺めていたサクラさん。

「結局君は、何者なわけ? 通りすがりの変態さんなら、はやく病院に帰ってほしいんだけど」

 この人、本当にどうでもいい人には辛らつだな。

「い、いえ。申し訳ないのですが、何か病を患っているわけではありません…」

 いや。患ってはいると思いますよ。

 そんな居たたまれない空気の中、そこが彼女の大人としての拠り所だったのか、遊びは終わりとばかりに、シュンとした顔を引っ込ませ、代わりに厳しく、そして穏やかな表情で彼女――アイリスさんは、姿勢を正し告げてきた。

「申し遅れました。

 わたくし、王都支部、冒険者ギルドの受付代表に就かせて頂いております」

 そういってこちらに示してきたのは、頭を再度下げ、右ひじを下につきだし、右手先は胸の前に真っ直ぐ伸ばす――といった何らかの礼儀所作と思われるポーズだった。

 おそらくこの世界で、その役職は花形と呼ばせてまだ謙遜となるような、そんな誇りある職業なのだろう。


 でも某勇者さんの受け答えは変わらず辛辣だった。

「えぇ…。君ギルド受付嬢なの…真面目な役職じゃないか」

「…申し訳ございません…」

 あぁ。また恥ずかしそうに縮こまったじゃないですか…

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