依頼011


 部屋を出て廊下を進む二人。


 ショウがポイントマンとなり、前方や他の部屋の様子を警戒しつつ前へ進む中、オルソンはその背後を一定の距離を保ちつつ進んでいる。


 互いにレッグホルスターから抜いた拳銃、弾帯へ吊るした銃剣以外は目立った武器はない。


 ーー創造した手榴弾を背嚢から出しておくべきだったか、とショウは内心で考えてしまう。狭い閉所空間である屋内なら手榴弾を炸裂させれば敵の一掃は楽な作業となるのに惜しい事をしてしまった。


 そう考える彼は曲がり角へ至ると拳銃の銃口を廊下の向こう側へ向けつつカッティングパイの要領で敵を警戒しながら徐々に顔を出して行く。


 敵影なし。それを認めた彼は後続のオルソンへ続くようハンドサインを送り、再び歩き出した。


 物音が響いてくる部屋の前に辿り着いた二人は扉と壁の間に僅かだけある隙間から室内を伺う。


 ーー黒く見える液体。


 月明かりだけが差し込む室内の床に今も広がるその色が最初に見えた二人の警戒心が大きく跳ね上がる。


 次いで見えたのは二人分の遺骸。歳の頃は四十路の半ばを過ぎた男女のそれだった。どちらも双眸をカッと広げたまま息絶えている。


 最後に見えたのはーー先刻、彼等の部屋に押し入り、今は骸と化して床へ転がっている二名と似た服装をした同数の者が何かを押さえ付け、床に組み敷いている様子。


 ーーそれを認識した途端、布を切り裂く音が室内から聞こえ、続けて口を塞がられているのか、くぐもった悲鳴が彼等の耳朶じだを打つ。


 彼等からすれば特別珍しくもない光景ではあった。


 だがーー見ていて気分が良いとは言えない光景でもあった。


 ーー張りのある肌を叩いたような音が響くとショウは相方へ扉を開けるよう指示する。


 それに頷いたオルソンを見て、ショウは足音を立てないよう相方の背後へ回り、肩へ左手を置くと軽く叩いた。


 ーーその瞬間、扉が開け放たれる。躊躇逡巡の暇もなく二人が突入すると室内にいた乱入者達が驚愕の眼差しを向けて来る。


 その口が開く寸前、彼等が手にしている拳銃の銃口が火を噴いた。ほぼ同時に発砲され、銃声が重なった事から一発しか放たれていないようにも聞こえるが、いずれも頭蓋を45口径と50口径の銃弾で砕かれ、中身の脳漿や頭髪が付いたままの皮膚、白い頭蓋骨の破片が背後の床や壁に飛び散った。


「……クリア……」


 室内に他の脅威が無い事を認め、オルソンがショウへ報告すると彼は頷きながら床に組み敷かれていた者ーーこの宿の受付をしていた少女の纏っている服が千切られ、きめ細かい肌が露出している様子を目の当たりにすると室内のベッドの上に皺だらけとなって丸まっていた薄手の毛布を拾い上げて掛けてやる。


「……お嬢さん」


「ヒッ…!」


 ショウが声を掛けながら傍らへ片膝を突くと少女は怯えたように毛布で身体を隠しつつ床を這うように彼から距離を取った。顔を見れば頬が赤く腫れており、どうやら先程の肌を叩いた音は死骸となった乱入者のどちらかが少女に平手打ちしたのだろうと察せられる。


「…信じようが信じまいが自由だが、お嬢さんのような年端も行かない子供に欲情するほど俺は無節操じゃない。ーー相棒がどうかは知らんが」


「ーー怯えさせてどーすんだアホ。お嬢ちゃん、俺らが宿泊してるのは知ってるだろ? 大丈夫、何もしないから」


 銃声を聞き付けてーー宿中に轟いたそれを確かめに他の乱入者達が集まってくるのを警戒し、オルソンは室内から廊下を伺いつつショウの暴言を非難した。


「…キミは…確か……ジャスミン・アウディーニだったな。済まんがジャスミンと呼ばせて貰おう。何があったか、話せるか?」


 食事を部屋へ運んで来た際に聞いた少女の名前を思い出したショウが彼女へ問い掛けると恐怖がまだ取り除けないのかジャスミンが唇を震わせ、呼吸を整えながら徐々に口を開き始める。


