依頼018

まず最初に会話の口火を切ったのは彼等の対面に腰掛ける茶髪を肩ほどまで伸ばし、うなじの辺りで紐を用いて一本に束ねている青年だった。


「名乗りもせずに失礼した。私はガルディア・ウルフガングと申す」


 微かに胸を張って自身の姓名を告げた青年。

 その名乗りを聞いたジャスミンの肩がピクリと動く。

 何処かで聞いた名前、と彼女は記憶を漁って該当する人物を探すが思い至らず、気のせいだろうか、と内心で首を捻った。


「丁寧に痛み入る。ショウ・ローランドだ」


「オルソン・ピアースだ」


 簡潔な自己紹介を済ませたショウとオルソンは長椅子に腰掛けたまま脚を組んだ格好で青年の隣へ腰を下ろした素顔の見えない人物へ視線を向けた。


「…そちらの御婦人は?」


 ショウが青年へ問い掛けると微かに顔を強張らせる。

 それを見た彼は触れられたくない話題なのか、と考えつつ先にこちらの紹介を済ませようとジャスミンへ横目を向ける。


「…こちらのお嬢さんは我々の現在の雇用者だ。ジャスミン・アウディーニ。王都までの護衛を依頼され、この場に邪魔している次第だ。無礼は承知の上だが目を瞑って貰えれば有り難い」


「…なるほど…承知した。気にはなっていたが、無礼と感じる程でもない」


「感謝する」


 彼女がこの場にいる事を許可した青年へショウが微かに頭を下げて謝辞を簡潔に述べる。

 頭を上げた彼は改めて対面の長椅子に腰掛けている顔を隠した人物へ視線を向けた。


「こちらは紹介を終えたが…そちらの御婦人の尊名は伺えないのか?」


 無礼ではないか、と暗に告げながらショウは視線を青年へ滑らせる。


「…失礼だが…何故、御婦人だと?」


「身体の線の細さは隠しようがない」


 簡潔な返答をした彼は再び視線を正体が分からない人物に向け、唯一見える双眸を見詰める。


 彼の値踏みするような鋭い視線を受けた碧眼が揺れ動く。


 それを見た彼の感想は、綺麗な碧眼、長い睫毛、ぐらいだったが、右往左往と揺れ動く瞳は如実に戸惑いを物語っている事をショウは察した。


「…申し訳ないが…故あって名乗る事は出来ない。無礼は承知の上だが…」


「…そりゃちょいと不公平だろ? 名乗れないって…そんな貴族のご令嬢でもあるまいし…」


 名乗りを憚るとすれば貴人の類い。

 富裕層や貴族などではないか、とオルソンは想像しながら脚を組み換える。


 もしその想像が的中したとして、名乗る事が難しい理由は、と考えるとーー対面に腰掛けている2名が置かれている状況は宜しくないにも程がある、という事が連想された。


「…故あって名乗れん。…無礼は百も承知だが…お許し願いたい」


 青年が同じ事を口にしつつ彼等へ向けて深く頭を下げた。


 その姿に隣の人物が息を飲んで頭を上げさせると3人へ向かい微かに頭を下げる。


 触れて欲しくない、というなら今は構わないとショウは溜め息を溢す。

 まずはこの場へ連れて来られた理由を問わねばならないのが先決だった。


「彼女…ジャスミンをこの場に連れて来たのはこちらだ。先に無礼を働いた以上、問い質す事はしないと約束しよう」


「…感謝する」


 安堵したのか青年が深い溜め息を溢しつつ助け船を出してくれた、と感じたのかショウへ頭を下げる。


「…礼は結構だ。それよりも…我々を呼び出した理由を教えてもらいたい」


 感謝の礼もショウにとっては意味をなさないのか、早々に話をするよう告げる。


 ただでさえ砂漠越えの準備をせねばならないのだ。

 足と非常食となるラクダは無料タダで確保したが、日持ちのする食品や水を入れる多数の容器、日没後の気温変化に備えて薪なども購入しなければならず時間は足りない状況だった。


 あまり長話に付き合うつもりはない、という雰囲気を察した青年が咳払いをすると二人の傭兵へ順に視線を向ける。


「ローランド殿、ピアース殿は昨夜、街に賊が襲撃を掛けた際、ほぼ2名で多数を討ち取ったと聞き及んでいる。相違ないか?」


「…多数、というのがどれほどの人数を指すのかは分からないが…」


「…まぁ概ね間違いじゃないな…」


 自警団とは聞こえが良いものの素人に毛が生えた程度の力量と装備しかない民兵集団だ。

 ロクな訓練を積んでおらず、戦闘にも不慣れとあって自警団同士が暗がりの路地で鉢合わせし、突発的な同士討ちへ発展してしまったという話も彼等の耳に届いている。


 同士討ちそのものは別に戦場では珍しくないが、明らかに賊とは違う服装、それもある程度は聞き覚えのある声でも敵と勘違いしてしまった練度の低さしかない集団と比べればショウとオルソンは相応の経験と戦歴を積んだ傭兵である。


