01章-003:今度こそ町に行こう

[3]



「そこまでにしてくんねぇ? 勇者さん」

 渋い。

 そして全てを預けたくなる抱擁力。それを声を聞く、それだけで心が理解するこの感じ。

 

 間違いない。この物語の主役はこの人です。

 というか、彼女勇者だったんですね。本物だとしたらめちゃくちゃ簡単に遭遇するもんです。


 それはさておき――

 テロリストの男に剣を突き付けたまま、睨みを弱めない女勇者は、その視線を横にずるりと――新たに現れた青年にずらした。

 その目線の先に現れていたのは、白髪の伏目がちの男。

 がっちりというよりは針金を思わせる体躯が、彼が羽織るうっすらとした白いローブに浮き上がっている。

 全体的に着流しのような服に身をまとい、最低限の防備として革製の胸当てをしているが、十分軽装です。

 口にはタバコがくわえられているが、火はついておらず、しおれてしまい頭を垂れてしまっている。

 伏した目の、その奥はしかし彼女をとらえ、離さない。

 その手には抜身の細剣がぶら下がっている。

「君がボス?」

 そう確信させる空気を放つ白髪男に対し、しかし彼女は微動だにせず、目線の力も変えず、平然と問うていた。

 白髪男は、一度タバコを引き上げるように口を真横に引き締め、だがすぐあきらめたように口を緩め、タバコを揺らしながら答えた。

「あー、まぁそうでもいいんだけどさ。

 こっちの言葉は聞こえたか?」

 そういって、剣を持った手とは逆の左手でタバコをつまむ――と見せかけそのまま腕を上げる。


 その直後に二つのことが同時に発生した。


 一つは女勇者が一瞬で5mはあった白髪男との間を詰めて首筋に剣を当てたこと。

 もう一つは、女勇者の四方八方を囲むように、弓を構えた、おそらくテロリスト仲間が数十人ほど一斉に現れたこと。


 女勇者は特に顔色を変えなかったが、一つ舌打ちをした。

「なにこれ、まとめて騎士隊にでも転職すればいいのに?」

 それはおそらくこの世界での集団戦闘者に送る、かなり最上級の賛辞だったのだろう。

「そらどうも」

 しかし白髪男は、楽しくもない顔で彼女を見下ろしたまま、首に剣を当てられたまま答えた。

 おそらく、女勇者は先ほどのタイミングでボスの命を脅迫できる位置取りを先取し、絶対的優位を担保しようとしたことに対し、白髪男はさらにそれを見越し、弓兵をあらかじめ配置させた上で姿を現し、女勇者が動くその時を見計らって弓兵をけしかけた。

 今のこの混着状態を、あえて作るために。

 その意図には気付いて、自身が陥れられたことも理解してか、女勇者は面白くない顔で、適当な悪態をつく。

「なんだっけ、君の名前、確かやる気なし郎…」

「誰だよ。ただのオレイルだ。そんな特徴的な名前じゃねぇや」

「ジャン・オレイル。

 ――革命団のボスね」

 その名前を口にして、彼女は言葉をつなげた。

「それで、盛り上がってるところに、ボスが横から悠長に会話始めてなんのつもり?」

「知ってるんじゃねぇか…

 はぁ、お互いそろそろ落ち着いた方がいいと思ったんよ」


===


 さて。

 だいぶ状況からおいていかれていますが、そろそろ私この場から離れていいですよね?

 そう思いませんか、いつの間にか私の首筋にナイフ突き付けてる、おねぇさん。

「黙れ」

 はい。黙ります。

 いや、まぁ、あれだけの包囲網です。彼らから20m足らずの距離にいた私もその包囲網の一端に入っていたのでしょう、バッチリ目があった途端、素早く腕を極められ、首筋にナイフです。超見事。

 

