01章:Sakura Side[001]

[SakuraSide-001]


 僕はサクラ。やんごとない身分じゃないんで、苗字は持っていない。覚えにくいので、苗字なんてこの世からなくなればいいと思っている僕からすると都合がいい。

 よく「女のくせに、『僕』はおかしいんじゃない」と言われるけれど、理由を聞いても「『僕』を使うのは大体男だから」以外出てこないようなので、気にしないでいる。他人がそうしてないから、というのがしてはいけない理由にはならないでしょ?


 そして今僕が何をしているかというと、人を探している。

 この国「王族の国」に来て出会った親友「マリア」さんだ。

 ここにきて碌な目にあってはないけれど、あけすけなく僕と接してくれる彼女と出会えたのは唯一嬉しい出来事だった。

 ――でも彼女はある日突然いなくなった。王族の何とかが言うには「テロリスト(革命団のことを王族はそう言う)が誘拐したに違いない」らしいけど、事が起こってから断定するのが早すぎるし、適当なことを言ってるんだろうなとは思う。

 けど、他に探す手がかりもないし――大事に思っていると思っていた人をいざ捜そうとして、何の手がかりもない自分が、相手のことも良く知ろうとしてなかった事を思い知った自分が、選り好みしている場合ではないと考え、僕はひとまず革命団に接触することにした。

 とはいえ、もちろん革命団にも特に伝手がない僕は、まず情報を収集しようとするけれど、

「勇者様…勇者様とはいえ、彼らをその名で呼ぶのは…あまり褒められたことではありません…」

 褒めてほしくてやってるわけじゃないんだけど、多分「革命団」と呼ぶ人と仲良くしてると都合が悪い人がこの国には多いんだろう。


 そういえば僕は勇者というのをやっている。

 伝説の「ジョブ」だそうだ。昔から魔王を倒し世界を救ってきた由緒ある「ジョブ」とも呼ばれている。

 「ジョブ」。つまり職業だけれど、それは「戦士」だったり「魔法使い」だったり「コック」だったり多岐にわたり種類が存在する。

 そして、普通「ジョブ」というのは、その「ジョブ」にふさわしい鍛錬をして、女神に認められてなることができる。

 さらにその上の「派生ジョブ」と呼ばれる、なる人がほとんど少ないレア度高めな「ジョブ」は数十年もつらい修行をした上に、その「派生ジョブ」に必要な条件を満たす為のほとんど不可能に近いクエストをこなさないと、なることはできない。

 「勇者」が派生ジョブかと言われると、よくわからないけれど、レア度で言えばそれを超えるといわれているみたい。


 「勇者」に自分でなる方法は――どうやらない。教会の人間が言うには、しかるべき時に女神が人のうちから一人指定して、生まれさせるんだって。それで勇者が生まれて、ある年齢に達すると教会の巫女に知らせがあるから、すぐに教会に引き取られて、「勇者」にふさわしい教育を受けるとか。

 ――まあ僕は受けてないけど。嫌な予感しかしなかったし。


 ただ、教育を受けない代わりに面倒には巻き込まれた。色々あってたらい回しにされた後、ここ「王族の国」に派遣されているのが、この国に僕がいる理由。

 というか、僕としては魔王を倒さないと、のんびりとは暮らせないみたいだから、早く倒しに行きたいんだけど…さっき言った面倒も関係して、一向に魔王討伐にも行けやしない。

 魔王討伐に向かうのに周りを納得させるためには、細かいことを省いていえば「周りを納得させる力を持った3人の戦士」を揃えればいいらしい。

 適当に理由つけて集めようかと思ったんだけど――勇者のパーティなんていえばかなり簡単に集まるんだけどーーすっごい邪な欲望が透けて見える人ばっかりなんだよねぇ。名誉だったり、性欲だったり、悪意だったりで一緒にいてあんまり嬉しくない人が多い。さすがにそれなりに長い旅になるから、一緒にいて楽しい人がいい。


 あ、しまった。自分のことはいいんだ。マリアを探さないと。

 とにかく革命団――じゃない、テロリストはどうやら王都から少し離れたところにある、魔獣の森に拠点を構えているらしい。

 それでそこに来ては見たものの…広いなこの森…人どころか魔物だって見つかる気がしない。

 うーん。

 仕方ない――向こうから来てもらおう。


==


「そこのおまぇぇぇぇっ!? ちょっと止まれぇぇえ!」

 変わらず森の中、しばらくすると、そんな叫び声とともに男たちが四、五人ほどやってきた。

 どうやら期待通りの展開になったみたい。

 僕は木の枝の上から降りて、彼らの前に現れてみた。

 うわぁ...むさくるしいおっさんばっかりだなぁ…テロリストというより野盗って感じ。というか、本当に野盗かも?

