依頼012



 鐘が連続で打ち鳴らされる音が聞こえる。


 それに気付いたショウは窓の外へと視線を向けた。


「ーー火事か?」


 南側の空が怪しく赤く染まっている。それを認めた彼は廊下から宿泊する居室へ戻る。

 亡骸となり転がされていた二名は既に廊下へ出されており、その居室で殺人があった事を示す証拠は床に広がる血痕だけとなっていた。


「なぁ相棒。なんで手榴弾がRGD-5ロシアのなんだ?」


 居室へ戻ればオルソンが使っていたベッドの上に並べられた手榴弾や弾薬が詰まった弾倉をポーチへ納める相方が不満顔を隠そうとせずに尋ねて来る。


「不服か?」


「不服も不服、大不服だよ。なんでM67ベースボールじゃねぇんだ」


「俺にとって手榴弾と言えばそれが真っ先に浮かんだからだ。使いたくないなら…まぁお前の判断に任せる」


「使いたくねぇ、とは言ってねぇけど…炸薬量から言えば…」


 彼等からすれば珍しくもないじゃれ合いだが、空いているベッドの端へ腰掛けている少女はおろおろと二人へ交互に恐怖を孕ませた視線を向け、瞳を潤ませながら口を開いた。


「あ、あの…け…喧嘩…しないで下さい…」


 消え入りそうな声で紡がれた制止に二人は別の存在が居たことを今更思い出すと気不味そうに頭を指先で掻いた。


「…済まん…」


「…別に喧嘩してる訳じゃねぇんだけど……悪い…」


 両親を目の前で殺されたばかりであるからか小さな荒事にも恐怖を感じるようで、遠慮が無かった事を察した荒事専門の傭兵二人は珍しく素直に謝罪した後は黙々と装備を整え続ける。


 一足先に装備を整え終わったショウは一言断ると銃口を床へ向け、しっかり銃口管理マズルコントロールをした小銃カラシニコフを持ちながら少女の隣へ腰掛けた。

 びくりと着替えて間もない小柄な身体が震えるものの彼から距離を取らない辺り、極度に男性へ恐怖を抱いてはいない事を察したショウは内心で安堵の溜め息を吐く。


「ジャスミン。あの鐘の音が聞こえるか? 鐘の鳴らし方で何が起きてるか報せているんだろう?」


「…は、はい。…あの打ち方は……火事、ですね…」


「…南の空が赤くなってた。やはり火事で間違いないか…」


 少女の情報により、彼は今も鳴り続ける鐘の音が近隣へ警報を発するモノだと確信が行った。


「…ジャスミンちゃん。この街じゃ火事って良くあるのかい?」


 続けて拾い上げた信管が取り付けられた二個の手榴弾を弾帯のポーチへ納めたオルソンが尋ねると少女は思案顔となる。


「……いえ…記憶にある限りでは……6年前でしょうか。ちょうど私が、この街に越して来て間もなくに火事はあったと思います」


「…なるほど。で、だ」


 弾薬を一杯に詰めた弾倉をおもむろに掴み、弾帯へ取り付けている弾納へ滑り込ませたオルソンは残った一本の弾倉を手にした小銃へ叩き込むと槓杆を引いて薬室に初弾5.56×45mmを装填する。

 指先で安全装置を掛けると彼は対面のベッドへ腰掛ける二人へ視線を向けた。


「ーー物取りが目的か分からねぇけど…正体不明の野郎共が場末の宿屋如きに四人も押し入った夜に街で火事が起こる可能性ってナンボよ?」


「……可能性はゼロじゃないだろうが…有り得なくはないだろう。例えば逃亡の際、追っ手を足止めする為に火を放つとかは考えられる」


「まぁ…有り得るとしたらそれか。もしくは全くの偶然」


「偶然で片付けられるほど…偶然にしては出来すぎてはいるがな」


 頷きつつオルソンはカンドゥーラの下に纏う戦闘服のポケットからタバコを抜き取り、ジッポで火を点けつつベッドへどっかりと腰を下ろした。


 紫煙を吐き出すとオルソンは相方へ「これからどうする」と尋ねる。

 問い掛けられた相方は顎髭を擦りながら口を開いた。


「ーーこのまま夜明けを待とう。状況が分からない以上、雇用主パッケージの安全確保が第一だ」


「ご尤も。万が一、また宿に押し込み強盗…かどうかは分からないけども知らない奴が来た場合は?」


 対応を気軽に尋ねるオルソンだが、またあのような事が起きる可能性を示唆され、陵辱されそうになった記憶がまだ鮮明の少女が震え始める。

 それを視界の端に捉えたショウは丸まった背中へ手を伸ばし、可能な限り優しく撫で始めた。

 急に触れた事で小柄な少女の身体がびくりと震えたが、自身に危害を及ぼすつもりではない事を察して大人しく彼の手に身を委ねる。


「ーーその場合は誰何してから射殺だ。誰何に答えないようであれば歓迎してやれ」


「りょーかい」


 その手の“歓迎”は得意であるとオルソンは自負している。精々、お客様へ失礼のないよう歓迎してやると彼は頷いて見せた。


「誕生日会以上の歓迎をしてやるよ。クラッカーの火薬じゃなくて雷管パーカッションが弾ける音だけどな」


「…誕生日の奴がいれば良いんだが…」


「誕生日が命日って奴だよ。良かったじゃねぇか。墓石に刻む年月日が被ってて楽だろう」


「…命日…」


「……物の例えだ…」


 この類いの軽口もどうやら傷が癒えていない少女には禁句のようで一層強く身体を震わせる。

 場を和ませるにゃ不適切だったか、とオルソンは短い金髪が生え揃った頭を掻くと溜め息混じりに紫煙を吐き出した。


 彼の眼前では可愛らしい少女の背中を撫でている相方の姿がある。上は40代、下は10代後半までが守備範囲の女好きを公言して憚らないオルソンだが、この状況においては羨ましいよりも苦労を相方へ感じてしまう。

