依頼014
小銃と狙撃銃をスリングベルトに吊るしたショウは見張り台の梯子を昇り、頂上の展望台へ辿り着いた。
地上から10mほどの高さに建てられた展望台は転落防止の手摺りが張られている作りになっており、その中央には屋根からは先程まで喧しいほど鳴らされていた鐘が下がっている。
「ーーオルソン。見張り台に到着したぞ」
携帯無線機を起動させた彼が首元へ巻いた咽頭マイクを指先で押えながら報告すると、ややあって右耳に嵌め込んだイヤホンから短く雑音が流れた。
〈ーー了解。こっちは街中の索敵に入った所だ。……俺と代わってくんね? 独り言喋ってる頭がおかしい奴みたいに見られてる〉
無線を介して届いた相方の報告と後半のボヤキに彼は堪らず喉の奥から苦笑を漏らした。
ショウは展望台の床板へ片膝を突くと弾帯のポーチへ納めていた双眼鏡を取り出し、接眼レンズを覗き込む。
火事の現場は街の中心部でその周辺は慌ただしく消火活動が行われている。
街全体が警戒している為、いたるところに篝火が焚かれているのが救いだと彼は感じた。
まともな暗視装置がない状況では心許ないと思っていた所だったが光源が火事の現場だけでなく、あちこちに点在しているならばそこまで心配する必要はないように思えたのだった。
双眼鏡を足下へ置き、代わりに狙撃銃ドラグノフを手に取ると床尾を右肩へ宛がい、頬付けや見出しに注意しつつスコープを覗き込んで膝撃ちの姿勢を取る。
PSO-1の特徴であるT字のレティクルが右目の視野に映る中、彼は左目も開けながらスコープの視野では捉えきれない範囲を警戒する。
〈ーーショウ〉
「…なんだ?」
〈ーー死体を見付けた。同行してる奴らの話じゃ、この街の住民みてぇだ〉
「何処で見付けた?」
〈ーー路地裏。そっちから南東の方角、距離は…250って所だ〉
オルソンからの追加報告を受け、ショウは指定された方角へ銃口を向けた。
路地裏ーーとの事で彼がいる見張り台からは死角となっているが松明を持った3人ばかりの男達が一角に屯しているのは捉えられる。
「ここからは死角で見えん。気を付けーー」
彼が相方へ警戒を口にしようとした瞬間、3発毎の短連射の銃声が二回鳴り響いた。
接敵した事を察した彼は咽頭マイクを押え、無線機越しの相方を呼び出す。
「ーーオルソン!」
〈ーー接敵した! 数は4!〉
右耳に嵌めたイヤホンへオルソンの声が響くと同時に銃声が響き渡り続ける。
その音色が耳朶を打つ中、ショウは狙撃銃へ弾倉を叩き込むと槓杆を引いて初弾を装填し、改めてスコープを覗く。
一連の作業が終わる頃、唐突に銃声が鳴り止んだ。
〈ーー4名射殺。こっちに向かって来やがった〉
「400リールの稼ぎか。羨ましいもんだ」
〈ーーこっちと代わりゃお前も稼げるぜ?〉
「それは勘弁だ」
イヤホン越しに相方の微かな苦笑が聞こえるが、彼はそれを無視して索敵に力を注ぐ。
家々の軒先、曲がり角の物陰、僅かでも動く物ーー彼は展望台から眼下をグルリと見渡しつつ不審な物体を探し続けた。
チラリと左手首の腕時計の針を見れば既に日付が変わっている。
この展望台から索敵を始めて20分は経過しているが、いまだに何ひとつ発見出来ていない。
「ーーオルソン。そっちはどうだ?」
10分ほど前に4名を射殺した相方を呼び出し、現在の状況を報告するよう言外に求めると通信が繋がったザッという短い雑音が入った。
〈ーーこっちは今の所、異常なしだ。…さっきの銃声でビビッたか?〉
「驚いて出て来ない…となると…これは骨が折れるぞ」
これは市街戦の様相となって来た、と彼は察して非常に億劫な感情に襲われる。
市街戦ほど面倒で、損害の大きい戦闘はないーーと彼は認識している。
その理由として挙げられるのは野戦と比較して隠れる場所が多いこと。そして隠れている場所からの突発的な奇襲や待ち伏せに警戒せねばならなくなる事が挙げられる。
市街戦は建造物が密集している為、歩兵の機動力の重要性が増すが、それは敵も同様の事となり得る。
入り組んだ地形に加え、バリケードなどの障害物も多数存在している市街戦はそれを用いて敵の射線や視線を通し難くするが、敵もそれを利用するという非常に面倒この上ない戦闘となるのだ。
〈ーーファルージャは酷かった…〉
無線機を介してオルソンが愚痴を漏らす。
過去の戦歴にある経験を思い出したようで、漏らした愚痴には酷く実感が籠っていた。
「あぁ…それは良く分かる。市街戦は何処も酷いもんだ。…ファルージャで戦ったのか?」
