01章-001:仮想世界の管理者

1章:「女勇者サクラ」


[1]


 これはひどい。

 これはちょっとあんまりだと思います。


 親友が、帰らずの仮想世界に捉われた、それを助けに行く主人公。

 燃えますね。これは燃える展開ですよ。


 それがですよ?

 適当な説明で、適当な裏切り者に、適当に注射打たれて、


 気付いたらもう仮想世界ですよ。


 あの親友の同級生女、適当なキャラ設定のくせにめちゃくちゃ手慣れた対応でした。

 あっという間に私を組み伏せた腕をそのままに、空いた手で胸ポケットから小型注射を取り出して、首筋にブシューですよ。

 むしろ最初からそうして連れてったらよかったんじゃないでしょうか。

 何あの思わせぶりな会話。

 この子実は私のこと好きだったりする展開とか待ってたりするんじゃないかなとか。

 ちょっとね。

 思ったもの。若かったわ自分。


 さて。前を向きましょう。人は前にしか進めません。

 そう。


「こーーほーー」


 前。


「こーーーーほーーーー」


 …前に。

 前に何か怪しい黒い靄が浮かんでます。


「こ、こ、、、こーーーほーーーー」


 そいつが何某ベ○ダー卿風な空気を押しつけてきます。

 でも多分こいつ口(?)で言ってるからダメです。許されません。

 どうやら私は眠らされていたようで、気付いたら、宇宙空間のようなところで寝そべっていました。

 宇宙空間。現実感もあったものではありませんね。

 というか、浮かんでいるわけではなく、地面がありますね。もしかして狭い部屋に宇宙空間映像マッピングしただけかもしれません。

 そういえば、そこはかとない閉所空間ならではの圧迫感を感じる。


「オハヨウゴザイマス」


 急に。

 片言。

 あなたさっき、結構しっかりした口調で「こーほー」言ってましたよ。聞いてたんですから。


「ここは…」

 私はひとまず(どうせ閉所なんだろと思いつつも)奥行きの見えにくい空間で体がふわふわするのを感じながら、恐々こわごわ立ち上がりました。

 見渡してもやっぱり宇宙空間のような暗い空間に浮かぶ無数の星という光景しか見えません。

 光源はこの星達のようです。

 そして、黒霧さんに目線を向け、しばし見つめ(?)合います。


 そうすること、しばし。


「あの」

「ハイ」

 この人(?)私と口調被らないかな?と明後日の心配をしながら、現状を聞く相手も他にいないので、話しかけます。

「ここが、その、UQなんでしょうか?」

 入ったらもう出れないとか、連れてこられた企みとはとか、瀬稲は鰻特上で済むと思うなよ、とか。

 色々思うこともありますが、まずはここがどこかです。状況的に殺されてても不思議のない展開ですし。


「ココハUQ」


 やはりUQのようです。


「UQ ノ システムセンター デス」


 余計な情報が増えました。


 IT系横文字が来るとは。もう少しファンタジーな地名を想像していましたので、一瞬思考が止まります。

 ええと…

 システムセンター。システムセンター。


「…ゲームマスターの管理コンソールがある場所と言いたいんですか?」

 こういうダイブ系のゲームシステムには、UQほどの完全ダイブ方式で無いにしろ、現実世界とは別にゲーム内にも、ゲームシステムを調整するコントロールシステムの領域を作る事が多い。そしてゲームマスターがそこでゲームの進行、運用を管理することが主流となっている。管理者自身がダイブすることで、より実際に即した判断や情報をリアルタイムに処理できるという利点があるからだ。

 そのゲームマスターが管理を行うシステムを俗に「管理コンソール」と呼ぶ。システムセンター(中央処理施設)と呼ぶような施設であれば、そういったものを指すと思ったのである。


「マダ チガイマス」

 まだ違う?

 不思議な言い回しをする黒霧さんだが、気にしません。今の私には関係のないことでしょう。

 それにそんなことは些細なこと。まずはっきりさせておきたいことがあるのです。

「私はこれからどうなるのでしょう?」

 ひとまず、この状況でこの黒霧さんが無関係ということはないでしょう。

 無関係と言われても信じる人はいません。


「シリマセン ムカンケイデス」

「その上で言い張ってくるとは…」

 図々しいタイプの黒霧さんのようです。

 大体、関係者かとは聞いてないですよ。語るに落ちる黒霧さんとはあなたのことです。


「ドウナルノカハ シリマセンガ オネガイガアリマス」

 その上、我儘まで言ってきました。もういっそ怖いです。おうち帰りたい。あ、帰れないんだった。


 こちらの悲痛な思いにかまわず、黒霧さんはちょうど私の頭の位置にまで浮かび上がり、上下に揺れ始めた。

 それがお願いのポーズなのかもしれない。

 拒否権は、また、無いんだろうな。

 泣いてないです。


「ソノマエニ コノセカイノコトヲ セツメイシマショウ」

 おや。

 なんか前向きなことを言い始めました。どうしました?調子悪いんですか?

