依頼013
「ーー盗賊の襲撃?」
ダニーと名乗った自警団の中年の男性の話を聞いたショウの片眉が訝しむように跳ね上がる。
「あぁ。街のあちこちで殺人や物取りが起こってる。俺が詰め所で聞いただけで8件以上は」
「…その殺人や物取りだが…街の外縁部でか?」
「がいえん…? 街の外れで、って事か? いや、中心部でも起こってるらしい」
問い掛けの答えを聞いたショウの顔が一層険しくなった。
その表情を見た男性や少女は謂われなき盗賊の暴挙に怒りを覚えていると勘違いしたが、彼は怒りを抱いているどころか疑問を抱いている。
「ーー解せん」
「……は?」
「……いや、なんでもない。それでジャスミンの父親を呼びに来た理由は?」
なんの用件もなければ宿屋の人間を呼び出しには来ないだろうと考え、彼は更に尋ねる。とはいえ、その人物は既に息絶えているのだが。
「自警団だけじゃ手が足りないって事で街中の男を呼び出すよう団長から言われたんだ。アンタ達……傭兵だよな?」
自警団だけで足りないのなら正規の守備兵を動員しろ。自警団のような民兵組織の長がでしゃばるのではなく、その上位にいる町長か同等の役人へ鎮圧の具申を行ってから命令を出せ、と彼等は安易に民間人を召集しようとする団長とやらへ指導を加えたくなる。
中年の男性が二人の職業を思い出し、希望に満ちた眼差しを送って来た。
その後に続く言葉は容易に想像が付いてしまい彼等は揃って嘆息する。
「ーー断る」
「ーーこのオアシスがどうなろうと俺達には関係ねぇし」
強いて言うなら砂漠越えをする際の物資を入手出来る程度には何かが残っていて欲しいとは思うが、二人はこの街に思い入れはなく、護る義務とやらを見出だす事は出来なかった。
なによりーー報酬が発生しないのは無性に腹が立つ。
戦闘へ参加する可能性がある以上、必然と自身達の生命の危機が少なからず発生する。
命の遣り取りをするのは構わない。だが相応の代価が必要になるのは当然だった。
「か、金は払う」
「アンタに言われてもな…」
「どうせ人事になんの権限もねぇんだろ? そんな奴の約束なんざ便所の紙よりも価値がねぇ」
慈善活動をやっている訳ではないのだ、と言わんばかりに彼等は深い溜め息を零した。
「こっちではどうか知らないが……傭兵を雇うというなら、まずは賃金や報酬、支払い方法の確認だ。擦り合わせをして互いに確認が取れたら、次は契約書を交わす。…まぁ…それほど俺達がやって来た事と変わりはないだろうが…」
「そういうのを経てから雇用関係になるんだ。アンタ…報酬の話は出来る? いくら出せる? 支払い方法は一括か、それとも分割?」
見上げる程の長身の男達から矢継ぎ早の質問を重ねられ、中年の男性はなんと言えば良いか答えに窮した。
「…まぁ第一の問題として……先に俺達はこのお嬢さんに雇われてるんだ。二重の契約は御法度と決めている」
「同時に別々の契約を交わして、一方ないしどちらの仕事も疎かになるのは嫌だしな」
「という訳だ。残念だが他を当たってくれ」
話は以上とばかりにショウは雇用主であり護衛対象のジャスミンを宿の中へ招き入れようと手を伸ばした。
だが彼女は一向に差し伸べた手を掴もうとしない。
訝しんだ彼がジャスミンへ視線を向け、催促しようと口を開くよりも先に彼女の震える唇が動く。
「…お金は…私が払います…」
その言葉に彼とオルソンは溜め息を吐き出し、中年の男性は驚愕に顔を染める。
「…キミがこの街に思い入れがあるのは理解出来るが…」
「戦力の彼我不明。……つまり敵の数がどれだけいるのか分からねぇんだ。自警団の練度や装備がどの程度すら分からねぇ。わざわざ負ける…かもしれねぇ側に味方するのはちょっと……」
困惑するように二人は手で自身の頭を掻きながら年若い少女を嗜めた。