 かたや主役のメンツたちのやりとりも続行中です。

「僕が教えてほしいことは伝わっているよね?」

「伝わってるし、回答もしてると思ってた――」

「リーダー!」

 私にナイフを突きつけたおねぇさんが主役達の会話を遮り、私を引きずるように――いやもう引きずってますね――オレイルさんたちに近づいていきます。

 いや。まってまって。

 私なんて主役級のふたりの会話の邪魔をするほどのもんじゃないですよ。おとなしくモブはモブらしく隅っこで聞いてましょうよ、おねぇさん。

 ドシリアス進行中だったところに水を差されて、両者訝しむ視線をおねぇさんに、というよりはやっぱり私に向けてきています。

「誰なんで、その兄さんは」

「は、こちらが包囲網を敷こうとした付近で、木の陰に隠れていたので、取り押さえました。その女の取り巻きかと」

 そんな女勇者曰くの革命団の会話に、女勇者さんが何を思ったのか、

「え?」

 と、眉を跳ね上げ、おねぇさんをびっくりしたように見てから、再度私に視線を戻します。

 いきなりお前の関係者だと、知らない人に突き付けられたらそんな顔にもなりますよ。わかります。

 しかし、やっぱり至近距離で見てもえらい可愛い方ですね。あんまり視線を向けられると、こちら思春期男子なので平静ではいられませんよ。「あれ、こいつ俺のこと好きかも?」病を発動しますよ。

「…君たちが包囲してたのは気付いてたけど…」

 はぁ、しかしどうしましょう。関係者じゃないって信じてもらえますかね。片方にだけならまだしも両サイドの納得は難しそうです。「こいつは相手のスパイじゃない」という証明はどうやらできそうにないですし。

 やっぱりここは逃げの一手です。

 どうやら、おねぇさんの気はオレイルさんにそれているようですし、今なら何とか片腕の関節外すなり犠牲を払えば――



「いやぁぁぁぁぁっ!」

 いや、さっきからどんだけ忙しないんだここ。


==


「逃げの一手だろうな」


 2回目の悲鳴の現場に向かい、しばらくして、そう一言、でもしっかり宣言したのはオレイルさんだった。

 そこに広がっていたのは――惨劇。


 おそらく何かしらの「旅の一団だった」のだろう。幌付きの馬車の残骸が横たわっており、その周辺には赤い血溜りが今も広がり続けている。ひいていたと思われる馬は、もういない。

 運がよければ逃げてどこかに行ったか、もしくは――「あれ」に喰われたのだろう。

 ワイバーン。

 RPGでは竜種の中では一番弱い、もしくはまったく別種のただの飛行モンスター扱い。物語の中盤に現れ、普通のフィールドに現れる中だと強敵だが、少し経てば主人公たちに一撃でやられかねない、そんな存在。強敵だった際でも「そうは言ってもフィールドモンスターなんだし、何とかすれば勝てるでしょ」以上の脅威は感じない。

 もちろん、ここは仮想現実、モニター越しのモンスターとは感じる質感も、脅威も、恐怖も違うだろう。


 今この場にいる人間――選出した革命団数名(私を引きずっていたおねぇさん含む)と、女勇者さん――が何を感じているのか、私にはわかります。

 ――絶体絶命。

 1回目の悲鳴に駆け付けた私と同じく「調子乗って物見遊山で駆けつけて正直すいませんでした」と土下座な心境に違いありません。その土下座、私は二回目なので先輩ですよ。

 元より巨大な鉄骨より硬そうな皮膚を持った青い体躯、それをさらに広げる体長ほどある翼は体とは違い漆黒で、大きく突き出た首の先で血走る濁った眼球は顔から浮き出て、あたり一面を見下ろしている。


 恐怖の体現。やおらこちらの腹の奥に痺れを与えるほど、重厚に震わせて来るそのうめき声は、これが自分を殺す存在だと強制的に理解させられる。

 ただ、若干1名、理解が及ばない方が一名。

「逃げてどうするのさ。まだ、生きている人がいるみたいじゃないか」

 女勇者がつぶやく通り、元々いたほとんどの人間が血溜りに沈んでいるが、それはほとんど武装した男が多く、おそらく護衛される側だったのだろう、抱き合うように倒れてはいるが、ワイバーンを見開いた目で凝視している母と娘が倒れた幌馬車の横にいた。最初は幌馬車の影に隠れて入れたのだろうが、幌馬車が横倒され、ワイバーンに捕捉されてしまったのだろう。

 先ほどの悲鳴はその時の娘さんのもののようです。

 命運は尽きたと半ばあきらめながら、なおも生への渇望を放すことができず、母娘は瞳孔を開きながらふるえている、そんな状態のためか、後方に現れたこちらに気付いた様子はない。オレイルさんの言葉を実行するのであれば、後味が致命的に悪くなるはずなので、このまま気付かないことを望むところでしょう。