相方だけでなく他人の昔の詳細な戦歴については突っ込んで聞かない事にしているショウだったが、それを破ってオルソンへ尋ねる。
〈ーーあぁ、戦った。当時は第1海兵遠征軍の第1海兵師団に居たからな〉
「No Better Friend, No Worse Enemy《より善き友、より強き敵》」
〈ーーその通り〉
かつての所属元の標語を諳じてみせたショウに相方が苦笑しながらも同意した。
アメリカ海兵隊の師団のひとつとして数えられる第1海兵師団の編制は1941年2月に遡り、太平洋戦争が開戦すると同師団はガダルカナル、グロスター岬、ペリリュー、沖縄を転戦した。
その後も朝鮮戦争やベトナム戦争、湾岸戦争にソマリア内戦を戦い、近年では記憶に新しいイラク戦争でも戦っている。
「今更ながら…お前みたいに真っ当な軍隊で仕事してた奴が根なし草の傭兵になるのは不思議で仕方ない」
〈ーー皆、それぞれ理由があんだよ〉
ショウが不思議に思っている事の解答は突き詰めればオルソンが口にした言葉が全てを物語っていた。
雑談はここまでーーと自然に静かとなった交信。
ショウが変わらず索敵をしていると直線距離にして400mは離れた位置にある曲がり角から周囲を警戒するように姿を表した人影がある。
その人影を捉えた時、ショウは自警団とやらの人間かと考えた。
だがーー明らかに挙動不審の上、その手には抜き身の剣がある。そして良く良く観察すると顔を隠すように布を巻いている。
「オルソン。…お前がさっき殺した4名だが…全員、顔を隠してたか?」
〈ーーどうした? あぁ、顔か。宿と同じく全員が布を巻いてたぞ?〉
相方を呼び出して確認をしている間もショウはスコープを覗き続け、レティクルに標的を捉え続けていた。
銃爪へやや力を込め、遊びを引き絞り撃針が落ちる寸前で指を止めた頃、レティクルに捉えていた不審者が背後に合図する。途端にぞろぞろと同じ服装の3名が曲がり角から通りへ出て来た。
「不審者が増えた。4名だ」
〈ーー場所は?〉
相方から尋ねられ、ショウはスコープで覗いている標的がいる位置を確認し、無線を介してオルソンへ報告する。
「見張り台から直線距離で400m、南南西だ」
〈ーー了解、急行する。減らしておいてくれ〉
何を減らすかは言うまでも無い。
レティクルに捉え続けていた標的の側頭部ーー左耳の辺りを狙いショウは相方への返答代わりに一発目を発砲した。
ショウが持つSVD《ドラグノフ》の銃口初速は830m/秒とされ、彼我の距離は約400m。
撃針が7.62x54mmR弾の雷管を叩き、銃身内を4条右回りに彫られた施条(ライフリング)に従って回転しつつ銃口を飛び出してから一秒も経たず、弾頭は狙いを付けた標的の側頭部へ命中した。
右耳から侵入した弾頭が外耳道や鼓膜を破壊しつつ貫き、脳を搔き乱しながら標的がもんどり打つように地面へ倒れる。
元々、この狙撃銃は遠距離の精密射撃よりも市街地のような100~400m程度の中距離目標を迅速に制圧する速射性へ重きを置かれている。
加えて西側の狙撃銃の多くは
それらの事を考えればSVDは
ボルトアクションのようにいちいち槓杆を操作し排莢と次弾装填をせずともSVDは半自動であり、発砲の際のガス圧を利用して排莢と装填を行える。
一発目を発砲して間を置かず、彼は撃ち倒した1名の背後を歩いていた同じ服装の人間をもうひとり射殺した。こちらも右側頭部の耳の辺りを狙い、見事に頭を撃ち抜いた。
残った2名は僅か数秒足らずで先頭を歩いていた者達が急に頭の中身を弾けさせて地面へ倒れたのもあり、状況が掴めず再び出て来たばかりの曲がり角へ引っ込んでしまう。
「2名射殺。残りの2名は隠れたぞ」
敵射殺の報告を相方へ送るとややあってオルソンが応えた。
〈ーーこっからでも良く聞こえたぜ。どっちもヘッドショットか?〉
「正確には耳を撃ち抜いた。耳掃除の必要がなくなったようでなによりだ」
軽口を返せば、オルソンは苦笑混じりの微かな笑い声を返す。
〈ーー可哀想に。耳掻きできねぇなんて災難だ〉
「耳掃除自体していたかは分からないが………出て来た…」
再びスコープを覗き込み、曲がり角へ引っ込んだ2名の動向を探るとーー不用心な事に1名が頭を出して周囲を確認しているではないか。
一等高い授業料になるな、と彼は内心で嘯きつつ、三度目となる銃声を銃爪へ掛けた指に力を込めて掻き鳴らした。
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