01章-005:町に到着しよう
[5]
【システムメッセージ:本メッセージはアイテムボックスのメッセージとなり、その所有者は「有馬 宗太郎」様が登録されております。そのためご主人様呼称となります】
遠くから小鳥のさえずりも聞こえて来る、麗らかな森の中。生い茂る木の間を縫うように、辛うじて人の足跡が認識できる道がある。
私と女勇者さんはそんな道を並んで歩いていた。
そういえば、彼女の名前は「サクラ」さんだそうです。日本人チックですが、正真正銘この世界の住人であり、女神に認定された勇者だと、そこだけは詰まらなそうに話していました。
そんなお互いのなんとなくの紹介を終え(どうやら自分のような「プレイヤー」のことは召喚された人――通称「召喚人」としてこの世界では認知されているらしい)、手持ち無沙汰になり、改めてシステムメッセージさんに先程の「ご主人様」呼びの真相を問いただし、冒頭の回答を得ていた。
なるほど。
ずっとゲーム自体のメッセージと思ってましたが、アイテムボックスさんと会話してたんですね。
それはともかく、ご主人様呼称はこの理由で足りてるのだろうか…
じゃあやめるか、と聞かれれば、全くの否ですが。
あんまりこの先なさなそうな経験ですしね。
「ねえねえ『ソウ』君!」
アイテムボックスとの問答が落ち着いてすぐ、サクラさんがワクワク感満載で話しかけてきました。
「…はい」
「あれ? なんか面倒そうな顔してるね?
どうしたの?」
「なんでもないですよ」
「そう? あ、それでさ、どう? 魔王一緒に倒さない?」
面倒の理由はそれですよ勇者サマ。
この人さっきから、というか、自己紹介の最中から、三分に一回の間隔で同じ事言ってきます。
せっかくの美少女からのお誘いですが、リスクを全く隠そうとしないので、美人局が成り立ちません。
彼女曰わく、勇者というのは結局、教会と呼ばれる女神教の総本山からの派遣冒険者みたいなもので、派遣先の国や、勿論派遣元の教会の都合に振り回されて、本来の魔王討伐になかなか向かわせてもらえない、等の愚痴を勧誘を挟みながらつらつらと聞かされました。勧誘挟みすぎて、どっちが主題なのか話の流れが迷子になってましたが。
まあ、普通にゲームだったらその流れに乗ったのかも知れませんが――雑な魔王戦線参加だなとは思ったでしょうが――残念ながらゲームをしに来たわけではないので、どころかほぼデスゲームと化している現状ではそんな死亡率が高そうな就職先の内定はお断りです。
どうぞイケメン賢者とか、お色気魔法使いさんとかとお楽しみ下さいな。
「イケメンって良く話しかけて来るけど、交尾の事しか考えてないから嫌い」
吹き出しはちゃんと余所にむけて放ちました。
年頃のお嬢さんがあんまり過激な事を言わないで。何か自分の中の大切な何かが減るので。
それに、そういうイケメンの方々は成功確率が高めなので、数を打つ価値があり連打しているだけで、普通のお年頃の男子なら、大抵あわよくばを常に狙っていると思いますよ。
「ふーん。君も?」
是非もありません。
「ふーーーーん。
君の場合は、あんまり嫌な感じしないね」
そんなこと言って。惚れたら責任を取ってもらいますからね。
というか、普通に初(はな)から私が貴女にとって対象外の認識だからですよ。それは。
「ははー。なるほどー。勉強になります」
どういたしまして。
「あ。それで魔王討伐なんだけど」
そして世界は繰り返す。
今二人で向かっているのは、近くにあるこの国最大の町だそうで、それもそのはず、そこは王族が居を構える城の城下町だからだそうです。
歩いていると、微かに河川の流れる音と、匂いがしてきたので、そろそろ人里が近づいて来たのかもしれません。
しかし。
チラリとテクテクと横を歩くサクラさんを改めて見てみます。
