依頼009

 浅い眠りから目が醒めたショウは自身の両腕が少しばかり重い事に気付き、双方へ横目を遣って確認してみるとーーそれぞれの腕に茶髪と赤毛の頭が乗っている。


 寝起きの頭を回転させてみれば、酒場を後にした彼と相棒が女を買い、それぞれで情事に及んだ事を思い出した。


 こちらへ送られてからーーいやそれ以前の戦死を果たした戦地で戦っていた頃から娼婦とは余り接点がない生活を強いられていたせいもあり、昨夜の情事は酷く燃え上がった。


 夜明けが近い事を感覚的に察したショウは彼女達が枕にしている腕をスルリと抜き取り、ベッドから起きると床へ脱ぎ散らかした衣服を身に付け始める。


 カンドゥーラの上へ革の剣帯を巻き、ベッドの近くに立て掛けて置いた刀を佩く。右足へ愛銃を納めたレッグホルスターを装具すると仕上げにターバンを緩く巻いた。そして使用した避妊具を回収し、いまだ情事の残り香が漂う部屋を後にした。




「ーーおかえり」


 宿屋の宛がわれた部屋へショウが戻ると相方はOD色の半袖シャツと迷彩色の下衣というラフな服装でベッドに腰掛けつつ出迎えた。


 小銃の分解清掃をしていたようで彼の傍らには規則正しく布の上へ並べられた部品が置かれている。とはいえ、作業も終盤に差し掛かっているようだ。


「まさか二人も相手にするとは思わなかった…お前スゲェよな」


「ところで朝飯は?」


「あぁ…もうちょい待ってくれだってさ」


 自身のベッドへ外した剣帯を吊るされている刀ごと置いたショウはタバコに火を点けつつ手際よくウエスで汚れを取り除き、オイルを注したボルトを小銃へ組み込む相棒の作業を見守る。


 槓桿を引いた後、壁へ向かって銃爪を引けば撃発のカチンという音が鳴る。小銃が完璧に組まれた事を確認したオルソンは再びウエスを取って今度は外観の手入れを始めた。


「…結局、カラシニコフに変えなかったんだな?」


「精度も悪けりゃ集弾率も良くねぇ銃に変える道理が見付からねぇからな。しかも撃つ度に銃口マズルが跳ね上がるじゃねぇか」


「俺との弾薬タマの互換性」


「それならお前が5.56mmに乗り換えりゃ良い話だったろ?」


「弾薬が何処でも手に入る上、分解清掃が楽だぞ。一時間も訓練すれば目隠ししても組み立てられる」


「それはお前が異常なだけ」


 外観の手入れを終えたオルソンは最後に重ねていた弾倉から込めていた銃弾を抜き取り、弾倉の内部と外観の清掃を始める。


 細かい砂の粒子が舞う砂漠のような環境下では小銃の隙間から入り込んだ砂が蓄積し、それが作動不良の原因となるため寸暇でもあれば清掃する事が奨励されている。


 銃の分解清掃は射撃後に実施されるのが常であるが、このような環境下では例え発砲せずとも頻繁に分解と清掃をしなければ必要な時に作動不良が起こってしまう可能性すらあるのだ。


 頭へ巻いていたターバンを取ったショウは両側面を刈り上げソフトモヒカンに短く纏めている黒髪をガリガリと掻いた後、タバコを銜えつつ背嚢の中身を漁り出す。


 目当てのモノを見付けた彼はそれを背嚢から引き摺り出した。それは件の青年から渡された辞書の如き厚さを誇る“解説書“である。


「……分厚くね?」


「読む気を無くす厚さだな」


「まぁ俺が進んで読むのはグラビア雑誌だけなんだけどな」


 弾倉の内部から取り出したバネを磨きつつ茶茶を入れるオルソンへ苦笑を送ったショウは解説書のページを開くとベッドに腰掛ける。


「ーー【異世界へようこそ!本書は快適な異世界ライフを過ごす為の解説書となります】」


「ーー相棒、声に出さなくて良いぞ?」


「そうか? お前にも読み聞かせようと思ったんだが」


 解説書の目次に“魔法”と書かれた項目を発見したショウはパラパラとページを捲る。


【本項目では“魔法”について解説します。この世界における魔法とはーー】


 導入部はどうでも良かったのか再び解説書を捲り始めた彼の指がとあるページで止まる。


(“創造魔法”?)