 大雑把な性格である事を自認し、割と細部まで気遣いをするとなれば民族性から言って相方のショウが適切であろう事は良く知っていた。

 本人は否定するだろうが、その傾向にある事は近くで苦楽を共にした自身が良く分かっている事も自負している。


 年若い少女のメンタルケアを相方に任せたオルソンは紫煙を燻らせつつ、いつ携帯灰皿をねだろうか、と考えていた。

 床の上に煙草の灰が落ちそうな頃合いを迎え、そろそろ携帯灰皿を、と彼が口を開こうとした瞬間ーー宿の外から慌ただしい足音が響いて来た。


 その音が耳朶を打ったショウとオルソンの指先が動き、それぞれが手にしている小銃の安全装置が解除される。


 突然、雰囲気が変わった様子にジャスミンは怯え、二人の傭兵へ交互に視線を向ける。


 宿の前で立ち止まった足音は正面玄関の扉を乱暴に叩き始めた。


「ーー自警団のダニーだ! ジョゼフさんはいるか!」


 握り拳で強く扉を叩いているのか乱暴ではあるもののしっかり名乗ったのを考えれば街の人間か、と二人が察しているとショウの隣に腰掛けていたジャスミンが立ち上がり、廊下へ駆けて行く。


「ーーおい!」


「ーー急に出る…っ……あぁ…もうしゃあない…」


 警戒が過剰と謗られようが、彼等からすれば警戒をしすぎて困る事はないという経験がある。

 おそらく玄関へ向かうのだろう少女を追い掛ける為、ショウが駆け出し、次いで灰が床へ落ちるのも構わずオルソンも後に続いた。


「ーーダニーおじさん!」


「ーージャスミンか! 親父さんは起きてるか!?」


 玄関の扉を開け、少女が顔を見せると松明を持った髭面の中年の男性が矢継ぎ早に父親の在宅を確認する。

 だがそれを尋ねられたジャスミンは整った顔を歪め、瞳から涙を零し始めた。


「お、おい…どうしたんだ!?」


「…お父さんと…お母さんは…」


「……なんて事だ……」


 言葉に詰まった少女の様子に状況を察した男性が沈痛の面持ちで歯を食い縛る。


「…ジャスミン、良く聞きなさい。今、街で大変な騒ぎが起きてる。親父さんやお袋さんの事は残念だが気をしっかり持つーー誰だアンタ達は」


 少女を玄関まで追い掛けて来た二人の異様な姿に自警団を名乗った中年の男がすかさずジャスミンの手を引き、自身の背に隠す。


 一方の彼等は携えた小銃の銃爪ひきがねへ指を掛けながら警戒心を通り越して殺意を露にする。


「誰何するならこちらが先だ。その娘をこちらへ」


「じゃなきゃ殺す」


 眼を細めたショウが、そしてタバコを銜えるオルソンが小銃をいつでも発砲出来るようにしながら警告した。

 だが警告という割には感情は籠っておらず、酷く淡々とした事務的な声音の印象を受け、まるで当然の事をしていると宣言しているようだった。


 自警団に所属する中年の男性は松明の灯りに照らされた二人の男の姿ーー特に双眸に生唾を飲み込む。

 これまで多少の荒事の経験は積んで来たが、それは精々、乱闘や喧嘩などであり命の遣り取りは突発的な事を除けば一度や二度だけである。

 翻って彼等は男性からすれば見知らぬ武器を携えているが背丈は自身より高く、良く鍛えているのだろう身体付きが服越しにでも顕著に分かった。

 双眸の鋭さは特筆すべきモノだった。殺す、という非日常な警告を発したにも関わらず、一切の緊張の色が瞳に浮かんでいない。


 その代わりに浮かんでいるのはーー殺意だった。


 この男達は危険だーーそう直感した男性が少女をどうやって逃がそうか算段を付けようとしていると背に庇っていたジャスミンが眼前へ出て来たかと思えば、武器を手にした男達を慌てて制止させる。


「ま、待って下さい! この人は怪しい人じゃありません! 自警団のダニーおじさんです!」


 少女の制止を聞いた二人が揃って怪訝な表情を浮かべつつ背後の男性へ改めて視線を向ける。


「ーー間違いないか?」


「あ、あぁ…」


「…そうか。失礼した」


 示し合わせたように二人は指先で安全装置を操作しながら男性へ事務的な謝罪をした。


「相棒、灰皿くれ」


 もう少しで銜えたタバコが根元まで燃え尽きそうである事を思い出したオルソンが相方へ携帯灰皿を所望する。

 それに嘆息した彼は望みの物を取り出すと傍らのオルソンへ手渡した。


「…アンタ達は……」


 緊張感から解き放たれた物の隠しようのない殺意を正面から受けた男性が彼等へ震える唇をなんとか動かし、改めて尋ねると二人は向き直って簡単な自己紹介をする。


「ーーショウ・ローランド。傭兵だ」


「ーーオルソン・ピアース。同じく傭兵」


 これで良いか、と言わんばかりに素っ気ない自己紹介だった。

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