今はフルアーマーを脱ぎ(アイテムボックスに入れてあげました)、胸当てと、肘・膝・脛当てのプロテクター以外はほぼ私服のようで、白いシャツの上にパステル色調の柔らかい素材のベストを重ね着、下は紺のフレアスカートに白黒の縞模様のニーソックスという出で立ちで、先程の革命団さんと対峙していたときとは全く真逆の、溌剌とした、でも何処か人を安心させる笑みを浮かべ、森に棲息する植物や小動物を眺めています。美少女モード全開。
…やはりゲームの住人には見えません。ずっと、さも現実の人間に相対するように接してきましたが、ここまで生きた人間としての人格と息遣いを見せられると、ゲームキャラとして扱うのは難しく思えてきました。
ただ、あんまり入れ込みすぎて、ゲームサービス終了時に心中を図る未来も怖いので、程ほどの距離感がよいでしょう。「惚れる」と言うのはその最たるものでしょうしね。
――今の時点でこのサクラさんが不幸になる未来が訪れるとかすると、既に後味が悪そうな予感はしますけど。
そのうち森を抜け、先ほど微かに聞こえていたせせらぎの発生元である、河川沿いの道を、たまにやってくる彼女からの勧誘をかわしながら進むと、進む先から何かやってきました。眺め見る限り相当急いでいるようです。
それを見ていたサクラさん、頭の後ろに腕を組んだ姿勢のまま表情変えず、舌打ちを一つしました。お下品。
「ああっ!? 勇者様! 見つけましたぞ!」
そういうその人は、鎖帷子で出来たジャケットを纏い、下半身は鎧武者よろしくのフルアーマー仕様のため、ガッシャ、ガッシャと超騒音。そういえばサクラさんもさっきまでフルアーマーでしたけど、殆ど音立ててませんでしたね。勇者ハンパない。
頭の装備があまりないので、その強面さがとても良く見受けられる壮年の顔まで認識できる距離になるに当たり、サクラさんは表情を動かさないまま片腕をあげて応えた。
「マークなんとかさん。どしたの」
「我輩の名はサイラスでございます!? マーク要素は皆無ですぞ!?」
そだっけ。と一言返すだけの彼女は、何となく判ってきましたが、人の名前を覚えるのがちょっと苦手のようです。
「で、そのサイなんとかさんが急いでどうしたの」
三秒足らずで既に半分消えてるし。
「――っ! …それはっ! 勿論勇者様を探していたのですよ!」
「探される謂れはないよ。王都になら今から戻るから、君たちは君たちの仕事に戻って大丈夫」
すげない。努めて冷たくしているというよりは、単に事実だけを述べる以外に感情が動いていない様子。嫌っているというよりは、興味がないのだというのが、大音声で叫ぶに等しく伝わってくる。
逆に何で私にはニコニコ対応なのか謎が深まります。
その空気に等しい扱いに、そして其れを推し通す威風堂々たる姿勢に、サイラスさんは圧倒された様子で二の句が継げられない。ただ「…ぁ...そっ…」という意味をなさない文句が漏れ出るのみ。
相手になってないのは一目瞭然だが、さっきサクラさんが思わず舌打ちをした相手としては少し不相応なのが気になる。
それに回答するかの如く、彼女の目線はサイラスさんの後方にずっと向けられている――
「僕に構う必要ないって伝えたはずだよ、『帽子の人』」
もう無表情ではない、ハッキリと睨む面持ちになった彼女が、サイラスさんの後方にたたずむ人物に言葉を投げた。
「――それ言われたから、なんだって言うの?」
それはちょっと異様な人物でした。
というか、人物なのでしょうか。まさに彼女が評した『帽子の人』が全くの最適解といえます。
この方、キャスケット帽を目深にかぶりすぎて、頭をすっぽり帽子で包まれています。
まぁ、そんなかぶり方ができる時点でキャスケット帽ではないのですが、一番形状が近いのがそれだったための表現にすぎません。
目や口の部分にあるべき穴が開いてないので、目出し帽とも呼べない。
その割には、しっかり声は聞こえます。
さらに言えば、その声からはわかりやすいくらい、忌々しさも漏れ出ていますが。
「こっちの仕事は、貴女の護衛なんだよ。そちらのような道楽気分と一緒にされちゃ不快だね」
