依頼015


 火事は鎮火されたようであれほど慌ただしかったざわめきが落ち着いた。


 夜の帳が下り、本来なら住民が寝静まっているであろうオアシスの街に短連射の銃声が二回鳴り響く。


「ーー仕留めた」


〈ーー了解。現在、敵影は見当たらん。引き続き警戒する〉


 並んで地面へ倒れ伏している2名の死体。

 いずれも頭部は7.62mmの銃弾が右から左の側頭部に抜け、射出口となった左側頭部は無残にも破壊されていた。そして中身はと言えば砂漠の気温変化もあって地面へ飛び散った頭蓋骨の破片と脳漿が湯気を立てている。


 わざわざ布を剥いで顔を拝もうという気が沸いて来ない死に様を一瞥し、オルソンは通りの角や人が飛び出して来そうな物陰を警戒しつつ自身が先程、射撃したばかりの不審者へ歩み寄った。


 曲がり角の物陰から顔を出したのを狙撃され、顔面の鼻へ銃弾が命中し、壁へ凭れ掛かるようにして死んでいる不審者の直ぐ間近にオルソンが射撃した人間は仰向けとなって倒れている。


 身体の胸部へ3発を短連射で撃ち込み、一度は倒れたものの再び起き上がろうとした為、小銃へ取り付けたACOGのクロスヘアに頭部を捉えてとどめの3発を続けて叩き込めば、衝撃で背後へ倒れて二度と起き上がる事は無かった。


 脳漿が地面に飛び散り、湯気が立っている事を認めたオルソンは死骸から視線を外して同行する自警団へ振り向く。


「おい、大丈夫か?」


 振り向けば月明かりの中でも分かるほど顔を青くした男達2名が口を手で押さえている。


「…吐きてぇなら、俺の見えねぇ所で頼む」


 その言葉を合図としたかのように一番年若い男が物陰へ走って激しく嘔吐し始めた。


 途端に酸っぱい香りが周囲に充満し、オルソンは顔を顰めつつ若い男が夕食に食べた物を全て吐き戻すまで待ってやる。


 吐瀉物を地面へ撒き散らした男が手の甲で口元を拭い彼を見上げながら唇を震わせる。


「アンタ…良く平気…だな」


「慣れてるし、これが仕事だからな」


 小銃の銃口を地面に向け、残り10発程度となった弾倉を抜き取った彼はそれをダンプポーチへ納め、弾納から新しい30発入りの弾倉を叩き込んだ。


〈ーーオルソン。街の外…南側に動きあり。馬やラクダに乗った20名程の集団が近付いて来る。武装してるようだ〉


 見張り台で警戒を続けている相方が嬉しくない報告を齎せば、オルソンの表情が苦虫を噛み潰したように歪んだ。


「数、減らせるか?」


 その返答は銃声だった。


 おそらく今ので一人は減らした事を殆んど確信から察したオルソンが同行する男達へ視線を向ける。


「武装集団が20人ばかり街に近付いてるようだ。南側からな。馬やラクダに乗ってるらしい」


 彼の言葉を聞いた男達が更に表情を青くした。


「この程度で動揺すんな。一人、団長だったかなんだったかの所まで伝令で走れ。南側から近付いて来る連中がいるってな」


「わ、分かった!」


 再びの銃声が遠くから鳴り響く。


 先程までみっともなく嘔吐していた若い男が頷くと人気のない街を北へ向けて走り出した。

 その背中を見送ったオルソンと残った壮年の男だったが、溜め息混じりに彼が声を掛ける。


「アンタ、人殺したことある?」


「兵役で一人は…」


「なら良かった。あの若いのよりはよっぽど使えそうだ。悪いんだけど……アンタも伝令で走ってくれる?」


 申し訳なさそうに頭を掻きながら尋ねるオルソンを見上げる男は疑問符を浮かべるだけだった。


「いやだって…」


「あの若いのだけど…こういうのには慣れてないんだろ? 情報を慌てて伝えても信じて貰えない可能性がある。兵役を経験してて人殺しもした事のある奴の方が俺は信じれるかな。少なくともこういう場合は、だけど」


