依頼008

 陽が沈み始めたオアシスの街では滞在している隊商キャラバンや行商人達が夕食へありつく為に街へ繰り出し、より一層の喧騒に包まれる。


 人混みでごった返す大通りを歩くショウとオルソンは何処か適当な酒場はないかと軒を列ねる店を見て回っている。


「キレーなおねーちゃん付きだったら言う事ないんだけどな」


「まぁ嬉しい事には違いないが……今夜は普通に夕食と情報収集の為に繰り出したんだからな。勘違いはするなよ」


「わーてるって」


 互いに頭へターバンを巻き、カンドゥーラを着たその上に青年から貰ったサーベルと日本刀を剣帯で吊るした二人は軽口を叩きつつ適当な店を探して尚も歩き続ける。


「なぁ、あそこ酒場っぽくね?」


「あん?……あぁ、そうだな。それらしい看板も掲げている」


 オルソンが指差した方向に世辞にも上手いとは言えないが木のジョッキを描いた看板を掲げた一軒の店があった。


 その店からは大通りの喧騒に負けず劣らずの賑やかな声が漏れ聞こえて来る。


「ここにするか」


「そうすっか。俺も腹減りすぎて限界だし」


 相棒の承諾を得たショウが店の扉を開けて入店するとーー何かが自身の顔へ急速に近付いて来る気配を察し、思わず顔を横に反らしつつそれを手袋を嵌めた手で掴み取った。


「ーー?」


 何を掴んだのか、と手を広げて確認してみるとーーそれは所々に錆が浮いたナイフだ。


 店内を見渡してみれば、中には10人ほどの男達が入店して来たショウへ視線を送りつつ凍り付いていた。


 次いでチラリと視線を扉の横の壁へ遣ってみる。そこには円状に切り抜かれた的らしき物が掛けられ、何本かのナイフが突き刺さっている。


「ーーこれは誰のだ?」


 恐らくあの的を狙ってナイフを打ち、競い合っていたのだろうと考えたショウが店内で雁首を揃えている先客達へ問い掛ける。


 件の先客達はといえばーー標的を大きく逸れて放たれてナイフを突然、来店した眼光が鋭く、腰に剣を下げた明らかに一般人とは一線を画す男がまるで自身に集る小さい羽虫を手で払うが如く容易く飛んで来たナイフを掴み、その所有者を鋭い視線で探している事に恐怖して誰一人として声を挙げる事が叶わなかった。


「ーーこのナイフ…誰のだ?」


ーー再びの問い掛けを受け、テーブルに腰掛けている一人の小男がすっかり酔いが醒め、顔色を青くしつつ手を怖ず怖ずと挙げる。


「ーーそうか。気を付けろよ。返しておく」


 ナイフの柄ハンドルを軽く握ったショウは手を挙げた男が座っているテーブルの上に乗っている木のジョッキを標的と定めた。


 返却物を握った腕を上段に構え、腕を振り下ろしナイフを手元から離した刹那、指先で柄の後部を叩き落すようにしてジョッキ目掛け、ほぼ無回転でナイフを打ち込んだ。


 手裏剣を打ち込む直打法じきだほうと呼ばれる技術と同様のそれで放たれたナイフは寸分狂わずにジョッキへ突き刺さり、座っていた男を大層仰天させた。


 そんな様子など意に介さずショウは剣帯のフックを鞘の佩環へ通した刀を左手で軽く押さえつつ奥のカウンター席へ向かって歩き出す。


 オルソンも苦笑を浮かべつつ彼の後を追い、カウンター席へ腰を落とす。


「…いらっしゃい」


「…酒精の強いのをくれ。あと肉の串焼きでもあれば頼む」


「俺も同じのを」


「…畏まりました…」


 初老の店主が背後の棚に規則正しく並べられている大量の酒瓶の中から一本を選び取り、それをカウンターの上へ置くと二人の前に人数分の木のジョッキを滑らせた。


「フリーツ酒造組合の蒸留酒です。これがウチで一番強い酒です」


 土瓶へ刻印された酒造元の印章を見せた店主がツンと鼻を突くアルコールの匂いを漂わせる琥珀色の液体を二人のジョッキへ注いだ。


 彼等の前へ土瓶を置いた彼はカウンターの奥にある石を積み重ねた竈へ向かい注文に応じる為、調理を始めた。


「…んじゃま…乾杯」


「何に乾杯だ?」


「うーん……再会?」


「今更な気もするがな。……戦友ともとの再会に」


「再会に」


 空中でガツンと木のジョッキを合わせた二人はそのままの勢いで口を付け、注がれた酒を飲み下し、カウンター席へジョッキを音を鳴らして置いた。


「…ふむ…滑らかな口当たりだな…」


「…スモーキーフレバーがねぇのかなこれ…なんとなく…アイリッシュ・ウイスキーっぽい味だな。美味い」


「とはいえ飲めればなんでも良いってのが本音だが…」


「違ぇねぇや」


 アルコールを口にするとニコチン摂取の衝動に駆られ、二人はタバコを銜えて火を点ける。


「…珍しい道具だね」


 両手の皿に肉の串焼きを乗せた店主が彼等の前へそれを置きつつタバコへ火を点けたジッポを物珍しい視線で見詰める。


「そうかい? 俺達の故郷じゃフツーにあるモンなんだけどな」


「…ところで店主。ひとつ尋ねたいんだがーー」


 カンドゥーラのポケットから銅貨を2枚取り出し、それを店主へ見せるとカウンターテーブルを滑らせ彼の下へ追いやれば店主の眉が上がり、2枚の銅貨を素早く受け取る。


「ーーこの辺りで仕事を探している。例えば血が流れるような危険なモノだ」


「…お客さん達…傭兵か何かかい?」


 店主の質問には返答せず、ショウはタバコの紫煙を細く唇の端から吐き出すだけだった。


「で、何かあるか?」


「…岩塩を運ぶ隊商キャラバンの護衛は何処も一杯だよ。新顔が傭われる事はまずない」


「あぁ…運ぶ荷は岩塩か…」


「このオアシスの近くに良質の岩塩が採れる採掘場があってね。そこで採れた岩塩は王国や周辺諸国へ輸送されるんだ」


「その採掘場の警備はどうだ?」


「そこも自警団が護ってるよ。もちろんオアシスも同じくだけどね。給金は…まぁそれほど高くはないが安定はしてはいるね」


「ふむ…なるほど」


 カウンターに置いたジョッキを取り、蒸留酒を一口飲み下したショウはそれを再び机上へ置くと取り出した携帯灰皿に溜まったタバコの灰を叩き落とす。


「あぁでも…お客さん達が傭兵だっていうなら…どっかの国でそこの領主に傭われたりしたんだろう? 戦に参加したなら、その参戦を証明する物か感状があれば隊商の仕事にもありつけると思う」


「そうか……参考になった。こいつは礼だ。取っておいてくれ」


 銅貨一枚を取り出してそれを店主へ押しやると彼は薄く微笑みながら受け取り、二人の前から去って行く。


「……存外、職探しは苦労しそうだ」


「みてぇだな……この串焼き美味ぇぞ」


「…昼間に食ったラクダの肉だな」


 ショウは短くなったタバコを携帯灰皿へ放り込んだ後、それ相方を貸すと代わりに皿へ盛られた串焼きを手に取り、一口頬張った。

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