帽子を頭からすっぽりかぶってる男に道楽といわれました。怒っていいところですよサクラさん。
「――それこそ知らないよ。それ(護衛)を自負するなら簡単に護衛対象に撒かれない方がいいんじゃない?」
痛烈なカウンターが決まったようです。
事情は別に知りませんが、仲良くなさそうですね。というか、帽子のことはもう周知の事実のようです。誰も明らかに突っ込み待ちのそれに反応しません。すでに出落ちも終了した後なのでしょう。
あんまり興味もないので、この話長くなるようでしたら、私お暇しちゃっていいかな。
「で、なんだそのガキは」
早速見つかりましたが。
彼女のウィークポイントを虱潰しに探していたのでしょう。そんな帽子の人に私が目に留まるのは、自然なことだったと思います。まぁそれが嫌で早く離脱したかったんですが。
「ずいぶん幼い彼氏を連れてるね。勇者様は少年好きだったか」
はっはー、とどんな表情か知りませんが、笑っているのは確かな模様。
はっはー。少年とは誰のことだこの野ロウ。
「『ソウ』君。だめだよ挑発に乗っちゃ」
宗太郎。略して「ソウ」。名前を覚えるのが苦手な彼女に合った、覚えやすい呼び名でしょう。
そんな風に呼ばれた私は、なるほど、半歩彼女の前に出てしまっている状態です。挑発に乗った図です。
「いや、彼に私のちゃんとした年齢をお伝えしないといけないと思いまして」
「僕もまだ君の年齢聞いてないよ。あいつに先に教えるのはずるい」
あれ言ってないでしたっけ。あとずるいって何。この距離で話してるんですから、一緒に知れるでしょ。
「ついでに聞くみたいなのがヤだ」
あら超可愛い。
「ゼブラル卿! あまり勇者様を刺激するような発言は控えてもらいたい…!」
今や帽子の人が前に出てきたことで横並びになっているサイラスさんが、戦々恐々といった表情でとなりの彼に訴える。この人出てきて5分経たずに苦労性キャラが確立してる。
「はぁ? 意見しないでおっさん。生理的に無理だから」
いじめっ子の女子みたいなことを言い始める帽子の人ーーゼブラルという名前だそうですが、もう無理です。帽子の人がハマりすぎて本名なんて気になりません。
めっちゃ顔(帽子)を寄せられて言われるサイラスさんは、それでも勇者の威圧よりましだったのか、今度は二の句を継ぎます。
「皇太子様から睨まれますぞ…っ! そうなればゼブラル卿とて!」
それを言われ、生理的に無理な割には、顔(帽子)をじわじわと寄せていた帽子の人の動きがピタと止まり、そのまま黙考した後、カク、と項垂れます。
「…はぁっ。」息をついた後、やおら顔を上げ、七面倒くさそうに言葉を返す。
「んなことはおっさんに言われなくても承知だわ。そのせいで溜まっているストレスを小出しにぶつけてるだけだよ」
声の質からしてサイラスさんよりはだいぶ年下と推測しますが、多分帽子の人の方が位(くらい)的なものが上なのはもっと簡単に推測できます。あまりといえばあまりな態度を貫き通す帽子の人に、サイラスさんもこめかみに青筋を浮かべている模様ですが、それは声に出さず、飲み下し「…冷静な判断、痛み入ります」と何とか声を押し出した。
興味もなくそれを無感動なまなざしで眺めていたサクラさんは、きりがついたと判断したのか、この場を締めるように言い捨てた。
「もう終わった? じゃあ僕らは行かせてもらうから――もちろんついてこないでね」
そして私の手を引き、彼らの横を通り過ぎます。
彼らの横を通るとき、ふと興味がわいて帽子の人をちらと伺いますが、どこ向いているのかさっぱりわからないので、こちらを睨んでいるのか、目をそらしているのか感情が読めません。当たり前ですけど。
ただ、最後にサイラスさんが、サクラさんにこう声をかけた。
「勇者様も――あまり羽目を外し過ぎぬように」
――それから数刻もせず、私たちは町につきました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます