01章-002:町にいこう
[2]
宇宙から目が覚めれば、そこは一面広がる青空でした。
どうやら、今度こそ仮想現実のゲーム内に到着した様です。
そんな私はこれまた一面に広がる青々しい草原の上、あお向けに寝転がっているようでした。
しばらくは、そうですね。
たまに通る白い雲を眺めつつ、情報を整理してみましょう。
――このゲーム「UQ」。
ちゃんとプレイしたことがないので、判断つきませんが、過去のゲーム時でもこんな始まり方をしていたのでしょうか。説明もなく草原に寝ころばされていたら、プレイヤーは先の見えない展開に、早速クソゲー判定を付けやしないかと、一製作者として心配になります。
少し回りくどい言い回しになりましたが、何が言いたいかというと、
「チュートリアルはよ。」ということです。
いつもはスキップして「自分の体で覚えるのがゲームの醍醐御よ」、と嘯きゲームの初期説明機能であるチュートリアルを利用しない派の私ですが、今回に限っては利用してあげようという気持ちになっています。言葉が悪かったということであれば、言い直しましょう。「お願いします。誰か説明してください。心細いです」まじごめんって。
情報整理をするという気概はどこに行ったのか。
他人に甘えたい年ごろです。
しかし実際待てど暮らせど、親切なチュートリアルメッセージは現れる気配はありません。
一つ思い当たる節があると言えば、確かあの黒霧さん曰く、この世界の女神様はご乱心中とのことでしたので、世界を不幸にする企みに忙しくて、こちらにリソースを割けられないのかもしれません。まぁ、そんな企みに忙しい女神様からのチュートリアルはさすがにご免被りますが。
いつまで待っても果報はやってこない以上、やはり当初の意気込み通り自分で考えることにします。
ひとまず脳内を「質問側[Q]」、「回答側[A]」に分けて、一問一答形式で状況の整理を進める。
Q:何故私はここにいるのでしたっけ?
A:親友の瀬稲が仮想現実世界「UQ」に閉じ込められたので、助けにきた。
Q:嘘つき。
A:あれ、こいつ質問サイドの癖にダメ出し?ごめんなさい。
どちらかと言えば、瀬稲を拉致したと思われる第三者の機関に、
ついでに自分も拉致られた為。という表現が正しいのかもしれません。
Q:今自分がいるここはどういうところでしょう。
A:状況的に見れば、仮想現実世界「UQ」の可能性が高いです。
「UQ」は元々完全ダイブ式のVRMMOゲームとして運用されていましたが、
昨今ではゲーム自体のサービスは停止し、医療利用目的の運用準備が
進められていたはずです。
Q:聞いていないことまで答えるなんて、自己顕示欲の塊ですね。
A:ちょっとこの質問担当チェンジでお願いします。
Q:ここが「UQ」ということなのであれば、私は現実世界に戻れないのでしょうか。
A:…基本的にはその通りだと思います。ただ、あの怪しい黒霧さんの言葉を信じるなら、
この世界の「女神教」の勢力を弱め影響力を制御し、女神の力を弱体化させることができれば、元の世界に戻してくれるようですが。
Q:無理ゲー乙。
A:これ本当に私の人格の一部から発生してますか?なんで自分に殺意とか抱かないといけないんですか。
Q:「UQ」の時間感覚は現実世界と同じですか?
A:質問の出だしがとても的確なのでやりにくい限りですが、実はそこは違います。
開発元の公開情報によると、現実世界の1日が、このUQでは約「10日」だそうです。
つまり現実世界の10倍の速度でUQの時間は過ぎているということになります。
Q:それだと、予定していた医療目的の使用用途、「長期治療期間の精神転移」からすると、
都合が悪いのでは?
A:まともなリレーありがとうございます。
そちらについては、本稼働前に、ほぼ同じ時間間隔に設定しなおす予定だったようです。
というより、それに手間取りサービスの開始に至っていない、ということのようですが。
Q:それはお前の女(瀬稲)からの情報か?
A:瀬稲は私の所有物ではありません。Get Out(表に出ろ)。
もう自分がわかりません。
潜在的心理では、あんな人格が潜んでいるのかと思うと戦々恐々となります。
気持ちを落ち着けるための情報整理で、なぜ肝を冷やしているのでしょう。
つらたん。
ひとまず、めげずに情報整理を続けます。やつ?やつは遠くに旅立ちましたよ。
Q:「UQ」の世界は、剣と魔法のファンタジーということでしたが、
それは医療目的に切り替わってからも同じなんですか?
A:今のところ世界観自体に何も手を入れていないそうです。
いっそ新しく世界を作り替えた方が、時間調整もしやすかったと思いますが、
製作者(瀬稲)が最後まで抵抗し、現状維持となっているようです。
Q:ここはその「UQ]のどこになるのでしょうか?