 興味が湧いたのかショウは“創造魔法”の説明が書かれているページを読み始める。



(【創造魔法とは貴方の強いイメージをもって、物質を創造し具現化する魔法となります。余談ではありますが、この世界においては創造魔法は遥か古代に失われた魔法となりますので無駄なトラブルを引き起こさないよう他人が見ていない場所で行使する事をお勧めします】…ふーん…【尚、生命体の創造は出来ませんのであらかじめ御了承下さい】)


 黙読しつつ彼は更に読み込む。


(【創造魔法を行使する際の詠唱は次の通り。“神ならざる者が創造する事を赦し給え。我は神ならざる者。神に代わりてこの能力ちからを行使す。○○○の名によって告げる。○○○の名の下に命ず。ここに世界の理ことわりを超えて具現せよ”。○○○の部分は御自身の名前を入れて下さい。ちなみに詠唱に関しては口に出して唱えても心の中で唱えても大丈夫です】……そんな事で大丈夫なのか?)


 様々な法則を無視した内容にショウは堪らず目頭を指先で揉みほぐす。


 だが試してみるのは無料タダだ、と思い至り、解説書の内容の通り心の中で魔法行使の詠唱を唱えてみる。


(取り敢えず……7.62×39mm弾が詰まった弾薬箱……えっと……神ならざる者が創造する事を赦し給え。我は神ならざる者。神に代わりてこの能力ちからを行使す。ショウ・ローランドの名によって告げる。ショウ・ローランドの名の下に命ず。ここに世界の理ことわりを超えて具現せよーー)


 馴染みの深い弾薬を想像しつつ詠唱を唱えた瞬間、彼の耳の奥で耳鳴りにも似たキィンという音が鳴る。


「ーーうおっ!?」


 相棒の素っ頓狂な喫驚の声を聞き、何事かとショウは解説書から目を離し、ベッド上で整備をしているだろうオルソンへ視線を向けた。


「どうした?」


 彼が相棒へ声を掛けてみればオルソンは弾倉の整備を済ませており、次に銃剣であるOKC-3Sを手入れしようと腰の弾帯へ吊り下げている鞘から鈍く光る刃を抜いた格好のまま固まっている。


「……あのさ…この世界って…なんもねぇトコから弾薬箱が現れんの?」


 驚きの余り目一杯に見開いた青い両目をオルソンは相棒へ送りつつ問い掛けた。


 ショウは軽く首を傾げながらもオルソンが床へ向けている銃剣の切っ先の方へ視線を滑らせていくとーー確かにスパムの缶詰を茶色く塗り潰し、そのまま大きくしたような形をした金属製の弾薬箱が二人が使っているベッド同士の真ん中に鎮座している。


「さっきまで何も無かった…よな? ステンシルの表記は…7.62×39mm…カラシニコフの弾薬?」


「…まさか…本当に…」


 茫然自失といった有り様でショウは独り言を呟いた後、携帯灰皿にタバコを放り込み、背嚢の上へ置いていた弾帯から吊り下げている銃剣を引き抜くと床に鎮座している弾薬箱へ近付く。