「な、なにをしていたんだ! お前!」

 おっさんの中の一人が質問してくるので、僕は特に秘密でもなかったので素直に答える。

「雷100連発」

「ばかじゃないの!?」

 失礼な人だな。


 さっきから僕が何をしていたかといえば、大きな音を出し続けていれば誰かが出てくるかなと思い、魔法で雷を呼びまくっていたのだ。

 ちゃんと山火事にならない場所を狙ってたから大丈夫、のはず。100連発した場所はこの先100年くらい雑草も生えない有様だけど。

「これが諸行無常ってことなんだね…」

「ただの人為災害だよこの野郎」

 失礼な人だな。


「君たち、念のために聞くけど、最近巷を騒がせてるテロリストで合ってる? 野盗じゃなくて」

 野盗だったら、ついでに100年くらい生えないようにしてあげるけど。

「テロリストです!」

 元気なテロリストだね。

「じゃあ、マリアって女の人に心当たりは? 20代くらいのちょっと怖そうなオーラ出てる」

 ならば、と最初の目的である確認をしてみると、途端テロリストたちはざわつき始める。


 おや――実行犯かは知らないけど、割と王族の何とかもあてずっぽうじゃなかった、のかな?

「…マ、マリアさん...?」「ばかやろっ!?」

 何やらつぶやいたおっさんに、近くにいた別のおっさんが拳で乱暴に窘める。


 そんなことしたら「何か知ってる」と言っているようなものじゃない?

「あれー…意外といきなり当たりかぁ」うんうん。楽で大変結構。「じゃあ、教えて。マリアさんは今どこ? 君たちが本当に誘拐したの?」


「は?」


 その言葉には――さっきと異なり、彼らは揃ってきょとんとした顔をした。

 わかりやすいくらい「何も知らない顔」。

 --あー…ただの知り合い止まりの線が濃厚になってきたな…

 そうだとすると――マリアさん、友達はもうちょっと選んだ方がいいと思う。


「誘拐? ちょ、ちょっとまて、マリアさんが今なんだって? いなくなっちまったってのか?」

 もう「マリアさん知らないアピール」はやめたのか、それどころじゃないのか、先ほどとは違う動揺の色を見せつつおっさんの一人が問いかけてきた。

 まぁ、いいけどね――

「そうだよ」

「それで、それが俺たちの仕業って…誰に…」

 いいんだけど、質問してる立場が逆になってない?

 若干釈然としない気持ちに捉われ、黙っていると、勝手に答えに行き会ったのか、そのまま言葉をつなげる。

「ああ――俺たちを面と向かってテロリストって呼んでるんだ。王族関係の誰かにふかされたか」

 正解。僕を王族カテゴリーに入れるのはやめてほしいけど。

「お前は、たしか最近こっちに越して来た勇者だな…なんでマリアさんを――」

「質問してるのはこっちのはずだよ。おっちゃんたち、マリアさんとどんな関係なの? マリアさんの行方に心当たりは?」


 そう聞くも、最後のはどうやら独り言に近かったらしく、おっさんたちはすでにこちらから意識を外して「どういうことだ?」「リーダーに伝えた方が…」「いや、リーダーはどんなことがあってもマリアさんとは関わるなって...」と、何だか勝手に内輪もめを始めた。


「あのー質問聞こえた?」

「――でもそんなこと言ってる場合かよ!? リーダーだって本音じゃぁよっ!?」

「ねぇ」

「今はそれこそそんないがみ合ってるときかぁ!? 兵隊が考えたってバカの考え休むに似たりってんだ」

「なんだと!?」

「あの」

「やるかぁ!?」

「我流 蒼天突き」ゴウッ!


 とりあえず一番近くにいたおっさんを剣の突き技で吹き飛ばしてみる。

 ちなみに、蒼天突きは「騎士の国」の流派にある剣術の技なんだけど、勝手に覚えて使ったので、細かいところは色々異なる。でも威力は変わらない――ゴリラ級の装甲をした戦士を10mくらいは吹っ飛ばす。

 技を受けたおっさんはなんだか哀れっぽい悲鳴を上げてそのまま地に沈んで起き上がらなくなった。


「さぁ。もういいから答えて。マリアさんは、どこ?」


==


 はぁ。

 聞き込みって難しいなぁ。

 結局おっさんたちは「知らない」の一点張りだし、

 もうちょっと吹っ飛びが足りないのかなと思い始めたら、周りをなんだか取り囲まれ始めてるし…

 多分、二、三十人くらいが密かに動いているみたいだけど、「二、三十人」って凄いねまた。これだけの人数が動いて気配を消せてるんだから、ちょっとした軍隊レベルだよね。テロリストってこんなに練度高い組織なの?

