アイテムボックスに敵を入れると死ぬ

差久

プロローグ:親友が仮想現実へ?

「有馬君! 落ち着いて聞いてほしいの! 駄目よ! 取り乱しちゃ! あの子のことを考えるなら、それはよくない結果しか生まないのだから…!」

 そんな風に。

 今日のお昼は何にしようかと、飲食店がまだ細々と残っている国道沿いを歩いて間もなく、横から叫ばれたら。

 自分として言うことは限られている。


「まぁ、あなたが落ち着いてください」


===


 言葉だけで、ちゃんと落ち着いてくれたろうか。

 丁度近くにあった、公園に彼女を誘い(やっぱり「それどころでは」とか「なぜそんなに落ち着いているの!?」だとか言われ、かなり抵抗されたが無視した)、ベンチに隣同士腰掛け、ひとまず息をついた。


 ふう。


「いや「ふう」じゃなくて? 有馬君、さっきからちょっと冷静すぎよ!」

「…両方慌てふためいて、どんな会話が成り立つんです…

 じゃあ改めて聞きますけど、「あの子」に何かが起きたというのは、どなたのことです?」

 再度激高しようとする彼女を目で制した後、相手の気持ちをクールダウンさせることを意識し、ゆったりとした口調で彼女に問いかけた。

 そんな私に対し、彼女は「いつも思うけど、この子同い年よね…『見た目』これで、なんでこんなおじいちゃんみたいなのかしら」とかなり失礼な独り言を漏らした後、やっと落ち着いてもらえたのか、その大変な内容を端的に短く告げた。


「君の親友の「瀬稲」ちゃんが、ゲームの中に閉じ込められたの」


===


 申し遅れましたが、私の名前は「有馬 宗太郎」。学校に通っていたなら、高校3年生のはずです。

 「通っていたら」、という表現ですので逆説的に私は学校に通っていないということになります。

 私も通ってみたく思っていましたが、こう見えて私はもう自分で働き生計を立てる社会人ですので、学校との両立は断念しております。

 ああ、こう見えてではわかりませんね。説明しましょう。


 私は、彼女曰くの多少老成したようなこの話し方に反し、

 そのじつ――外見は齢18の年齢から、僅かに成長が遅れているように見受けられることが多いようです。

 

 そうですね。若干背は低いかもしれません。顔も、そんなに大人びてはいないかもしれません。

 その癖目つきがよくない、生意気そうだ、纏うオーラが70超えだ等など。

 人のイメージなど、それぞれの主観が絡み合った、複雑怪奇な概念といえるでしょう。そうまさに――


 閑話休題。


 ええ。

 もちろん忘れていません。「瀬稲」のことですね?ゲームに閉じ込められた。

 OK。OK。聞こえていました。

 その子のフルネームが「加藤 瀬稲」のことであれば、間違いなく私の親友のことです。幼馴染と言い換えも可能です。

 割と個性的な彼女ですが、高レベルな黒髪ロング美少女で(両性に対してともに)高嶺の花をされていたはずです。

 そんな、私の同い年の超怖い女のことを脳裏に思い浮かべました。

 彼女が――ゲームに?


「いま、ぼそっと「超怖い女」って瀬稲ちゃんを呼ばなかった?」

「はっはっは。

 ――嫌だな。耳は定期的に掃除するべきですよ」

「女の子に対してのデリカシー思い出して」

 頑張ってみます。


 よくよく見れば、彼女は瀬稲の友達ですね。仮に「A子」としましょう。

「するな。旭 美鈴。旭 美鈴よ。思い出して」

 記憶障害者扱いに、そろそろメンタル崩壊の危機の為、容疑者臭のする呼称はやめ、旭さんに改めて問いかけます。


「それで、ゲームってもしかすると」

「もしかしなくても「UQ」よ」


 ――UQ――


 何かの略称ということもなく、単に「ユーキュー」と呼称される、仮想現実にダイブ可能な、世界に一つの本当の意味でのVRゲーム。

 3年前電撃的な登場をし、世間の話題を浚ったいわゆる多人数同時参加型RPG系のゲーム。

 このゲームの特徴は大きな機器を必要とせず、スマートフォンといった個人端末にインストールするだけで、プレイが可能という優れもの。

 あと、説明していけば、どうせすぐに判る話なので、最初に済ませておくと、このゲームの開発者は瀬稲だ。

 彼女は私と同い年、かつ3年前となれば、15歳でしょうか。さらに開発に2年かかっていることから開発に着手したのは13歳の時分という、驚異のスーパーウーマン(笑)。

 それが彼女「加藤 瀬稲」という女です。

 超怖い。


「…もしかして瀬稲ちゃんのこと嫌いなの?」

「嫌いというか、好きというか、彼女は親友なので」

 私も正直そんな曖昧な人物表現は好きじゃありませんが、親友なんて大体そんな人を呼ぶ時に使うものじゃないですか?