 いえいえ。ここはこの流れに身を任せましょう。下手に否定的なことを言って、せっかくのまともな展開に水を差すことになりかねません。

 では、どうぞ。


 …


 ?


 何もアクションがないと訝しんでいると、

 上から、

 唐突に白い板がブラインドよろしく、ゆっくり降りてきました。

 それは大きな100インチほどの板で、材質はよくわかりません。板と言いつつ紙くらい薄いですし。


「? なんです?これ」


 聞いても黒霧さんは答えてくれません。

 そんな態度を取るなら、さん付け敬称を省略しちゃいますよ。


 ウィーン

 そして鳴り響くアナログな機械音。仮想現実で行われるそれに、これでもかという演出臭を感じます。

 白い画面にセピア色で浮かびあがる数字が…

 

 3

 

 2

 

 1


「ガオー」

 !?

 なんか黒霧がいい始めた!?(有言実行)

 あ、今の回答か何かなのかな?じゃあ一応さん付けに戻そう。(有言実行)


 ジャーン


 ジャンジャカジャジャジャ

 ジャー ジャー ジャジャジャジャーー ジャ ジャジャジャジャー ジャ ジャジャジャジャーン


 ちょっとよくわかりませんが。

 なんだかあの白い板に映像が投影され、映画が始まったようです。

 すごくシュールなBGMが(黒霧さんの口から)響いていますが、何のつもりでしょうか。

 ベ○ダーで空気読めということでしょうか。勘弁してほしいですね。

 

「え?説明は?」


 と、言った瞬間。

 映像の下から流れるメッセージ。

 これは!?


===

 延々とシュールなメッセージ(説明)とBGMがただ流れ続ける時間が過ぎたので、

 優しい私が要約すると、以下のようなことを言いたかったようです。


 ・この仮想現実UQは、基本的によくある剣と魔法の世界を模している。

 ・当初はMMORPGゲームとして運営していたが、ある時を境にプレイヤーがぷっつりといなくなってしまった。

 ・管理者不在の影響か、元管理者AIとして存在していた女神が暴走しはじめた。

 ・世界では女神教という宗教がはびこっており、その教会が悪政をしき、仮想現実のNPCたちが苦しんでいる。

 ・黒霧は元ゲームマスターのアカウント痕のようなもので、女神を削除し、女神に奪われたシステム権限を取り戻そうという自動思考を実行しているに過ぎない。

 ・今はまだ微小な権限しか残っていないが、世界の女神信仰をなくすことで女神の力を弱め、そのすきに権限を奪い返せる。

 ・その女神信仰の撲滅運動をぜひ手伝ってほしい。


 この内容を、時折意味もないSE効果を交えて放映されたため、集中力が切れそうになりましたが、火事場のクソ力で切り抜けました。

 主人公が初めて行う逆境への反抗がこれでいいのか、ちょっと議会の開催を求めます。


 放映終了。

 ですが、なるほど、確かに。

 プレイヤーは一時期世界がとんでもないことになったので、ゲームどころではなく、人口はほぼゼロになったでしょうね。

 今は正真正銘ゼロのはず。あ、瀬稲がいるのかな?

 まぁ、プレイヤーがいない中でも世界は動いていたということですね。

 なんだか、見当違いな感動を覚えます。

 

「ウケテクレマスカ?」

 ん。

 ああ、そうでしたね。我儘を言われているんでした。

 女神ねぇ。確かそんなのもいた気がしますが(まぁ大抵の剣と魔法の世界にはいるでしょうが)、そんな悪堕ちしてたとは。

 んー。

 んんー。


 でもなぁ。それって世界のほぼ9割に浸透した宗教に真っ向から立ち向かうわけですよね。

 中世ヨーロッパのローマ法王に歯向かう的な、無謀さですよね?

 この前も思いましたが、一介の未成年者に何を求めているのでしょう。

 そんなことを、何の見返りもなく、馬鹿な勇者みたいに「わかりました!」とかいうと思うんですかね。


「ホウシュウ ナラ アリマス」

 おや。

 おやおや。

 あれ、なんだか、いやだな。催促したみたいになっちゃってません?

 いやそういう意味で言ったんじゃないんですよ?

 でも、そーだなー。一応何がもらえるか聞いておこうかなー。


「スキル ヲ アタエマス」

 ヤッフー!(奇声)

 これ!

 これですよ。

 THE転生とか異世界とかそういうのに、もれなくついてくるあれ!

 そう「スキル」!

 いいじゃないですか。そういうのですよ。なんだ、わかってるんじゃないですか黒霧さん。


「サラニ」

 さらに!?


「ウケテモラエルナラ マエホウシュウ デ スキナスキル ヲ」

 前報酬!

 なんて素敵な響き。ずっと前から好きでした。


「イライ ヲ タッセイスレバ アタナノネガイヲ カナエマショウ」

 …。

 うわぁ。


 あまりな内容に、一回冷静になれました。

 そんな初期のシェ○ロンみたいに、ざっくりとした約束していいんですか?

