依頼007

 オアシスの畔に立てられた宿屋の前に佇むショウ・ローランドは相方の到着を待つ間、道中の露店で買い求めた肉の串焼きを頬張っていた。


 ちなみに代金は盗賊の身包みを剥いだ時に出て来たカネで支払った。


 細かい肉の筋が歯の間に挟まる度、彼は串焼きを購入した露店から渡された楊枝を使い、それを掻き出している。


 そろそろ串焼きに刺さった肉が無くなる頃、道行く人の波の中から見覚えのある顔がショウの目に入った。


「ご到着か」


 そう呟くと残った肉を口の中へ入れ、串を片手で真っ二つにへし折るとそれをカンドゥーラの下に着ている戦闘服のポケットへ放り込む。


「よぉ探したぜ」


「換金は?」


「儲かったぜ♪……あ、でも今考えたら…こっちの金銭感覚というか価値がいまいちピンと来ねぇからホントに儲かったのかどうか…」


「まぁ換金出来たなら問題ない。取り敢えず、宿はここにしよう」


 土を主な建材にして建てられた平屋の家屋をショウは立てた親指で示してみせる。


「…“オアシスの湖畔亭”…捻りもへったくれもねぇ名前だな」


「判り易くて結構だろう。……俺としては普通に会話が出来て普通に読める事が驚きなんだがな」


「あぁ…うん。聞いた事がねぇ言語なのに何故か意味が判るし、見た事がねぇ文字なのに意味が認識出来るって……」


「……パッと見た感じでは…英語のアルファベットを崩したような文字だな…」


「…なんて言えば良いのか微妙だけどな…26文字あったりして……」


「後であの野郎から貰った辞書でも読むか…それとチェックインした後でも良いから携帯灰皿を返してくれ」


「あいよ」


 地面へ置いておいた背嚢と武器を担いだショウと共にオルソンも宿屋の中へ入って行く。


「いらっしゃいませー。御宿泊でしょうか?」


 宿屋の入口をくぐり、まず目に入ったのは受付と思われる机で礼を取る小麦色に日焼けした少女の姿だった。


「あぁ。取り敢えず……二泊頼みたい。もしかすると宿泊が延びる可能性があるがな」


「畏まりました。二名様の御宿泊で…お部屋は別々にお取りしますか?」


「いや、相部屋で構わない」


「はーい。お食事は朝夕どちらもお付けしますか?」


「そうだな…頼む。あぁ…今夜の分はなしで構わないぞ」


「畏まりました。では二名様で相部屋、朝夕食事付きの御宿泊二泊分で…えっと…34リールになります」


「判った。相棒、頼む。……相棒?」


 返答がない事を訝しんだショウが傍らのオルソンへ視線を向けると彼は少し驚いた顔をしていた。


「おい」


「ん?おおっ、悪ぃ。ちょっとビックリしてな。その子ぐらいの歳だと相棒のツラ見てビビらねぇのは中々いねぇからさ」


「…俺はそんなに人相が悪いのか?」


「自覚ねぇの?鏡でも見て観察しろよ。…えっと34リールだっけ?……はい、これで良いかな?」


「あ、はい。…えっと…10…20…30…4…はい、34リールちょうどお預かりしました」


 受け取った硬貨を机の抽斗へ入れた彼女は次に一本の鍵を取り出し、それを両手で持つとショウへ差し出す。


「こちらがお部屋の鍵です。お部屋は左手の廊下を真っ直ぐに歩いて二番目のお部屋になります」


「了解した。……それと、これは料金とは別の駄賃だ。好きに使ってくれ」


「へっ!?あ、あのっ銀貨って!えっ!?」


「お駄賃だってさ。んじゃお仕事頑張ってねー」


 差し出されたモノが一枚の銀貨だった事に気付いた彼女は慌て始めるが、二人は我関せずとばかりにさっさと部屋へ向かって歩き出した。


「彼女の反応でこっちの金銭の価値がなんとなくだが判って来た」


「銀貨って結構な価値するんだなぁ…」


 情報料で銀貨一枚やるのは遣り過ぎだったか、とオルソンは少しばかり後悔したが、まぁ盗賊ボディの根城から奪った物だし、と弁護して自身を納得させる。


 受付で言われた部屋の扉の前に立ったショウが鍵を外して室内へ入ったのに続き、オルソンも入室する。


 部屋は土壁で固められ、ベッドは両側面に二つ、窓はベッドとベッドの間にひとつだけあるというシンプルな作りだった。


「お前、どっち使う?」


「…じゃあ…俺は左で」


「判った」


 ベッド分けはショウが右側、オルソンが左側と決まり、それぞれ自身が使うベッドへ歩み寄るとその傍らに背負っていた背嚢と銃器を置き、次いでベッドへ腰を下ろした。


「夕方になったら酒場行こうぜー。一杯引っ掛けてぇ気分だわ」


 頭に巻いたターバンを外しつつオルソンが向かい側のベッドへ腰掛ける相棒へ話し掛けるとショウはターバンを外し、カンドゥーラを脱いでいる途中だった。


「ふむ…まぁ少し早くても大丈夫か。俺も飲みたいしな」


 カンドゥーラを脱ぎ終わり、それを軽く畳んでベッドの端へ放り投げると彼は次いで腰の弾帯のバックルを外し、それもベッドの上へ置く。


「はぁ……久々に身軽になった気分だ」


「だろうなぁ…ずーっと付けっぱなしだったし」


 戦闘服の上衣も脱ぎ、軽く折り畳んだショウはベッドから立ち上がると窓へ歩み寄り、タバコを銜えつつオルソンへ視線を遣る。


 気付いたオルソンが借りていた携帯灰皿をショウへ投げ返すとそれを彼は器用に片手で受け取った後、タバコへジッポの火を点けーー不意にレッグホルスターの留め具を外す。


「ーーいや……あのさ二人共?“まるで息をするように銃口を向ける”のは止めてくれねぇ?」


「何故、貴様がここにいる」


「済まねぇ。もうクセでさ。ちなみに銃爪ひきがね引くまでが1セットだからな」


 ショウは大口径の.50AE弾を撃ち出すデザート・イーグル、オルソンは.45ACP弾を撃ち出すカスタムしたM1911A1を構え、その照準をショウが使うベッドに腰掛けている者へ合わせていた。