「大体、有馬君他人事みたいに言ってるけど、確か君も開発関係者だよね」

 …話が早くて助かりますけど、むやみに詳しいな。

「関係者といっても…ゲームシステムのコアエンジンの開発に触れたくらいで、ゲームそのものについては一般人程度の知識ですよ」

 担いでもらっては困りますね。

「十分凄いんじゃ…そうじゃなくても、あんな世界的に有名なゲームにちょっとでも、その年で関わっていたってすごい自慢じゃない?」

「製作者としては、正直仕事をこなしている感覚しかないですけどね…」

 まぁそんな大人気ゲームも、ある世界的大事件をきっかけにほぼ停止状態になり、最近別の医療的運用方法が提示されているとニュースになっていました。

 そんなゲームに瀬稲が閉じ込められているというのは、ずいぶんセンセーショナルな事件というか、、、

「事実なら、もっとニュースで号外レベルの取り上げられ方をしていそうですが」

「まだ、ほとんどの人は、そんなこと気付いてさえいないと思うよ。

 私は…瀬稲ちゃんから直接言付かっていたから…」

「なにを?」

 眉を顰めて聞く私に、彼女は持っていたカバンからタブレット端末を取り出し、私に見せようとして―――

 急に思いつた様に、周りをすごいスピードで首振り運動交え見回します。いや、そのスピードで見えているのかと疑問には思いますが。

「いませんよ」

「――え?」

「周りに人がいるのを気にしたのでしょう? この辺りはほとんど人が残っていません」

 お昼を探していたと言っていましたが、だいぶそのお昼の時間からも過ぎていますしね。

「なんでそんなこと…まぁ、有馬君だしな…」

 諦めたように俯き、旭さんは改めてタブレットを操作し始めました。

 …あなたに諦めて頂くようなことは何もないつもりですが…

 若干、腑に落ちない気持ちに捉われる前に、彼女はタブレットの画面をこちらに向けてきた。


===

『美鈴君、私だ瀬稲だ』

 雑誌より少し小さい程度のタブレットに、高レベルの黒髪美少女が、男前な口調で語り始める映像が写しだされた。

 若干画面から映像がふわふわ浮いている。立体映像か。正直このようなビデオレターの際には不要な演出ではなかろうか。

 緊張感が不足している。

『時間がないので手短に言うが、私は近々失踪するだろう。第三者の手によって』

 そんな演出との温度差を見せつけるように、映し出される話の内容の濃度がどんどん高まっていく。

『私のことを知っている君からすれば、そのようなことができる輩は宗太郎しかいない。犯人はあいつかと思ったことだろう』

 思うか。

「なんで私も真っ先に有馬君を捕まえたわけだけど」

 思ってたわ。泣いていいやつだわこれ。

 旭さんはすぐ「冗談だよ」と言ってはくれたが、思わずキャラがぶれてしまうので、やめて頂きたい。

『事実はそうではない。容疑者の名前を出せば君を巻き込むため言えない。これは君に周辺への警戒を高めてもらうためのメッセージだ。これを見たらこの映像は即削除したまえ』

 そんな映像の言葉に、ちらと旭さんに目線をやると、す、と視線を外してきた。言いつけを守らなかったことへの後ろ目たさは感じているらしい。

 

 その様子にふいとこちらも目線を外し、というより映像に視線を戻した。

『しばらく親であろうと周りを信頼するな。一人で行動するな。おそらくだが、これが最後の挨拶となるだろう。君は中学からこんなおかしな性格をした人間を見捨てることなくそばにいてくれて大変助かった。楽しかった』