A:わかりません。実は「UQ」に入るのはこれが初めてで、全く土地勘(?)はないのです。
Q:「UQ」では蘇生という概念はありますか?
A:あります。細かく言うと、HPと呼ばれる生命力ゲージが「0」になった時点で
霊(レイス)化します。蘇生はその霊を体内に戻す方法です。
ただ、霊のまま一定時間たつとそのキャラクターは死亡扱いとなり、
キャラクター再作成というとてもシビアな設定です。
多分、今この状況に陥ると精神的な死が訪れるはずです…
Q:私は誰でしょう?
A:貴様生きていたのか…!
こんなところでしょうか。
寝ころんだまま、首をゆっくり左右に振り改めて周りをチラ見すると、
――なんとまぁ。そんなため息が自然とこぼれます。
先ほどは、クソゲーとこき下ろされる、なんて心配をしていましたが、そうはほとんどならないのだろうな、とすぐに思い直す。
VRというものに対するイメージにある、「とはいうもののやはり偽物」という感触。
それはここには全くありません。
雲の流れ、草の風による揺らぎ、空気に混ざる青臭い草のにおい、肌に感じる若干の湿気感。
これは、本当に人の作った仮想世界なのでしょうか。私が主に担当した戦闘システム分野ではなかったため、詳しくは知りませんが、どんな処理能力でそれを実現しているのか、いちいち気にし始めたらきりがないほど。
本人も――そして私も――好まない呼称ですが。
変人で、超怖い女ではある彼女、瀬稲は誤解を挟む余地のない「天才」と呼ばれる人種ですね。
時間もたち、よく考えると元RPGの世界ですので、外であれば普通にモンスターとかポップしてくるんじゃない?という思いに至り、今までの人生で一度も体験したことのないレベルの体のバネを使い、跳ね起きると、それで何を確認できるのか全く分からない高速の首振りであたりを見渡した結果、最終的に中腰の姿勢で安堵のため息をつく。
行動するだけで、ひとまず何らかの満足を得る、ということはよくあることです。
せっかく体を起こしましたし、ひとまず人のいる所を探して移動しましょうか。
「UQ」には初めて入りますが、ある程度の仕組みは、瀬稲から聞いています。
たしか――
――ステータスOPEN
■名前:有馬 宗太郎
■性別:男
■種族:人間(異世界人)
見えますね。
この辺はゲームの感覚ですが、現実にホログラムのようなものが目の前に広がるのは、普通に視界が遮られて怖いです。
いわゆる「ステータスウィンドウ」はこの世界でも実装されています。
種族は、まぁプレイヤーはそういう扱いなのでしょう。
そして、ステータスを開いたのは目的が…多分この右下のアイコンがそうですね。
「世界地図」を広げた図が描かれたアイコンに視線を合わすと、
目の前に真っ白な画面が広がりました。
真っ白な
…何も書かれていない。
あれ?
あ、いや、真ん中に何やらぽつんと点滅する何かがある。
これは…多分現在地だな…
予想では周辺の地図が表示され、近くの集落までマッピングされている、という未来を夢想しましたが、堅実なRPGのごとく地図は自分で歩いた軌跡でマッピングする形式のようです。
これはしかし困りましたね。
一度ステータスウィンドウを閉じて、おもむろに周りを見渡す限り、しばらくは草原が360度展開しており、向かって右の奥に湖、目の前の奥には岩山が、左手と後方には鬱蒼な森が広がっています。
今の視界からは人のいそうなものを推測する材料がありません。
これは割とピンチなのではないでしょうか。
先ほども言いましたが、いつモンスターがポップしてくるかわからないのです。一刻も早く人里に入りたいのは、人里の中はモンスターがポップしないという安全措置が取られている所以です。ここが人里でないことは明白。どの方角でもいいのでまず動くべきでしょう。
つまり。「山」か「湖」か「森」か。
「湖」はないというか無理でしょう。渡る手段がありません。迂回するにしてもかなりの距離を歩く必要がありますが、迂回の先はゴールではありません。そこがスタート地点なのです。なぜならそこからさらに森が広がっているのが見えます。終わりはどうやら見えません。
「山」。これもどうでしょう。まだ土肌のみえる山であれば、上るのもやぶさかではないですが、見える範囲の限りでは「岩山」です。
かなり足への負担は高いことでしょう。挙句の果てに、上った先が常にロッククライミング状態にならない保証もありません。
「森」。これは正直遭難フラグを感じないではないですが、まだ身を隠しやすく、何より平地であるのがポイント高めです。というより、もう選択肢としては、実質一択――
ゴロピシシシシャアァァァッァアァッァァァァ!!!