 ほら走れ、と彼が追い払うように急かせば、曖昧な表情ではあるものの男は走り始める。


 遠ざかる背中を年若い男と同様に見送ったオルソンは街の南側へ駆け出した。




 既に6人は倒した、とショウは街の南側の入口で馬やラクダから降りようと立ち止まった不審者達を続けて射殺していたが、止めていた息で苦しさを感じ、呼吸を整えた。


 街の外の砂漠には点在して倒れている人影が2体、街の入口付近では4体が倒れている。


 最大有効射程が800mとされるSVDだが砂漠の上に倒れ付している死体までは900mほど離れており、彼の狙撃手としての腕前が察せられた。


 途中で空になった弾倉と新しいそれを換え、見張り台へ辿り着いてから一度も崩していない膝撃ちの姿勢を保ちつつ彼は改めてスコープを覗き込む。


 こちらが飛び道具を持っている事には気付いているようで逃げ込んだ入口付近にある露店の物陰から一切、頭を上げようとしない。


 痺れを切らして頭を上げた奴から一人ずつ風穴空けてやる、と注視していると交信が入った事を知らせる短い雑音が右耳のイヤホンに流れた。


〈ーー敵に動きは?〉


「南側入口付近の露店が密集してる所なんだが…そこに逃げ込んで頭を上げて来ない」


 何処から通信しているのだろう、とショウは露店から視線を外し、覗いているスコープでその近辺を捜索する。


「お前、何処にいる?」


〈ーー鍛冶屋…っぽい看板があるんだけど……その真向かいの家の中〉


 鍛冶屋っぽいということはアレか、と彼はスコープの視界に捉えた看板の特徴を相方へ伝えた。


「金槌が交差してる看板か?」


〈ーーそうそう、それ。その真向かいの家。今、屋上に上がる〉


 土壁で作られた平屋の一軒家。

 屋根の上には洗濯物等を干す用途で物干し竿が張られているが、その片隅の蓋が開くと相方が姿を現した。


〈ーー待たせた。…なんとか狙えそうだ〉


「手榴弾を使って害虫を燻り出してくれ」


 こういう時に抜群の働きをするのが手榴弾だ。


 オルソンへ指示するとスコープの中で彼が弾帯へ手を伸ばす様子が見て取れた。


 ポーチを漁っているのだろう事を察したショウが銃口を露店が密集する地点へ向けて呼吸を整える。


〈ーーやるぞ〉


「やれ」


 短く告げるとスコープの視野の中へ飛び込んで来た小さな礫のような物が露店の陳列棚の上を跳ねて地面へ転がった。


 その数秒後、耳をつんざく爆発音と共に露店の周辺が土煙に覆われる。


 何百という手榴弾の破片が飛び散り、周囲の壁や運が悪い事に不審者の数名も巻き込まれてしまいそれが突き刺さった。


 続けてもうひとつの手榴弾が屋上のオルソンの手で投擲され、それが炸裂すると今度は一件の露店が見るも無惨なガラクタと化してしまう。


 品物である鍋などの雑貨が地面へ音を立てて転がり、辛くも負傷で済んだのか不審者達が土煙に紛れつつ苦痛混じりの悲鳴と絶叫を上げる中、オルソンが彼へ通信を入れる。


〈ーー弁償…かな〉


「…連中が壊した事にしよう」


 目撃者がいない事を幸いに罪を不審者達へ擦なすり付ける事が相棒二人の中で無言の内に決定された。


 段々と土煙が晴れて来るのを認めたショウは改めてスコープを覗き、這いつくばって街の外に逃げようとする人影をレティクルへ捉えた瞬間、銃爪を引いて後頭部を弾けさせた。


 オルソンも昇った民家の屋根から短連射で立て続けに動く物体へ銃撃を加え、やがて弾倉が空になるとその場へ片膝を突いて交換を始める。


「……そこから動いてる奴は見えるか?」


〈ーーこっからは良く見えねぇ。近付いて確認する〉


「了解。気を付けろ」


 生死の確認をするというオルソンへスコープを覗く彼は注意を促した。


 視界の端でオルソンが屋根から飛び降り、銃口を物陰へ向けつつすっかりガラクタの山が大量生産された露店が集まっていた街の入口へ歩み寄って行く。


 その進行方向で少しでも動く物体があれば直ぐ様、射撃できるよう心構えをしながらショウは銃爪へ指を掛け続けていた。


 品物や破損した陳列棚の残骸へ紛れるようにいくつもの死体が散乱し足の踏み場もなくなってしまった街の入口付近に辿り着いたオルソンが残敵の掃討を開始する。


 まだ生きている者がいたのか2発の銃声が響いた以外に動きはなく、索敵を終えたオルソンが通信を入れた短い雑音がショウのイヤホンに流れる。


〈ーー生き残りは2名。もう虫の息だったから止めを差したぐらいだ〉


「捕虜を取れ、とは言われてないからな。まぁ良いか。……カウボーイ。連中が乗ってきた馬やラクダを連れて来れるか?」


〈ーー…あん? あぁ…散らばって逃げちまってるけど…〉


 入口付近で逃げ遅れてしまい、手榴弾の破片が当たったのか内の数頭が地面へ横倒しになっている。


 まだ息があり藻掻き苦しんでいる馬へ歩み寄ったオルソンが無造作に銃口を額へ向けて安楽の1発を撃ち込んでやれば途端に大人しくなった。


 その銃声を聞いて驚いた生き残りの馬やラクダが砂漠を駆け回り始めるのをスコープ越しに見ながらショウは相方へ告げる。


「砂漠越えの足として使わせて貰おう。捕まえられるか?」 


〈ーー…テキサス生まれだからってカウボーイだと思ってねぇか?〉


「実家は牧場だろう? 余計に捕まえれば、それを売って報酬に色が付くぞ」


〈ーー…はぁ…はいはい、了解しましたよ〉


 無線越しでも聞こえてしまう溜め息にショウは苦笑しつつ、まずは馬を捕まえようとする相方を援護するように彼は銃口を周囲へ向け続けた。

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