 そして、その軍隊が広がりきったあたりを見越して、一人の優男が現れた。

 ――ジャン・オレイル。

 気障ったらしいなぁ。なにが「そこまでにしてくんねぇ」なんだろうね。物言いが時代錯誤で気持ち悪い。


 彼は言わずと知れたテロリストのリーダー。王族からは直々に抹殺指令をもらっているけど、僕殺し屋じゃないんで。

「君がボス?」

 とりあえず知らないふりをしておこう。思った以上に威圧を感じる。一対一では負けやしないだろうけど、今みたいに盤石の体制を仕組まれつつ、それを全く素振りに出さない豪胆さを見る限り、舐めてかかっていい相手じゃない。

 でも、仕掛けるなら相手が合図を出す前――

 そのタイミングはそこまで遠くない。


「あー、xxxxxxxx」


 何か言い始めた、でもそれに意味はない。あからさまな時間稼ぎ。しかし、そんなに僕は義理堅そうにみえるかい? 


 ――そんなの相手にするわけないじゃん!


 体感速度が急速に上がる。彼我の距離は約20m、よかった全然――ひと足で届く。

 さっきまでの風景が引き伸ばされるように、自分の速度に周りが――人間の目の処理速度が追い付かない世界に突入する。

 次の瞬間には彼の懐に入って周りが動く前にボスの命を確保してお――!?


 …。

 耳に痛いくらいの静寂。自分に向けられる…無数の殺気と、実際の殺傷力を持った威力が二十四。

「なにこれ、まとめて騎士隊にでも転職すればいいのに?」

 そんな負け惜しみを言うのが精いっぱい。

 隙間なく囲まれた弓の包囲網に、身動きはもう取れなかった。

 くそう完全に――読まれてた。



「そらどうも」


 とりあえず、この場は負けだ、認めよう。


「なんだっけ、君の名前、確かやる気なし郎…」


 いつの間にこんな殺伐とした空気になったのかとても不思議だけど、今度はこちらが退却の隙を窺う番だ。


「誰だよ。ただのオレイルだ。そんな特徴的な名前じゃねぇや」


 意味のあまりない会話をとにかく続けよう。


「ジャン・オレイル。――革命団のボスね」


 正直。手段を選ばなきゃ、ここにいる全員を問答無用で殺害することは簡単だけど、先ほどの通り僕は殺人鬼じゃない。


「それで、盛り上がってるところに、ボスが横から悠長に会話始めてなんのつもり?」


 穏便にはちょっと難しい。さらに、下手な対応をしたら、拘束くらいはやってのけそうな気がする彼らを面前としたこの状況は、思ったよりヘビーだ。

 拘束された場合、あっさり殺してくれるかな? 女として生まれてきたことを後悔させられる展開になる前に念のため自害の準備もしておこう。

 勿論殺されてあげる気は毛頭ないけど、それこそ皆殺しにするけど、一応僕は女の子も兼任してるので、普通にこんな男たちに囲まれたら「そういう」恐怖は禁じ得ない。


「リーダー!」


 不本意ながら割と普通にビビってしまった。

 唐突に上がった、今まで話していた陰気で暗い声とは対照的な甲高い神経質そうな声がこちらに、まぁ、もちろん目の前のオレイルにあげられた。

 声がした方を見ると、ああやっぱり神経質そうなおねぇさんが怒ったような顔で、誰かを引きずりながらこちらに歩いてきていた。


 ? あれ。

 誰あれ?


「誰なんで、その兄さんは」

 内心の戸惑いを表に出さないよう努めていた僕をよそに、先ほどから全く声のトーンの変わらないテロリストのボスは、そのトーンのままおねぇさんに男の子の正体を聞いた。そう、男の子。割とかわいい。

「は、『こちらが包囲網を敷こうとした付近で、木の陰に隠れていた』ので、取り押さえました。その女の取り巻きかと」


 …

「え?」


 なんだって?


 取り巻きかはただの誤解として、いや…嘘でしょ。包囲していた彼らと同じ位置に、しかも割と前から隠れていた?

「…君たちが包囲してたのは気付いてたけど…」


 ――有り得ない。

 繰り返すが僕は勇者だ。普通じゃない。だから普通じゃないスキルも多数持っている。

 「気配察知」もそのうちの一つ。これは半強制的に脳裏に周辺の索敵を行った結果を投影し、勝手にどこに何がいるのか通知してくる。常時その調子なので、普通の人がこのスキルを手に入れてしまうと、気が触れてしまう、らしい。僕には気が触れるその感覚はわからない。ああ便利だな、と思う程度。

 その「気配察知」で察知できない?

 それって――化け物じゃない?


 人知れず戦慄する僕を他所に、忙しい運命は次の展開に移る。


「いやぁぁぁぁぁっ!」


 ――今悲鳴を上げたいのはこちらの方だよ。

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