 世界中の鉄火場を渡り歩き、その先々で敵と命の遣り取りをした経験というのは傭兵の社会においては得難いステータスとなる。


 選考でも実戦経験のある傭兵と実戦経験が皆無の傭兵が履歴書を送って来たとすれば、余程性格や行動に難がない場合は前者が採用されるのは当然だろう。


 オルソンが漏らした“相応”という言葉を聞いた青年が苦笑いを浮かべて口を開いた。


「謙遜を…。自警団の中には兵役経験者もいる。その者達は揃って貴公らを『相当に戦馴している』と評していたぞ?』


「…戦馴れ、ねぇ…」


 おそらくオルソンに同行した自警団員から流れた情報なのだろう。


 彼等自身は特別、これといって目立った働きはしていないと考えてはいたが、二人の力量、そしてこちらの住民からすれば“銃器”という使用法と運用に関する知識と経験があれば、ほぼ一方的に相手を嬲り殺す事が可能な武器を以ての戦闘は圧倒的なモノに映ったようだった。


 苦笑いを浮かべる青年が二人へ視線を順に向け、口を開いた。


「実は我々も王都へ戻る途中なのだ。奇遇な事に行き先は同じ。どうだろう? 我々の護衛に参加してくれぬだろうか?」


「嫌だ」


「寝言は寝てから言え」


 気軽に告げられた護衛の依頼。


 それを聞いた瞬間、ショウとオルソンは揃って拒否を返答して席を立った。


「余計な時間を費やしてしまった。ジャスミン、帰るぞ」


「今から買い出し行って間に合うかなぁ…」


「えっ!? あ、あの…」


 二人が揃って長椅子から立ち上がった事にジャスミンは慌て、引き留めるべきか追従するべきか悩んでしまい腰を上げる事が出来なかった。


「待たれよ!」


「そう言って待つのは犬だけだ」


「オメェ、猟犬じゃん? 戦場の狗じゃん?」


「腹を空かせた野良犬にまで成り下がったつもりはないんだがな。早くしろジャスミ……」


 中々、着いて来ようとしない彼女を催促しつつショウは扉の前まで歩み寄った。


 ドアノブを握り、扉を開けようとしたがーー彼は直ぐに扉から離れて壁へと移動する。


「…忘れてた」


「部屋の外に兵士がいるなぁ……10人ぐらい?」


 オルソンも彼と同じく壁際に移動し、扉の前へ立たないようにしながら背中を壁に預けたまま腕を組んだ。


「…良く分かったな。人数まで正確だ」


「長年の勘、だよ。つーか…アンタ達がここに入って来る前から気付いてたよ。今の今まで忘れてたぐらいだ」


 どうやら扉の外で待機している兵士達の人数は当たっていたようで青年は顔を強張らせ、二人を睨み付けたまま同意した。


 オルソンが肩を竦めつつ「10人程度なら脅威ではない」とでも言いたげに鼻を鳴らしてみせれば、青年の双眸が更に鋭くなる。


「…私の命令ひとつで兵士が部屋に駆け込んで来るぞ」


「……だから?」


「大人しく警護の仕事を受ける事を勧める。なに…報酬は払う。悪くない金額の筈だ」


 微笑を浮かべ、警告のように告げて来る青年だが、強制に近いとはいえ報酬は払うという。


 深い溜め息を吐き出したショウが背中を預けていた壁から離れ、長椅子に腰掛けている青年へ歩み寄ったかと思えば右手を差し出した。


「ほら…握手だ」


 こちらにその文化があるかは知らなかったが、望みを達成した事で安堵したのか邪気のない微笑で口角が上がる青年が立ちあがり、同じく右手を差し出して彼の手を握る。


 そのまま青年が握られた手を僅かに上下に振り始めると展開を見守っていたジャスミンと素性の知れない人物は揃って溜め息を吐き出す。


 その溜め息が零れた瞬間、唐突に握手の手が止まる。


 青年は困惑を顔へ貼り付け、眼前と握られている右手を交互に見比べた。


「ロ、ローランド殿は…力がお強いのだな…」


「そうか? まだ半分も力を入れてないんだが…」


 徐々に力が込められ、握られた手に青年は痛みを感じ始める。


 なんとか振り解こうとするも握手は全く緩まず、更に力が込められ激痛が走り、痛みを訴えようと口を開こうとするとーー


「ーーウッ!?」


 ショウが空いている左手で半開きとなっていた青年の口を押さえ付け、顎を握り潰さんとしているのかギリギリと力を込め出した。


「…あまり舐めるなよ…小僧?」

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