「ーー……分からない…んです。…お仕事も…終わって…寝ていたら…お父さんと…お母さんが……」


「…襲われていた、と?」


 続く言葉を察した彼が尋ねれば少女が身体を震わせつつ頷く。


「今さっき俺達が殺した野郎共だが、何か話していなかったか? 静かにすれば殺さない、とか…」


「ーーーーっ!」


 ショウが尋ねるとジャスミンが毛布へ顔を埋めて更に震え始める。どうやら“殺す”などの危害を想像させる言葉が禁句になっているようだった。


 事情を聞かない事にはどうしようもない状況であるのは確かだが、苛立てば更に話を聞く事は困難となる。


 それを感じた彼は催促する事はなく膝を上げるとベッドの毛布とシーツを剥ぎ取り、少女の両親である思われる二体の遺骸の開いている双眸を閉じてからそれらを掛けてやる。


「…これからどうする?」


 彼が問い掛けるも少女は震えるだけで答えを返す事はなかった。


「…一人で宿を切り盛りしていくのか?」


「………分かり…ません…」


 やっと反応し、返答が帰って来るもそれは不明瞭だった。


「…他に身寄りはあるか?」


「……祖父母が…王都に……」


 王都。おそらくは首都だろう、とショウや成り行きを聞いていたオルソンは考える。


「…身寄りがあるのは結構な事だが…」


「そこまで向かう手段は?」


 ショウとオルソンが順に尋ねるとーー少女は首を横へ振った。


「…砂漠を越え…ないと……危険…です…」


「隊商に付いて行くのは?」


「…足手まといになって…置いてきぼりにされます…」


 取れる手段は少ない事を察したショウは溜め息を吐き出しながら助け船を出した。


「…あまりこういう事を言う柄ではないが…ここで会ったのも、助けたのも何かの縁だ。ーー俺達は傭兵。金さえ積まれればどんな事でもしよう。報酬については応相談だが……まぁ今回については首を突っ込んだのは俺達だ。勉強しよう」


 構わないか? とショウが肩越しに振り向いて相方へ尋ねればオルソンは視線を向ける事なく親指を立てて見せる。相方も承諾した事を認め、彼は改めて彼女へ視線を送る。


「ーー生憎と俺達は異邦人だ。この国の地理に詳しい訳じゃない。案内や買い出し等の手間をキミにして貰う。その分を費用から差し引こう」


「…で…でも……お金は……」


「…こうなったからには…それほど時間はないぞ。さっきの銃声を聞き付けて他に連中の仲間がいるとすれば時を置かずに殺到してくる。俺達は俺達の身の安全は守れるが、雇用主でもないキミを守る義務は存在しない。酷な事を言うようだが……亡くなった御両親のーー宿の売上を使わせて貰った方が良い。御両親も非難はしないだろう」


 人によっては脅迫するような言葉であるが雇用関係がない人物をーーそれこそ極論すれば赤の他人の身の安全を守るという事が無料ただ働きなのは彼等にとっては願い下げであるのも事実だ。


 既に先程、少女を救ったのは事実ではある。だが己の身に大小なりとも危険が及ぶとなれば賃金を貰い受け、その代価で少女の今後の身の安全を守るというのが彼等の常識であり、道理だった。


 暫しの間、少女は逡巡していたが毛布に包まりつつ震える脚で立ち上がり、部屋の片隅にあるクローゼットを開けると中を漁り始める。


 やがて目当ての物を探し終えたジャスミンが振り返り、毛布に包まったまま右手をショウへ差し出した。


「…売上のお金は……金庫に入ってます…だから…これしか今すぐには……」


 彼女が握ったまま差し出して来た右手を開いて見せる。その手の平の中に収まっている一枚の銀貨を彼は指先で摘み上げながらジャスミンを見下ろした。


「金庫の…鍵が開いたら…纏まったお金をお渡しします…」


「…キミの命の値段は…この銀貨一枚、と?」


 摘み上げた銀貨を彼は指先で弄びながら彼女へ問い掛ける。ジャスミンは返答に窮して黙り込んでしまうも彼は喉の奥で苦笑を漏らす。


「ーー上等だ。俺達よりも余程、高価な命の値段だ」

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