「報酬は……売り上げからお支払いします…」
「…いくら金庫に入ってるか分からないんだぞ? もし俺達が金貨を積んで寄越せ、と言ったらどうする?」
物分かりの悪い幼児へ言い聞かせるようにショウは語り掛けると少女は数秒ほど思案した後に彼を見上げた。
「お支払いします。もし足りないようでしたら……身体で…」
「ジャスミン!」
彼女の言葉を聞いた中年の男性が激昂する。先程まで荒事を想像させる言葉にすら恐怖を感じていたにも関わらず、激昂の大声に動じない様子の少女を見下ろした二人は深々と諦念に満ちた溜め息を吐き出す。
「…嫁入り前の娘が安易に身体で支払うと言うんじゃない……そういう趣味はないんだ……」
「役得、って感じよりも罪悪感が先に来そうだしなぁ。…今後の為に教えるけど…緊急で金が必要な切羽詰まった時は髪を切って売るようにしな。それも身を切る事にゃ変わりねぇが、少なくとも貞操は守られる」
溜め息混じりに伝えられる助言と言えるか微妙のそれ。
オルソンの言葉を聞いた少女は曖昧に頷くしかなかった。
「…娘っ子一人を護るのも割と大変なんだが……その上、街ひとつか……」
「まぁ…まだ戦う事になるかは確定してねぇんだ。どうする?」
男性と少女が見守る中、オルソンが相方へ尋ねる。
すっかり生え揃った顎髭を擦るショウは沈思黙考を数瞬ほど続けたが、やがて答えが出たのか何度目かの溜め息を吐き出しつつ口を開いた。
「相当に拡大解釈すれば……街ひとつ護るのと雇用主を護衛する事は…おそらく等号で結ばれるだろう。…報酬は…今回については10人殺傷する毎に金貨一枚…つまり1000リールだ」
「一人殺して100リールって事か。……いまいち高いか安いか分からねぇけど……無料タダ働きよりは良いか」
こちらの金銭感覚に慣れていない彼等だが平均的な物価を参照すると安いワインの酒瓶ボトル一本で10リールの価格となり、単純計算すればワイン10本と人間一人の値段は同じ、という事になってしまう。
それが果たして安いか高いか、適正価格か否かは人によって判断が大きく別れることになるだろうが、彼等の価値観からすれば二束三文の駄賃でも金が貰えるなら良い、とも言えた。
「ーージャスミン。報酬がそれだけ出るなら俺達は構わないがキミはどうだ?」
雇用主である彼女へ首を傾げながらショウが尋ねるとジャスミンは否応なく頷いた。
「ーー構いません。必ずお支払いします」
「…分かった。…夜が明けたら簡単だが契約書を交わしたい。それは覚えておいてくれ」
雇用主から追加報酬が出る。それを確認し終えたショウとオルソンは所在なく立ち尽くしている男性へ視線を向ける。
「ーーで、集合場所は? それと彼女を避難させたい。住民はこういった時の為に避難場所ぐらい決めているだろう?」
尋ねられた男性は声を掛けられて用事を思い出したのか、二人へ集合場所は大通りの人が集まっている所、そして彼女へは事前に決められている避難場所へ逃げるよう伝えると足早に立ち去って行った。
その様子に他の人間も召集する手筈だったのだろう、と察した二人は立ち去って行く男性を見送ると一旦、少女と共に宿の中へ戻る。
「ーーこの街全体を見渡せる高所は……」
「高い場所ですか? だったら…見張り台があります」
こうなるのだったら下見をもっとしておくのだった、と内心で毒づいていたショウへ土地勘のある少女が助言する。
「見張り台?」
「今、鐘を鳴らしているのが見張り台です。火事や襲撃などを報せる為の場所で飲食店が並んでる通りに建てられてます」
「ーーそうか、感謝する」
情報提供に礼を述べながらショウは居室へ戻ると自身が使っていたベッドに調整を済ませた
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