 映像の中の彼女は始まってから、今まで全く表情を変えていない。笑いも怒りもしない。

 ただ、真剣に「旭さん」を見ていた。

『さらばだ美鈴君。私は自分の生み出したUQに行ってくる。このような世の中だが、幸せになってくれ』

 そこで映像は停止した。


「そして、この映像が送られてきた後、瀬稲ちゃんは本当に消えてしまった」

 旭さんは、視線を私に戻し、そう告げた。


===

「UQは今、ある問題を抱えていて話題になってる」

 映像が終わって、しばらく。

 旭さんはタブレットを私にかざしたまま動かなかったが、唐突に話し始めた。


「長期治療によるコールドスリープの代案として、UQへの精神転移案を提示されて間もなく、ある欠陥が発見された」

 UQで今話題のニュースを復唱するように彼女は続ける。

「一度精神転移したら、「二度と戻れない」仕組みが何者かの手によって構築されていた」

 数か月前のこと。

 そんな工作をこのタイミングで行うーーそれは誤解のしようもなく悪意の手によるものだと、誰の目にも明らかな所業だった。

 開発者である瀬稲にもいつ設定されていたのか、判別つかず、かつシステムのコアシステムに食い込みすぎて除去ができない状態だった。

 世論は「UQはもうだめだ」という意見一色となった。


 旭さんはもう私を睨んでいなかった。

 でもその悲しそうな眼の方がよっぽど具合が悪いのですが。

「あなたに」

 そこで言葉を切った旭さんは一つ笑い、

「あなたに話したことを伝えたら、瀬稲ちゃんは激怒するでしょうね」

「…」

「でも、このビデオでも彼女は言ってたもの。「自分を欲望のままに好きにできるのは有馬君だけ」と」

「絶対そんなこと言ってなかった。もう一度再生して。よく聞いてみて?」

「だから」

 旭さんは私と会話する気がないようだ。

「君にしか助けられないって思ったの」

 

 はぁ。

 なんと。

 まあ。


 ずいぶん勝手な話だなと。

 とりあえず思いはしたが、あまり意味のない独白だったので、伝えるのはやめました。

 旭さんからは、独白の最中からずっと、冗談では済まさない、済ませられないーーそんな熱視線が寄せられ続けている。

 彼女は、こんな託を瀬稲から預かるほど信頼され、そして仲の良い友達だったのだろう。

 だけど同時にその友達からのビデオには、こちらの心配をするだけで、終ぞSOSのサインは現れなかった。

 その真意も、彼女には伝わっているはずだ。自身では手が届かない処か、瀬稲に迷惑をかけるだけの未来しか浮かばなかった。

 遣り切れない思いは彼女の目じりに浮かぶ、少しの涙が物語っている。

 そして、そんな彼女が必死に考え、たどり着いた結論が、瀬稲が信頼を寄せていると考えた私に、このビデオを持って来させたのだろうと、彼女の胸の内の続きを心のうちに夢想した。

 彼女は考えたのだーー「瀬稲」を助けられるのは、私だけだと。


「別に私はそう思いませんが」

「えー」


 一介の、しかも成人もしていない子供に、そんな重いことを期待されても…

「というか、これ、私に話してしまって…私を巻き込んだことはひとまず置いておきますが、

 あなた自身を身の危険に置く行動ですよ。瀬稲が怒るとしたら、まずそこでしょう」

「いや、絶対瀬稲ちゃんは君に話したことをまず激怒する.絶対。間違いない」

「え。あれ。

 あ、そうですか…」

 いいことを言ったつもりだったのに…予想外なかたくなさだ…最近の女の子は難しい。

 彼女はタブレットをカバンにしまい、目線も私から外してこちらに並ぶよう座りなおした。

 そのままかばんに入っていたのか、ペットボトルの紅茶をちびちび飲む。


 ふーむ。


「UQに行けと?私に?入ったら戻れないところに?」

 どういうつもりかはしらないが、結局そういう要求になるだろう。

 昼もとうに過ぎ、若干太陽も傾き始め、明るさに陰りが見え始めた公園を見ていた僕らの片割れ―――旭さんは伸びをするようにベンチから立ち上がった。

 彼女は答えない。

 私も二の句を継がない。

 告げることができないのではなく、告がない。


「というより」

 というより。

「有馬君に行かないという拒否権がないの…」

 そんな寂しそうな顔で言われても。

 え?

「いや、ある…でしょ? ないはいくら何でもおかしいよね? いくらコメディでも許されない一線ってあると思うよ?」

 ここはいい感じに説得してほしいところです。

 お茶を濁していいタイミングではないはずですよ。早い。早すぎるよ。お茶はまだ仕上がってないよ!(ヒートアップ)

「だって」

 そう言って、彼女はカバンを再びあさり、私に鉄でできたトリガーを引くと前方の人がとても痛い目に合う武器を向けていった。


「私、その「ある第三者」の一人だもの」

 なるほど。わかりやすい。


 そしてオーマイ。さっきの私の「彼女の心はわかってるんだぜ」モノローグをこの世からかき消したい。

 瀬稲さんや。

 めっちゃ敵に情報リークしとりますよ。

 そのせいで、親友の私がピンチですよ。

 

 助けて。

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