 片膝を突いた彼は弾薬箱を僅かに持ち上げるとその間へ銃剣の刃を滑り込ませた。


 戦地では制圧した敵陣の中に転がっている武器弾薬や糧食が梱包されているだろう箱等を不用意に持ち上げるのは自殺行為といえる。


 その下に安全ピンを抜いた手榴弾、地雷等が仕掛けられていたらーー圧縮が解放された瞬間に撃針が動いてしまう。


 不用意に持ち上げた者の四肢の何れかが吹き飛ぶならばまだ良い。

 万が一、敵が“非常に利口”だった場合は目も当てられない惨状が待っている。


 銃剣で弾薬箱と床の間に異物が無いことを確認したショウは弾薬箱へ手を掛けてゆっくりと持ち上げた。


「地雷を警戒したんだろうけどさ…床に掘開くっかいした痕跡はねぇし、処理防止装置の信管でも付いてたら差し込んだだけでドカンだぜ」


「やらないよりはやった方が無難だ。例えベストではなくてもな」


「まぁな…」


 両名とも戦地では敵が仕掛けたブービートラップ、IEDには随分と苦労させられ、目の前で味方の兵士や車輌が吹き飛ぶ光景を何度も目撃したクチだ。


 この世界に火器の類いはまだ存在していない、という事前情報はあっても警戒をしてしまうのは仕方ないと言える。


 ショウはベッドへ再び腰掛けると持ち上げた金属製の弾薬箱を膝に置き、銃剣の刃を突き立てた。


 まるで缶詰の封を開けるように傷口を広げていくと包装にくるまれている数多くの何かが見えた。包装を解いて中身を確認してみれば確かに7.62×39mm弾が詰まっている。


 最後の最後ーーどうしようもなくなった時に自身の脳幹を撃ち抜く目的で胸ポケットへ仕舞っていた自決用の一発の小銃弾を取り出し、双方を見比べてみるが間違いなく外観は7.62×39mm弾であり、摘まんだ指先に感じる重量も装薬が詰まっている事を伝えていた。


「…あの野郎の言うことが本当だったとは……」


「は?」


「言っていただろう。この解説書を読めば銃弾が創造出来る云々と」


「あ~…そういや言ってたかも…? んじゃ…俺の弾薬も?」


「おそらくは。…この本を読んだ限りでは…銃弾だけでなく生命体以外ならば如何なる物も創造出来るらしい。どうも特別な魔法のようだ」


「マジかよ。…魔法ってスゲェな…映画とかだけの存在かと思ってた…」


「…お前は5.56×45mmだな。試しにやってみよう。悪いが弾薬を一発貸してくれ。イメージし易い」


「応」


 弾倉から抜き取っていた人間の手の小指よりも一回りほど小さい5.56×45mm弾をオルソンは指先で弾いて向かいのベッドに腰掛けているショウへ投げ渡す。


 手の平に収まった弾薬でイメージを膨らませつつ心中で先程の詠唱を唱えてみればーー再び二人が腰を下ろしている互いのベッドの間に金属製の弾薬箱が現れた。


「…マジか、マジだ」


 ベッドから立ち上がったオルソンが弾薬箱へ近付き、留め金を外して蓋をあけると中には弾薬が詰まっている。


 その内の一発を取り出して確認するが、すっかり見慣れて使い慣れた弾薬に相違ない事を認め、弾薬箱を持ち上げてベッド上へ運んだ。


「…なぁ相棒。さっき“生命体以外ならば如何なる物も創造出来る”って言ったよな?」


「その後に“らしい”とも付けた。それで?」


「物は試しなんだけど……欲しい物があるんだよね」


 怪訝な表情を浮かべる相棒を尻目にオルソンは防水加工が施されたメモ帳を取り出して、その紙面へボールペンを使い何かを書き込み出した。


「まさかとは思うが……欲しい物のリストでも書いてるのか?」


「うん。どうせなら俺の小銃をカスタムしようと思って」


「まぁ…そうだろうとは思ったがな」


 溜め息を吐いたショウがタバコを銜え、一服しつつ待っていると手早くリストを書き上げたオルソンがメモ帳のページを破り、ベッドから立ち上がって相棒へ近付くとそれを手渡す。


「……随分とあるな」


「そうか?」


「……まぁ良い。やってみよう」


 リストアップされた品名ーーそれも物品によってはメーカーまで指定された数々を雑誌や実際に見た物を思い出しながらショウは心中で創造魔法の詠唱を唱え始めた。


 まずはひとつ。


「…RASの改修キット」


「あんがと」


 ショウが腰掛けるベッド上に具現化した物ーー小銃の被筒ハンドガードではあるが通常のそれとは形が微妙に違う被筒をオルソンは手に取って細部の点検を始める。


 SOPMODーー「Special Operations Peculiar Modification(特殊作戦専用改修)」の略であるが、これは米特殊作戦軍(USSOCOM)隷下の特殊部隊員を対象に個々人の好みや任務の条件に合わせて武器を構成する事を可能にする計画だ。