 だから、

「今行くから! そのまま動かないで!」

 という女勇者さんの叫びは、その場にいた大多数の人間からは受け入れられないものでしょう。

「…っ! 勘弁してくれ…!」

 つぶやいた大多数代表のオレイルさんが、革命団のメンバーを後ろに下げる指示を出すと同時、

 女勇者さんが、ロケットスタートよろしく飛び出しました。

 はっや。

 あんなスピード、身近で見た限りでは、それこそペットボトルロケットくらいのもんです。人間のどの筋力を鍛えるとあれが体現できるのか全く理解に及びません。


 …あんなに迷いなく飛び出した所を見ると、実は勝てたりするの、かな?

「勇者さんが犠牲になってくれてる間が最後の撤退チャンスと思いな!

 早馬で、一人待機メンバーに撤退命令を伝えろ! 俺たちも気配を気取られないように慎重に移動する! こけた奴は死んだと思え!」


 あ、だめそうですね。オレイルさんの顔が割とまじな恐怖にひきつっています。

 どうやら、この身に感じている絶望感は皆に共通のようです。

「って、なんでお前はこの兄さん連れてきてるのよ…!」

 と、私を拘束「していた」おねぇさんがオレイルさんに後退しながら怒られています。

 そんなおねぇさんは、すでにその手から私を放した状態で狼狽えながら首を振り「いや...っ! 私は…!」と泣き叫ぶ一歩手前、それを感じたのか、オレイルさんはこれ以上混乱を呼ぶ要素を増やしたくないのか、それを手で制し「すまん、忘れてくれ、気にすんな」とフォロー。


「兄さん、悪いけど、率先して助けてやれねぇ、せめてこれ持っていきな」

 と、オレイルさんの腰に挿していた片手剣を放り投げてきます。

 はしっと手に取ると、思ったより重みのあるその鉄製の剣に腕が落ちます。

 …いや、とっさに受取りはしましたが、どういうことです? せめて殿(しんがり)を務めろ的なことでしょうか。

「万が一生き延びたときの路銀にしな」

 わーやさしい。

 万が一て。

 放るや否や、革命団の人は有言実行よろしく一斉に方々に駆けていきました。多分分散して生存確率を高めようということでしょう。

 結局、私彼らと一言も会話することなかったですね。モブの面目躍如といったところでしょうか。「黙れ」と言われたのを律儀に守っていたわけではありません。

 ――あんまり印象を持たせてうれしい相手ではなさそうですしね。


「ギジャァァァッァァァァァァァッァア!」

 彼らを見送るのも半ば、完全に攻撃色強めな威嚇が、こちらの体全体にぶつかってきたのにたまらず、ワイバーンがいた方向を振り返ると、

 女勇者が空を舞っています。

 軽やかなジャンプ攻撃にしては、体勢が完全に死に体ですし、単純に吹き飛ばされているのでしょう。しかも、こちらに。

 普通に考えてあの勢いで飛んでくる人ひとりを受け止めようとすれば、高確率で死ぬでしょうね。つまり避けると彼女は漏れなく重傷を受けると予想できます。

 ――まぁ仕方ないですね。

 一応私もこの「UQ」の関係者です。ゲームの世界観やシナリオは担当しなかったので知りませんが、「コアシステム」部分、つまりこの世界の仕組み自体は、そこそこ理解しているつもりです。

 てなわけでだらだらとした説明は後です。手持ちのネタで何とかしてみましょう。


 ――アイテムボックスOPEN。

 【システムメッセージ:『格納』対象は、どうされますか?】


 やおら浮かび上がる白抜きのメッセージに素早く命令コマンドを放つ。


 ――女勇者の「ノックバック」を格納 


 【格納対象:女勇者にかかっているノックバック効果】

 【システムメッセージ:実行?】


 もちろん。

 ――Yes

 

 途端。女勇者さんの体が一瞬光り、その光が自分の掲げた唐草模様の巾着に吸い込まれます。

 そして、女勇者さんは一瞬ふわっと空中に停止したように見えた直後、そのままストンと私の上に落ちてきます。

 ――あれ、この状態でも割と一般男子には荷が重いのでは?

 と、そんな思考さえ間に合わず、何とか抱きとめようとして、案の定私もひっくり返る羽目になりました。ギブミー体力。

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