「…」
ズドドドドドドドドドドドドド!
「…えぇ」
怖い。ファンタジー怖い。
今まさに踏み入ろうとしていた森に頭おかしい数の雷がいきなり連続で落ちました…
もはや森からは厄介ごとの匂いしかしません。
――再考の余地がありますね。
森に向きかけた足をくるっと180度回転させ、森を背にもう一度考えます。
まぁ、再考したとして、次は岩山か湖かの選択ですけど。まぁ先ほどより選択肢が絞られたので前に進んだと思いましょう。
しかしこういう、どちらに行くべきかと岐路に迷うシチュエーション。
異世界転生ものでも特に珍しい状況ではないんですけど。
そういう場合ってどう――
「あああああーーーー!」
そうですね。
悲鳴はよくある展開ですが――それを森から響かせるのは、どうかと思います。
===
「俺たちは知らねぇっってんだろうが!」
「だったら知ってる人を紹介してよ!」
「なんで俺たちの誰かが知ってる前提なんだよ!?」
罵りあう男女の声。
物語の神様に従い、悲鳴が聞こえた方に足を運んでみると、どう見ても厄介毎の修羅場感が伝わってきます。
その近くには焦げついた草の根一本生えてそうにない出来立てホヤホヤの焦土があることから、雷の現場もここで合っているのでしょう。
どうやら2つの集団が対立する図式らしく、片方は全員トレードマークなのか、ベレー帽のような帽子をかぶり、粗末な皮の服に身を纏った男たち4、5人。
対するは、
ちょっと私の先ほどの表現に誤りがありましたね。
正しくは「集団」対「個人」のようでした。
集団の方に女性が混ざってない以上、「個人」が女性ですね。
髪と目が薄い桃色――上背の低さと丸い小顔で少し幼い印象はありますが、誰も彼女の美少女振りを否定するものはいないでしょう。
その背の高さが私よりも若干低いのはかなり高得点です。
そこだけ切り取ると、これは本当によく見かける(?)かよわい女性を男が集団で襲い掛かる図式に見えますが、
――さっきの悲鳴の主は「男性」です。
それも罵り合っていた片割れの男とは別の男で、その方はもう地面に沈んでいます。
血が見えないところからするといわゆる「みねうち」でしょうか。
まぁ、剣ですから、「みねうち」というよりは「剣の腹」で打ったということでしょう。
つまり女性は剣士です。しかもかなり豪奢な全身鎧(フルアーマー)を身にまとった「騎士」という表現がふさわしそうな出で立ちです。
「僕の知ってる手掛かりは君たちだけなんだもん。他所に行ってほしかったら、新しい情報頂戴よ」
彼女は、そう言うだけに留まらず、剣を頭の上段から相手に切っ先が向くように構え、突進の姿勢にゆっくり移行します。
――早くしないと突っ込むぞ。
と、言わんばかりで、それは相手にも伝わったらしく、
「ちょ、まてっ待てって…!
お前は王族に騙されてんだよ! あいつら俺たちに責任を擦り付けようとしてるだけなんだって!」
必死に、口角を飛ばして弁解する男性。ですが、どんな世界であろうと王族批判はだいぶタブーなんじゃないでしょうか。
彼の待ち受ける未来が心配です。まぁ、今すでに彼にとって明るい展開ではないんでしょうけど。
彼の言葉にしかし彼女は構えを解かず、その小さな体躯や小顔に似合わない、大きな瞳をさらに大きく開けて睨みつけます。
あ、ちなみに私は彼らから20mほど離れた林立に隠れて聞き耳を立てているところです。
「どうでもよいいよ、王族なのかテロリストかなんて。今は誰でもいい気分なんだ」
「誰でも…って」
「情報をくれさえすれば、誰でもいい」
そういう意味ですか。若干ピンクな展開を期待――心配したじゃないですか。
というか、ずいぶん過激な肩書が聞こえてきましたね、テロリストって。正直野盗くらいのイメージでしたけど、随分近代的な表現が出てきましたね。時代背景あってるのか不安です。
彼女曰くのテロリスト達は、どちらかというと彼女に用があるわけじゃない模様、むしろ関わりたくない空気が20m先の私のところにまで届く勢いです。絡んでいるのはーーやはりどう聞いても彼女の方のよう。
流れ的には私がテロリストを助けるという図式が見えますが、もちろんそんなことはしません。というか出来ません。
「で?」彼女は聞く。
「あ...え…?」テロリストはうめく。
「ボスのところ、連れてく気になった?」
「ぅうぅぅぅぅ。。。。っ!」
絶対可哀想だわあのテロリスト。
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