01章-004:もう、町に行ってもいいよね
[4]
「…え。あれ」
瞬きしつつ、こちらはさすがの体幹能力ですぐに飛び起き、軽い首ふりだけで正気に戻った模様の女勇者さん。
私の情けない寝転がったままの姿をすぐに捕捉して、また、じっと見てくる。
…例の病を炸裂させてほしいのでしょうか?
じっと見続け――すぐに、なぜか嬉しそうな笑顔を向けてきます。
「君、何かやったね」
…ロマンスの始まりよりは、宿命のライバルを迎えるような喜び方ですね。
何かやったかといえば、もちろん何かはやりました。
彼女は先ほど戦闘中で――吹き飛ばされていた。
この世界では戦闘中に付与された「不都合な状態」はすべて「異常ステータス」に分類されることになっており、今回はその中の「ノックバック(吹き飛ばされ)」状態だったのです。
なのでその「ステータス状態」を、「アイテムボックス」に「格納」しました。
「…え?何それ?」ってかんじですよね? わかります。私もまさかうまくいくとは思いませんでした。
――瀬稲さん。貴女、私の落書きプログラム直しませんでしたね?
開発当時から、アイテムボックス信者だった私は、アイテムボックスというものに、ある仕掛けをしていました。
特殊なコードを打ちながら、アイテムボックスを使用すると、「物」だけでなく、「事象」「ステータス」をアイテム化して格納することができる。という悪戯です。
なので、今私の巾着(アイテムボックス)の中には「ノックバック効果」というアイテムが一つ格納されています。
しかも、このアイテム化された「効果」は、格納するだけではなく、取り出した後、特定の対象に対して実行すると、その効果を改めて発動させる、という仕組み付きです。
まぁ、私はスキルと思って仕組んでいたので、アイテムとしてしか存在していないと黒霧さんに言われたときは、さすがに残ってないだろうなと思いましたが。
いや、よかったよかった。
「ジャギャギャギャギャギャギャァァァァァァッ!!!」
良くなかったわ。
とりあえず致命傷は回避させることができましたが、ピンチは続行中。
こちらが危機を回避したと即座に気付いたワイバーンが大きな翼を広げ、こちらに滑空してくるではないですか。
それも目で追えない速度で迫ってくるのを、女勇者さんはさすがの切り替えで、「腰にしがみついて!」と私に指示を飛ばすと、まだワイバーンが肉薄してない時点から剣をいきなり上段からワイバーンに向かって切り下し、まさにのタイミングでワイバーンが女勇者に接敵――
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!??」
奇跡の素早さをもって女勇者にしがみついた私ごと、ワイバーンの勢いのまま後ろに高速で地面を滑っていく――!
女勇者の足が地面を削り続け、身体の軸がぶれるのを強靭な肉体と集中力で押さえつけ、直接ワイバーンを切りつけている剣を、全身の力を注ぐかのように、命を削るように、にらみつけた彼女が握り、そして粘り続ける。
止まらない。押し負けない。耐えて、もはや数百メートルもの地面が足で削られ、まだその勢いがやむことはなく、それは永久に続くように感じられ――しかしそんな時、もう私の視界にも後方に終着駅が見え始めてきました。
――岩壁です。
このコースは直撃でしょう。それでさえ止まるのか怪しい気配もありますが、間違いなく女勇者さんと私は死にます。
自分たちのノックバック効果をまた、アイテムボックスに格納する事を一瞬考えました。ただ、今回はワイバーンも意図してではないでしょうが、ずっと突進することで継続的なノックバック状態を生んでいるので、すぐに元通りです。無駄でしょう。
アイテムボックスで岩山を格納――ってそれはさすがに無理です。さすがにデカすぎます。一部だけとかやれないことはないかもですが、一部削ってもやはり焼け石に水でしょう。
一応、大きくても大型モンスターを格納できる程度の仕様なので――
大型モンスター。
・・・このワイバーン。おそらく分類的には大型モンスターですね。