 この計画に基づき、1990年代後半から2000年代中盤に特殊部隊で広く採用されていたM4A1を改修する目的で「ブロック1」(インクリメント1)、「ブロック1段階的更新キット」および「ブロック2」(インクリメント2)が策定され、装具するアクセサリーの追加と更新が実施されて来たが、特筆するのはナイツ・アーマメント社製の「レール・インターフェイス・システム(RIS)」と呼ばれる被筒ハンドガードを採用した事である。


 これを採用した事でフォアグリップやライト、光学照準器等のアクセサリーを簡単に装具する事が可能となった上、M4A1の拡張性が飛躍的に向上したのだ。またRISは後に同社が開発した「レール・アダプター・システム(RAS)」へ更新され、配備が進められている。


 ショウが創造した被筒もそれと同様の物だ。


 オルソンは自身のベッドに腰掛けつつ転がっている整備が終わったM4A1を取り、背嚢からいくつかの工具を取り出して小銃の被筒の換装を始める。


 そしてふたつめ。


「…ACOG。倍率は4倍。レティクルはクロスヘア」


「置いといて~」


 ACOG(Advanced Combat Optical Gunsight)とは、アメリカのトリジコン社が製造するスコープシリーズだ。

 倍率は固定で一般的なテレスコピックスコープよりも小型であり、倍率、レティクルの形状、ミニダットサイトの有無などで多種多様なバリエーションを誇るのが特徴。


 だが一番の特徴は電池不要なトリチウムと光ファイバーを利用したレティクル発光、両目を開けた状態での使用を考慮した設計である事だろう。


 従来のスコープでは両目を開いての照準は熟練者でなければ難しく、かといって片目を閉じて覗くと視野が狭まるだけでなく、視野が暗くなるという問題があったのだがACOGはBAC(BindonAimingConcept)に基づいて設計されており、明るい視野とレティクルによって両目で覗いた際、自然に標的を狙えるようになっているのだ。


「…しかし…随分とカスタムするな」


「なにせ無料タダだしな。知ってる? ACOGって滅茶苦茶、高額たかいんだぜ? M4の倍はする」


「あぁ、その話は聞いた事があるーー」


 相槌を打ったショウが次の品を創造しようとした時、部屋の外の廊下から足音が聞こえて来た。


 視線を相方へ向ければ彼も気付いたのか既に被筒の換装を済ませた小銃や使用した工具類を毛布で覆い隠している。


 創造したばかりのACOGをショウが枕の下へ滑り込ませた瞬間ーー扉が数回、軽く叩かれる。


「ーー宿の者です。お食事をお持ちしました。お開けしても宜しいでしょうか?」


 聞き覚えのある少女の声ーーそれが受付の少女のそれだと思い至りつつショウは相方のオルソンへ素早くハンドサインを送った。


 頷いた彼は腰掛けていたベッドから立ち上がり、足音を立てずに素早く扉の脇へ歩み寄るとそのドアノブを掴んだ。


 この行為は彼等が紳士的な性格であるからーーという事は断じてない。


 実際の所は招き入れた相手が僅かでも不審な行動を取った刹那の瞬間、その者の息の根を止める為の行動だ。


 つまりは相手を部屋へ招き入れ、前後を挟み込みつつ監視するのである。


 オルソンは腰の弾帯へ吊り下げている研いだばかりの銃剣の握把を軽く掴みながら、部屋の扉を内側へ引いて開けた。


「あっ…おはようございます。お食事が遅くなり申し訳ございません」


 昨日、受付で彼等の応対をした宿の少女は自身が扉を開けるよりも早く招き入れられた事に若干の驚きを感じながらも朝食の用意が遅くなった事を余計な言い訳をせずに謝罪する。


「いや、気にせんでくれ」


 ベッドへ腰掛けたままのショウが口角を緩く上げつつ彼女へ暗に謝罪は不要という旨を告げた。本人は微笑んでいるつもりなのだがーー表情は世辞にも“笑って”いるようには見えない。