 あとで、自分の力を超えるのはダメとか、生き返るのは回数制限とか言うのは認められませんよ?

 いくら不思議生物とはいえ、その辺のコンプライアンスはしっかししてもらわないと。


 まぁ、でも。

 そうですね、言うだけは一応言ってみてもいいかもしません。

「…元の世界に、帰れたり?」


「ハイ」

 まじか!

 ウソ。そんなあっさり?こういうのって艱難辛苦を乗り越えて掴んだ先に「本当の宝は今そばにいる仲間たちだ」とか言い始めるパターンじゃないんです!? そんなゲームは即日燃えないゴミ行きですよ!(ハイテンション)

 気付くと、白い板もいつの間にか消え、再度ただ宇宙空間に黒い霧と未成年(私)のみが残る。

 その静けさに釣られるように、急騰したハートも再度沈静化を始めました。

 また、興奮過剰気味になっていましたね。どうも私はぶら下げられたニンジンに弱すぎる。

 我ながら将来が心配です。

 しかし、報酬が本当なのであれば破格です。受ける以外に未来がなくなる程度には。

 

 …流石にできすぎてますよね。

 

 黒い霧っぽい存在にそんな大それたことができるとも正直思えません。

 第一、片一方の話しか聞けないので、もう片方の女神の意見も聞いてみないことには…


「チナミニ」

 黒霧さんは器用に霧を手の形に変えて、人差し指を立て、こちらに提案するようなしぐさを再現して見せました。

「はい」

「スキル ト キケバ ナニヲ オモイウカベマスカ?」


 …。

 ええと…前報酬のスキルの選定かな?

 …まだ受けるといった覚えはありませんが…

 

 しかし、そうですね。

 こういう空想はもともと嫌いではありません。

 ずばり今日のテーマは「スキルで打順を組んでみるなら?」、といった感じのそういう空想です。

 時間を忘れて考えたものです。

 まぁ、どうやら話の流れ上、もらえるスキルは一つっぽいので、ここは4番のスキルの出番でしょうか。

 4番と聞いて、攻撃系スキルを思い浮かべるのはビギナーの所業でしょう。

 少し異世界系小説を嗜んでおられる諸兄なら、転移系や鑑定系でしょうか。

 そこに私があえて並べるなら「空間格納系」でしょうか。

 そう「アイテムボックス」です。

 異世界系の話でアイテムボックスが出てこないというのは珍しいと思えるほど、スタメンスキルと言えるでしょう。

 アイテムボックスはそのままアイテムとして登場する場合もありますが、やはりスキルとして登場したときの万能さはすごいの一言です。

 手ぶらで旅ができる。いつでも品物を出せる。大体ほぼ無制限に入り、保温、時間停止も兼ねたスペシャルスキル。大量の岩や水を出すことで、強力な攻撃手段にだって早変わり。

 それが「アイテムボックス」。

 割と話の流れ上、通訳スキルに並んであっさり手に入ることが多いスキルですが、こんな異世界で活躍するのに大前提なスキルもないと思います。


「やはりアイテムボックスは嗜好…」

「アイテムボックス デスネ」


 そうアイテムボックス。

 アイテムボックス デスネ?

 あ。


「ちょ」


 思わず手を前に出し、制止をジェスチャーする暇も与えられず。

 その差し出そうとした手の平が急激に光り始めました。

 絶対これあれですよ。

 発現フラグじゃないですか。


 もらえるなら悪くないスキルだと思っていたんですから、もらう分には構いませんが、それ約束を取り付けたことになりますよね!?

 そんな危機感も相まって、まったく意味もないと思いながらも、もう片方の手でその光を押しとどめようと手を包む、

 そんな挙動はやはり間に合わず、宇宙空間で満たされていた部屋がすべて白い光に上塗りされるよう、何も見えなくなり――


 気が付けば、手のひらの上に、とっても素敵な唐草模様の巾着が表れていました。


 あ、あれ?

 現物?

 スキルじゃなくて現物なの?


「コノセカイニ アイテムボックス トイウ スキル ハ アリマセン」

「…なんですと?」

 やおら語り始めた黒霧さんの不穏な発言に、語尾アクセントで思わず反応する私。


「シカシ アイテムボックス ナンテ アリフレタ マジックアイテムデ イイナンテ」

 いいとは言ってない。

 アイテムボックス愛が口からこぼれただけです。

 あれ、これいいと言っているな。


「ヨクガ ナイノデスネ」

 ちがくて。


「デハ コレデ マエホウシュウハ オワタシシマシタ」

 あ、やばい、この展開知ってるぞ。

 これ、あれです。


「デハ アトハヨロシク オネガイシマス」

 ――詐欺商法だ。


 そんな心の叫びを反響しつつ。

 私の意識は再び遠のき。

 その宇宙空間からも、未成年の姿は消え、また元の通り黒い霧だけが残った。

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