「ごめんねっ」
少し思考に没頭していた私に向かい、急に女勇者さんが話しかけてきました。
「はい?」
まさかこの状況で話しかけてくるとは思わなかったので、炭酸の抜けたような返事を返すしかできない私に、
「せっかく助けてくれたんだと思うけど、もうお礼するのも無理かも!」
「…そうですね」
そもそもお礼される先の私も、その想定の場合同じく無理そうですし。
「今できることであれば、するけど何かある!? おっぱいとか揉む?」
え。まじで。
「あ、鎧してるか、鎧ごしでもいい?」
何それ楽しいの。
状況に全くそぐわない会話を繰り広げられていますが、現実は残酷。もう一分もしないうちに私たちは終わりを迎えそうです。
――その前に一手試してみましょうか。
おもむろに手に取ったアイテムボックスを、私がワイバーンに向けて掲げると、それを見た女勇者さんが、どこか同情するような目を向けてきます。
「…ずいぶん貴重なアイテムを持ってるんだね。でもだめ。多分アイテムボックスにワイバーンを入れようとしているんだろうけど、アイテムボックスには生きた生物は入れられないよ」
そうですね。その仕様のはずです。
そもそもアイテムボックス内は亜空間扱いのため、生物が存在できる状態ではなく、誤って人を格納できないように女神が制約を入れている――ということになっています。開発側の理由としては、生き物を入れることを許容してしまうと、ゲームの登場人物を次々に格納して、ゲーム進行に支障が出る等々の理由から、とかだった気がしますが。
とにかく、彼女の意見は正しいです。全く間違っていません。
でも、その理屈で行くと――「事象」を格納するのも不可能なはずです。
その機構は生きていた。そして、私の悪戯プログラム上、「大きさに制限はあるものの、物理枠で基本格納できないものはない」はずです。
ここはひとつ――瀬稲のズボラ体質にかけてみましょう。あ、そう思うと、途端大丈夫な気がしてきたよ。
「まぁ、私のは少々特殊なもので」
「特殊って...アイテムボックスの種類って格納できる大きさだけのはずだけど…」
まぁ試して損はありません――行きますよ。
いまだ咆哮をあげて、突進を繰り返す畏怖の対象、「ワイバーン」に掲げる手を向け狙いを定め、
――アイテムボックスOPEN。
【システムメッセージ:対象は、どうされますか?】
――目の前のワイバーン自体を格納。
さぁどうだ。
頼むよ。せめて軽めの代償が必要程度でお願いします!
【格納対象:前方の弩級30m型ワイバーン】
対象にセットできた! 代償もない!
【システムメッセージ:格納すると、ワイバーンは死亡します】
え? そうなの?
…それってモンスターを倒したことになる?
【システムメッセージ:同義となります。倒した経験値や、収穫アイテムはご主人様のものとなります】
うん。すごいけどちょっと待って。
ご主人様? ご主人様って何?
【システムメッセージ:実行?】
…システムメッセージが誤魔化すってなに?
まぁ、それはともかく、もちろん。
――YES
「・・・っなに!?」
先ほどのノックバックの比ではない大質量の光球に、ワイバーンが唐突に包まれるのを彼女は流石に悄然となり、その光景を見つめる。とても気持ちはわかる。
わかるが今は次の事態に備えてほしい!
ワイバーンはすぐにアイテムボックスに格納されて解決だが、岩壁にぶつかる勢いは止まってない!
なおかつ時間をかけすぎてしまったため、すぐに、とは言ったがワイバーンを格納しきるまでアイテムボックスは使用できない。その後に今のノックバックを格納とか絶対間に合わない!ないないない!
「勇者さん! 横に飛んで!」
「!」
一言が限界だった。通じて頼む。
――ズシャァァァァァァァォァァォァッ!!!!
そのまま滑り続けた土からの土煙は岩壁まで伸び、しばらく一帯、黄土色に濁った煙りが落ち着くことはなかった。
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