 それに気付いたオルソンは内心で溜め息を吐く。


(アレはもうビョーキだわ。…相変わらず…表情…ほとんど変わってなくね? 表情筋が死んでるんじゃねぇの? ちっとはそっちの筋肉も鍛えろよ)


 普段から相方が体力の維持に余念がなく常日頃のトレーニングを欠かさない事を知っている彼はメニューに所謂“表情筋トレ”を追加した方が良いと思った。


 ただし、それがどれだけ効果があるかは判らないのだが。


 室内へ招き入れた従業員の少女が馬の尾のように束ねた亜麻色の毛束を揺らしつつ部屋の隅へ置かれている小さな机に二人分の朝食が載せている盆を置いた。


「本日の朝食になります。ごゆっくりどうぞ」


「ありがとう。ーーそうだ。名を聞いてなかったな」


 ふと、思い出したようにショウが眼前の少女へ尋ねる。


「申し遅れました。私、ジャスミン・アウディーニと申します」


「…良い名前だ。確認するが姓はアウディーニで間違いない?」


「左様です」


「そうか…不躾な質問を重ね重ね済まない」


「とんでもございません。ではごゆっくりどうぞ」


 客室の二人へ深々と礼をした少女ーージャスミンは頭を上げると静かに退室する。


 それを見送ったショウとオルソンは顔を見合わせた。


「ーー取り敢えず飯にするか。オルソン、お前が先に喰え」


「ーーあいよ。見張り宜しく」


 先の喫食を譲ったベッド上のショウは自身の小銃を手繰り寄せ、傍らに銃弾を一杯に詰め込んだ弾倉を置くとタバコを銜えて火を点けた。



 街全体が朝食時を終え、人々が活発に行動を始める頃、長身の青年がカンドゥーラの上に巻いた剣帯へ提げている日本刀を揺らしながら宿から出て来る。


「ーー良い眺めだ。風光明媚、とはこの事か」


 オアシスの湖畔亭の裏手にある椅子に腰掛けたショウが揺れる水面を眺めながら呟いた。


 愛煙のタバコを銜えてジッポで火を点けると一呼吸分ほど吸い込んだ紫煙を吐き出す。


 ジッポをカンドゥーラの下に着ている戦闘服のポケットに押し込んだ彼は脚を組みつつ目を細めて眼前の光景を眺め続ける。


(ーーさて、どうするか…)


 穏やかに揺れる水面を見詰めながら彼は砂漠越えの事を考え始めた。


 まずは食料や水等を準備する。可能な限り日持ちのする物を選ばなければならない。生鮮食品も入手しても良いがーー数日の内に食べてしまわなければならないだろう。


 そして可能であれば移動手段も確保しておきたい。


(ーーラクダか)


 銃弾や装備を産み出した自身の創造魔法で車両等を用意する、という事も考えはしたがーー


(ーー悪目立ちする。現地で入手できるならそれが無難だ)


 タバコを摘まみ、溜まった灰を指先で地面へ叩いて落とすと再び唇の端へ銜える。


 相方とも相談すべきだがその本人は朝食後、ゼロインの調整の為に少しばかり街を離れている。30分おきに定時連絡が無線で来ている為、現在の所は異常はない様だ。


(ーー宿の者に何処で購入すれば良いか尋ねるのが一番か。…いや、最も大切な事を決めねばならんのに俺とした事が…)


 思い至った事に気付いた彼は手を額へ当てながら空を仰ぎつつ溜め息と紫煙を同時に吐き出した。


(砂漠越えをするのにーー“何処を目指すか”を考えておらんとは…)


 大きく吐き出した溜め息と共に紫煙が宙へ漂うが、やがて微風に煽られて呆気なく霧散する。


(…“何処を目指すか”は相棒と相談か。下手な場所は選べん。目的地と砂漠越えのルートの選定だけはしっかりやらんと…)


 ーーもしそれを怠れば砂の海に呑まれ、二度と抜け出せなくなる。そう心中で自身へ言い聞かせるように呟いた彼は腰掛けていた椅子から立ち上がると短くなったタバコを携帯灰皿へ放り込んだ。


「…少し出掛けるか…」


 誰に言うでもなく呟いた青年はカンドゥーラの裾を揺らしつつ、その場を後にした。

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