「お願いだから下ろしてくれない?手土産も持参したからさ……ねっ?」


「ふん……」


 鼻を鳴らしたショウが銃口を下げ、撃鉄ハンマーを押さえながら銃爪を引きつつ保持していた撃鉄をゆっくりと戻すと愛銃をレッグホルスターへ納めた。


 オルソンも同様に愛銃をレッグホルスターへ戻すと改めて侵入者ーー“神”を自称する青年へ視線を遣る。


「んで、何か御用か?言っとくが世間話は間に合ってるぜ」


「手土産があるって言ったじゃん。ほらオルソンのだ」


「っと…なんだこりゃ?サーベル?」


「ショウのは……ほれ」


「……日本刀か?」


 何処から取り出したのか青年が二人へ投げ渡したのは一振りずつのサーベルと日本刀だった。


「武器を携行して見せ付けるのは、自分は襲われたら抵抗しますよ~それを承知でどうぞ~、ってな意味合いもあるだろ?流石に銃器じゃ、この世界の人間にはそいつが武器だとは思えねぇだろうからさ」


 まぁ確かに、と二人は青年の説明に納得したのか何度か首肯する。


「ついでに言えば痛みも想像出来ねぇか」


「文明レベルに合わせるならば刃物が良い、という事か」


「そゆことー。えっとオルソンに渡したのは…M1860軽騎兵刀ってゆー名前のサーベル。お前さんの国でドンパチやった南北戦争の頃から使われてた奴みたいよ」


「あぁ……そういや俺の実家にもあったな。……南北戦争に参加してたのか俺ん家?テキサスって連合側だったから……アレってまさか戦利品?」  


 これまた何処から取り出したのかメモを片手にサーベルの簡単な説明を始める青年の言葉を聞き流しつつオルソンはサーベルを鋼鉄製の鞘から払い刀身を見詰める。


 M1860軽騎兵刀とはアメリカで作られたサーベルである。アメリカ陸軍が騎兵向けの軍刀として南北戦争の折に採用し、インディアン戦争頃まで使用され、少数ながら米西戦争でも使用されたという。全長は41インチで刃渡は35インチだ。


「んでもってショウのは…地球でも世界的に有名な日本刀サムライソードだ」


「まぁサムライなんて映画やフィクションの中だけの存在だがな。それにしてもこの刀……不思議と手に馴染む…」


 ショウが口にした言葉を聞いた青年は薄っすらと微笑み、取り出したメモを衣服の袖へ仕舞った。


 日本刀は反りが余り深くなく、恐らく太刀ではなく打刀の部類に入るのだろう。佩環が付けられた鉄拵えの黒漆を塗った鞘から払うと刃渡りは二尺六寸二分(79.4cm)はある。


「ーー結構な手土産を貰ったが、ひとつ問題がある」


 刀身を鞘へ納めたショウが横目に青年を見遣ると彼は何が言いたいのか察していたようで更に微笑みを深くした。


「お前ら二人とも剣術なんか出来ない~って事だろう?」


「話が早くて助かる」


「安心しなって、もう解決してるから」


 現在進行形で問題が発生しているのに何が解決したのかと二人は揃って首を傾げる。


「その剣を握った時点でお前らに剣術の技術がインプットされるよう仕込んだからな。相当な腕前になるプログラムだから安心しろ」


「…………は?」


「だって俺様“神”だもん」


 胸を張って宣言する青年に二人は揃って肩を落とす。


「…その言葉を仮に事実だとすると…」


「海兵隊マリーンの頃からやってた血反吐を吐くような戦技やらの訓練は一体…」


 今まで練成に練成を積み重ねて来たあの時間はなんだったのだ、と言わんばかりにオルソンは床へ向かって溜め息を吐き、ショウも同様に溜め息を吐き出しつつ殆ど吸わなかったタバコを携帯灰皿へ放り込んだ。


「そう落ち込むなってば。貰えるモンは貰っておけ~って地球で言わない?」


「…無料タダより高いモノはない、とも言うぞ」


「それはそれ、これはこれ、だから」


 もう何も言うまいと二人はほぼ同時に思ったとか。


「んじゃ、あとは頑張ってな~。あっと忘れてた」


「…今度はなんだ?」


「こいつはサービス」


 立ち上がった青年が指を鳴らすと二人が使うベッドの上に茶色い革で作られたベルト状の物が現れた。


「剣帯だ。吊るす時にどうぞ」


「どーも…」


「最後にもうひとつだけ」


「まだあるのか?」


「うん。これ結構重要。お前らが使う銃弾だけど、ショウが持ってる俺が纏めた解説書読めば創れるからな。魔法で」


「……あん?」


「………え?」


「んじゃ、そーゆー事で」


 微笑みながら青年はひとつ指を鳴らすーーするとその姿はあっという間に消えて無くなった。

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